前編【「高2の頃に万引きをしてから人生が悪い方向に…」 立川「ホテル殺傷事件」公判で“不規則発言”を繰り返す「元少年」が明かしていた意外な“過去の供述”】からのつづき
一昨年、東京・立川市のホテルで風俗店勤務のAさん(31=当時=)を殺害した罪などに問われている、当時19歳だった元少年の被告に対し、検察側は11月30日、懲役25年を求刑した。弁護側は「心神喪失状態だった」と無罪を主張するが、当の被告は東京地裁立川支部での公判中に不規則発言を繰り返し、退廷を命じられたことも。だが、起訴前に家裁で審判を受けた際の発言や、逮捕当時の取り調べでの発言が、11月21日の被告人質問で検察官から明らかにされると、被告の様子に明らかな変化が生じた――。(前後編の「後編」)【高橋ユキ/ノンフィクションライター】
【写真】現場周辺には警察官が大挙して押し寄せ、規制線が張り巡らされた「“風俗嬢は許せない”とか言ってない?」 11月21日の被告人質問で、検察官から起訴前の自身の発言について追及を受ける被告。これまで被告と被害女性には“面識がなかった”と報じられてきた。そうしたなか、被告は「ノアさんの関係についてね、あ~、その人……」と被害女性の“源氏名”を口にした。検察官はさらに質問を続ける。凄惨な殺傷事件の現場となったホテル検察官:「あ~、その人が“人”ってことはわかるんですね?」被告:「心神喪失! 黙秘権」検察官:「“その人”ってことは、私の言葉は聞こえてるんですよねえ。Aさん……、ノアさんが人間だったということはわかってるんですよねえ。なんで違う話をするんですか?」被告:「……」検察官:「あなたは“今から3年前、ノアの客で入ったことがあった”と言ってない?」被告:「黒ずくめの正体が……」検察官:「“ノアさんが好き”とか“風俗嬢は許せない”とか言ってない?」被告:「同姓同名の……」検察官:「一方で“殺意はありません”と言ってませんでしたか?」被告:「……」検察官:「Bさんに対して刺したのは“その場から逃げたくてやった”と言ってませんでしたか?」被告:「ん~」 検察官が質問としてぶつける“かつての被告の証言”によって、当時の被告が何を話していたか、おぼろげながら明らかになっていく。これによると、被告はかつてAさん殺害について「殺意はありません」と語り、Bさんに対する殺人未遂については「逃げたくてやった」などとも話していたようだ。被告はこれに「ん~」「いや、黙秘権がある、黙秘!」などと、それまでの不規則発言とは明らかに異なる反応を見せた。「Aさんと付き合いたかった」 また、家裁の審判では「Aさんのお父さんや、Bさんの陳述を聞いて、本当に申し訳なかった」とも述べていたという。さらに、Aさん殺害の動機につながる質問が検察官から飛び出す。検察官「あなた、家裁の審判で“16歳の時に風俗に行かなければ……”」被告人「あ~!」検察官「“風俗に行かなければAのことを好きになることもなかった”と言ってませんか?」 この問いを打ち消すかのごとく、被告の不規則発言のボリュームは上がった。 質問には答えない姿勢を続ける被告だが、検察官が明かしたように、かつてAさんと「客」として接点を持っていた可能性はある。 たとえば、証拠として採用されたAさんのスマホの解析結果によれば、Aさんが2018年に友人と交わしたLINE記録には<今日高校2年生が来たんだけど>という発信が残されている。また、精神鑑定を行った医師との面談で被告は「陰茎をしゃぶってもらっている時に髪を触ったら怒られてムカついた」「Aさんと付き合いたかった」などと語っていたそうで、客として出会ったAさんに対して特別な感情を持っていたことを、被告もかつては認めていたように見える。 こうした経緯から検察官は被告が「人生がうまくいかず、好意を持っていたAさんを殺して自殺しよう」という思いに駆られ、犯行に至ったと論告で主張している。「被告の両親にも言いたいことがあります」 論告に先立って行われた遺族の意見陳述で、Aさんの父親は「大切な娘の命を返してください!家族の幸せを返してください!」と、被告の不規則発言をかき消すように、はっきりとした口調で胸中を訴えた。そのうえでさらに「被告の両親にも言いたいことがあります!」と、事件当時19歳だった被告の両親に対して、こう続けた。「両親にも事件について重大な責任があると確信しています。事件から2年半の間、謝罪の言葉はおろか手紙すらありません。ご苦労があったようだが、それと謝罪とは別問題です。残酷極まりない犯罪を犯した我が子を、他人事と思わず、逃げずに向き合い、最善を尽くして、最大限責任を果たして欲しい。被告だけでなく両親にも真剣に向き合って欲しい。そうでないと報われない」 父親は厳しく被告を育て、母親はかねてより宗教に入れ込んでいた。事件の前、被告が黙って仕事を辞めていたことを知った父親は「働かざる者食うべからずだ」と被告を激しく叱責していた。 そんな父親はこの裁判員裁判に証人として出廷予定だったが、直前になり「行きたくない」と拒否。尋問当日、検察官が電話をかけ続けていたというが、応答はなかったという。論告弁論の日に改めて尋問に応じるように働きかけていたものの、父親はやはり法廷に来ることがなかった。「自分たちの人生が狂ってしまった。もうどうなってもいい」と検察官に話していたという。 不規則発言を繰り返す被告の責任能力を裁判所はどう判断するのか。尋問をすっぽかした父親は、19歳だった我が子がAさんやBさん、そして、その家族の人生を狂わせたことをどう思うのか。判決は12月14日に言い渡される。前編【「高2の頃に万引きをしてから人生が悪い方向に…」 立川「ホテル殺傷事件」公判で“不規則発言”を繰り返す「元少年」が明かしていた意外な“過去の供述”】からのつづき高橋ユキ(たかはし・ゆき)ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。デイリー新潮編集部
