父親の分からない望まぬ妊娠の末、アルバイト先のトイレで男児を産み落とし、死亡させた罪に問われた女(35)。「私のお尻か太ももあたりに、(赤ちゃんの)手が触れた感覚があった」当日の状況を振り返る生々しい供述が、法廷に響いた。出生後約10分で失われた幼き命。事件を防ぐことはできなかったのだろうか。被告の女(35)は去年8月、大阪市阿倍野区の飲食店の個室トイレで、男児を出産したものの放置し死亡させたとして、保護責任者遺棄致死の罪に問われた。男児の死因は溺死で、出生後10分程度で死に至ったとみられる。

飲食店は被告のアルバイト先だった。事件当日、被告は午後2時前に出勤したが、体調に異変を感じ、午後6時ごろから個室トイレにこもった。ただならぬ事態を感じた店長が被告の母親を呼び、母親は「出てきて」と呼びかけるも、被告は「無理」と返事するのみだったという。
被告は、駆け付けた救急隊員にも「大丈夫です」と答えていたが、最終的に隊員の説得に応じ、トイレから出てそのまま搬送された。そして、トイレ内でへその緒の付いた状態の嬰児が見つかる。
(6月5日の被告人質問)被告 「気張って……どれくらい気張ったのかは覚えていませんが、何かが出た感じはありました」「初めは何かは分からなかったけど、泣き声が聞こえてきたので、赤ちゃんだと分かりました」「私のお尻か太ももあたりに、(赤ちゃんの)手が触れた感覚があった」
検察官「赤ちゃんを助けてあげなきゃという気持ちにはならなかったんですか?」被告 「泣き声が聞こえたので、助けなきゃとは思ったが、パニックになって頭が真っ白で、ただただ動けない状態でした」

数年前からマッチングアプリで知り合った男性らとの交際費がかさみ、借金が積みあがった被告。風俗店でも働くようになったという。
医師の所見によれば、男児は少なくとも妊娠37週以降の正期産だった。母親やアルバイト先の関係者なども事件前、妊娠ではないかと感じて被告に問いかけたが、被告は“太っただけ”と返していた。
(6月5日の被告人質問)弁護人「なんで(妊娠を周囲に)言えなかったんだろう?」被告 「………(涙)」「人に頼るとか相談するのが苦手だったので、言えなかった部分があると思います」
裁判長「妊娠しているのかお母さんからも訊かれていたわけですよね?自分から言うのが苦手でも、訊かれたことに答えることはできなかったのですか?」被告 「母親は手術を控えていたので、あんまり負担にならないようにと考えて、言えなかった部分もありますし…」

父親が分からない望まぬ妊娠だったことは確かだが、公判では不合理な供述を見せる被告の姿もあった。
事件の約3週間前から被告は「妊娠後期」「トイレで出産 どうやって」「臨月 お腹の張り」「胎児 臨月 お腹の中」などと、妊娠や出産に関する言葉を何度もインターネットで検索していた。事件当日の朝も「破水」と検索している。ところが被告は、“妊娠していることを確信はしていなかった”という旨の供述を展開した。
さらに事件当日、救急隊員の説得に応じて個室トイレから出た際、被告は便座のフタを閉めていた……。
(6月6日の被告人質問)裁判長「赤ちゃんが亡くなった時の状況を聞いて、あなたはどう思いましたか?」被告 「本当に申し訳ない気持ちです」裁判長「便座のフタを閉めちゃっていますよね?本当にあなたは便槽の中から、赤ちゃんを取り出す気持ちはあったんですね?」被告 「ありました」

被告にとって救いなのは、社会に戻った後に“独りではない”ということである。驚くべきことだが、現場となったアルバイト先の飲食店の店長は、事件後も被告を解雇することなく雇用を継続していて、社会復帰時の居場所を用意してくれている。
(6月4日の証人尋問)店長「(事件前に)一声あげてくれたらなと思いました。助けを求めてくれたら、何かできたのではないかと今でも思う」「やったことは責任を取らないといけないが、やっぱり立ち直ってほしいです。(雇用継続は)そういう思いからです」
現実的に早期の復職が可能かどうかは分からないが、罪を犯した多くの人が、社会復帰後も孤立や孤独にあえぐ中、これほど心強い支援はないのではないか。
検察が懲役4年を求刑して迎えた、6月13日の判決。大阪地裁(三村三緒裁判長)は、「臨場した救急隊員に出産の事実を告げなかったばかりか、個室トイレの鍵を押さえて開かないようにするなどした上、便座のフタを閉めてトイレから出てきた。我が子を助ける意思はなかったと認められる。ただ、精神的混乱の中、救命措置を講じなかったことに全く酌むべき点がないとも言えない」「父親の分からない望まぬ妊娠であり、自分のことを話すのが苦手な性格や金銭的困窮などの事情も影響しているとはいえ、結局自ら現実に向き合わないまま出産に至った」と指摘。
その上で「内省はいまだ十分に深まっておらず、公的な第三者が社会内更生に関与することが重要」として、女に懲役3年・保護観察付き執行猶予5年の判決を言い渡した。
これまでの公判と同じく、終始うつむいていた被告は、執行猶予や保護観察についての説明を聞いていた際、かすかにうなずいていた。
死亡した男児を火葬し天国に送るにあたり、被告は亡き我が子に「そら」という名前を付けたという。判決で勾留から解き放たれ、裁判所の外に広がる青空を見上げた時、何を思っただろうか。
◆思いがけない妊娠・望まない妊娠 相談窓口
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(MBS大阪司法担当 松本陸)