「今思えば浅はかですが……。私も風俗で働いていた経験もあったので、彼女のことを不憫に思ったのと、協力すればお金を渡すと言われたのもあり、梅毒検査の“替え玉”になることを承諾してしまいました。反省しているし、すこしでも実情を知って欲しいと思い、今日はお話しすることにしました」
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そう告白するのは、元風俗嬢で30代のA子さん。昨年8月、A子さんが、現在も風俗で働く知人のB子に頼まれ、梅毒検査の“替え玉”になったというのだ。A子さんとB子は2022年8月、刑事施設で出会い、お互い風俗店で働いていたこともあり意気投合し仲良くなった。
時事通信
近年、若年層を中心に梅毒が急増し社会問題となっている。
国立感染症研究所によると、2021年の年間届出数は7978人、2022年は1.6倍の13,258人となり 半世紀ぶりの高水準を記録した。そして2023年は、前年の届出数を上回り14,906人と過去最多を更新した。
そもそも梅毒とは一体どういう病気なのか――。愛知医科大学感染症科の三鴨廣繁教授が解説する。
「梅毒とは、感染症法で五類感染症に指定されている性病のことです。他人の粘膜や皮膚と直接接触することなどによって感染します。性行為だけでなく、オーラルセックスやキスでも移り得ます」
梅毒は1期から3期まである。1期は感染した部位が固くなり、それが1、2週間ほどで潰瘍になるが、その時期を過ぎると6週間くらいで症状が治まる。病院に行く前に治ってしまったと感じる人も多いという。
「一見、症状が治まったように見えますが、梅毒の菌自体は、血管の中などに残っています。治療をしない場合、2期に進んでいきます。2期では、バラ疹や、手がカサカサになるなどの乾癬と言われる症状、イボ、湿疹状のものなどができる。通常はここで治療を行う人が多い。
3期になると『神経梅毒』に進むこともあり、身体にしびれが起きたり目がかすんだり、最悪の場合、意識を喪失することもある。期が早ければ早いほど菌が少ないので治療がしやすく、遅くなればなるほど治療に難渋します」(同前)
昨年、設立された悪質ホストによる売掛商法を防止・撲滅するための団体「一般社団法人青少年を守る父母の連絡協議会」の担当者は、歌舞伎町を中心に梅毒が蔓延している実情をこう明かす。
「我々の元に相談にやってくる女性たちのほとんどが性病を患っています。性病と分かりながらも、ホストに貢ぐために働き続けている女性もいる。担当ホストに強制的に働かされているわけではないにしろ、多額の売り掛けの返済や、ホストに気に入られるための資金集めに風俗店で働いたり、大久保公園周辺で売春相手を探す女性も多くいます」
前出の三鴨教授も同様の傾向を感じている。
「梅毒の感染者が市中で増えているのと同様に、性風俗でも増えていることは事実です。風俗店に従事している女性の検診もしていますが、私の肌感覚でも陽性になる例が以前より明らかに多くなっている」
梅毒の患者数が過去最多となる中、A子さんのもとにはB子から“替え玉”を依頼するLINEのメッセージが届いたのである。
A子さんが打ち明ける。
「最初の連絡は、自分が梅毒にかかったというLINEでした」
〈梅毒なんや…〉
〈人生で初めてなって鳥肌たったよね〉
〈クラミジアだけだと思ってたら梅毒もなっててビックリした〉
(いずれも、B子のLINEより)

