「J-POPが世界で人気」という言葉を最近、よく聞くようになった。ビルボードやSpotify・Apple Musicのグローバルチャートの上位に日本の楽曲がランクインするようになり、今年開催された世界最大級の音楽フェス「コーチェラ・フェスティバル」(以下、コーチェラ)に出演した日本のアーティストは過去最多だった。これまで「ガラパゴス」と評されることが多かったJ-POPに何が起きているのか。
『スピッツ論―「分裂」するポップ・ミュージック』の著者で、国内外の幅広い音楽の動向をわかりやすく伝えるYouTubeチャンネル「てけしゅん音楽情報」の「しゅん」としても活動する批評家の伏見瞬さんがその背景を分析する。
2024年12月22日にNHKで放送された特集番組「熱狂は世界を駆ける~J-POP新時代~」は、Creepy Nuts、Number_i、新しい学校のリーダーズを取り上げ、日本のポップミュージック、いわゆる「J-POP」がどのようにして国際的な音楽シーンで注目されるようになったかを掘り下げる内容であった。
Creepy Nutsの楽曲「Bling-Bang-Bang-Born」がウクライナを起点に世界31カ国の音楽チャートにランクインし、ストリーミング再生回数が7億回を超えたこと。Number_iがコーチェラに出演し、アウェイの状況下でのパフォーマンスに挑んだこと。北米やメキシコでの人気を拡大していた新しい学校のリーダーズ(ATARASHII GAKKO!)が北米ツアーで11都市を巡り、多くの会場を完売させたこと。「J-POP」を取り巻く状況の変化が、番組内で描かれていた。
以前であれば、J-POPと米英を中心とする海外のポップミュージックは別物として考えられ、後者が音楽の「本場」とされていた。その中で、日本の音楽は文化的に遅れているとさえ見なされていた。しかし、近年このようなヒエラルキーは崩れ、日本の音楽が国際的に認知され、受け入れられる状況が進んでいる。
かつて「ガラパゴス」と半ば自嘲的に評されていたJ-POPが、いまや多くの国々で好んで聴かれる時代に突入している。ストリーミングサービスやSNSの普及が、その一因だろう。SpotifyやApple Musicといったプラットフォームを通じて、国境を越えた広範囲のリスナーが日本発の音楽にアクセスできるようになった。また、TikTokによって楽曲がバイラルヒット化しやすい環境が整い、コロナ禍によるデジタルコンテンツ需要の高まりもJ-POPの世界進出を後押しした。
そうした状況下において、待ちの姿勢ではなく、自ら海外のマーケットを開拓していくアーティストの姿も多く見受けられる。
YOASOBIは近年アジアやアメリカでツアーを行い、シカゴのLollapaloozaやニューヨークのRadio City Music Hallといった著名な会場で公演を成功させている。
「熱狂は世界を駆ける~J-POP新時代~」でもフィーチャーされていた新しい学校のリーダーズも、コーチェラの単独ステージでおおいに会場を沸かせたことでも記憶にも新しい。彼女たちは2021年にアメリカの音楽レーベル「88rising」と契約し、海外名義「ATARASHII GAKKO!」として世界デビューを果たすと、同年、ロサンゼルスで開催された音楽フェス「Head In the Clouds」に出演。また、「オトナブルー」はTikTokでバイラルヒットとなり、関連動画の総再生回数が30億回を超えた。北米ツアーの大好評は、それまでの蓄積があったからこそ生まれたものだ。
そして、Number_iのコーチェラ参加も面白かった。もちろん、彼らのステージがアジアのミュージシャンをフックアップしてきたレーベル「88 rising」によるショーケース「88 Rising Features」の一部であったことも明記しなければいけないし、同じステージにYOASOBI、新しい学校のリーダーズ、Awichが登場したことも忘れるべきではない。
ただ、日本で元々大きなファンダムを有している彼らが、安定した磁場の外側に出ていこうとする運動に魅力を覚えるのは否定しがたい(これはコーチェラだけでなく、サマーソニック、あるいはヒップホップ中心のフェスに出演する国内での活動にも同様のことが言える)。もっと多くの人を巻き込みたいという彼らの姿勢に、現状のJ-POPの業界構造を図らずも変えてしまうかもしれない予感がするからだ。
日本と海外のアーティストが、対等にコラボレーションする機会も増えている。
KOHHとしての活動をストップし、「チーム友達」で鮮やかな復活を果たした千葉雄喜は、アメリカの人気ラッパー、ミーガン・ジー・スタリオンとのコラボレーションで注目を集めた。
