「宇宙部の活動は朝日新聞にとって久しぶりに明るい話題ですからね」(朝日社員)
毎年のように発行部数の減少が伝えられる新聞界で、全国紙各社が新しい事業を模索している。2024年4月、朝日新聞の公式YouTubeチャンネルAsahi Astro Live(朝日新聞宇宙部)がチャンネル登録者数10万人を突破した。
このチャンネルをたった1人で立ち上げ、運営する「管理人」が、名古屋大学理学部素粒子物理学科修士課程修了の名物記者・東山正宜氏である。Asahi Astro Liveではハワイ・マウナケア山頂と、岐阜県・木曽の天文台に設置された星空カメラの映像を24時間ナマ配信し、日蝕や流星群などの「天体ショー」では数十万人の視聴者を集める。いったい、「朝日新聞宇宙部」とはどんな組織なのか。朝日になぜ、どうやってそんな組織が生まれたのか。星空撮影に懸けるサラリーマン記者の情熱――。
『朝日新聞宇宙部』連載第8回
第7回記事『最近「流れ星」が激増している「納得の理由」』より続く。
三大流星群の1つ「ペルセウス座流星群」は、もっとも人気のある流星群だ。
毎年8月中旬に活動のピークを迎え、1時間に100個前後の流れ星が現れることも珍しくない。
流星の数だけなら、12月のふたご座流星群や1月のしぶんぎ座流星群も負けていないが、それら極寒の流星群と違い、お盆ど真ん中の暖かくて休みをとりやすい時期の流星群とあって圧倒的に観察しやすい。夏休みの自由研究にもぴったりだ。
2021年のペルセウス座流星群がピークを終えた翌日の8月14日。兵庫県明石市立野々池中2年の谷和磨さん(14=当時)は、マウナケア山頂の星空ライブに首をかしげていた。
「ピークは昨日だったよね? 予想がずれた?」
谷さんは、2週間前からこのライブを観察しつづけていた。日本時間で毎日午後10~11時(ハワイ時間で午前3~4時)の1時間に現れる流星を数える自由研究に取り組んでいたのだ。
ピークだった13日は165個。それが、翌14日は196個と2割ほど多くなっていた。
同じころ、日本流星研究会の会員でアマチュア天文家の杉本弘文さんは、電波を使った観測で流星が増えているのに気づいた。すぐにマウナケアの星空ライブをディスプレーに映した。「電波観測で流星が増えはじめて、あれあれ? と思っている間に爆発的な数になった。ライブでも確認したら、確かに流れている。これは本物だと」
視聴者たちも異変に気づいた。
「なんか今日も多くない?」
「ピークは昨日だったはずなのに、ずいぶん飛ぶねえ」
特に、長く飛ぶゆっくりした流れ星がたくさん現れ、願い事も言い放題になっていた。
国際流星機構(IMO)の発表では、想定外の大出現があったのは8月14日午前6~9時(世界時)。夜間だったアメリカやカナダの観測者が大出現を目撃したほか、電波観測では世界各地で1時間に200個超の流れ星が観測されたという。
マウナケアの星空ライブで多くの流れ星が見えたのは、確かに大出現によるものだったのだ。
流星群は、彗星が放出したチリに地球が突入して起きる。五輪の聖火リレーで、聖火の煙がその通り道に漂いつづけていて、そこを突っ切ると煙さを感じるようなものだ。ペルセウス座流星群は、約130年の周期で太陽を回るスイフト・タットル彗星のチリに由来する。
彗星は太陽に近づいたり遠ざかったりしながら太陽を回っているのだが、毎回ぴったり同じ場所を通るわけではない。大洗発苫小牧行きのフェリーの航跡が毎回少しずつ変わるように、同じルートであっても、その通り道は少しずつ異なる。そして、最近通ったばかりの航跡は濃く、時間がたつと薄まるように、彗星が放出したチリも、はじめは濃くてだんだん薄くなっていく。
だから、彗星が通った直後のチリの帯に地球が突っ込むと、時には1時間に数千から数万個の流れ星が現れることがある。「流星雨」や「流星嵐」なんて呼ばれる。
