日本でも今年発売された糖尿病治療薬が、医療分野だけでなく経済界をも巻き込んで、世界的な注目を集めている。
【画像】マンジャロの取扱説明書 4月に販売が開始された「マンジャロ(一般名:チルゼパチド)」だ。米製薬大手のイーライリリー・アンド・カンパニーが開発した「GIP/GLP-1受容体作動薬」と呼ばれる2型糖尿病治療薬なのだが、話題となっているのは、その体重減少効果だ。 これまでに延べ20万人の糖尿病患者を診察してきた糖尿病専門医で、実際にマンジャロを処方しているAGE牧田クリニック院長の牧田善二氏が語る。

「長年、糖尿病の治療にあたっていますが、正直ここまで効果のある薬が登場するとは思っていませんでした。特に、ご飯、パン、麺類など糖質を食べるのを止められず、痩せられない『糖質中毒』の糖尿病患者にとって“福音”かもしれません。というのも、この薬を飲むと劇的に痩せるからです」マンジャロ 文藝春秋同じ量を食べようと思っても「満腹感が早くやってくる」 糖尿病の治療薬は、これまでも多数開発されている。なぜマンジャロは大きな話題になっているのか。牧田氏はそもそもの治療効果の高さに、まず驚いたという。 牧田氏によれば、血糖コントロールを判断する基準のひとつ「HbA1c」は、「これまでは0.1%程度下がるだけでも大喜びするのが普通でしたが、マンジャロでは1年間投与すると平均約2.5%も下がることが報告されています」。 そして、もう一つの特徴が「せる効果」が非常に高い点だ。マンジャロは、インスリンの分泌促進や食欲抑制作用を有するホルモン「GIP」の受容体に作用することで、レプチンと呼ばれる抗肥満作用を有するホルモンの分泌を促進するという。「レプチンは満腹感を促進する作用があるため、マンジャロを打つといつもと同じ量を食べようと思っても満腹感が早くやってきます。これによって食べ過ぎを防ぐ、というのが基本的なメカニズムです。 マンジャロには用量ごとに2.5ミリグラムから15ミリグラムまで6種類がありますが、5ミリグラム、10ミリグラム、15ミリグラムを1年間投与したところ、それぞれ平均で5.8キロ、8.5キロ、10.7キロも体重が落ちたと報告されています」(牧田氏) 同じGLP-1受容体作動薬で糖尿病治療薬「オゼンピック(一般名:セマグルチド)」(ノボノルディスク社製)も痩せる効果が注目され、アメリカでは2021年、同一成分の「ウゴービ」が肥満治療薬として承認されている。しかしマンジャロは、それを超える効果なのだという。気になる副作用は…… 牧田氏は、体重減少は「服が入るようになった」といった見た目(美容)の問題だけではなく、医学的に魅力的かつ大事なことだと言う。「糖尿病では、体重が減れば血糖値は下がりますし、三大合併症と言われる糖尿病網膜症、糖尿病腎症、糖尿病神経障害のリスクも下がります。さらに平均を超えた体重は、あらゆる病気のリスクになる。『肥満は万病のもと』と言われるように、心筋梗塞などの心臓病、高血圧、慢性腎臓病、脳卒中、がん、アルツハイマー病など、肥満はことごとく恐ろしい病気の原因となります」 しかし、これだけの効果があれば、副作用が心配になる。「もちろん薬ですから、マンジャロにも副作用があることが報告されています。重大な副作用としては、低血糖、急性膵炎、胆嚢炎、胆汁うっ滞性黄疸、胆管症、アナフィラキシーなどが報告されています。ただ、頻度は極めて低い。体質的に合わない人は、打って間もない頃に吐き気や下痢の症状が出やすいと言われているので、その場合は医師の指示を仰いだ方が良いでしょう」(牧田氏) さらに服用する患者は副作用以外にも注意すべき点がある。「薬の投与を止めれば血糖値や食欲は元に戻るという点は注意が必要です。血糖値も体重もリバウンドしてしまうのです。つまり薬を止めた後は、ある程度の努力は必要になります。体重について言えば、大切なのは、この薬によって『この程度の量の食事だったらせられる』ことを理解することです」アメリカでは「ドーナツ大手の株が格下げされた」 その減量効果から、アメリカでは11月8日、既にマンジャロと同一成分の肥満治療薬「ゼップバウンド」が承認されたばかり。そのフィーバーぶりから、抗肥満薬の世界市場は向こう10年で1000億ドル規模になるとの予想が報じられる。 アメリカでは、その人気ぶりは食品業界が懸念を示すほどだ。米大手スーパーマーケットチェーン・ウォルマートの米国部門最高経営責任者はメディアに対して、やせ薬を使用している人は「(食品の)購入単価を減らしている」と分析。さらに米トゥルイスト証券は、業績の先行きに不透明感があるとして、ドーナツ大手のクリスピー・クリームの株を格下げした。