あべのハルカス(大阪市阿倍野区)を抜き去って、栄えある「日本一高いビル」の称号を手にした麻布台ヒルズ(東京都港区)の森JPタワー。しかし、訪れた人たちからは“行ってガッカリ”と、自慢の高さとは裏腹の“低評価”が聞こえてくる始末なのだ。
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【写真を見る】約300億円!「日本一の高額物件」も入る麻布台ヒルズ「全然、分からないじゃない! 地図を見ても、立っている人(案内係)に地図を見せても分からない。で、次の人に聞いても、その次の人に聞いても、分からないとみんながうそをつく。早くしないと店が終わっちゃうだろうがぁ!」
そう怒鳴り散らす中年女性の声が、まだ開業から1週間しかたっていない真新しい高層ビルの受付に響いていた。どうやら彼女はお目当てのスープカレー屋が見つからず、受付嬢に怒り心頭のご様子である。麻布台ヒルズ 見渡せば、地図を片手に右往左往する人は数多い。 実際に話を聞いてみると、「構造が複雑すぎて迷路にいるみたい。自分がどこにいるのか途方に暮れています。夫とはぐれないよう気を付けないと」(70代主婦)「目的のお店にたどりつくのが結構大変で、時間に制約のある人は難しい。一緒にいる人とはぐれたら、もう二度と再会できない気がする」(50代女性自営業) などと嘆く声しきりだ。「日本一の高額物件」 ここは都心の新たなランドマークとして、先月24日に開業した麻布台ヒルズ。約6万4千平方メートルの敷地には、東京タワー(全長333メートル)と肩を並べる「日本一高いビル」森JPタワーを含め三つの超高層タワーと、いくつかの低層建物が立つ。 それらの内部には「日本一の高額物件」ともいわれる約300億円のペントハウスも備えた1400戸のレジデンスと、約2万人の就業者を収容するオフィスに加え、年間3千万人もの来場者を見込む商業施設、それに慶應大学病院の予防医療センター、都心最大級のインターナショナルスクールなどが備わり、さながら一つの街のような造りとなっている。 開発の主体となったのは、近隣の「六本木ヒルズ」や「虎ノ門ヒルズ」などを手がけてきた大手デベロッパーの森ビルだが、大人の迷子続出となれば、初期設計に狂いはなかったのだろうか。未だ準備中の店が多い もともと麻布台の地形は起伏に富み、郵便局などがあった高台の地区と、下町情緒あふれる住宅街だった低地をまとめて再開発したゆえ、新たに誕生した各々の建物出入口には高低差がある。「芝生のある広場から高層タワーの1階に入ったと思ったら、地下1階だと表示してあって混乱します。自分のいる場所が把握しづらく錯覚を起こしやすいし、デザイン優先なのかフロアの案内板が通路の高い所ではなく、多くが壁面の低い位置に掲げられていて見つけづらかった」(40代男性会社員) そんな迷える人たちの命綱であるフロアガイドの評判も芳しくない。「デジタル画面で見やすいと思いきや、インバウンドへの配慮か約3秒おきに日本語の表記が英語へ切り替わるので、探しにくい」(20代女性会社員) さらに来訪者たちをガッカリさせているのは、多くの商業施設が未だ“準備中”であること。「レジデンスB」と呼ばれる高層タワーの建設が、折からの建設資材高騰と人手不足などで遅れているのと同様、約150あるテナントのうち、96店舗しか開店していない。セレブ御用達の高級食料品店「明治屋」など31の専門店が集まり、生鮮食品や総菜などを販売する「麻布台ヒルズマーケット」でさえ、来年1月下旬にオープン予定という体たらくなのだ。住民も「ランチとか買い物をちゃんとしたことがない」 麻布台ヒルズのガーデンプラザレジデンスの住民である高齢女性に聞くと、「この辺りに住んでいた地権者で、11月に引っ越してきたんだけど、オープンしていない店が多くてね。ランチとか買い物もちゃんとしたことないんだよね」 区内に住む40代女性も、「中庭で目立つのはエルメスのオレンジ色のラッピングを施された巨大な建物ですが、近づいて見ると来年2月開店と書かれていました。ディオールとかブルガリといったブランド店も準備中。テレビを見て麻布台ヒルズがオープンしたと思って来たのに、かなりの数の店が閉じたままで、中途半端というか肩透かしをくらった気分ですね」 多くのメディアが「東京の新名所」としてもてはやす中、日経新聞がメインスポンサーを務める「ガイアの夜明け」(テレビ東京系)では、麻布台ヒルズ開業日の放送で、森ビル社長の辻慎吾氏(63)に密着取材。開業までの舞台裏を放映したが、この内容が現場で物議を醸しているのだ。 件の番組では、麻布台ヒルズの3分の1が緑化されていると褒めたたえ、その一部に「果樹園」があると紹介。辻社長がだいだい色に実ったミカンを口にする場面で、〈なっているミカンは誰でも採っていい〉とのナレーションが流れた。ミカンが採り放題? ところが、である。「番組のようにミカンへ手を伸ばしたら、警備員に“採り放題というのはテレビ局が間違って放送したんです”と注意されました。