(被告の男)「一緒に死んで生まれ変わりたかった」 【写真を見る】「一緒に生まれ変わりたかった」 父と姉を刺殺したひきこもりの男 姉は最期に「ごめんね」と言った 法廷でこう語った被告の男は、自分の「父」と「姉」を殺害した… 愛知県稲沢市の無職・橋智(たかはし さとし)被告(27)。2021年7月、自宅で父親の輝男(てるお)さん(当時71)と、姉の礼(あや)さん(当時29)を包丁で刺すなどして殺害した罪に問われている。 10月16日、名古屋地裁で開かれた裁判員裁判の初公判。48席の傍聴席が満席となる中、智被告は「間違いありません」と起訴内容を認めた。

智被告はなぜ、家族2人を殺すという凶行に至ったのか? 5人きょうだいの4番目 ファストフード店や焼き肉店などの仕事は長く続かず… 輝男さんと、フィリピン国籍の母親Sさんとの間に生まれた智被告。輝男さんと前妻との間に生まれた兄、輝男さんとSさんとの間に生まれた姉のAさん、礼さん、そして弟のHさんがいる5人きょうだいだ。 (智被告)「(両親がけんかする)声が聞こえたら、クローゼットにこもっていた。声が聞こえなくなるわけではないが、落ち着いた」両親は智被告が小学生の頃から仲が悪く、中学校を卒業する頃に離婚。その後、智被告は、2~3か月ごとに父親の家と母親の家を行ったり来たりする生活を送った。(智被告)「母の家に行った後は、父のところに行きました」(弁護側)「なぜ移ったのですか?」(智被告)「母に『行け』と言われたので行きました」(弁護側)「父の家に住んだのは?」(智被告)「3か月くらい。その後は、また母のところに行きました」 智被告は高校を中退後、当時の交際相手がいた静岡県に移り、ファストフード店で働いた。しかし、レジから売上金500円を盗むなどして、事件前年(2020年夏ごろ)には仕事を辞めて実家に戻った。その後、焼き肉店で働いたものの、人間関係がうまくいかず2か月で辞めた。 事件の4か月前、実家を建て替えることになり、輝男さんと礼さんは事件現場となった市営団地に入居。そこに、智被告もなだれ込んだ。智被告は、近くのショッピングモールにあるファストフード店でアルバイトを始めたもののすぐにやめ、輝男さんの年金と礼さんの収入に頼りながら、家事もせず、自室でネットゲームをしたり、動画を見たりする生活だった。深夜に通話しながらゲームをすることもあり、そうした生活態度を輝男さんに注意されるも改善せず、輝男さんと礼さんは次第に智被告との関わりを避けるようになった。 この点について、弁護側の冒頭陳述では、智被告は2人から自宅の鍵を渡されず、アルバイトから帰った時に閉め出されたことがアルバイトを辞める理由になったとしている。そのほか、・「早く家を出て行って欲しい」と言われた・自分だけ食事を与えられなかったなどと不遇な扱いを受けたと主張した。 「なぜ自分だけ家族でない扱いを受けるのか」 待遇改善を求めた事件当夜 自分だけ不遇な扱いを受けるのは、「2人から嫌われているから」… そう考えた智被告は自殺を考えるようになり、事件当日(2021年7月19日)の午後10時ごろ、リビングでテレビを見ていた輝男さんに「家族関係の改善」などを求めた。 しかし、輝男さんからの返事は、智被告が望んだものとは180度違ったという…(智被告)「『お前なんか家族じゃねぇ。息子だと思ってない』『死ぬなら迷惑かけない方法で死ねよ、電車には飛び込むなよ』と言われました」父親に肩を押され、尻餅をついた智被告。ショックで放心状態になり、当時のことはあまりよく覚えていないという。 (弁護側)「それからあなたはどうしましたか?」(智被告)「父を刺していました」(検察側)「なぜ家族を殺す発想に?」(智被告)「一緒に生まれ変わりたかった。家族になりたかった。いちからやり直したかった」 父親を刺した後、智被告はシャワーを浴び、仕事に行っていた姉の礼さんの帰りを部屋の廊下で待った。そして、日付が変わった頃、帰宅した礼さんも包丁で刺した。 (弁護側)「なぜお姉さんを刺そうと思った?」