品不足で糖尿病患者に行き渡らないケースを懸念 一方、そのフィーバーの陰で指摘されているのが、肥満でない人が“やせ薬”として美容目的で乱用する危険性だ。 牧田氏によれば、美容目的での使用の影響は、日本も無関係ではない。すでに、糖尿病治療薬が自由診療で美容目的に販売されており、品不足で糖尿病患者に行き渡らなくなるケースが懸念されている。「本来必要としている人に薬が届かないなんてことがあっては本末転倒ですし、すでにせている人がさらなる身を求めて薬を利用することはやめるべきです。医師としては、薬だけに頼らず、糖質を控えた健康的な食事や、筋力が低下しないように適度な運動を心掛けてほしいものです」(牧田氏) 牧田氏が、マンジャロの糖尿病治療薬としての実力から、美容目的での使用の危険性まで、詳しく解説する「糖尿病特効薬マンジャロの真実」は、12月8日(金)発売の「文藝春秋」1月号と、7日(木)公開の「文藝春秋 電子版」に掲載されている。(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2023年12月号)
4月に販売が開始された「マンジャロ(一般名:チルゼパチド)」だ。米製薬大手のイーライリリー・アンド・カンパニーが開発した「GIP/GLP-1受容体作動薬」と呼ばれる2型糖尿病治療薬なのだが、話題となっているのは、その体重減少効果だ。
これまでに延べ20万人の糖尿病患者を診察してきた糖尿病専門医で、実際にマンジャロを処方しているAGE牧田クリニック院長の牧田善二氏が語る。
「長年、糖尿病の治療にあたっていますが、正直ここまで効果のある薬が登場するとは思っていませんでした。特に、ご飯、パン、麺類など糖質を食べるのを止められず、痩せられない『糖質中毒』の糖尿病患者にとって“福音”かもしれません。というのも、この薬を飲むと劇的に痩せるからです」
マンジャロ 文藝春秋
糖尿病の治療薬は、これまでも多数開発されている。なぜマンジャロは大きな話題になっているのか。牧田氏はそもそもの治療効果の高さに、まず驚いたという。
牧田氏によれば、血糖コントロールを判断する基準のひとつ「HbA1c」は、「これまでは0.1%程度下がるだけでも大喜びするのが普通でしたが、マンジャロでは1年間投与すると平均約2.5%も下がることが報告されています」。
そして、もう一つの特徴が「せる効果」が非常に高い点だ。マンジャロは、インスリンの分泌促進や食欲抑制作用を有するホルモン「GIP」の受容体に作用することで、レプチンと呼ばれる抗肥満作用を有するホルモンの分泌を促進するという。
「レプチンは満腹感を促進する作用があるため、マンジャロを打つといつもと同じ量を食べようと思っても満腹感が早くやってきます。これによって食べ過ぎを防ぐ、というのが基本的なメカニズムです。
マンジャロには用量ごとに2.5ミリグラムから15ミリグラムまで6種類がありますが、5ミリグラム、10ミリグラム、15ミリグラムを1年間投与したところ、それぞれ平均で5.8キロ、8.5キロ、10.7キロも体重が落ちたと報告されています」(牧田氏)
同じGLP-1受容体作動薬で糖尿病治療薬「オゼンピック(一般名:セマグルチド)」(ノボノルディスク社製)も痩せる効果が注目され、アメリカでは2021年、同一成分の「ウゴービ」が肥満治療薬として承認されている。しかしマンジャロは、それを超える効果なのだという。
牧田氏は、体重減少は「服が入るようになった」といった見た目(美容)の問題だけではなく、医学的に魅力的かつ大事なことだと言う。
「糖尿病では、体重が減れば血糖値は下がりますし、三大合併症と言われる糖尿病網膜症、糖尿病腎症、糖尿病神経障害のリスクも下がります。さらに平均を超えた体重は、あらゆる病気のリスクになる。『肥満は万病のもと』と言われるように、心筋梗塞などの心臓病、高血圧、慢性腎臓病、脳卒中、がん、アルツハイマー病など、肥満はことごとく恐ろしい病気の原因となります」
しかし、これだけの効果があれば、副作用が心配になる。
「もちろん薬ですから、マンジャロにも副作用があることが報告されています。重大な副作用としては、低血糖、急性膵炎、胆嚢炎、胆汁うっ滞性黄疸、胆管症、アナフィラキシーなどが報告されています。ただ、頻度は極めて低い。体質的に合わない人は、打って間もない頃に吐き気や下痢の症状が出やすいと言われているので、その場合は医師の指示を仰いだ方が良いでしょう」(牧田氏)
