「マイクロプラスチックというと、陸地で出たプラスチックゴミが河川を通じて海洋に流されるものと考えられてきましたが、実は大気中にもあるんです」
こう言うのは、早稲田大学創造理工学部の大河内博教授。
アンコール遺跡周辺の大気汚染調査を行ったとき、道端にプラスチックゴミが散乱していたり、廃棄のために穴を掘ってペットボトルを埋めている光景を目の当たりにした。
「東南アジアは高温で湿度も高い。紫外線も強い。プラスチックゴミが劣化しやすく、マイクロプラスチックが大気中に放出されるだろうと考えました」
実は、大河内教授たちが調べるまで、大気中のマイクロプラスチックが調査されたことはほとんどなかったのだとか。
大河内教授たちが最初に調査したのは、富士山頂と新宿にある大学の18階建て研究棟屋上、そしてカンボジア。
地上から2劼泙任髻崑腟ざ界層」といい、ここには地上から影響を受けて大気汚染物質がたまっている。地上から2辧10劼糧楼呂髻崋由対流圏」といい、富士山頂は自由対流圏にある。
「自由対流圏でマイクロプラスチックの存在は確認されていませんでしたが、富士山頂で調査したところ、マイクロプラスチックが検出されたのです」
新宿では通常、空気1あたりマイクロプラスチックは1個あるかどうか、富士山頂では0.01から0.06個程度だとか。
「ところが、大気中マイクロプラスチックの濃度は季節や天候によって変わる。台風など大規模な低気圧が発生すると、新宿ではポリプロピレンが増えたり、高気圧が発達した晴天にはマイクロプラスチックが1あたり7個検出されたことがありました。
富士山頂でも台風の影響を受け、東南アジアから空気が運ばれてくると濃度や種類が増加しました。自由対流圏でも、このようなことがあるのは大きな発見でした」
ちなみにカンボジアの大気境界層では、’19年の雨季に調査したときは1あたり49個も検出されたが、’23年の乾季に調査したときは1あたり4個だった。
台風などの大規模な低気圧が発生すると、上昇気流が発生し、地上の空気が自由対流圏に上がってくる。このとき海洋マイクロプラスチックも巻き上げられるという。冬季に能登の海の表層海水を調べたところ1あたり2万~33万個のマイクロプラスチックが検出されたことがあるとか。
また、自由対流圏では偏西風が吹いているため、東南アジアや中国からが運ばれ、日本上空ではマイクロプラスチックの濃度が高くなるという。
自由対流圏に運ばれたマイクロプラスチックは風にのって地球上を回る。上空をグルグル回っているだけなら、地上で暮らす我々には影響がないように思えるが、
「上空に高気圧が張り出すと下降気流が発生し、マイクロプラスチックが地上に落ちてきます。雨や雪などに取り込まれて落ちてくることもあります」
自由対流圏でマイクロプラスチックが検出されたということは、地球規模でマイクロプラスチックによる汚染が起きているということなのだ。
一般的に、マイクロプラスチックとは5mm未満のプラスチックのことを指す。目に見えるほどの大きさである0.1mm以上のものは、空気中に上がってもすぐに地上に落ちるので、大気中に浮遊するマイクロプラスチックは、ごく微小のものになる。
この微小なマイクロプラスチックの影響ということで、いちばんに考えられるのは健康上のリスクだ。
大気汚染物質の中にはPM2.5と呼ばれる、直径2.5μm(マイクロメートル)以下の微小粒子がある。このPM2.5に、硝酸塩、硫酸塩、ブラックカーボン、有機物のほかに、マイクロプラスチックも含まれていることが大河内教授らの調査によってわかってきた。
2.5μm以下の大気汚染物質は、人の肺の中に入り込み、呼吸器系疾患や、不整脈など循環器系の病気のリスクを高めるといわれている。
「それだけではありません。プラスチックは環境中の有害物質と結びつき、濃縮してしまう。さらに、プラスチック自体も劣化することで有害物質を作り続けてしまうことが、我々のグループの研究でわかりました」
つまり、マイクロプラスチックを吸い込むと、健康リスクはさらに高まるというのだ。
「鼻や口から吸い込まれたマイクロプラスチックは肺にとどまるだけでなく、ナノプラスチックになって血管に入り込み、体中を巡ります。
これまで、血液脳関門という関所のようなところで止められるため、マイクロプラスチックは脳まで達しないと思われていましたが、今年になって脳からもマイクロおよびナノプラスチックが検出されたという報告がありました」
今のところ、それがどのような健康リスクを引き起こすのかわかっていないが、頸動脈プラークからマイクロプラスチックが検出された人は、脳梗塞や心筋梗塞を起こしやすいという事例が報告されている。
マイクロプラスチックが引き起こすことは、まだある。
「東京などでゲリラ豪雨が起こるのは、大気中マイクロプラスチックが関係しているかもしれません」
雨が降るために何が必要かというと、水蒸気と上昇気流と、もう一つ、雲を作る「核」。
これまで雲を作る核には、“海塩粒子”、硫酸塩、硝酸塩などが考えられてきた。“海塩粒子”とは、波しぶきが空気中を運ばれているうちに水分が蒸発し、塩分が微粒子になったもの。そして、石炭燃焼などで生じた二酸化硫黄から生成した硫酸塩、自動車排ガスなどの窒素酸化物から生成した硝酸塩などだ。
これらは水蒸気を吸収しやすく雲粒(雲を構成する水滴や氷結晶)を作る。一方、プラスチックは水を弾きやすいので、マイクロプラスチックが雲を作る核になるとは考えられていなかった。
「ところが、実際に雲の成分を採取して調べたところ、酸素を含んでいる親水性の高いプラスチックや、劣化したポリエチレン、ポリプロピレンも多いことがわかったんです」
酸素を含まないプラスチックも、劣化すると水を弾きにくくなることが知られている。つまり、大気中にこのようなマイクロプラスチックが増えてくると、雲ができやすくなり、激しい雨を局地的に降らせる可能性が高くなるというのだ。
「しかも、上空は紫外線が強く、プラスチックが劣化しやすい。プラスチックが劣化するとメタンやCO2を放出してしまうんです」
ゲリラ豪雨だけでなく、温室効果ガスを増やす可能性もあるというのだ。
いったい我々はどうすればいいのか。
「家庭で使用したプラスチック製品を適切に廃棄することは大前提として、できるだけ屋外使用を目的としたプラスチック製品を使わないことです。
たとえば人工芝。あれはプラスチックの塊で、上で激しく動くからちぎれた人工芝が空気中に飛散するし、太陽光で劣化しやすい。人工芝は、できるだけ天然芝に変えたほうがいいと思います。
公園の遊具もプラスチックの使用を避ける。プラスチック製の植木鉢も、劣化してマイクロプラスチックになれば吸い込む危険性があります。できれば陶製にしたいものです」
▼大河内博 環境化学者。早稲田大学理工学術院創造理工学部教授。環境問題の早期発見、早期解決に貢献できるような研究課題に取り組んでいる。最近力を入れているのは、富士山を用いた越境大気汚染・地球規模汚染観測、ゲリラ豪雨および山間部豪雨の生成機構、放射性物質の里山における動態と環境調和型除染技術の開発、カンボジアの大気汚染とアンコール遺跡への影響評価、大気中マイクロプラスチックの動態・起源・健康リスクの解明、早成桐によるグリーントランスフォーメーションなど。
取材・文:中川いづみ