「おはようございまーす!」2024年1月9日、小学6年生の五十嵐好乃(この)ちゃんは、3年ぶりに学校の門をくぐった。
「久しぶり~」と駆け寄る友達とグータッチ! でも、好乃ちゃんの身長は同級生より頭ひとつ低い。
その理由は2020年、8歳の時にさかのぼる。
好乃ちゃんを突然襲った体の不調。それまですこぶる健康で、校庭を走り回ったり、ダンスをしたりと体を動かすのが大好きな女の子だった。最初は風邪かなと思って様子を見ていたがなかなか治らない。
これはおかしいと、大きな病院で診てもらうと・・・心臓がうまく機能していないと言われた。治療をはじめるが経過は芳しくない。やがて入退院を繰り返すようになり、翌2021年に医師から告げられたのは予想もしなかった言葉だった。
「残念ながら内科的治療では治る見込みはなく、心臓移植しか助かる道はありません」心臓移植!? 移植って国内でできるの?父親の五十嵐好秀さんは「ドラマや映画では聞いたことはあるけど、まさか自分の娘が心臓移植が必要になるとは思わなかった」と話す。
日本の臓器移植の現状についてネットなどで情報を集めると、だんだん目の前が暗くなっていった。
2021年当時、日本で行われていた心臓移植の数は年間50-60例。中でも小児(18歳未満)のドナーは10例にも満たない。
そんな中、好乃ちゃんの心臓の機能はどんどん低下していき、心臓の動きを助ける小児用の補助人工心臓EXCORを体内に入れることで、命をつないだ。
ご両親は交代で毎日病室に通い、病と闘う娘に付き添った。この頃、好乃ちゃんはフジテレビのインタビューに対して「友達と遊んだり、学校に行って授業をうけたい」と涙ながらに答えてくれた。
2022年秋、国内で移植を待ってもドナーが現れる可能性は極めて低いと判断した両親はアメリカで移植をすることを決断。しかし、渡航移植に必要な額は5億4,000万円。円安の影響もあり、とてつもなく大きな額だ。
そこで、 2022年11月14日に川崎市役所で記者会見を行った後、周辺の駅などで募金活動を開始。好乃ちゃんの学校の友達も声をはりあげ、募金を呼びかけた。
周囲のサポートもあり翌2023年3月、何とか目標額を達成。
ところが今度は好乃ちゃんの病状が悪化。わずかに残っていた右心の機能も低下し、補助人工心臓をもうひとつつけることになった。
「こんな状態ではアメリカに送ることはできない。リスクが高すぎる」という医師の判断で、渡米の準備をいったん中断。「国内での心臓移植」に希望を託すことになった。
日本で臓器移植を待っている患者は16,142人。心臓だけで見ると865人が待機している。(2023年12月末現在)
一刻を争う移植医療では、臓器提供者(ドナー)が現れた際、優先順位トップの人と連絡がつかなければ、次の人へコンタクトをとりはじめる。臓器が無駄になってしまうことをさけるためだ。
特に心臓の場合は、摘出してから4時間以内に移植をし、血流を再開させなければならない。まさに時間との闘いだ。
臓器提供者が現れたことを知らせる電話のことを待機患者たちは「ドナーコール」と呼ぶ。ドナーが現れたときのために、常に携帯電話を肌身離さず持っている。
ある日の深夜、好乃ちゃんの父の携帯電話が鳴った。
まさか・・・いろいろなことが頭をよぎった。
「ドナーが現れました」「うそでしょ?」と耳を疑った。家族で話し、心から感謝し移植を受けることを決意した。
10時間以上に及ぶ手術は無事終わり、好乃ちゃんは順調に回復。リハビリを経て2023年のクリスマスの日、3年ぶりに自宅に戻った。
そして、年が明けて3学期の始業式の日。以前は息が切れて登れなかった歩道橋の階段をしっかりとした足取りで上がっていく好乃ちゃんがいた。
友達との再会に笑顔がはじけた。
同級生の男の子は「募金活動に何回も参加したから、戻ってきてくれてめっちゃうれしい、ドナーが現れて本当によかった」と興奮気味に話した。
冬休みの宿題もちゃんとこなした。
恒例の「書き初め」は、学年ごとに指定された言葉の中から好きなものを選んで書く。好乃ちゃんが選んだのは「生きる力」。
「好乃の身に起きたことは不幸でしたが、多くの人の協力でここまで来られたことは幸せです。これからも日々感謝の気持ちを忘れず、胸の中の友達“と仲良く精一杯生きて欲しいです」と語る父。
半紙いっぱいに力強く書かれた文字には、生きる喜びがみなぎっていた。
(フジテレビ報道局・解説委員 木幡美子)