〈15歳で施設に入れられ、18歳で少年院行き…少年時代からヤンチャすぎた“伝説のヤクザ”安藤昇が、特攻隊員として迎えた“終戦の瞬間”〉から続く
昭和のヤクザ史に名を刻んだ“カリスマヤクザ”安藤昇。「安藤組」を立ち上げて昭和の裏社会と表社会を自由に行き来し、数々の伝説を残した。安藤組解散後は俳優に転身し、映画スターとして活躍。
【衝撃画像】ヤバすぎる…“最強のヤクザ”花形敬が所属した安藤組の“怖すぎる組長”を写真で見る
そんな安藤昇の一生を記した作家・大下英治氏の著書『安藤昇 侠気と弾丸の全生涯』(宝島SUGOI文庫)より一部を抜粋し、安藤組大幹部で「大江戸の鬼」と呼ばれ、最強の喧嘩師とも言われたヤクザ・花形敬の破天荒な人柄を紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
写真はイメージ アフロ
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花形は、安藤の前では、ひと言の口答えもしなかった。が、安藤のいないところで酒を飲むと、ガラリと一変した。馬触れば馬を斬り、人触れば人を斬る、ではないが、眼に入る者を片っ端から殴っていった。
当時、渋谷の宇田川町に見栄新地という歓楽街があった。小さなキャッチバーが並んでいた。
花形が酔っぱらってキャッチバーの端の一軒に入ると、見栄新地が、パニック状態に陥った。
「敬さんが、こっちにやって来るぞ!」
あたりをうろついているチンピラどもが、まず、われ先に逃げる。キャッチバーも、夜の8時ごろだと、いくら「花形が来た」という報せが入っても、さすがに店を閉めるわけにはいかない。
が、12時ごろに「花形が来た!」という報せが入ると、なんのためらいもなく店が終わったふりをして閉めた。当時は、どのキャッチバーも、3時、4時まで開いていた。が、12時までに稼いでいれば、あとの3、4時間は儲けを捨てても、花形から逃げたほうが得と判断していた。
なにしろ、花形がバーに入って来るだけで、それまでの客が出ていく。花形のいくつも傷のある顔がのぞくだけでも嫌なのに、ボックスへ座ると、靴を履いたままの大きな足をテーブルの上に乗せてしまう。
それから、大声をあげる。
「おーい、ビール持って来い!」
店員も女たちも、誰1人として花形の顔をまともに見ようとはしない。眼が合おうものなら、顔の原形がないほどぶん殴られてしまう。
花形は、ビールを飲むと、冷蔵庫を開けた。中の物を勝手に取り出して食べた。花形は、食べ終わると、「女はいねえか……」と店内の女をジロジロと物色し始める。
花形の眼が、1人の女に止まった。小麦色の肌をして野性味のあるなかに、頽廃(たいはい)的な色気も秘めている。
花形は、店長に命じた。
「あの女、いいな。あの女、駅前のレインボーホテルに寝かせておけ」
店長が、顔を引きつらせた。
「あのォ……じつは、あの女は、わたしの女房なんです」
花形の縁なし眼鏡の奥の眼が、変質的に光った。
花形は、ビールをあおるや言った。
「関係ない!2時におれが行くから、布団に寝かせておけ!」
店長は、苦しそうに顔を歪めている。
花形は、テーブルの上の皿をポーンと空中に放った。
落ちて来る皿を、右拳で叩き割った。皿が、粉々になって店中に飛び散った。店長は、震え上がった。
「勘弁してください……」
花形の眼が、さらに光った。
突然、花形は懐に持っていたジャックナイフを取り出し、テーブルに突き立てた。花形は、にやりと笑うと命じた。
「いいな!女をおれの言った場所と時間に、布団に入って待たせておくんだぞ。それだけじゃねえ、布団の上で太腿広げさせて待ってろよ」
花形は、鬼のように恐れられていたが、反面、ひどく優しい面もあった。昭和25年の暮、花形は、自分を安藤組に入るよう紹介してくれた石井と、渋谷のマーケット『ポン五郎』の2階の飲み屋で花札にふけっていた。『ポン五郎』は、渋谷のテキ屋武田組の身内で、ヒロポン中毒の男が経営していたのでそう呼ばれていた。