(智被告)「父と同じように、姉も自分を嫌っていると思い込んでいた」 玄関で2~3度刺した後、部屋を出てエレベーターホールへ逃げた礼さんの後を追いかけて、さらに包丁を振り回した。市営団地の通路にはおびただしい血の痕がいくつもついていた。 (弁護側)「振り回した包丁は礼さんに当たった?」(智被告)「覚えていない」(弁護側)「その後は?」(智被告)「姉が『ごめんね』と言いました。それで自分がやっていることに気づいて、何をやっているんだろうと思い、包丁を捨てた。飛び降りて死のうと思い、階段を上った」 智被告は、団地の上層階の住民に声をかけられ、その後、逮捕された。そのとき、服は着ていなかったという。 2人の遺体には数十か所の傷 求刑は… 父・輝男さんには少なくとも30回以上、刃物で刺したり切ったりした傷があり、姉の礼さんにも少なくとも20か所以上に傷があった。2人は「失血死」だった。 (弁護側)「父と姉を殺したという結果についてどう思っていますか?」 弁護側からの質問の最後にそう聞かれた智被告は突然言葉に詰まり、目頭を拭った。そして長い沈黙ののち、涙声でこう述べた。 (智被告)「申し訳ないと思っています。2人の人生を奪ってしまった。一生かけて償っていきます」 検察側は「非常に危険で残忍な犯行」などと指摘して、懲役30年を求刑。一方、弁護側は心理鑑定をもとに、「当時は解離状態に陥っていて、現実感がない中での犯行だった」などと訴え、懲役13年が相当と主張した。 裁判長から「最後に述べておきたいことはありますか?」と聞かれた智被告は… (智被告)「父と姉、他の家族に申し訳なく思っています。一生かけて償っていきます。すみませんでした」 「残忍で凄惨な犯行というほかない」 智被告への判決は… そして、10月27日。名古屋地裁の久禮博一裁判長は、智被告に懲役28年の判決を言い渡した。 (判決より抜粋)「二人の命が失われており、結果が重大であることはいうまでもない」「父の心ない発言に触発された衝動的な犯行であるうえ、抵抗されてもみ合いをする場面もある中、後に引けなくなった一面もあったと考えられるが、包丁を自ら手に取った上、途中で止めることなく父が動かなくなるまで執拗に刺切行為を続けており、相応に強い殺意を感じ取ることができる」「姉については、父と異なり当日被告との間で何らかのやり取りがあったわけでもなく、一切落ち度はない。被告は姉に対しても疎外感を抱いていたと言うが、姉が被告と父との仲を取り持つなどする場面があったこともうかがわれるし、そもそも父に続いて姉まで殺害するような理由があるとは到底いえず、その経緯に酌むべき余地はない」「残忍で凄惨な犯行というほかない」 また弁護側の主張については、「面接の中で自ら誘導的な質問を行い、それによって得られた話を鑑定の前提としたり、弁護人から提供された他の親族の供述調書の内容を確認していなかったり、鑑定の前提条件や手法に大いに問題がある」と一蹴。 (判決より抜粋)「被告は犯行状況について記憶がないと供述する部分もあるものの、相応に犯行状況を述べることができており、単に記憶が断片的に欠落しているに過ぎない。そのような状態を解離と呼ぶかはさておくとしても、犯行に何らかの影響を及ぼしたものとはおよそ認めることができず、いずれにせよ刑を引き下げるような事情とはならない」「以上の事情を考慮すれば、有期懲役刑の上限に近い部類に属する事案といえる」 判決を読み上げ終わると、裁判長は智被告にこう語りかけた。 (裁判長)「自分がしたことの重大さ、2人の命が失われたこと、取り返しのつかないことをしたと反省を深めてほしい。あなたはこの法廷で“償い”という言葉を使ったが、それはきちんとこの刑を受けて、その中で2人の冥福を祈り続けること、更生をし立ち直るしかない。一日も忘れることなく誠実に、1からやり直すつもりで更生に向けて歩んでほしい」 この言葉を聞いた智被告は、小さく「はい」と頷いた。
(被告の男)「一緒に死んで生まれ変わりたかった」
