兵庫県の斎藤元彦知事が8月30日、県議会調査委員会(百条委)で証人尋問を受け、元西播磨県民局長Aさん(60)が文書で告発したパワハラ疑惑を弁明した。告発後に人事報復を受け7月に自死したAさんの主張を、斎藤知事は「ありもしないこと」と切り捨てていたが、県幹部らが公開の場で知事の横暴な振る舞いについて証言を始めると、キレ散らかした過去の一部をしぶしぶ認めた。
〈カニ、靴、レゴブロックも…〉おねだりにパワハラは日常茶飯事…公表された兵庫県職員アンケート中間報告
「知事からはかなり激しい調子で『なんでこんなところに車止めを置いたままにしてるんや』と。怒鳴られたという認識はあります。社会通念上必要な範囲とは思いません。理不尽な叱責を受けたと(感じています)」

斎藤知事に先立って証言をした野北浩三・東播磨県民局長は、昨年11月の会議の際に知事から受けた扱いを詳細に語った。
当時、会議が開かれた播磨町の県立考古博物館は入り口への車両の進入が禁止されており、車止めが設置されていた。知事は車止めから先に車が進めないことに激怒して野北氏らを怒鳴りつけ、規定違反になる車止めの撤去を命じ、野北氏らは従うしかなかったという。
「アタマの中が真っ白になるような勢いで言われたので、とても(車止めは動かせないと)説明できる状況ではなかったです。もう少し言い方、話し方…、知事は『(パワハラではなく)指導』とおっしゃったが、とても指導の範囲内とは思えないような言い方です」(野北氏)こんな叱責は初めて受けたという野北氏は、部下職員や別の会議の出席者に状況を話した。知事の扱いに関する重要情報だからだ。隣の西播磨県民局のトップだったAさんはこれを知り、告発文書に「出張先のエントランスが自動車進入禁止のため20mほど手前で公用車を降りて歩かされただけで出迎えた県職員・関係者を怒鳴り散らし、その後は一言も口を利かなかったという」と記した。
3月12日にメディアなどに郵送されたこの文書の存在を把握した斎藤知事周辺は、すぐに発信者を特定。3月末に予定されていたAさんの退職を認めず、県民局長職から解任し、5月に懲戒処分を与えるなど徹底的に弾圧する。同時に文書の拡散阻止にも動いた。「3月27日に片山副知事から呼び出されました。副知事は『いまから話すことはメモするな」と言い、西播磨県民局長(Aさん)が怪文書を流したので異動処分を行なったと言いながら、私に対しては『(Aさんに)何かを話したのか』と尋ねました。会議で全員に対して話したと言うと、『あまりしゃべりすぎるなよ』というようなことを言われました』(野北氏)
斎藤知事の右腕だった片山氏も、Aさんの告発文書で違法疑惑の中心人物と目された一人。7月末に副知事職を辞したが、百条委の重要調査対象となっている。その片山氏も、斎藤知事のパワハラの標的の一人だったことが発覚した。「8月23日に非公開で行われた県職員の証人尋問で、斎藤知事が県最高幹部に文房具を投げつけたのを見た、との証言が出ました。これは具体的には片山副知事に向かって付箋が投げつけられたということです」(百条委メンバーの竹内英明県議)
30日には兵庫県まちづくり技術センター理事長の杉浦正彦氏も証人として立ち、土木局長だった2021年9月、知事が“自分が把握していないことが報道に出た”と言って呼びつけ「机を片手で1回か2回たたいた。声を荒らげておられた。机をたたいた行為は指導として必要がない。怒りをたたくという行為で表現する必要はない。口頭で注意をすればいい」と話した。
百条委が県の全職員約9700人に行なったアンケートでは職員の69%に当たる6725人が回答。うち4568人分の中間集計では回答者の4割弱が知事のパワハラを見聞きしたと返答した。斎藤知事は「伝聞が多い」などと言いこの結果への考えを示すことを避けてきたが、実名での証言が出たことで局面は決定的に変わった。