有名なのは毎年11月にピークを迎える「しし座流星群」だ。およそ33年ごとに太陽に近づくテンペル・タットル彗星のチリに由来する流星群で、2001年には1時間に最大で1000個もの流れ星が5時間にわたって流れつづけた。私はこのとき、生まれてはじめて「流れ星を見飽きる」という体験をした。次の大出現は2034年ごろとみられている。
天文学者は、有名な彗星の通り道を過去にさかのぼって調べており、地球の軌道がいつの通り道に近づくかを予想できる。特に最近の濃い通り道に近づかないのであれば、一般的な流れ星の増減になるはずだ。
国立天文台天文情報センター広報普及員で、流星の専門家の佐藤幹哉さんによると、スイフト・タットル彗星については、過去2000年の通り道があらかた解析されており、2021年のピークも例年通りとみられていた。
夏休み前、谷さんは自由研究でペルセウス座流星群をテーマにするかどうかを悩んでいたという。第1候補ではあったが、流れ星がもっとも流れる時間帯は夜明け前のため、その時間に継続的に観察するのは、いくら夏休みとはいえ難しい。
小学生のころから通っていた明石市立天文科学館で相談してみると、井上毅館長が「ハワイの星空ライブで流星を数えたらいいんじゃないかな」と助言してくれた。時差があるハワイなら、日本時間の午後10~11時がちょうど夜明け前だ。「この時間なら起きていられる」と思った。
観測を始めたのは7月29日。ピークよりもずいぶん早く始めたのは、「忘れん坊なので、毎日の習慣にしよう」と考えたからだという。
毎日午後10時が近づくと、あらかじめトイレを済ませてスタンバイ。5分前には部屋の明かりを消して暗闇に目を慣らし、スマートフォンを机に置いてカウントを始めた。
観測を始めた当初は、流れ星が流れるたびにノートに正の字を書いていた。ところが、真っ暗闇だとどこに書いたのか分からなくなったため、ただの線を引いて後から数える方法に変えた。
はじめの10日間は、満月過ぎの月がまぶしかったこともあって、多くても1時間に50個くらいしか確認できなかった。しかし、8月10日ごろからはみるみる増え、11日に106個、12日に151個、ピークの13日には165個を記録した。
「ふつうはピークの日までの観測で満足してしまいがち。ここからさらに観測を続けたのが素晴らしかった」と井上さんは言う。
14日もいつも通り観測を始めると、大きめの流れ星が次から次へと現れた。不思議に思いながら数えるうち、前日を大きく超える196個になった。その後、15日は130個、16日にも149個と再び増えたものの、17日には60個まで少なくなった。
自由研究では、14日の大出現について、「極大(ピーク)の日より翌日に多く流れた。チリの位置が1日分ずれたか、別の群がかぶった」のではないかと考察した。自由研究は2部作り、1部は学校に提出し、もう1部は天文科学館にお礼として持っていった。
この日外出していた井上さんは、戻ってから職員が預かっていた自由研究を見て手が震えたという。すでに14日に大出現があったことは知っていたが、中学生がそれを独自に発見していたことに驚いた。すぐさま佐藤さんに「実は中学生がこんな研究をしてきて」とメールした。
井上さんは、私にも連絡してくれ、記事になった。
杉本さんらによると、この大出現を受けて、あらためて直近の数年のデータを見返したところ、ピークの翌日に多めになる傾向が確かにあったという。
ただ、佐藤さんは「2021年にこれほどの大出現があるとは誰も思っていなかった。中学生がそれを独自に観測し、ピークからずれた時間に出現したことへの考察も書かれていたことに感動して、涙が出てきた」と振り返った。
谷さんは「ピークの前後をグラフにしようとしたのが、珍しい現象でびっくりした。冬にはふたご座流星群やしぶんぎ座流星群もあるので、今回との違いを比べてみたい」と話した。
第9回記事『朝日新聞の「星空カメラ」に一瞬映った「緑のレーザー」…NASAが突き止めた「正体」』ヘ続く。
朝日新聞の「星空カメラ」に一瞬映った「緑のレーザー」…NASAが突き止めた「正体」