2024年5月の訪日外国人観光客数が304万100人で、3か月連続で300万人を超えた(日本政府観光局調べ)。京都や富士山などだけでなく、コンビニや商店街など、日本に住む私たちが当たり前だと思っているものが、観光スポットになっていたりする例もある。SNSでもさかんに拡散されるそれは、たいていポジティブな言葉で彩られているが、そこはもちろん社交辞令が含まれていると忘れてはいけない。ライターの宮添優氏が、訪日観光を楽しんだ彼らがSNSでは決して打ち明けなかった日本への違和感についてレポートする。
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* * * 強烈な円安が続くことも影響しているのか、お得に旅行できるとやってきたであろう、海外からのインバウンド客の姿を日本国内のあちこちで目撃するようになった。私たち日本人からしてみると、わざわざ極東の果ての島国までやってくるのだから、よほど日本のことが好きに違いないとか、日本の清潔で便利な社会に驚くのではないか、などと考えてしまいがちである。テレビでも、来日した外国人にインタビューしたり、密着取材した番組が人気で、いずれも終盤には「日本は素晴らしい」「日本にずっと住みたい、帰りたくない」などといって涙を流し、日本愛をアピールする外国人の姿が流れるのも、もはやお約束と言っていいほどだ。
実際、光栄なことに日本を訪れた外国人観光客の満足度は、かなり高い水準で推移していると言われている。時間通りにやってくる電車や、混雑時の整列、街の清潔さ、多種多様な品が24時間365日いつでも購入できるコンビニの存在など、その「日本らしさ」は、外国人からも高く評価されている。
しかし中には、来日したものの「日本が嫌いになった」「二度と来たくないと思った」という意見も漏れ聞こえる。わざわざ少数派の意見を掘り起こす必要があるのかと言われそうだが、小さな声から日本が抱える本当の問題に気づかされることもあるし、新しいチャンスが見えることもある。謙虚な気持ちになって、耳を傾けてみたい。
大多数が「日本は素晴らしい」と手放しで絶賛する中、日本人の筆者に気まずそうに答えてくれたのは、観光目的で2度来日したことがあるオランダ人の会社員・マールテンさん(38才)だ。
「1分の遅れもなく、時刻表通りに電車が来るのは本当に素晴らしいこと。勤勉な日本人らしいなと思いますし、通勤ラッシュの見学に朝の新宿駅へ見学に行ったほどです。しかし、見ているだけならいいのですが、実際にラッシュ時に電車を使って通勤したり、家族の移動の為に電車を使おうとは思わない。むしろ、使わなければならない状況は拒否したいし、そういう意味では日本で暮らすことは不可能です」(マールテンさん)
日本の「通勤ラッシュ」の様子は、動画サイトなどを介して、世界中でもよく知られている。その為、マールテンさんも「見学」には行ったが、実際に乗車することはなかった。身の危険を感じたからだという。
「今までは、日本はすごいところだ、ぐらいにしか考えていませんでした。しかし間近で通勤ラッシュを見て、言葉が出ませんでした。毎朝、あのような混雑する電車に乗らなければ仕事に行けないんです。まさに命の危険を感じます。また、今は外国人向けの乗り換え案内アプリもあるけど、電車は時刻表通りに絶対やってくるし、乗り換えもたった数分で済ませねばならないし、電車に乗っている間はまったく気が抜けない。生活に余裕がなくなり、生き方が変わってしまいそう。もっとゆとりのある生活がしたい」(マールテンさん)
確かに、東京の通勤ラッシュは激しい。とくに新宿駅は世界でもっとも利用者数が多い駅のひとつと言われている。オランダでもラッシュアワーの混雑は発生するというが、人口約80万人を抱える最大の都市であるアムステルダムでも、東京のようにぎっしり人がひしめく車両に乗ることはないという。そういえば、前回の東京都知事選で小池百合子知事は「満員電車ゼロ」を公約に掲げていたことが思い出される。
その後、新型コロナウイルスの感染拡大によって通勤が控えられるなどしたため、なんとなく喫緊の課題という雰囲気が薄れてしまった。だが、過度な満員電車には東京で暮らす人たちのほとんどが不満を抱えているはずだ。マールテンさんの指摘によって、本来は危険で、少しの油断も許されない窮屈さだということを思い出させてくれた。
「今はオランダに戻り、日本旅行での楽しかった記憶を思い出しています。しかし、あの満員電車を見て以来、ああいう生活は私には合わないと思いました。決して日本が嫌いというわけではありませんが、皆が良い、素晴らしいと思うものでも、人々の価値観によってその評価は変わるのです」(マールテンさん)
他にも、一方では「絶賛」され、他方では避けられはじめたという日本の「文化」もある。
「来日前、母親がYouTubeで見たらしく、絶対に100円ショップには行きたいと。便利でかわいい品物が1ドル以下で買えて、大金持ちになった気分でショッピングができると、私も楽しみにしていました」
こう話すのは、南米・ペルー出身で今年春に日本旅行をしたというファナさん(30代)。100円ショップだけでなく、日本のコンビニで買える弁当やスイーツ、回転寿司などの食品にも大きな期待を寄せ、母親と二人来日した。
「100円ショップの品物は、一見便利なように見えて、あまり日常生活には役立たないものも多いという印象で、母親もがっかりしていました。そう考えると、ほとんどいらないものだらけで、安いからといって不要なものを作り続け、それを買い続けているのではないかと思わずにはいられない」(ファナさん)
楽しみにしていた旅行でファナさん親子が目の当たりにしたのは、母国では「足りない」とされる生活雑貨や食品は、日本には捨てるほどある、という現実だけだった。
「日本は豊かな国だと思いますが、何もかもが必要以上にあって、SDGsの精神には全く反しているなと感じました。コンビニでも、売れ残った食べ物は廃棄されると聞いて驚きました。日本の豊かさの裏には、やっぱり不都合な事実がある。だとしたら、日本のようにモノに溢れた生活はしたくないし、すべきではない」(ファナさん)
すっかり、日本のリアルを知り「資本主義のネガティブな側面」を見た気分になったファナさん。日本へのあこがれはすっかり消え失せたのかと問うと、強く否定された。
「とんでもないです。実際に日本を訪れてみて、初めて知った事実もたくさんありますし、素晴らしいという点は変わらない。ただ、日本人が誇る日本のすごさや素晴らしさと、私たち外国人の感覚には差があるような気がします」(ファナさん)
日本絶賛だけではない、来日外国人旅行者が抱く「本音」。それによって新たに気づかされる自分の本音がある。日本に暮らす我々は、「空気を読んで」多数の意見に流されて、実は居心地悪く思う感情にフタをしている。すし詰めの満員電車も、必要な量以上にモノが売られていることも本当に当然のことなのか。外国人観光客の語られざる本音が、日本人に問いかけているようにさえ見えるのだ。