2024年6月28日にリリースされたミーガンのアルバム『MEGAN』に収録された「Mamushi feat. Yuki Chiba」は、リリース直後から世界中で話題となり、日本語と英語が混在するこの曲はビルボードのGlobal 200で29位、米国のHot 100でも36位を記録。グローバルスターの集まる恒例イベントMTV Video Music Awardでは、ミーガンのステージに千葉雄喜が登場し、軽やかな存在感でインパクトを残した。KOHH時代から海外ラッパーとのコラボの多かった千葉雄喜だが、ここまでの大舞台に上がったのははじめてのことだ。
King Gnuの常田大希が主宰する音楽プロジェクトMILLENNIUM PARADEも、10月18日にリリースされた楽曲「KIZAO」で、4度のグラミー賞ノミネートや2度のラテン・グラミー賞受賞歴を持つラテンミュージック界のスター、ラウ・アレハンドロとコラボレーションを行った。
プエルトリコ出身の音楽プロデューサーTainyも参加したこの曲はレゲトンとシティポップの中間をいくようなトラックで、ラウやタイニーのキャラクターも登場するアニメーションのMVとともに注目を集めた。ラウとMILLENNIUM PARADEはさいたまスーパーアリーナで行われたCOKE STUDIO LIVEのステージでも共演を果たした。
ここまでは北米の話が中心だったが、アジアでのJ-POP人気もさらに拡大している。特に今年は東アジアからのニュースが目立った。
まず韓国。日本人アーティストのライブが大いに盛り上がった。3月、羊文学が韓国で開いた単独公演は、当初小さなライブハウスで予定していたところ、チケットが即完売したことからもっと大きな1000人規模のライブハウスに会場を変更した。King Gnuは2024年4月のソウルでの単独公演で4000人分のチケットが瞬く間に完売し、急きょ追加公演を決定。2日間で8000人のファンが集まった。
2024年11月には、韓国最大規模のJ-POPフェスティバル「WONDERLIVET2024」が3日間にわたって開催。ソウル近郊の国際展示場KINTEXで、優里やCreepy Nuts、キタニタツヤといった面々がロックバンドSilica Gelなど韓国の人気ミュージシャンと共演し、約2万5,000人余りの観客を動員した。
中国でも日本人アーティストの人気が高まっている。
Raise a Suirenや家入レオの上海公演がソールドアウト。他にも、King Gnuやずっと真夜中でいいのにといった日本のミュージシャンの中華圏での公演が続々と完売した。
コロナ後の再開以来、中国の動画配信プラットフォームであるYoukuやbilibili、音楽配信プラットフォームのQQ MusicやNetEase Cloud Music、ソーシャルメディアではInstagramに相当するRED、X(旧Twitter)に相当するWeiboなどがコロナ禍のステイホーム期間中に頻繁に視聴され、中国のユーザーが日本のアーティストのコンテンツに接触する頻度や再生回数が急激に伸びたという。中国の若年層がJ-POPを積極的に支持していることが窺える。
11月には浜崎あゆみが16年ぶりにアジアツアーを敢行し、上海でライブを行った。最初は2日の1公演だけの予定が、チケットが1分で売り切れて急遽、追加公演。その2日目の公演では、同会場における海外アーティストの歴代観客動員数を更新するという快挙を成し遂げた。テイラー・スウィフトやジャスティン・ビーバーなど欧米のトップアーティストの動員数を上回っての記録達成だ。
以上のように、海外で活躍するJ-POPのアーティストの動きは非常に活発化しており、ここに書ききれないくらいだ。XGのように、最初からグローバルな活動を前提としたグループも台頭している。来年のコーチェラ出演も決まっているXGはメンバー全員が日本出身ながら韓国に拠点を置いており、「J-POP」の枠組みで安易に語れない(本人たちも「J」でも「K」でもない「X-POP」と標榜している)。数が増えているだけでなく、海外との関わり方も多様化しているのだ。
現在の状況は、日本の音楽の質が上がって海外で受け入れられるようになった、といった前向きな話だけではない。若年層の人口減を受けてポップミュージックの消費者が減少していく中で、アーティストが海外に活路を見出すしかない、という経済状況も大いに関係している。
とはいえ、そうした苦境の中で実際に海外で活躍できるアーティストが増えていることは寿ぐべきだと思う。現在のJ-POPがただの日本発の商業音楽ではなく、国際的に多くのリスナーに向けた新しい文化的アイコンとしての地位を確立しつつあるのは事実だ。その中で、それぞれのアーティストはどのように音楽性を変化させ、新たな姿を見せていくのか。2025年も引き続き見つめていきたい。
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