番組の影響で採ってしまう人が多いみたいで、見張りの人が常に立って大変そうでした」(さる女性客) テレビ東京に確認すると、「番組は取材に基づいて制作したものです」(広報・IR部) と言うのみだったが、当の森ビルに聞くと、「放映後、実際に採りに来られた方が多数いらっしゃり、手の届く範囲のミカンはなくなってしまったため、安全管理上の理由で採取の制限をさせていただいております」 また、飲食店街では各店舗に長い行列ができており、30分から1時間待ちは当り前で「予約で満席」と書かれた張り紙を掲示する店も多くあった。 実際に予約を試みたという40代の男性会社員いわく、「店に電話をかけてもつながらず、スマホアプリを使わないと予約できない場合も多かった。予約システムが面倒で使いづらいし、気軽にランチを求めてフラッと出かけられるところではない。そう痛感しましたよ」「飲食店に対する規則がうるさい」 今回、森ビルから直接オファーを受けたという和洋中エスニックなど多彩なジャンルの店がそろう飲食店街。日本人シェフとして初めてフランスからレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受けたフレンチの巨匠・三國清三氏(69)が手がけたレストランや、日本初出店でベトナムで評判のピザ専門店が人気というが、「森ビルは飲食店に対しての規則が結構うるさくて、床が汚れるからと台車の車輪の色まで指定する上に、客が殺到しているから開店時間を15分前倒ししてと言ってくることもあった。別の店は30分も早く開けてくれと言われたそうです」 と明かすのは、麻布台ヒルズにある飲食店の関係者。「仕込みの時間も無くなるし、従業員が疲弊するのでやりたくないのに、森ビルは昼も営業してくれとか注文が多い。月の賃料は坪3万円前後で70万~80万円の店が多いようですけど、毎日の売り上げを森ビルに報告する決まり。収益に合わせ歩合で家賃が変動する仕組みで、完全歩合の店もあるそうですが、コロナ禍の最中に初期費用で5千万円くらいかかったので、開店までも大変でした」 かようなシステムは大型商業施設では珍しくないそうだが、飲食店側の苦労は絶えないようである。格差社会を象徴する光景 経済ジャーナリストの荻原博子氏はこう話す。「新しいヒルズの開業で森ビルは一人勝ちで潤うけど、周辺の既存オフィスやテナント物件は需要を吸い上げられガラガラになっていくでしょう。森ビルは“麻布台ヒルズで東京を世界標準に”と高慢な理念を掲げているそうですが、つまりは富裕層からどうお金を引き出すかということ。18カ月連続で実質賃金が下がり続けている今の日本は、全世帯の3%弱の富裕層とそうでない層に二極化しつつありますが、それを象徴する光景となっています」 残酷な現実の写し鏡と化した新名所に、あなたは足を運んでみたいだろうか。「週刊新潮」2023年12月14日号 掲載
「全然、分からないじゃない! 地図を見ても、立っている人(案内係)に地図を見せても分からない。で、次の人に聞いても、その次の人に聞いても、分からないとみんながうそをつく。早くしないと店が終わっちゃうだろうがぁ!」
そう怒鳴り散らす中年女性の声が、まだ開業から1週間しかたっていない真新しい高層ビルの受付に響いていた。どうやら彼女はお目当てのスープカレー屋が見つからず、受付嬢に怒り心頭のご様子である。
見渡せば、地図を片手に右往左往する人は数多い。
実際に話を聞いてみると、
「構造が複雑すぎて迷路にいるみたい。自分がどこにいるのか途方に暮れています。夫とはぐれないよう気を付けないと」(70代主婦)
「目的のお店にたどりつくのが結構大変で、時間に制約のある人は難しい。一緒にいる人とはぐれたら、もう二度と再会できない気がする」(50代女性自営業)
などと嘆く声しきりだ。
ここは都心の新たなランドマークとして、先月24日に開業した麻布台ヒルズ。約6万4千平方メートルの敷地には、東京タワー(全長333メートル)と肩を並べる「日本一高いビル」森JPタワーを含め三つの超高層タワーと、いくつかの低層建物が立つ。
それらの内部には「日本一の高額物件」ともいわれる約300億円のペントハウスも備えた1400戸のレジデンスと、約2万人の就業者を収容するオフィスに加え、年間3千万人もの来場者を見込む商業施設、それに慶應大学病院の予防医療センター、都心最大級のインターナショナルスクールなどが備わり、さながら一つの街のような造りとなっている。
開発の主体となったのは、近隣の「六本木ヒルズ」や「虎ノ門ヒルズ」などを手がけてきた大手デベロッパーの森ビルだが、大人の迷子続出となれば、初期設計に狂いはなかったのだろうか。
もともと麻布台の地形は起伏に富み、郵便局などがあった高台の地区と、下町情緒あふれる住宅街だった低地をまとめて再開発したゆえ、新たに誕生した各々の建物出入口には高低差がある。
「芝生のある広場から高層タワーの1階に入ったと思ったら、地下1階だと表示してあって混乱します。自分のいる場所が把握しづらく錯覚を起こしやすいし、デザイン優先なのかフロアの案内板が通路の高い所ではなく、多くが壁面の低い位置に掲げられていて見つけづらかった」(40代男性会社員)
