2021年8月、滋賀県大津市の公園内に意識不明の状態で倒れていた小学1年生の女児(6=当時)が病院搬送後に死亡した事件。女児は当時17歳だった兄と母親との3人暮らしで、兄は「ジャングルジムから妹が落ちた」と近隣住民に助けを求めていた。
【写真】金髪姿で、タバコを片手にピースサインをする母親。他、亡くなった女児の自宅など ところがその後の司法解剖などの結果により、女児は兄から腹や背中、そして顔などを蹴られるなどの暴力を受け、外傷性ショックで死亡したことが判明する。女児の遺体は内臓の一部が破裂し、骨折もみられた。こうした経緯によって兄は傷害致死容疑で逮捕されたが、同年9月、大津家裁は兄を保護処分とし、第1種少年院への送致を決定した。複雑な家庭環境やネグレクトが考慮された結果だった。

母親は複数回の結婚を経て、4人の子供を産んでいた。そのうちのふたりが今回の兄妹だ。兄妹は幼い頃から別々の施設で育ち、事件の数ヶ月前に3人暮らしを開始したばかりだったが、2021年7月ごろから母親が家に帰らない日が増え、さらに女児死亡までの7日間にわたり母親は家に帰ってこなかった。児童相談所等の公的機関も兄妹がネグレクト状態に置かれていることを認識しながら一時保護等の措置も取られることなく、兄は一人で家事や妹の世話をすることを余儀なくされていたという。 一方の母親は、兄妹の事件直後の2021年8月4日、県警が家宅捜索した際に自宅から違法薬物や注射器などが見つかったことから逮捕。大麻やケタミン、覚醒剤を所持したほか、ケタミンを使用したとする麻薬取締法違反や覚醒剤取締法違反、大麻取締法違反で起訴されていた。これら違法薬物は自分のものではないと母親は法廷で無罪を主張していたが、2022年12月、大津地裁は懲役2年4ヶ月の実刑判決を言い渡す。母親はこれを不服として控訴し、大阪高裁で控訴審が開かれていた。この控訴審でも一審同様、母親は無罪を訴えていたが、その証言から意外な人間関係が明かされた。 まず一審・大津地裁で母親は違法薬物の使用について、妹に対する暴行死で少年院送致となった兄の尿を「コンドームに入れて隠し持ち、任意提出した」と証言。兄の尿を検査したことで陽性反応が出たと主張していた。自宅に違法薬物があったのは「娘(妹)の死後に友人からもらった」ためだという。だが一審では、主張はいずれも認められず、母親が薬物を所持し、使用したと判決で認定した。 二審・大阪高裁の法廷で母親は、自宅から見つかった違法薬物について、当時自宅に出入りしていた複数の男性のものであると主張していた。そのひとりが、母親の現在の夫だ。「覚醒剤は自分のものである」と証言している夫の調書が存在するのだという。「娘が亡くなってつらいとき、一緒に支えてくれた」 母親が逮捕された2021年11月当時、その夫も警察に追われる身だった。同年10月21日夜、大阪市阿倍野区で、府警の警察車列を襲い、押収中だった車両の中から荷物を奪ったという強奪事件で公開指名手配されていたのだ。 夫ものちに逮捕され、すでに懲役8年の判決が確定。現在は受刑者となっているが、大阪地裁で開かれた夫の公判には、兄妹の母親が「妻」として証人出廷していたという。「最初は大津事件の母親であるとは分かりませんでした。手錠などで身柄拘束されているし、証言でも『娘が亡くなっている』『裁判中で無罪主張をしている』といった話題が出てきていたので何者だろうと思っていましたが、母親の公判を傍聴し、同一人物だと分かったんです」 そう語る傍聴人によれば、兄妹の母親は、2022年7月に大阪地裁で開かれた夫の公判で、同年2月に結婚したことを明かし、その理由を次のように語ったという。〈娘が亡くなってつらいとき、一緒に支えてくれた〉 また〈常に私のこと気にかけてくれて、友達思い。お金を送ってくれる〉と、常に夫が気遣ってくれていると明かした。 お互いそれぞれ刑務所に行くことになるが、夫のほうが出所は遅い。兄妹の母親は〈一日でも早く帰ってきてほしい。被告人が社会にいてくれないとつらい。家族で頑張ったら生活できると思う。ちゃんと働いたら真面目な人なので、私が支えていきたい〉と、寂しさをにじませながらも、今後夫を支えながら共に生きていくことを誓っていたという。「被告人質問では、夫も『悪い仲間とは縁を切ろうと思う』と、今後二度と犯罪に手を染めないことを約束し、『妻には連れ子が3人いる。大黒柱となってしっかりしたい』と父親としての決意も見せていました。一審判決で懲役8年が言い渡された日は、傍聴席にいた知人らしき人たちに『ごめんって言っといて』と妻へ伝言をしていて、本当に妻のことが好きなんだなと感じさせられました」(前出・傍聴人) 早く社会復帰して家族を支えたいという思いからの「ごめん」なのか。母親は、違法薬物は自身のものではないと訴えていたが、今年10月24日、控訴審判決でも「違法薬物は自分のものではない」という主張は一審同様認められず、控訴は棄却された。上告せず確定している。 息子は少年院、夫は刑務所、そして自分も刑務所に……家族全員で顔を合わせる日が来るのは、当分先のことになる。◆取材・文/高橋ユキ(フリーライター)
