昨年、秋田県の地域紙「秋田魁新報社」が選んだ「秋田10大ニュース」は、1位が「県内で記録的大雨」、そして2位には「クマ異常出没、人身被害多発」が入った。2024年はこのランキングがどうなるのか現時点では不明であるが、今年も秋田県発のクマのニュースが社会を震撼させたのは事実だ。
【衝撃】「え、こんなに沢山!?」 地図上に赤点で示された今年度の秋田県内の“ツキノワグマ出没箇所”
11月30日、秋田市土崎港西のスーパーマーケット「いとく土崎みなと店」の店内に体長約1メートルのクマが現れ、男性従業員を襲撃したニュースは衝撃的であった。クマは店内にとどまっていたが12月2日の午前8時すぎ、設置した罠の箱の中にクマが入っていることを確認。店外に運び出され、殺処分となった。
この報道を受け、秋田県には「クマを殺すな」「かわいそう」といった抗議の電話が後を絶たないという。果たして、クマと人間はどのように共生していけばいいのか。そしてその対策はどうすればいいのか。昨年に続き、秋田県議会議員でクマ問題について情報発信を続ける、宇佐見康人氏に話を聞いた。
――昨年に続き、今年も秋田県ではクマ出現が全国ニュースになってしまいました。昨年と今年では何か状況の違いはありますか。
宇佐見:去年は人的な被害が非常に多く、秋田市内の新屋、土崎など、今までクマの目撃がほとんどなかった市街地や住宅街に出てきたのが印象的でした。今年は人的被害こそ少ないものの、新たに保戸野や南通などにも出ているので、活動のエリアが広がっているなと思います。
――私は秋田県南地方の、羽後町という町の出身です。宇佐見さんもご存じと思いますが、周囲に山が多い農村地帯で、クマが毎年のように出没します。ただ、羽後町にクマが出るのは理解できるし仕方ないとすら思うのですが、秋田市の土崎は港も近いですし、住宅街ですよね。そんな場所にまで出るようになったというのは、県出身者としても驚きです。
宇佐見:去年、土崎にある陸上自衛隊の秋田駐屯地の近くにクマが出たとき、「えーっ、こんなところに出るの?」と驚いた記憶があります。今年は、そこからさらに離れた土崎の港の方に出てきたというので、もう驚きを隠せないですよ。周囲に山なんてないですし、隠れられるところもないですから。あそこまでどうやって行ったんだろう、というのが率直な感想です。
――宇佐見さんはまさに騒動になった「いとく土崎みなと店」がある土崎にお住まいだそうですね。
宇佐見:私の家は「いとく」から徒歩20分くらいの場所で、まさにクマの活動範囲です。「いとく」に出たのは、土崎駅付近で目撃されたクマだと思われていましたが、どうもほかにもクマがいるようです。私には子どもが3人いて、いちばん上の娘が小学校3年生なのですが、娘が通う小学校や、その周りの小学校も保護者が送迎をしないといけなくなっています。校門のところには警察官が立っていて、警備が厳重になっていますね。
――物々しいですね。地元の人たちはどんな反応をしていますか。
宇佐見:みんな驚いていますよ。土崎は住宅街で、普通に考えてこんなところまで来るなんて考えられませんから。子どもたちは「怖い」と言う子もいれば、やはり子どもらしいと言いますか、クマを見てみたいという好奇心がある子もいますね。親御さんたちとは、もしクマに遭遇したらどうすればいいんだろうと話したりしています。娘には、急に走ったりしたら追われるから、目を逸らさないようにして、ゆっくり逃げるようにと教えていますね。
――ちなみに、被害に遭った「いとく」は地元の人たちにとって、どんなスーパーなのでしょうか。
宇佐見:地元の人は本当によく行くお店です。私も家族でよく行きますね。新鮮な品物が多いので、クマもそれがわかって、選んで入ったのかなとすら思えます。クマは食べ物を認知する嗅覚は、非常に高いと感じます。
――昨年、秋田県でクマ騒動が起こると、一部の動物愛護団体や個人から行政に抗議が寄せられたことも問題になりました。今年も同様の抗議は寄せられているのでしょうか。
宇佐見:秋田県と秋田市には抗議が寄せられているみたいです。県は昨年の経験があるので、それほど気にしていないようですが…。ちなみに、私は先日「報道ステーション」に出演して、秋田県のクマの現状を話したのですが、それ以降、毎日のように私のところに電話やメール、メッセージが来るようになりましたね。
――どんな内容のコメントが多いのでしょうか。
宇佐見:メッセージが100あったら、40が「ふざけんな」というもので、60は好意的な感じです。「しっかり対応してくれてありがとうございます」とか、「母親が秋田にいるのでよろしくお願いします」というコメントもありますし、猟友会の方からも「自分たちが言えないこと言ってくれてありがとう」と言われます。昨年は、行政は言うまでもなく、猟友会にも抗議する人がたくさんいました。ただ、猟友会の人たちは県民市民の安全を守ってくれている存在です。そういった方々の活動に、支障をきたすようなことは慎んでほしいですね。