「B子は、現在同棲しているホストの誕生日のためにシャンパンタワーをしたい、そのために、どうしてもまとまったお金が必要だと話していました。でも、性病だった場合、お店に出ることはできず稼げないので困っていると」(A子さん)
シャンパンタワーとは、シャンパングラスをピラミッド状に積み上げ、上からシャンパンを注ぐ儀式を指す。ホストクラブでは主に、ホストの誕生日イベントなどで行われる。
12月は、B子の担当ホストの誕生月のためホストクラブでイベントが開かれる。同棲相手のために総額1000万円ほどかかるシャンパンタワー代がB子には必要だったというのだ。
「B子はしきりに“出稼ぎ”に行きたがっていました」(同前)
“出稼ぎ”とは、居住地から離れた地域の風俗店で、1、2週間から1カ月程度の期間限定で集中的に働くことを指す。日給保証もあるなど、高収入につながる。
一方で、新たな風俗店で勤務を始めるにあたり、性病の陰性証明の提出を求められる場合が多い。
「梅毒にかかっていたため、検査で陽性になることがわかっていたB子は『代わりに性病検査を受けて欲しい』と懇願してきました。報酬をちらつかせ言葉巧みに誘ってきました」(同前)
B子のLINEにはその時の文面が残っている。
〈偽名つかって検査受ける事自体は犯罪じゃないから大丈夫!!!〉
〈私が●●●●(A子さんの愛称)が見せてくれた検査票勝手に悪用した事にするから●●●●悪くないわ〉
A子さんは、最終的に根負けし“替え玉”になることを受け入れた。

「交通費や検査費用などを込みで5万2000円をB子からもらいました。検査費用を抜くと2万円ほどが手元に残りました」(同前)
A子さんは、9月下旬に大阪市内にあるクリニックを訪れた。性病の検査は、自費診療のため保険証を提示する必要はなく、身分証の提出も求められない。プライバシー保護のため、受付で名前と電話番号を記入するだけで受診が可能だ。
その日、B子の名前と電話番号を使って受付を行い、1万9300円を支払い、血液検査と陰部の検査を受けた。
検査結果は即日判明する。IDとパスワードさえあれば、インターネット上で閲覧可能だ。
「IDとパスワードが書かれている結果報告書引換券の写真をLINEでB子に送りました。ここから先は想像ですが、おそらくB子は検査結果にアクセスして、それを働く予定の店舗に見せたんだと思います。B子はその後、北関東や北陸、東海、九州地方の風俗店を転々として、お金を稼いでいたと聞いてます」(同前)
歌舞伎町などでソープランドを経営していた男性は、梅毒検査と本人確認についてこう話す。
「ソープランドを経営していた身としては信じたくない話です。でも実際の所、“替え玉”の検査票を出されても本当かどうかは、店側は確認しようがないんです。我々は女の子の良心を信じるしかない」

だが、性風俗で働く女性たちだけが感染拡大の源になっているわけではない。性風俗店で働く女性らを支援するNPO法人「風テラス」の担当者はこう話す。
「性病の感染予防のため、定期的な検査を徹底しているお店や女性も一定数存在します。しかし、男性客側が検査や治療をしなければ意味がない。だが、男性客側に検査結果の提示を求めると集客に影響するため、男性側に検査を求める風俗店はかなり少ないのが現実です」
社会問題になっている梅毒。B子は“替え玉”検査をしたことをどう考えているのか。B子にも話を聞こうと連絡したところ、
「事実無根です。(今も風俗で)働いてはいます」
とだけ語るのだった。A子さんに再び話を聞いた。
「B子からは治療薬の写真なども送られてきていましたし。それだったら彼女からもらったあのお金はなんだったのか……。梅毒がものすごい勢いで増えているのを、改めてニュースで見て、自分のしたことを後悔するようになりました。彼女にも反省してもらって、今後はきちんと検査を受けて欲しいと思っています」
前出の三鴨教授がこう嘆息する。
「かかりつけの医師であれば、顔がわかるので“替え玉”は不可能です。ですが、初めて行くクリニックでしたら、別人が受診しても確認しようがない。残念ながら、“替え玉”を使おうとすればいくらでも可能なのが実情です」
プライバシーを逆手に取った“替え玉”は、氷山の一角なのかもしれない。
(「週刊文春」編集部/週刊文春)