看護学校生が卒業後に系列病院で一定期間働けば返済が免除される奨学金について、その病院で勤務できない場合、返済義務があるかが大阪地裁の民事訴訟で争われている。
学校の運営法人が卒業生3人に返済を求め、卒業生側は法人の都合で不採用にしたのに返済を求めるのは信義則違反だとする。同様の奨学金は看護業界で普及しており、トラブルは後を絶たない。(岸田藍)
法人は大阪府内の社会医療法人で、精神科病院に併設する看護専門学校(2年課程)を運営している。訴訟記録などによると、学生は入学前の書類審査や面接を経て奨学金を受給でき、卒業後に法人の職員として2年以上勤務すれば返済が全額免除される。
3人は2019年4月に入学した男性1人(27)、女性2人(36歳と44歳)。経済的な理由で、学費名目の奨学金178万円をそれぞれ受給した。受給者は同学年約30人のうち半数ほどだった。
3人は看護師資格を取得し、卒業後は法人の病院での勤務を希望したが、採用試験で20年7月に不採用とされ、別の病院に就職した。他の受給者の大半は採用された。
法人側は「生活状況を踏まえ、奨学金の返済額をそれぞれ100万円に減らす」と3人に提案したが、合意に至らず、178万円ずつの返済を求め、昨年8月に提訴した。
法人側は、奨学金の貸与が法人職員としての採用を約束するものではないと主張。採用試験で実施した面接や心理テストで、合格水準に達しなかったとし、返済義務があると強調する。
卒業生側が重視するのは、入学前に配布された奨学金の募集案内の内容だ。受給の条件として「法人の病院に就職する者」を挙げ、貸与取り消しについては「法人への就職を希望しなくなった場合」を示す一方、試験で不採用とした際の記述はなかった。
卒業生側は「奨学金の利用を強く勧められたが、不採用なら返済義務があるとの説明はなかった」とした上で、在学中の支給取り消しを定めた規定に反する行為もないと強調。不採用が決まった時期はコロナ禍で、採用人数の抑制といった経営上の事情変更が影響したと疑われるとし、「3人とも成績は良好で、簡易な面接と心理テストだけで不採用と判断するのは不合理。信義則に反する」と訴える。
法人側は取材に「(訴訟について)一切お答えしない」とした。
被告の女性(36)は、法人側から「子どもと2人暮らしで、夜勤を安定して行うのが困難」と不採用の理由を示されたとし、「入学前からわかっていたことで納得できない」と話した。
こうした奨学金は「お礼奉公」とも呼ばれ、看護業界で戦後、看護師不足対策として普及したとされる。病院、学生側双方にメリットがあるが、雇用の流動化が進む中、トラブルが度々起きている。
全国に看護専門学校は500校以上あり、看護師向けの転職サイトを運営する「レバレジーズメディカルケア」(東京)によると、ほとんどの大手医療法人は同様の奨学金を導入している。新卒採用者のうち利用者は4~5割を占めるという。
トラブルで目立つのが、系列病院に就職したものの、厳しい職場環境などになじめずに退職を申し出ると、「奨学金の返済が終わっていない」として慰留されるケースだ。退職すれば、奨学金の一括返済を求められて困る卒業生も少なくない。
看護師養成制度に詳しい林千冬・神戸市看護大教授は「病院側は学生側にメリットばかりを強調するのではなく、不採用の可能性や奨学金の返済条件など不利益な情報も丁寧に説明し、契約時に書面で合意を得るべきだ。学生側もリスクがあることを十分検討して選択することが大切だろう」と話した。