30日午後、弁護士を伴って証人席についた斎藤知事は、アンケートで指摘されたパワハラ言動の認識を聞かれると「記憶にない」「一つ一つ覚えていない」「私も完璧な人間ではない」などと応じた。アンケート記載以上の細部をつかれることはないと判断したのだろう。だが、顔出しの証言にはそうもいかなくなったか、苦しい答弁を続けた。
車止めがあると言ってキレた問題を聞かれると「当時の認識としてはそのエリアが車の進入が禁止されているとは全く認識していなかったので、当時の判断としては適切だったと思ってますけど、今振り返った時に進入禁止エリアだったら申し訳ない。大きな声で注意させていただき、職員が不快だったと思われたのなら反省し、機会があれば本人にもお詫びしたい」(斎藤知事)進入禁止ゾーンであるとの認識が当時自分にはなかったのだから、車止めをどけろと無茶ぶりをした判断も「当時の判断としては適切だ」というのだ。
片山元副知事に付箋を投げつけたことはどうか。竹内県議は、「知事が投げたのは『5センチ角、厚さは1センチはなかった』程度の付箋の束だったとの具体的な情報を県職員から得ている」と知事に突き付けた。これに斎藤知事は「重要な県政課題での指示事項を片山氏がきちんと進めなかった」と言いながら「大変残念な状況がある中で、思わず卓上に向けて放り投げたのは事実です。パーテーションかディスプレイに当たった。片山副知事に向かって投げたのではない。大事な指示事項がしっかり理解いただいていなかったと厳しく注意する中で突発的に行なってしまった行動ですが、今考えれば適切でなかったので、不快な思いをしたのならお詫びしたいし、私も反省したい。束で投げたのではなく、1枚の付箋を、思わず強い思いをいだいて目の前に放り投げたんです」と弁解した。
机をたたいたことも、重要な報告が漏れていたからだと主張しながら「思わずたたいてしまった」と認めた。当時は県知事選で当選した直後で「県庁に一人で来ることになって、自分が知らないところで業務が既成事実として進められようとしているのではとの不安を抱いた。選挙戦直後で、緊張感と気が高ぶっていたのもあるので」と言い訳を加えることも忘れなかった。「パワハラかどうかは私が判定するというよりも、百条委や第三者委員会などが判定するものと思いますけど、私は自分が行なった行為で不快に思われた方がおられるんであれば、そこはお詫びしたい」と繰り返し、パワハラだったとは認めなかった。
これまで「仕事に関しては厳しくさせていただいている」と格好よく説明してきた斎藤氏だが、本人は行事に向かう公用車の出発時間に頻繁に遅刻するとの指摘も出た。「自分は遅刻して部下には指導するのか?」と問われて「いつも遅れるのでなく、遅れることもある」と返した斎藤知事。自らの行動の非を認めない姿勢に百条委の委員らの怒りは高まっていった。斎藤知事を3年前の知事選で推した維新所属の佐藤良憲議員は「思いやりがない。人望がない」とこき下ろし、県議会副議長の母親の通夜に県職員が手伝いに行った夜、通夜に行かなかった知事が「今夜は自宅で料理しました」とSNSに書き込んだと指摘した。これにも斎藤知事は「職員の人望があることは大事だが、県政のためになんの仕事ができるかをしっかり追求していくことが大事」と返し、白けた空気が漂った。
斎藤知事は2時間半にわたった尋問の終了後には記者団に「私が兵庫県知事として仕事をさせていただきたい、そういう思いが強くある」と話し、辞職する気が相変わらずないことを強調した。だが、兵庫県議会では知事の不信任決議案の可決を模索する動きが顕在化。Aさんが告発文書に書いた他の違法行為疑惑や、斎藤知事や側近らがAさんを報復目的で不当に処分した疑いに対する百条委の追及が9月に本格化する。
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班