「急所を的確に狙われた」――。
10月、青森市合子沢の山林でクマに遭遇し、大けがを負った医療従事者の男性(71)が読売新聞の取材に応じ、恐怖の瞬間を語った。県内ではツキノワグマ出没警報が発令中で、活動が活発になる冬眠前は注意が必要だ。(照沼亮介)
■覆いかぶさる巨体
「ウオオオ、ウオオオ」
あの時の低いうなり声は、今でも耳から離れない。
男性がクマに襲われたのは10月12日午後2時半頃。キノコ採りに備えた下見のため、道路脇にある空き地に車を止め、2~3メートル程度やぶに分け入った時だった。
幅50センチほどの小川を挟んだ向かい側で「カサカサ」とやぶが揺れる音を聞いた。イノシシかと思った直後、突然、目の前に真っ黒い巨体が覆いかぶさってきた。「発見してからは、あっという間。1秒にも満たないくらいだった」という。
立ち上がった体長約1・2メートルのクマに頭をつかまれ、後頭部や左顎に爪が食い込んだ。首にかみつこうとするクマの口をとっさに左手で防ぎ、腹に蹴りを入れた。「このやろう」。大声を出すと、驚いたクマはやぶに向かって逃げていったという。
■頭蓋骨と左手骨折
突然の遭遇に無我夢中だったが、気付くとぽたぽたと頭から血が垂れた。首と顔に裂傷を負い、頭蓋骨を骨折。左手も骨折していた。軍手をしていたおかげで、かみつかれた親指を食いちぎられずに済んだという。タオルで止血しながら自力で近くの交番に駆け込み、県立中央病院に搬送された。
現場は、青森公立大学の敷地から西約400メートル、八甲田憩いの牧場から東約500メートルの地点だ。男性は10年以上前からこの場所でキノコ採りをしてきたが、一度もクマを見たことはなかった。音を鳴らしたり、複数人で行動したりするなど入山時にクマを警戒する方法は知っていたが、「近くでは釣りをしている人もいる場所。まさか、こんな人里近くで遭うとは思わなかった」と驚く。
男性はキノコ採りを当面やめるという。「いつでも、どこでも、誰でも遭う状況だ」と、こわばった表情で語った。
■人身被害既に10件
県自然保護課によると、今年の出没件数(10月26日時点)は、前年同期比491件増の778件。人身被害は9件増の10件に上っている。ブナの実が「大凶作」で十分なエサが得られず、人里近くまでクマが下りてきている可能性がある。人口減少で耕作放棄地やクマが隠れやすいやぶが増加しているのも、原因とみられる。
県では遭遇した場合、慌てず静かにしていることや、近づいてきたらゆっくり後退することを呼びかけている。ただ、至近距離で遭遇した場合は「攻撃回避の完全な対処方法はない」といい、両腕で頭を覆い、うつぶせになって大けがを避けるべきだとしている。