セールス成功の報酬として「ヨーロッパ旅行」の権利を手に入れたエリート電通マン。妻へのアリバイも用意済み。不倫相手の派遣社員女子と彼の地へ向かうも、その悪行が会社だけでなく、妻にもバレてしまった“意外な理由”とは……。
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元電通マンの福永耕太郎氏による新刊『電通マンぼろぼろ日記』(三五館シンシャ)より一部抜粋してお届けする。なお、登場人物はすべて仮名である。(全2回の1回目/後編を読む)
エリート電通マン&派遣社員女子の“ヨーロッパ不倫旅行”はなぜバレたのか…? 写真はイメージ getty
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飛松氏は、私より入社年次が1年上の営業の先輩だった。彼はある国立大卒で、その大学の応援団長を務めたことを何より誇りとしていた。押しが強く、仕事ができた。上司たちからの評判もすこぶる良かった。
「おまえも飛松を見習えよ」「飛松先輩の爪の垢あかでも煎じて飲んだらどうだ」「飛松君の言うことをよ~く聞いておくんだぞ」……上司たちから、何度その名前を引き合いに出されて説教をくらったことだろう。
クライアントからの評判もすこぶる良かった。何を言われても笑顔で「わかりました!」と即答するからだ。
しかし、その煽りをくらうのは、彼の後輩たち、つまり私たちなのだった。
「おいっ、福永、明日までにこれをやっておけよ!」「おまえ、こんなこともできねーのか!」
“上”にはおぼえめでたい飛松氏は、“下”にはいっさいの寛容さがなかった。
押し付けるだけ押し付けて、指導するという姿勢もない。仮面の下の顔に私はうんざりしていた。
ある年、サッカーワールドカップにおけるテレビ放映の広告枠を、飛松氏が担当していた電機メーカーに販売することに成功した。当時、テレビ局各社は、この手のビッグなスポーツイベントの広告枠セールスに成功した広告代理店の営業社員に、インセンティブとして、その試合の観戦旅行をプレゼントするという企画を多用していた。4年に一度のプレミアムイベントは、テレビ放送枠の広告提供料金も文字どおりプレミアな高さなのであった。
飛松氏にも、セールス成功の報酬として、テレビ局から往復の旅費と宿泊費がついた“ヨーロッパ出張”がプレゼントされた。日程は1週間、その間にやることといえば、現地でワールドカップの試合を観戦するだけ。事実上の観光旅行だった。上司たちも“仕事のできる”飛松氏に優しい。
「よく売ったぞ。おまえの手柄なんだから、胸張ってむこうで試合観てこい」
飛松氏は会社に定型の海外出張申請書を提出した。さらに1週間の出張の直後に、1週間の休暇申請を付け加えた。
そして、正式に会社へ提出したものとは別に「2週間の海外出張」というニセの出張申請書を作った。妻に“提出”するためのものだった。
会社は、飛松氏の1週間の業務出張と直後の1週間の休暇を認めた。妻も疑うことなく「2週間の海外出張」に夫を送り出した。
時を同じくして、営業局総務課の女性派遣社員が、飛松氏の1週間の休暇時期とぴったり同じ日程で休暇を取得していた。

ワールドカップが華々しく開幕した。日本が初出場したこともあり、国内でのサッカー人気も沸騰した。
ある日、強豪国同士の対決をテレビ観戦していた私の目に驚くべき光景が飛び込んできた。カメラが捉えたのは、互いに耳元でささやき合いキスをしながら試合を観戦する2人の日本人。そう、飛松氏と総務課の女性派遣社員だった。この仲睦まじい光景は、地元放送局のカメラマンにとって、激しい試合の箸休めにもってこいだったのだろう。
ほんの数秒、その光景は私の記憶に焼き付いた。そのシーンはサッカーの試合よりもはるかに私を興奮させた。
「これ、どうなるんだ……」私は、心の中にどす黒い笑いが染み渡っていくのを感じた。湧きあがる暗い喜びに、自分自身のことが怖くなったほどである。
日本中が注目しているワールドカップである。私ばかりではなく、きっと多くの電通の同僚たちも見ているであろう。知らないのは、現地にいた2人だけなのだ。
1週間後、2人は無事に帰国した。営業局全体が大騒ぎとなっていることも知らずに。
どういうルートをたどったのか、この話は飛松氏の妻にまでもしっかりと届いていたようだ。「飛松氏の奥さんも激怒している」そんな噂が社内を駆けめぐった。
1カ月後、飛松氏の結婚生活は崩壊した。飛松氏の妻は、資産家の娘だった。
彼は逆玉の輿生活を自らの手で破壊してしまったのだ。
総務課の女性派遣社員も、契約切れを待たずして電通を去った。電通が辞めさせたのか、本人が辞めたのかはわからない。
しかし、当の飛松氏は、なんのお咎めもなく、その後も出社していた。離婚の報を知って、数日経ったころ、いつもと変わらぬ明るい彼の姿があった。
上司たちもそれまでと変わらず「おぼえめでたい」飛松氏に接していた。あんなことなどなかったかのように。
私は飛松氏の姿を見るたびに訝った。
「先輩はこんなことになって悲しくはないのか? 反省はしていないのか?」
飛松氏のいきいきとした笑顔のどこにも影は見当たらなかった。後輩への容赦のなさも、それまでと変わらなかった。
その後、飛松氏は再婚し、新しい妻とのあいだに子どもをもうけ、最終的には営業局長にまで出世した。
不倫の代償を支払ったのは女性ばかりだった。世の中は、じつに不公平なのだ。
〈ホテルのスイートルームにいたのは「まるでヨーロッパの娼婦」…元電通マンが明かした「恐怖の内定者パーティー」〉へ続く
(福永 耕太郎/Webオリジナル(外部転載))