その飲み屋には、ヤクザや愚連隊が集まっては、花札をしたり、ヒロポンを打っていた。
そこに、キャッチバー『くるみ』のホステスをしている千鶴子ともう1人の女性が、店を終えてやって来た。
安藤の経営していたバー『アトム』は、三崎清次(みさきせいじ)が代わって経営を任され、キャッチバー『くるみ』に変えていた。
千鶴子は、花形の妻であった。『陽のあたる場所』で美しさを見せつけたハリウッドのエリザベス・テーラーを彷彿(ほうふつ)とさせる美人であった。色の白い、艶かしい女である。小柄だが、乳房も尻もゆたかに盛りあがっている。『くるみ』では、ナンバーワンのホステスであった。彼女に、2万円ものべらぼうな勘定を取られても、懲りずに通ってくる客もいたほどである。
千鶴子は、花形より1歳下であった。花形が明治大学に入って間もないころ、彼女と知り合った。彼女は、関東女学院の不良少女であった。が、花形の眼には、まわりのいわゆるズベ公とは、およそ違って映った。何より、美しいだけでなく、品のいい顔立ちをしていた。花形には、深窓の令嬢としか見えなかった。
〈どうして、こんな女がズベ公になったんだろう〉
が、まわりの不良仲間で、花形に忠告する者もいた。
「敬さん、あの女、お嬢さんぶっているが、とんでもない女だぜ」
しかし、花形は、忠告を受けたときには、すでに彼女に惚れこんでいた。彼女は、花形の前では、恥じらいの多い女性であった。花形には、彼女の恥じらいがまた、言いようのない魅力に映っていた。
花形は、手のつけられない暴れ者であったが、男でも女でも、品のない粗野な人間は嫌いであった。
花形には、強い誇りがあった。
〈おれの体の中には、旧家の血が流れている〉
花形一族は、武田24将の1人の血を引いていた。敬の母親の美以も、長州萩の旧士族の娘であった。
花形が安藤に惚れ込んだのは、安藤の中に、まわりの粗野な愚連隊たちとはひと味ちがう雅(みやび)さを感じ取ったからである。
花形は、千鶴子にも、まわりのズベ公にはない品の良さを感じ取り、ひと目惚れしてしまっていた。
花形が彼女と知り合ったときには、彼女にはすでに恋人がいた。が、花形は、彼女を強引にダンスパーティーに誘った。ワインを飲ませて酔わせ、手込め同然にして抱いた。
千鶴子も花形に惚れ込み、2人は渋谷で同棲を始めた。
やがて女の子ができ、花形は彼女を入籍した。花形19歳、彼女が18歳のときであった。
『くるみ』のママは、三崎の愛人で、関東女学院時代、千鶴子の一級上であった。その縁で千鶴子もくるみに勤め始めた。
千鶴子は、持前の美貌で、くるみのナンバー1にのし上がっていた。
千鶴子といっしょにやって来た女性は、石井の彼女であった。
彼女は、顔立ちは、千鶴子以上の美しさであった。が、千鶴子を抜いてナンバー1にはなれなかった。会話をしていても、突拍子もないことを言い始める。店の客たちも、一瞬キョトンとすることがあった。頭が少し弱かったが、その分、性格はよかった。
石井は、学生時代から暴れ者であったが、女には初心(うぶ)であった。女の前に行くと、どうしようもなく恥ずかしくなり、まともに口もきけなくなる。
まわりの不良仲間が、不思議がるほどであった。
「おい石井、どうしたんだよ、急に……」
『くるみ』が開店したときには、石井は安藤から任されていた藤松旅館を出ていた。
千鶴子と石井の彼女がそろって来たのは、花形と石井に「帰ろう」と迎えに来たのであった。
ところが、この2人の女性が逮捕されるというとんでもない事件が起こる……。
〈「頭と顔を蹴りつづけ、動かなくなった」“最強のヤクザ”がロシア人をボコボコにして殺害…安藤組大幹部・花形敬が起こした事件の顛末〉へ続く
(大下 英治/Webオリジナル(外部転載))