11月21日の被告人質問で、検察官から起訴前の自身の発言について追及を受ける被告。これまで被告と被害女性には“面識がなかった”と報じられてきた。そうしたなか、被告は「ノアさんの関係についてね、あ~、その人……」と被害女性の“源氏名”を口にした。検察官はさらに質問を続ける。
検察官:「あ~、その人が“人”ってことはわかるんですね?」
被告:「心神喪失! 黙秘権」
検察官:「“その人”ってことは、私の言葉は聞こえてるんですよねえ。Aさん……、ノアさんが人間だったということはわかってるんですよねえ。なんで違う話をするんですか?」
被告:「……」
検察官:「あなたは“今から3年前、ノアの客で入ったことがあった”と言ってない?」
被告:「黒ずくめの正体が……」
検察官:「“ノアさんが好き”とか“風俗嬢は許せない”とか言ってない?」
被告:「同姓同名の……」
検察官:「一方で“殺意はありません”と言ってませんでしたか?」
被告:「……」
検察官:「Bさんに対して刺したのは“その場から逃げたくてやった”と言ってませんでしたか?」
被告:「ん~」
検察官が質問としてぶつける“かつての被告の証言”によって、当時の被告が何を話していたか、おぼろげながら明らかになっていく。これによると、被告はかつてAさん殺害について「殺意はありません」と語り、Bさんに対する殺人未遂については「逃げたくてやった」などとも話していたようだ。被告はこれに「ん~」「いや、黙秘権がある、黙秘!」などと、それまでの不規則発言とは明らかに異なる反応を見せた。
また、家裁の審判では「Aさんのお父さんや、Bさんの陳述を聞いて、本当に申し訳なかった」とも述べていたという。
さらに、Aさん殺害の動機につながる質問が検察官から飛び出す。
検察官「あなた、家裁の審判で“16歳の時に風俗に行かなければ……”」
被告人「あ~!」
検察官「“風俗に行かなければAのことを好きになることもなかった”と言ってませんか?」
この問いを打ち消すかのごとく、被告の不規則発言のボリュームは上がった。
質問には答えない姿勢を続ける被告だが、検察官が明かしたように、かつてAさんと「客」として接点を持っていた可能性はある。
たとえば、証拠として採用されたAさんのスマホの解析結果によれば、Aさんが2018年に友人と交わしたLINE記録には<今日高校2年生が来たんだけど>という発信が残されている。また、精神鑑定を行った医師との面談で被告は「陰茎をしゃぶってもらっている時に髪を触ったら怒られてムカついた」「Aさんと付き合いたかった」などと語っていたそうで、客として出会ったAさんに対して特別な感情を持っていたことを、被告もかつては認めていたように見える。
こうした経緯から検察官は被告が「人生がうまくいかず、好意を持っていたAさんを殺して自殺しよう」という思いに駆られ、犯行に至ったと論告で主張している。
論告に先立って行われた遺族の意見陳述で、Aさんの父親は「大切な娘の命を返してください!家族の幸せを返してください!」と、被告の不規則発言をかき消すように、はっきりとした口調で胸中を訴えた。そのうえでさらに「被告の両親にも言いたいことがあります!」と、事件当時19歳だった被告の両親に対して、こう続けた。
「両親にも事件について重大な責任があると確信しています。事件から2年半の間、謝罪の言葉はおろか手紙すらありません。ご苦労があったようだが、それと謝罪とは別問題です。残酷極まりない犯罪を犯した我が子を、他人事と思わず、逃げずに向き合い、最善を尽くして、最大限責任を果たして欲しい。被告だけでなく両親にも真剣に向き合って欲しい。そうでないと報われない」
父親は厳しく被告を育て、母親はかねてより宗教に入れ込んでいた。事件の前、被告が黙って仕事を辞めていたことを知った父親は「働かざる者食うべからずだ」と被告を激しく叱責していた。
そんな父親はこの裁判員裁判に証人として出廷予定だったが、直前になり「行きたくない」と拒否。尋問当日、検察官が電話をかけ続けていたというが、応答はなかったという。論告弁論の日に改めて尋問に応じるように働きかけていたものの、父親はやはり法廷に来ることがなかった。
「自分たちの人生が狂ってしまった。もうどうなってもいい」と検察官に話していたという。
不規則発言を繰り返す被告の責任能力を裁判所はどう判断するのか。尋問をすっぽかした父親は、19歳だった我が子がAさんやBさん、そして、その家族の人生を狂わせたことをどう思うのか。判決は12月14日に言い渡される。
前編【「高2の頃に万引きをしてから人生が悪い方向に…」 立川「ホテル殺傷事件」公判で“不規則発言”を繰り返す「元少年」が明かしていた意外な“過去の供述”】からのつづき
高橋ユキ(たかはし・ゆき)ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。
デイリー新潮編集部