そんな迷える人たちの命綱であるフロアガイドの評判も芳しくない。
「デジタル画面で見やすいと思いきや、インバウンドへの配慮か約3秒おきに日本語の表記が英語へ切り替わるので、探しにくい」(20代女性会社員)
さらに来訪者たちをガッカリさせているのは、多くの商業施設が未だ“準備中”であること。「レジデンスB」と呼ばれる高層タワーの建設が、折からの建設資材高騰と人手不足などで遅れているのと同様、約150あるテナントのうち、96店舗しか開店していない。セレブ御用達の高級食料品店「明治屋」など31の専門店が集まり、生鮮食品や総菜などを販売する「麻布台ヒルズマーケット」でさえ、来年1月下旬にオープン予定という体たらくなのだ。
麻布台ヒルズのガーデンプラザレジデンスの住民である高齢女性に聞くと、
「この辺りに住んでいた地権者で、11月に引っ越してきたんだけど、オープンしていない店が多くてね。ランチとか買い物もちゃんとしたことないんだよね」
区内に住む40代女性も、
「中庭で目立つのはエルメスのオレンジ色のラッピングを施された巨大な建物ですが、近づいて見ると来年2月開店と書かれていました。ディオールとかブルガリといったブランド店も準備中。テレビを見て麻布台ヒルズがオープンしたと思って来たのに、かなりの数の店が閉じたままで、中途半端というか肩透かしをくらった気分ですね」
多くのメディアが「東京の新名所」としてもてはやす中、日経新聞がメインスポンサーを務める「ガイアの夜明け」(テレビ東京系)では、麻布台ヒルズ開業日の放送で、森ビル社長の辻慎吾氏(63)に密着取材。開業までの舞台裏を放映したが、この内容が現場で物議を醸しているのだ。
件の番組では、麻布台ヒルズの3分の1が緑化されていると褒めたたえ、その一部に「果樹園」があると紹介。辻社長がだいだい色に実ったミカンを口にする場面で、〈なっているミカンは誰でも採っていい〉とのナレーションが流れた。
ところが、である。
「番組のようにミカンへ手を伸ばしたら、警備員に“採り放題というのはテレビ局が間違って放送したんです”と注意されました。番組の影響で採ってしまう人が多いみたいで、見張りの人が常に立って大変そうでした」(さる女性客)
テレビ東京に確認すると、
「番組は取材に基づいて制作したものです」(広報・IR部)
と言うのみだったが、当の森ビルに聞くと、
「放映後、実際に採りに来られた方が多数いらっしゃり、手の届く範囲のミカンはなくなってしまったため、安全管理上の理由で採取の制限をさせていただいております」
また、飲食店街では各店舗に長い行列ができており、30分から1時間待ちは当り前で「予約で満席」と書かれた張り紙を掲示する店も多くあった。
実際に予約を試みたという40代の男性会社員いわく、
「店に電話をかけてもつながらず、スマホアプリを使わないと予約できない場合も多かった。予約システムが面倒で使いづらいし、気軽にランチを求めてフラッと出かけられるところではない。そう痛感しましたよ」
今回、森ビルから直接オファーを受けたという和洋中エスニックなど多彩なジャンルの店がそろう飲食店街。日本人シェフとして初めてフランスからレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受けたフレンチの巨匠・三國清三氏(69)が手がけたレストランや、日本初出店でベトナムで評判のピザ専門店が人気というが、
「森ビルは飲食店に対しての規則が結構うるさくて、床が汚れるからと台車の車輪の色まで指定する上に、客が殺到しているから開店時間を15分前倒ししてと言ってくることもあった。別の店は30分も早く開けてくれと言われたそうです」
と明かすのは、麻布台ヒルズにある飲食店の関係者。
「仕込みの時間も無くなるし、従業員が疲弊するのでやりたくないのに、森ビルは昼も営業してくれとか注文が多い。月の賃料は坪3万円前後で70万~80万円の店が多いようですけど、毎日の売り上げを森ビルに報告する決まり。収益に合わせ歩合で家賃が変動する仕組みで、完全歩合の店もあるそうですが、コロナ禍の最中に初期費用で5千万円くらいかかったので、開店までも大変でした」
かようなシステムは大型商業施設では珍しくないそうだが、飲食店側の苦労は絶えないようである。
経済ジャーナリストの荻原博子氏はこう話す。
「新しいヒルズの開業で森ビルは一人勝ちで潤うけど、周辺の既存オフィスやテナント物件は需要を吸い上げられガラガラになっていくでしょう。森ビルは“麻布台ヒルズで東京を世界標準に”と高慢な理念を掲げているそうですが、つまりは富裕層からどうお金を引き出すかということ。18カ月連続で実質賃金が下がり続けている今の日本は、全世帯の3%弱の富裕層とそうでない層に二極化しつつありますが、それを象徴する光景となっています」
残酷な現実の写し鏡と化した新名所に、あなたは足を運んでみたいだろうか。
「週刊新潮」2023年12月14日号 掲載