靖国神社の石柱に放尿するそぶりを見せたあと、赤いスプレー缶で「Toilet」と落書きし、立ち去る男。6月1日以降、中国のSNSで拡散していた動画だ。
【写真】靖国神社落書きの時の動画。他、海鮮市場への突撃時の様子なども
中国で「侵略戦争を主導したA級戦犯が祀られる場所」として忌み嫌われている靖国神社での暴挙は、強い反日感情を抱えた人物による「テロ行為」かとも思われた。さらに、警察の捜査により、犯行の約5時間後には上海に向けて日本を出国していたことが判明すると、計画的な犯行である印象が強まった。
しかし、その後明らかとなった男の正体は、単なるお騒がせ動画配信者だった。
「男の名は董光明(ドン・グァンミン、36歳)。『鉄頭(アイアンヘッド)』の名前で複数のSNSで動画配信者として活動していました。なかでも彼が最も活発に投稿を行っていたのが、中国版TikTokの抖音(ドウイン)で、ぼったくりや詐欺などを直撃する世直し系の動画を次々に配信して人気となりました」(中国人ジャーナリストの周来友氏、以下同)
一例を挙げると昨年7月、観光客をカモにしたぼったくり行為で悪名高い、海南島のある海鮮市場に潜入し、量り売りされる品物が実際の重さより大幅に少なかったことや、「観光客価格」の存在について、動画で配信。その結果、現地の市場管理監督局の指導が入り、ぼったくりは一時的に鳴りを潜めることとなった。また同月には、フォロワーの女子大学生から杭州市内の美容サロンで1万5000元(約32万円)という不当に高額な料金を支払わされたという相談を受けると、同サロンに押しかけて動画で晒し、視聴者から称賛を受けている。
さらに昨年8月には、中国政府による「学習塾禁止令」に反し、闇営業を続けていた学習塾を突撃して動画で告発。同塾は当局の罰金刑を受けることとなった。
「こうした動画が次々と話題となったことで、彼の抖音アカウントは、512万人を超えるフォロワーを擁していました。それだけの著名インフルエンサーなので、ライブコマースへの出演をはじめとした企業案件が舞い込んでいたようです。SNS上で『詐欺ハンター』という異名も取っていた彼に、生配信で何かしら商品を実演販売させることで、その商品の信頼を獲得することもできるわけです。彼のフォロワー数からすると、15分ほどの出演で数十万円は稼いでいたのではないでしょうか」
ところが、今年2月、董は築き上げたフォロワー数のほとんどをあっさりと失ってしまう。
「抖音とは別のショート動画アプリ、『快手(クアイショウ)』での生配信で、過去に買春した経験を生々しく語ったことが当局の逆鱗に触れ、4日間の『行政拘留』という処分を受けました。さらに問題の配信を行った快手だけでなく、抖音を含め複数のSNSに開設していた彼のアカウントは一斉に閉鎖されることとなりました」
さらに、この一件を機に、彼の過去までも蒸し返されることとなったようだ。中国の裁判文書公開サイトから取り寄せたと見られる、董光明の名前と顔写真が掲載された判決記録がSNS上で拡散。2015年6月に湖南省州市中級人民法院から、賭博場開設と違法監禁の罪で3年6ヶ月の懲役刑と4万元(約88万元)の罰金刑を下されていることが記されていたのだ。さらに、賭博場の経営によって70万元(約1500万円)を売り上げていたことや、服役中は模範囚として過ごし、刑期が2年6ヶ月に減刑され、2017年5月23日に釈放されたことなども、SNS上の集合知によって明らかにされていった。SNS上では、世直し系配信者の隠された前科に落胆の声も寄せられた。
5月2日に4日間の行政拘留を終えて出所した董は、文字通り全てを失った状態だった。そんな彼が動画配信者として復活をかけて挑んだのが件の靖国神社の動画だったわけだ。
「中国のSNSでは、日本を侮辱することで愛国心を示す行為は、注目を集める手段として鉄板と言っていい。彼のこれまでの投稿内容や半生からすると、それほど確固たる政治思想は持っていないと思われますが、ゼロからの再出発として、靖国神社をターゲットにすることにしたのでは」
仮に今後、彼のそうした目論見が成就したとなれば、模倣犯が大量に来日し、同様の暴挙に出ることも危惧される。今回のケースでいえば、中国外交部の報道官が国外の中国人に「理性的に行動するよう」注意を促す一方、日本に対しても「侵略の歴史を直視するよう」求めるなど、ただの落書き問題では終わらない可能性もある。
今後、日本の入国管理においては、犯罪歴のある人物のみならず過激配信者を阻む水際対策も必要になってくるかもしれない。