【写真を見る】「一緒に生まれ変わりたかった」 父と姉を刺殺したひきこもりの男 姉は最期に「ごめんね」と言った 法廷でこう語った被告の男は、自分の「父」と「姉」を殺害した… 愛知県稲沢市の無職・橋智(たかはし さとし)被告(27)。2021年7月、自宅で父親の輝男(てるお)さん(当時71)と、姉の礼(あや)さん(当時29)を包丁で刺すなどして殺害した罪に問われている。 10月16日、名古屋地裁で開かれた裁判員裁判の初公判。48席の傍聴席が満席となる中、智被告は「間違いありません」と起訴内容を認めた。

智被告はなぜ、家族2人を殺すという凶行に至ったのか? 5人きょうだいの4番目 ファストフード店や焼き肉店などの仕事は長く続かず… 輝男さんと、フィリピン国籍の母親Sさんとの間に生まれた智被告。輝男さんと前妻との間に生まれた兄、輝男さんとSさんとの間に生まれた姉のAさん、礼さん、そして弟のHさんがいる5人きょうだいだ。 (智被告)「(両親がけんかする)声が聞こえたら、クローゼットにこもっていた。声が聞こえなくなるわけではないが、落ち着いた」両親は智被告が小学生の頃から仲が悪く、中学校を卒業する頃に離婚。その後、智被告は、2~3か月ごとに父親の家と母親の家を行ったり来たりする生活を送った。(智被告)「母の家に行った後は、父のところに行きました」(弁護側)「なぜ移ったのですか?」(智被告)「母に『行け』と言われたので行きました」(弁護側)「父の家に住んだのは?」(智被告)「3か月くらい。その後は、また母のところに行きました」 智被告は高校を中退後、当時の交際相手がいた静岡県に移り、ファストフード店で働いた。しかし、レジから売上金500円を盗むなどして、事件前年(2020年夏ごろ)には仕事を辞めて実家に戻った。その後、焼き肉店で働いたものの、人間関係がうまくいかず2か月で辞めた。 事件の4か月前、実家を建て替えることになり、輝男さんと礼さんは事件現場となった市営団地に入居。そこに、智被告もなだれ込んだ。智被告は、近くのショッピングモールにあるファストフード店でアルバイトを始めたもののすぐにやめ、輝男さんの年金と礼さんの収入に頼りながら、家事もせず、自室でネットゲームをしたり、動画を見たりする生活だった。深夜に通話しながらゲームをすることもあり、そうした生活態度を輝男さんに注意されるも改善せず、輝男さんと礼さんは次第に智被告との関わりを避けるようになった。 この点について、弁護側の冒頭陳述では、智被告は2人から自宅の鍵を渡されず、アルバイトから帰った時に閉め出されたことがアルバイトを辞める理由になったとしている。そのほか、・「早く家を出て行って欲しい」と言われた・自分だけ食事を与えられなかったなどと不遇な扱いを受けたと主張した。 「なぜ自分だけ家族でない扱いを受けるのか」 待遇改善を求めた事件当夜 自分だけ不遇な扱いを受けるのは、「2人から嫌われているから」… そう考えた智被告は自殺を考えるようになり、事件当日(2021年7月19日)の午後10時ごろ、リビングでテレビを見ていた輝男さんに「家族関係の改善」などを求めた。 しかし、輝男さんからの返事は、智被告が望んだものとは180度違ったという…(智被告)「『お前なんか家族じゃねぇ。息子だと思ってない』『死ぬなら迷惑かけない方法で死ねよ、電車には飛び込むなよ』と言われました」父親に肩を押され、尻餅をついた智被告。ショックで放心状態になり、当時のことはあまりよく覚えていないという。 (弁護側)「それからあなたはどうしましたか?」(智被告)「父を刺していました」(検察側)「なぜ家族を殺す発想に?」(智被告)「一緒に生まれ変わりたかった。家族になりたかった。いちからやり直したかった」 父親を刺した後、智被告はシャワーを浴び、仕事に行っていた姉の礼さんの帰りを部屋の廊下で待った。そして、日付が変わった頃、帰宅した礼さんも包丁で刺した。 (弁護側)「なぜお姉さんを刺そうと思った?」(智被告)「父と同じように、姉も自分を嫌っていると思い込んでいた」 玄関で2~3度刺した後、部屋を出てエレベーターホールへ逃げた礼さんの後を追いかけて、さらに包丁を振り回した。市営団地の通路にはおびただしい血の痕がいくつもついていた。 (弁護側)「振り回した包丁は礼さんに当たった?」