ところがその後の司法解剖などの結果により、女児は兄から腹や背中、そして顔などを蹴られるなどの暴力を受け、外傷性ショックで死亡したことが判明する。女児の遺体は内臓の一部が破裂し、骨折もみられた。こうした経緯によって兄は傷害致死容疑で逮捕されたが、同年9月、大津家裁は兄を保護処分とし、第1種少年院への送致を決定した。複雑な家庭環境やネグレクトが考慮された結果だった。
母親は複数回の結婚を経て、4人の子供を産んでいた。そのうちのふたりが今回の兄妹だ。兄妹は幼い頃から別々の施設で育ち、事件の数ヶ月前に3人暮らしを開始したばかりだったが、2021年7月ごろから母親が家に帰らない日が増え、さらに女児死亡までの7日間にわたり母親は家に帰ってこなかった。児童相談所等の公的機関も兄妹がネグレクト状態に置かれていることを認識しながら一時保護等の措置も取られることなく、兄は一人で家事や妹の世話をすることを余儀なくされていたという。
一方の母親は、兄妹の事件直後の2021年8月4日、県警が家宅捜索した際に自宅から違法薬物や注射器などが見つかったことから逮捕。大麻やケタミン、覚醒剤を所持したほか、ケタミンを使用したとする麻薬取締法違反や覚醒剤取締法違反、大麻取締法違反で起訴されていた。これら違法薬物は自分のものではないと母親は法廷で無罪を主張していたが、2022年12月、大津地裁は懲役2年4ヶ月の実刑判決を言い渡す。母親はこれを不服として控訴し、大阪高裁で控訴審が開かれていた。この控訴審でも一審同様、母親は無罪を訴えていたが、その証言から意外な人間関係が明かされた。
まず一審・大津地裁で母親は違法薬物の使用について、妹に対する暴行死で少年院送致となった兄の尿を「コンドームに入れて隠し持ち、任意提出した」と証言。兄の尿を検査したことで陽性反応が出たと主張していた。自宅に違法薬物があったのは「娘(妹)の死後に友人からもらった」ためだという。だが一審では、主張はいずれも認められず、母親が薬物を所持し、使用したと判決で認定した。
二審・大阪高裁の法廷で母親は、自宅から見つかった違法薬物について、当時自宅に出入りしていた複数の男性のものであると主張していた。そのひとりが、母親の現在の夫だ。「覚醒剤は自分のものである」と証言している夫の調書が存在するのだという。
母親が逮捕された2021年11月当時、その夫も警察に追われる身だった。同年10月21日夜、大阪市阿倍野区で、府警の警察車列を襲い、押収中だった車両の中から荷物を奪ったという強奪事件で公開指名手配されていたのだ。
夫ものちに逮捕され、すでに懲役8年の判決が確定。現在は受刑者となっているが、大阪地裁で開かれた夫の公判には、兄妹の母親が「妻」として証人出廷していたという。
「最初は大津事件の母親であるとは分かりませんでした。手錠などで身柄拘束されているし、証言でも『娘が亡くなっている』『裁判中で無罪主張をしている』といった話題が出てきていたので何者だろうと思っていましたが、母親の公判を傍聴し、同一人物だと分かったんです」
そう語る傍聴人によれば、兄妹の母親は、2022年7月に大阪地裁で開かれた夫の公判で、同年2月に結婚したことを明かし、その理由を次のように語ったという。
〈娘が亡くなってつらいとき、一緒に支えてくれた〉
また〈常に私のこと気にかけてくれて、友達思い。お金を送ってくれる〉と、常に夫が気遣ってくれていると明かした。
お互いそれぞれ刑務所に行くことになるが、夫のほうが出所は遅い。兄妹の母親は〈一日でも早く帰ってきてほしい。被告人が社会にいてくれないとつらい。家族で頑張ったら生活できると思う。ちゃんと働いたら真面目な人なので、私が支えていきたい〉と、寂しさをにじませながらも、今後夫を支えながら共に生きていくことを誓っていたという。
「被告人質問では、夫も『悪い仲間とは縁を切ろうと思う』と、今後二度と犯罪に手を染めないことを約束し、『妻には連れ子が3人いる。大黒柱となってしっかりしたい』と父親としての決意も見せていました。一審判決で懲役8年が言い渡された日は、傍聴席にいた知人らしき人たちに『ごめんって言っといて』と妻へ伝言をしていて、本当に妻のことが好きなんだなと感じさせられました」(前出・傍聴人)
早く社会復帰して家族を支えたいという思いからの「ごめん」なのか。母親は、違法薬物は自身のものではないと訴えていたが、今年10月24日、控訴審判決でも「違法薬物は自分のものではない」という主張は一審同様認められず、控訴は棄却された。上告せず確定している。
息子は少年院、夫は刑務所、そして自分も刑務所に……家族全員で顔を合わせる日が来るのは、当分先のことになる。
◆取材・文/高橋ユキ(フリーライター)