2000年5月の「西鉄高速バス乗っ取り・殺傷事件」の被害者、山口由美子さん(74)(佐賀市)が8月、広島市内で講演した。
加害者の少年(当時17歳)が凶行に及んだ一因は社会にもあると考え、若者の居場所づくりの大切さを訴えてきた山口さん。約100人の聴衆に「生きづらさを抱える子どもや若者を減らすために、あなた自身が居場所になってあげてほしい」と呼びかけた。(岡本与志紀)
山口さんは24年前の5月3日昼、友人の塚本達子さん(当時68歳)と佐賀県から高速バスに乗り、福岡市内へコンサートを見に行く途中で事件に遭遇。塚本さんは少年に包丁で刺殺され、山口さんは腕や首を切りつけられて重傷を負った。
講演には広島市で若者の自立支援を行うNPO法人「キャリアネット広島」からの依頼で出席。山口さんは「自分の血を見ながら『もう死ぬ』と思った」と振り返った。
ただ事件後、不思議なことに少年への憎しみは湧いてこず、代わりに「なぜ事件を起こしてしまったのか」を知りたくなったという。ニュースでは、少年が中学時代にいじめられるなどして孤立していたと報じていた。
報道を見て、小中学校で不登校の経験がある高校生の長女が「私はお母さんに悩みを聞いてもらえたけど、彼は違ったんだろうね」と話すのを聞き、はっとした。「少年にも悩みを聞いてもらえる居場所があったら、犯行には及ばなかったのでは」
若者が学校や社会になじめずに孤立し、自殺したり自暴自棄になって犯罪に手を染めたりする原因は、周囲の大人や社会にもある。そう考え、事件の翌年から、子どもの居場所づくりや子育てに悩む親の支援に奔走した。少年院などでも100回以上講演してきた。
この日の約80分の講演でも、居場所づくりの大切さを何度も強調した。不登校や引きこもりが増えている現状に「相手を理解できなくても、そばにいて話を聞くことはできる。ありのままを受け入れてあげてほしい」と訴えた。
講演会のタイトルは「再生~西鉄バスジャック事件からの編み直しの物語~」。糸がもつれても編み直せるように、人生は失敗してもやり直せるという思いを込めた。「糸と糸が絡まり合って編み物ができるように、人生も人と人との出会いを通じて形づくられる。人間は誰しもが不完全。もし悩んでいるのなら、一人で抱え込まず信頼できる他者とつながってほしい」と今の若者たちへ願った。
就職に悩む20歳代の息子がいる広島市安佐南区の50歳代の会社員女性は、山口さんの話を聞いて「子に寄り添う姿勢について考えさせられた」と語った。
山口さんは、少年とは05年に医療少年院などで3度会ったことがある。ただ謝罪はされたが、詳しい動機は聞き出せなかった。今は連絡が取れないという。
「今、少年にどう生きていてほしいか」。講演後、参加者から質問されると、刃物で切られた複数の傷痕が残る手でマイクを握りしめ、こう答えた。「遺族の気持ちを思うと複雑だけれど、私は社会で元気に暮らしていてほしいと思っている」
◆西鉄高速バス乗っ取り・殺傷事件=2000年5月3日、九州自動車道を走行中の佐賀発福岡行きの西鉄高速バスを、刃物を持った17歳の少年が乗っ取った。翌4日、山陽自動車道小谷サービスエリア(東広島市)まで走行して停車していたバスに警察官が突入して少年を逮捕。乗客1人が殺害され、4人が重軽傷を負った。佐賀家裁は少年の医療少年院送致を決定。少年は06年1月、京都医療少年院を仮退院し、同3月に保護観察期間を終了(本退院)している。