ご近所さんが犬を散歩し、家の塀や付近の公道に糞尿をした後、後始末をせずに悪臭が……。糞尿の後始末をしてほしい旨、注意をしても一向に聞いてくれず、ご近所トラブルに……。
そのようなときに法的にどのような解決方法があるのでしょうか。以下概説します。
まず、行政から何らかのアクションを起こすように働きかけられないでしょうか。
まず地方公共団体は、条例により動物が人に迷惑を及ぼすことのないよう適切な指導、措置を講じることができる旨定められています〔動物愛護法(以下「動愛法」)といいます。9条〕。
これに基づき、各市区町村では、ペットの糞尿汚染に関して条例を定めているところもありますが、そのほとんどが罰則を伴わない努力規定にとどまるものであり、過料等の罰則規定が設けられていることは非常にまれです。
なお、各自治体の罰則規定については環境省が公開している「ふん害等防止条例の概要」を参照ください。
次に、動物の飼養等に起因する悪臭の発生等により周辺の生活環境が損なわれているとして環境省令で定める事態が生じていると認めるときは、当該事態を生じさせている者に対し、都道府県知事は、必要な指導又は助言をすることができるものと定められています(動愛法25条1項)。
環境省令で定める事態として、動愛法施行規則12条は以下のとおり具体例を例示しています。
以上をみると、糞尿トラブルが、(数人からの苦情の申し出がある等周辺住民の共通認識となっており、かつ日常生活に特に著しい支障を及ぼしているものと認められる場合には、都道府県知事は必要な指導又は助言をすることができるとされています。
そのうえで、飼い主が当該指導又は助言に従わない場合には、都道府県知事は、糞尿の処理を行うよう勧告することができ(動愛法25条2項)、これにも応じない場合には、措置命令を出すことができます(同条3項)。
さらに飼い主が措置命令にも従わない場合には、50万円以下の罰金刑が科される可能性があります(動愛法46条の2)。
このように地域住民の共通認識となっているほど日常生活に深刻な影響を及ぼしており、かつ指導又は助言、勧告、措置命令に従わない場合にようやく動愛法上の罰則を科されることになります。
したがって、動愛法上の対応をとることを期待することは難しいことが分かります。
次に、その他の法律に罰則規定はないでしょうか。
ペットの糞尿は、「廃棄物」に該当し(廃棄物処理法2条1項)、これをみだりに捨てた者には5年以下の懲役もしくは1000万円以下の罰金が科され、又はこれが併科される可能性があります(同法16条、25条1項14号)。
さらにペットの糞尿は、「汚物」に当たると考えられており、公共の利益に反してこれを捨てた者には拘留(※)又は科料(※)が科される可能性があります。
※「拘留」とは、1日以上30日未満刑事施設に拘置されること※「科料」とは、1000円以上1万円未満が徴収されること
しかしながら、いずれについても、ペットの糞尿を捨てることが罰則を科す要件となっているところ、糞尿を放置したに過ぎず、故意で「捨てた」と立証することが難しいため、これらに基づき罰則が科される可能性は低いです。
以上をみるように、行政上、ペットの糞尿トラブルに対処することは難しいことが分かります。
行政上の対応が難しいようであれば、訴訟を起こす等して民事上の解決を図ることはできないでしょうか。
民法では、「動物の占有者は、その動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負う」と規定されており(民法718条1項)、糞尿トラブルにより「損害」が与えられたといえる場合には、飼い主に対して損害賠償請求が可能です。
飼い犬が塀に尿をかけ、これにより塀が変色したため修理費用が生じたといった場合には、塀の修理費用は「損害」に当たる可能性が高いです。
一方で、糞尿の臭いによって肉体的・精神的苦痛が生じたことを「損害」といえないでしょうか。
判例をみるに、飼い犬の糞尿による悪臭に基づく生活利益の侵害については、健全な社会通念に照らし、侵害の程度が一般人の社会生活上の受忍限度を超える場合に違法となるとされています(京都地判平成3年1月24日『判例タイムズ』769号197頁)。
上記判例は、建物の中庭部分に犬が糞尿をし、建物の居住部分にまで臭気が漂っていたところ、飼い主は、住民の度重なる注意も無視し、むしろ住民に対し嫌がらせまで行ったという事案です。
