―連載「沼の話を聞いてみた」―
受験シーズンもひと段落し、春からの新生活に向けてあわただしく準備しているご家庭も多いだろうか。特にまだ友人ができていない大学生に向けては、「悪質カルトとマルチ商法の偽装勧誘に気をつけろ」とたびたび警鐘が鳴らされる。
そうした話題に触れるたびに子どもを持つひとりの親として、
「マルチは本当にろくなことにならないですから……」
とため息をつくのは、40代の医師・宮下真子(仮名)さんだ。真子さんの実家も、マルチ商法の製品で埋め尽くされているのだ。
◆真偽不明な健康効果
某マルチ商法会社の会員となり、商品を買い込んでいるのは真子さんの妹。真子さんの家や実家には、毎月妹からマルチの健康食品が段ボールで送られてくる。真子さんも母も購入しているわけではないので、妹の手元には在庫がさぞかしダブついているのだろう。
マルチ商法なので、勧誘がつきもの。よって、妹はきょうだい親戚友人へ熱心な勧誘をしては、周りから距離を置かれている。
それだけでなく真子さんがいまいちばん困っているのは、母の健康状態が悪いことである。原因は、どう考えてもマルチの健康食品なのではと怪しんでいるのだ。
この会社の商品にかぎらず、マルチ商法で販売される健康食品(時に雑貨)は、販売員たちによって健康効果が盛られまくって謡われたり、エクストリームな利用法を提案されることがめずらしくない。
◆母の体調が心配
筆者のもとにたびたび届く話では、健康食品を肌に塗ったり目薬のように使ったりと、「なんでも治る魔法の万能薬」かのように謳われているケースも多々あった。消費を促すために行われる創意工夫は、はたから見て異様である。
「母も、妹が勧めるがままにマルチ商法の健康飲料の類を頻繁に摂取していたんですよね。すると、ずっと喉がつかえるようになったと訴えるようになって。喉や食道、腸の状態を検査しましたが……これといった異常は見つかりませんでした」
真子さんの実家は医者一家である。父、兄、弟、親戚一同、何かしらの医療職に従事している。なので真子さんも、事あるごとに「喉を見てほしい」と母から頼まれる。
「そうしているうちに、母の腕の内側に、原因不明の“ただれ”が出はじめました。なのでやんわりと、妹の持ち込むものを口にするのはやめてほしい、と説得しました。するとしばらくして、ぴたりと症状が治まったんです。私は妹が持ち込んだ健康食品が関係していると思うのですが、妹はコロナワクチンの後遺症だと主張しています」
家族以前に、なぜ医師としての立場からも「やんわり」なのか? 強くやめろと言えないのか?
それは、否定すると妹が大暴れするからなのだ。いまにはじまったことではなく、昔からだった。「妹のやることを無下に否定するとめんどくさいことになる」というのが、真子さん一家では暗黙の了解となっている。
大学生時代はこうだ。真子さんが失恋して落ち込んでいると、妹が幾度もこうもちかけてきた。
「すごい先生のところに、復縁のお札をもらいに行こうよ。効果あるって評判なんだよ」
興味もないし、いい加減しつこい! つい怒ってしまうと、「お姉ちゃんに罵られた! 占いの先生にいいつける!」そう泣きわめき、家を飛び出してしまった。唖然と見送ることしかできない。
◆SNSでも大暴れ
大人になったいまでは、さらに悪化している。
ところかまわず勧誘して回るので、妹の友人が「その会社、こんな記事も出ているみたいだよ」と批判的な記事を教えることもあった。
ところが学生時代と同じように大泣きして激高し、「クソ野郎! 何もわかってないヤツが侮辱しやがって!」と殴り込みにいく勢いで暴れた。
しかもいまは、SNSがあるのがさらに厄介だ。妹は感情とSNSが直結しているため「クソが!!」と口汚い言葉を、世界へ発信してしまう。本人がすぐに消すようだが、真子さんの友人らもそのアカウントを知っていて口汚い言葉の数々を目にしているので、恥ずかしくて仕方がないという。