――宇佐見さんのXを見ると、毎日のように絡んでくる人が いるようですが
宇佐見:私に直接言う分には構わないのですが、なかには私に対するクレームを行政に入れる人もいるようです。行政の方の仕事を増やしてしまい、本当に申し訳なく思っています。抗議をしてくる人はほとんど県外ですが、たまに秋田県の人もいます。ただ、基本的に秋田県の人で批判的な人はほとんどいないですね。
――秋田県は無暗にクマを殺しているわけではありません。むしろ、クマと共生しようとしていますし、これまでも共生してきたわけですよね。
宇佐見:おっしゃるとおりで、クマの被害があるということは、それだけクマの個体数が守られているということでもあります。被害がないところは、そもそもクマがいないケースが多いわけですから。我々は個体との共生ではなく、ツキノワグマという種との共生が根本にあります。実際、秋田県はこれまでも種との共生をしてきました。ところが、批判する人たちは個体しか見ておらず、全体の生態系や縄張りなどを想像すらしていなくて、残念に思います。それに、クマ以外の野生動物とも共生できていると考えています。――おっしゃる通りですね。
宇佐見:今、秋田県ではカワウやイノシシも増えていて、被害も出ています。その対策だって、一番簡単なのは片端から駆除することだと思いますが、決してすべてを駆除するようなことはしていないんです。やはり、野生動物と しっかり共生するという考えが根底にあります。
――そういった考えは一貫していると思います。
宇佐見:我々県民はクマが身近なので、クマは頭がいいと思っているし、一度学習したらまた同じ場所にやってくるとわかっているのです。だからやむを得ず、市街地に出たクマは駆除するしかない。抗議をしてくる人たちは、麻酔銃を撃って山奥に返せばいいとか、エサがないから来るんだろうと言います。いやいや、今年は山にエサが豊富なのに市街地に来ているんですから、そんな単純ではありませんよと。
――現在、秋田県内にはクマは何頭くらいいると言われているのですか。
宇佐見:少し前は3000頭くらいと考えられていましたが、現在では4000頭ほどいると推定されています。
――なぜ市街地にクマが出るようになったのか、原因は究明されつつあるのでしょうか。
宇佐見:まだ、はっきりとはわかっていません。ただ、去年に土崎で出たクマは捕獲をしていないのです。その後、山に戻ったのか、近隣で過ごしていたのかはわかりませんが、おそらく、去年にここまで来て大丈夫だったから今年も行けるだろう…と学習したのが、「いとく」に出たクマなのかなと思います。
――去年、秋田でクマ騒動が起きたのは10~11月でした。宇佐見さんに取材をしたのも10月後半でしたね。ところが、今年は12月になってもクマが出ています。
宇佐見:去年は食べるものが少なかったので、12~2月くらいはクマの活動が収まりました。ところが、今年は食べるものが豊富なのか、この時期になって活動しているクマが増えている気がします。あと、秋田県といえばクマばかり話題になっていますが、シカやイノシシの個体数もだいぶ増えているんです。そういったほかの野生動物と、餌場や縄張りがかち合っている可能性もあるのかもしれません。
――宇佐見さんはXで愛護団体を煽っているように誤解されることがありますが、あくまでも県民の安全を守りたいという思いの表れですよね。
宇佐見:幸いにも、県民や市民、特に土崎の人たちからは好意的な反応をいただいていますので、苦情の電話を貰っても気にならないですね。
――ただ、やり取りを見ていると「クマを殺すな」一点張りの人とは、もはや永遠に分かり合えないなと感じます。
宇佐見:抗議してくるなら、クマの生態くらい調べて電話してほしいですけれどね…。思い込みや自分の感想を述べられても困りますし、そういう電話はすぐに切るようにしています。
――「いとく」は12月7日から営業を再開し、ネット上ではエールも送られています。クマを捕獲するために奮闘した人たちや、各地の猟友会の人たちにコメントを頂戴できればと思います。
宇佐見:猟友会の皆さんをはじめ、クマの捕獲に関わったみなさんには感謝しかありませんね。特に、猟友会のみなさんが活動しやすい状況を、我々はしっかりと作って支えていかなければいけないと思います。「いとく」さんに対しては、再開おめでとうございます、そしていつもおいしい食材をありがとうございますと言わせてください。
ライター・山内貴範
デイリー新潮編集部