能登半島地震が発生してから1ヵ月。甚大な被害が出た石川県輪島市内では仮設住宅への入居がはじまるなど、復興にむけて少しずつ前進しているようにも見えるが、東日本で被災した経験があり、石川に支援物資を届けにいったある男性はこう明かす。
「何か助けられることはないかといろいろ準備はしていたのですが、輪島市やその北部の珠洲市などはまだ一般のボランティアという形では入れません。あそこで救援活動を行っているのは警察、消防、自衛隊員と行政の方がほとんど。彼らが宿泊しているのは金沢市内です。ただ、震災で道路がふさがれている影響もあり、現地に行くルートが極めて限られ、金沢市内から輪島までは車でも2~3時間かかる。だから外部の人たちがまだボランティアで入れないのです」
その男性はこう続けた。
「現場は瓦屋根の家が多く、屋根の重さでつぶれてしまっている家が目に付きました。そうなると、家財道具を残したまま皆さん、避難しているでしょうけど、中にはキレイに残っているものもありますから、イヤな言い方をすればその家財道具を狙って盗もうとしたりしようと思えばできてしまうんです」
現場にいるのが警察、消防、自衛隊員であれば、盗難などの“悪さ”をされる可能性は少なそうだが、実はそれがワナになるのだという。東日本大震災の現場で当時自衛隊員として救援活動を行った元陸上自衛隊幹部の照井資規氏はこう明かす。
「被災している人からすれば、“制服”に対する思い込みがいつも以上に強くなっているので、すぐに助けてくれるのではないかと思う。“悪さ”を働こうとする人は、被災者のその心理を逆手にとるんです。“制服組”が多いときこそ、危険です。
たとえば今、雨除け代わりに自衛隊員が着用する雨衣とかヘルメットがネットなどで簡単に手に入るので、“悪さ”をしようとする人が来てしまったら区別はつかない。そういう人が自宅の様子を見に来た被災者に近づき、相場3万円のブルーシートを『今なら6万円です』と言って売りつけたり、保険の話をはじめるんです。
実際、東日本大震災のときも私は発生6時間後には現場にいましたが、翌12日には“悪さ”をしている人の話を聞きました。自衛隊員に見える服装の人が、津波に押し流された屋外型灯油タンクから灯油を手動のポンプで抜きまくっていたのを実際に見ました。その灯油を一般の人に売りつけていたんです。なぜそれが“ニセ自衛官”とわかったか、というと彼が乗っていた車がスズキのジムニーだったから。自衛隊は当時、細長い独自のナンバーをつけた帆掛けの車両か装甲車で移動しましたので、判明したんです」
そのほかにも、被災しているホテルに行き、酒を保管している貯蔵庫の中から抜きだし、ネットなどで販売している例もあった。中には明治時代から創業している酒蔵の有名な日本酒やワインなどがあったが、その酒蔵が震災で被災していたため、盗んだものが売られていたとわかったのだという。
「自衛隊の場合、エリアを決めて作業を進めます。逆に言えば、決められたエリア外に足を踏み入れることはない。エリア外の遠方で『何かおかしい』という動きを見つけたとしても、目の前の作業に必死ですし、実際のところ、その現場に行って怪しい人物に注意したり、問い詰める時間的余裕もないんです。だから“悪さ”をしていると疑われるような人を見つけても、取り締まることはできませんでした」(照井氏)
では、“ニセ自衛官”と本物をどうやって見分けるのだろうか。照井氏が続ける。
「2つあります。もし、被災した家を見に行って、自衛官らしき人に声をかけられたときは一緒に写真を撮る。写真撮影に応じなかったら、2番目として渉外担当者の窓口の電話番号の連絡先を聞くといいでしょう。
なぜ渉外担当の連絡先を聞くのかというと、隊本部には外部とやりとりする窓口が存在していて『手伝いに来てほしい』と助けを求める連絡先もこの窓口になっています。現場に来ている隊員がそれを把握していないわけがない。それを知らない、ということはいわゆる“泥棒”ということになるんです」
被災者は「助けてもらう立場で人を疑いたくない」という心理状態にあるかもしれない。ただ今回の震災は地震によって道路と橋が寸断されており、不整地でも走行できる自衛隊車は移動できても、警察のパトカーのような乗用車が自由に行き来できないため、無法地帯に近い状態が続いてしまうという。自衛隊員の服装をして盗難や詐欺的行為をしようとする“ニセ自衛官”たちが、被災者の「助けてもらいたい」心理を利用していることを忘れてはならない。