そのような場合、悪臭による近隣住民に対する生活利益の侵害は、健全な社会通念に照らし、侵害の程度が一般人の社会生活上の受忍限度を超えるものとして違法となると判示しています。
かかる判例からすれば、公道部分であっても、ペットが糞尿を垂れ流し、近隣住民が日常生活を送るに際し、臭気が漂うほど酷い状況で、また住民からの一切の指摘に対しても飼い主が聞く耳を持たない等の事情がある場合には、社会生活上の受忍限度を超える程度に生活利益を害しているとして、損害賠償請求が認められる可能性があります。
しかしながら、以下のとおり民事上の請求を行うにはなかなか難しい理由があります。
家の前で近所の犬猫が何度も糞尿をしており、生活を行うのに支障が出るレベルで悪臭がする。そのため、飼い主に対して損害賠償訴訟を提起しようとした場合、訴えを提起した者は、当該悪臭の原因が飼い主(ペット)にあることを立証する必要があります。
マンションの中庭等、私有地内での出来事であれば、特定の相手方に悪臭の原因があると立証するのはさほど困難とはいえません。
もっとも、公道での出来事であれば、その立証は非常に難しいです。
なぜなら、犬猫が一度糞尿をした場所には、他の犬猫もマーキングのために糞尿をすることが多く、そのような場合には、特定の飼い主(ペット)に悪臭の原因があるとは立証し難いためです。
以上のとおり、行政上の対応も、民事上の対応も難しいことが分かったかと思います。
もっとも、どうしようもないからといって私的制裁を加えてはいけません。
例えば、敷地内に毒餌(毒の入ったエサ)をまいて対応しようという話をよく聞きますが、毒餌をまき、犬猫等がこれを食べて死傷してしまった場合には、毒餌をまいた者には、5年以下の懲役又は500万円以下の罰金が科されます(動愛法44条1項)。
例え自宅の敷地内に毒餌をまく場合であったとしても、かかる行為が犬や猫等の愛護動物に危害を加える目的である場合には、上記の罰則が科されます。
また、何度も注意をしたにもかかわらず、ペットのフンを持ち帰らない飼い主について、防犯カメラを設置し、撮影した写真を張り出して対応するといった話もよく聞きます。
もっとも、飼い主を晒す行為は、名誉棄損(きそん)罪に当たるとして、3年以下の懲役もしくは禁錮又は50万円以下の罰金に処される可能性があります(刑法230条)。
このようにペットの糞尿等によるトラブルが発生した場合であっても、私的制裁は一切しないよう注意しましょう。
以上のとおり、動物の糞尿トラブルについては、実際のところ法的に対応することは難しいことが多いです。
現実的な対処方法としては、
・市区町村からフンの放置は条例違反である旨を警告する看板をもらう・放置されたフンの周囲をイエローチョークで囲い、発見日時を書くなどして飼い主に警告する「イエローチョーク作戦」等を実行する
等が現実的です。
イエローチョーク作戦は、公共の場所に放置されたフンの周囲をイエローチョークで囲み、その周りに発見日時や「フンをもってかえってください」等を書き添えることで、飼い主に心理的プレッシャーを与え、フンを回収させるというものです。
イエローチョーク作戦の実施に当たっては、事前の届出を求める自治体もあります。
他にも、放置されたフンの横に警告文の書かれた黄色いカードを貼る「イエローカード作戦」を実施している自治体もあります。
このように市区町村ごとにフン害対策を講じており、多くの市区町村において警告看板や、イエローチョーク等を無償で配布しています。このようなフン害対策をお考えの方は、実施方法を含め、一度お住まいの役所にお問い合わせください。
また度を越した飼い主に対しては、行政や弁護士に相談するなどし、何らかのアクションを起こしてもらうことも考えられます。
2013年には、泉佐野市が全国で初めてフンの放置に対して過料を科しました。飼い主側も、場合によっては罰則が科される可能性があることを十分考慮し、ペットを飼う者としてマナーをしっかりと守る必要があります。
———-尾又 比呂人(おまた・ひろと)弁護士東京都出身。2018年一橋大学法学部卒業。2020年一橋大学法科大学院卒業。同年司法試験合格後、2022年弁護士登録。第一東京弁護士会所属。医療・薬機法務、Web3.0法務、ペット法務に特化し、コーポレート分野、M&Aを専門的に取り扱う。———-
(弁護士 尾又 比呂人)