9日で発生1週間の羽田空港(東京都大田区)で起きた日本航空と海上保安庁の航空機衝突炎上事故。
「家族全員が生きていて安心した」。衝突から18分後、乗客乗員379人全員が脱出した日航機に乗っていた小学6年生の少女(12)が当時の様子を生々しく語った。
事故当日の2日午後、少女は群馬県館林市の自宅に戻るため、帰省先の札幌市から両親と日航機に搭乗した。母親(52)と並んで6列目の真ん中の席に座った。
「ガタッ」という衝撃を感じたのは、到着予定の午後5時47分ごろ。シートベルトをしていたが、何が起きたか分からないまま10秒以上、縦揺れが続いた。着けていたヘッドホンを外すと、耳に飛び込んできたのは、赤ちゃんや子供の泣き声。「頭下げて」「ヘッドダウン」と繰り返す客室乗務員の声が機内に響いた。目を向けると、右側の窓の外は真っ赤になっていた。
機体が停止すると、最前列に座っていた父親(52)が前方左側の脱出用シューターで最初に地上に降り、乗客の脱出を手伝った。少女も母親とシューターを滑り降りた。機体後方で火花が上がるのが見え、花火のような「どーん」という爆発音が2回聞こえた。「すぐに逃げなきゃ」と感じ、他の乗客と共に機体から離れた。
機体を覆う炎が後方から前方へ迫り、やがて操縦席が崩れ落ちるのが見えた。乗客全員が脱出し、父親と再会した時は「家族全員生きていた」と安心し、涙がこぼれた。
滑走路に降り立った乗客は、乗務員の指示に従って10人ずつグループをつくった。消防車の後ろについて歩き、その後、迎えに来た3台のバスに分乗してターミナルへと避難。配られた水やおにぎり、毛布、上着などを受け取った。
「目の前で起きたことが目まぐるしかった」と振り返る少女。飛行機の搭乗経験は10回以上あるが、これまでは機内で流れる安全ビデオを聞き流していたといい、「改めて、ビデオを真剣に聴き、客室乗務員の指示に従わないといけないと感じた」と話した。