さらに服用する患者は副作用以外にも注意すべき点がある。「薬の投与を止めれば血糖値や食欲は元に戻るという点は注意が必要です。血糖値も体重もリバウンドしてしまうのです。つまり薬を止めた後は、ある程度の努力は必要になります。体重について言えば、大切なのは、この薬によって『この程度の量の食事だったらせられる』ことを理解することです」アメリカでは「ドーナツ大手の株が格下げされた」 その減量効果から、アメリカでは11月8日、既にマンジャロと同一成分の肥満治療薬「ゼップバウンド」が承認されたばかり。そのフィーバーぶりから、抗肥満薬の世界市場は向こう10年で1000億ドル規模になるとの予想が報じられる。 アメリカでは、その人気ぶりは食品業界が懸念を示すほどだ。米大手スーパーマーケットチェーン・ウォルマートの米国部門最高経営責任者はメディアに対して、やせ薬を使用している人は「(食品の)購入単価を減らしている」と分析。さらに米トゥルイスト証券は、業績の先行きに不透明感があるとして、ドーナツ大手のクリスピー・クリームの株を格下げした。品不足で糖尿病患者に行き渡らないケースを懸念 一方、そのフィーバーの陰で指摘されているのが、肥満でない人が“やせ薬”として美容目的で乱用する危険性だ。 牧田氏によれば、美容目的での使用の影響は、日本も無関係ではない。すでに、糖尿病治療薬が自由診療で美容目的に販売されており、品不足で糖尿病患者に行き渡らなくなるケースが懸念されている。「本来必要としている人に薬が届かないなんてことがあっては本末転倒ですし、すでにせている人がさらなる身を求めて薬を利用することはやめるべきです。医師としては、薬だけに頼らず、糖質を控えた健康的な食事や、筋力が低下しないように適度な運動を心掛けてほしいものです」(牧田氏) 牧田氏が、マンジャロの糖尿病治療薬としての実力から、美容目的での使用の危険性まで、詳しく解説する「糖尿病特効薬マンジャロの真実」は、12月8日(金)発売の「文藝春秋」1月号と、7日(木)公開の「文藝春秋 電子版」に掲載されている。(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2023年12月号)
さらに服用する患者は副作用以外にも注意すべき点がある。
「薬の投与を止めれば血糖値や食欲は元に戻るという点は注意が必要です。血糖値も体重もリバウンドしてしまうのです。つまり薬を止めた後は、ある程度の努力は必要になります。体重について言えば、大切なのは、この薬によって『この程度の量の食事だったらせられる』ことを理解することです」
その減量効果から、アメリカでは11月8日、既にマンジャロと同一成分の肥満治療薬「ゼップバウンド」が承認されたばかり。そのフィーバーぶりから、抗肥満薬の世界市場は向こう10年で1000億ドル規模になるとの予想が報じられる。
アメリカでは、その人気ぶりは食品業界が懸念を示すほどだ。米大手スーパーマーケットチェーン・ウォルマートの米国部門最高経営責任者はメディアに対して、やせ薬を使用している人は「(食品の)購入単価を減らしている」と分析。さらに米トゥルイスト証券は、業績の先行きに不透明感があるとして、ドーナツ大手のクリスピー・クリームの株を格下げした。
一方、そのフィーバーの陰で指摘されているのが、肥満でない人が“やせ薬”として美容目的で乱用する危険性だ。
牧田氏によれば、美容目的での使用の影響は、日本も無関係ではない。すでに、糖尿病治療薬が自由診療で美容目的に販売されており、品不足で糖尿病患者に行き渡らなくなるケースが懸念されている。
「本来必要としている人に薬が届かないなんてことがあっては本末転倒ですし、すでにせている人がさらなる身を求めて薬を利用することはやめるべきです。医師としては、薬だけに頼らず、糖質を控えた健康的な食事や、筋力が低下しないように適度な運動を心掛けてほしいものです」(牧田氏)
牧田氏が、マンジャロの糖尿病治療薬としての実力から、美容目的での使用の危険性まで、詳しく解説する「糖尿病特効薬マンジャロの真実」は、12月8日(金)発売の「文藝春秋」1月号と、7日(木)公開の「文藝春秋 電子版」に掲載されている。(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2023年12月号)
牧田氏が、マンジャロの糖尿病治療薬としての実力から、美容目的での使用の危険性まで、詳しく解説する「糖尿病特効薬マンジャロの真実」は、12月8日(金)発売の「文藝春秋」1月号と、7日(木)公開の「文藝春秋 電子版」に掲載されている。
(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2023年12月号)