正月は餅を食べる機会が増えますが、毎年、餅を喉に詰まらせて救急搬送される人が増える傾向にあります。餅を食べる際はよくかんで食べたり、餅を小さく切ったりするなど、注意が必要です。
ところで、家族が餅を喉に詰まらせた場合、どのように対処すればよいのでしょうか。また、ネット上では「掃除機で餅を吸い出すのが効果的」という内容の情報がありますが、本当なのでしょうか。フリーランスの看護師として活動し、食べ物による窒息事故への対応経験を持つ、看護師マッキーさん(以下、マッキーさん)に聞きました。
Q.そもそも、人が餅を喉に詰まらせた場合、どのような反応を示すのでしょうか。
マッキーさん「人が、気道に異物が詰まって窒息を起こし、呼吸がうまくできなくなったとき、声を出せず、無意識に両手で喉をつかもうとする動作をします。こうした動作は、『チョークサイン』と呼ばれており、世界共通とされています。
ついさっきまで会話をしていた人が、餅を食べている際に急に無言になったときや急にうなだれたとき、顔色が真っ青になったときは窒息の可能性が疑われるため、要注意です」
Q.家族が餅を喉に詰まらせてしまった場合、どのように対処すればよいのでしょうか。応急処置の方法や119番通報の目安について、教えてください。
マッキーさん「まずは、餅を喉に詰まらせてしまった人に呼び掛け、『声が出せるのか』を確認してください。せきをすることができれば、ひたすらせきをさせて、餅を吐き出させるようにしてください。せきを促す方法としては、本人に『ゴホゴホとせきをして』と目の前で伝え続けることが必要です。
総務省消防庁の公式サイトでは、異物を喉に詰まらせた人がいた場合の応急処置として、せきを出すのが難しい場合、『背部叩打法(はいぶこうだほう)』を行い、それでも異物を除去できない場合は『腹部突き上げ法』を行うよう紹介しています。
背部叩打法を簡単に説明すると、『背中をたたくこと』で、誰でも比較的簡単に実施することができます。窒息をしている人の後方から片手を脇の下に入れ、胸と下顎を支えて突き出し、顎をそらせます。その後、手のひらの付け根の部分で肩甲骨と肩甲骨の間を強くたたきます。間隔は空けずに、強い力で4、5回連続でたたいてください。
背部叩打法は回数にこだわらず、餅が取れるまで続けてください。背中をたたくことで本人にせきを促すことができます。せき込み力が低下している人に対しては、促しがとても大切です。
腹部突き上げ法は、窒息をしている人の後ろに回り、抱えるように腕を回して餅を取り除く方法です。片手でにぎりこぶしをつくり、親指側をへそとみぞおちの中間くらいの場所に当てます。その後、もう一方の手でこぶしを包むように握り、手前の方へ素早く押し上げます。ただし、この方法は妊婦と乳児に行ってはいけません。
せきをしても喉に詰まった食べ物が出てこない場合のほか、せきが出ない場合や反応がなくなった場合は、すぐに119番通報をしてください。総務省消防庁の『令和4年(2022年)版 救急救助の現況』によると、救急隊が到着するまでの時間は全国平均で約9.4分です。その間は休むことなく心肺蘇生を行ってください」
Q.餅を喉に詰まらせた場合、何分以内に餅を取り出さないと命が危険にさらされるのでしょうか。
マッキーさん「多くの場合、窒息が起きてから3~4分で顔が青紫色になり、5~6分で呼吸が止まり、意識を失います。その後、心臓が止まります。
心肺蘇生を行わなければ時間とともに救命率が下がります。居合わせた人が4分以内に救命処置をした場合は、救命の可能性が50%以上ありますが、救急車が来るまで何もしなかった場合は救命の可能性が20%を切ります」
Q.ネット上では、「餅を喉に詰まらせた人がいた場合、掃除機で餅を吸い出すのが効果的」という内容の情報がありますが、この方法は正しいのでしょうか。
マッキーさん「一時期、掃除機で餅を吸い出す方法が推奨されていたことがあると思いますが、私はお勧めできません。理由は2つあります。
1つ目は、消防機関が推奨していないからです。以前、訪問看護の療養者さまのご家族から『餅が大好きな母が、餅を食べたときに詰まらせてしまったら、とにかく掃除機で吸えばいいのか?』という質問を受けました。そこで、近くの消防署に問い合わせてみたところ、窒息時の一般的な応急処置として、先述の背部叩打法を講習会で紹介しているとのことでした。
実際の事故事例を読んでも、家族が背部叩打法を行い、救急隊到着前に餅を取り出せたという報告もあります。掃除機を準備するのではなく、背部叩打法を行っていただきたいです。
2つ目は、病院での初期動作が背部叩打法だったからです。私の経験談ですが、病院で患者が誤嚥(ごえん)した場合、まず行うのは吸引ではなく背部叩打法でした。すべての患者に吸引器が準備されているわけではないため、まずは背部叩打法を行い、必要であれば吸引を行うという手順でした。
また、病院の吸引器と掃除機の吸引機能は目的が異なります。人体に使用する吸引器具である『吸引カテーテル』は細く、しなります。吸引する際は、人体に負荷をかけない仕組みになっています。
一方、掃除機はごみやほこりなどを吸引するのを前提に製造されているため、ノズルが硬く太いです。そのため、口に入れて使用すると、口腔内を傷つける可能性があります。この2点から餅を喉に詰まらせた場合に掃除機を優先的に使うことをお勧めしません」
Q.餅を喉に詰まらせないようにするには、どうしたらよいのでしょうか。餅を喉に詰まらせやすい人の特徴も含めて、教えてください。
マッキーさん「餅を喉に詰まらせないための予防方法は、『餅を小さく切る』『よくかんでから飲み込む』『ながら食べをしない』『水分を摂取して、喉を潤してから餅を食べる』などです。
特に、事故が多く発生するお正月は、テレビを見ながら餅を食べる人が多く、ながら食べになりやすいです。また、家族が帰省しており、いつもより会話が弾むことで、かむ回数が減ることもあります。
餅による窒息事故の死亡者数を年代別で見ると、80代の人が最も多いです。高齢者はさまざまな機能が低下するため、窒息を起こしやすくなっています。高齢者が餅を喉に詰まらせてしまう主な原因は次の通りです」
【高齢者が餅を喉に詰まらせてしまう主な原因】・唾液量が減ることで、飲み込むときに食べ物がスムーズに流れにくい。
・そしゃく力の低下により、大きい物を小さくかみ切ることができなくなり、丸のみをしてしまう。
・歯の本数が減ることで、そしゃく回数が減り、飲み込むときの負担になりやすい。
・飲み込む力が衰えることにより、気道をふさぎやすい。
・せきをする力が低下しているため、詰まったとしてもすぐに取り出せない。
万が一、餅が詰まったときはせきをすることを家族間で事前に共有するとともに、総務省消防庁をはじめとした官公庁の公式サイトで、背部叩打法や腹部突き上げ法の方法を確認しておくとよいでしょう。そうすることで、楽しく、安心して餅を食べることができます。