(智被告)「覚えていない」(弁護側)「その後は?」(智被告)「姉が『ごめんね』と言いました。それで自分がやっていることに気づいて、何をやっているんだろうと思い、包丁を捨てた。飛び降りて死のうと思い、階段を上った」 智被告は、団地の上層階の住民に声をかけられ、その後、逮捕された。そのとき、服は着ていなかったという。 2人の遺体には数十か所の傷 求刑は… 父・輝男さんには少なくとも30回以上、刃物で刺したり切ったりした傷があり、姉の礼さんにも少なくとも20か所以上に傷があった。2人は「失血死」だった。 (弁護側)「父と姉を殺したという結果についてどう思っていますか?」 弁護側からの質問の最後にそう聞かれた智被告は突然言葉に詰まり、目頭を拭った。そして長い沈黙ののち、涙声でこう述べた。 (智被告)「申し訳ないと思っています。2人の人生を奪ってしまった。一生かけて償っていきます」 検察側は「非常に危険で残忍な犯行」などと指摘して、懲役30年を求刑。一方、弁護側は心理鑑定をもとに、「当時は解離状態に陥っていて、現実感がない中での犯行だった」などと訴え、懲役13年が相当と主張した。 裁判長から「最後に述べておきたいことはありますか?」と聞かれた智被告は… (智被告)「父と姉、他の家族に申し訳なく思っています。一生かけて償っていきます。すみませんでした」 「残忍で凄惨な犯行というほかない」 智被告への判決は… そして、10月27日。名古屋地裁の久禮博一裁判長は、智被告に懲役28年の判決を言い渡した。 (判決より抜粋)「二人の命が失われており、結果が重大であることはいうまでもない」「父の心ない発言に触発された衝動的な犯行であるうえ、抵抗されてもみ合いをする場面もある中、後に引けなくなった一面もあったと考えられるが、包丁を自ら手に取った上、途中で止めることなく父が動かなくなるまで執拗に刺切行為を続けており、相応に強い殺意を感じ取ることができる」「姉については、父と異なり当日被告との間で何らかのやり取りがあったわけでもなく、一切落ち度はない。被告は姉に対しても疎外感を抱いていたと言うが、姉が被告と父との仲を取り持つなどする場面があったこともうかがわれるし、そもそも父に続いて姉まで殺害するような理由があるとは到底いえず、その経緯に酌むべき余地はない」「残忍で凄惨な犯行というほかない」 また弁護側の主張については、「面接の中で自ら誘導的な質問を行い、それによって得られた話を鑑定の前提としたり、弁護人から提供された他の親族の供述調書の内容を確認していなかったり、鑑定の前提条件や手法に大いに問題がある」と一蹴。 (判決より抜粋)「被告は犯行状況について記憶がないと供述する部分もあるものの、相応に犯行状況を述べることができており、単に記憶が断片的に欠落しているに過ぎない。そのような状態を解離と呼ぶかはさておくとしても、犯行に何らかの影響を及ぼしたものとはおよそ認めることができず、いずれにせよ刑を引き下げるような事情とはならない」「以上の事情を考慮すれば、有期懲役刑の上限に近い部類に属する事案といえる」 判決を読み上げ終わると、裁判長は智被告にこう語りかけた。 (裁判長)「自分がしたことの重大さ、2人の命が失われたこと、取り返しのつかないことをしたと反省を深めてほしい。あなたはこの法廷で“償い”という言葉を使ったが、それはきちんとこの刑を受けて、その中で2人の冥福を祈り続けること、更生をし立ち直るしかない。一日も忘れることなく誠実に、1からやり直すつもりで更生に向けて歩んでほしい」 この言葉を聞いた智被告は、小さく「はい」と頷いた。
法廷でこう語った被告の男は、自分の「父」と「姉」を殺害した…
愛知県稲沢市の無職・橋智(たかはし さとし)被告(27)。
2021年7月、自宅で父親の輝男(てるお)さん(当時71)と、姉の礼(あや)さん(当時29)を包丁で刺すなどして殺害した罪に問われている。
10月16日、名古屋地裁で開かれた裁判員裁判の初公判。48席の傍聴席が満席となる中、智被告は「間違いありません」と起訴内容を認めた。
智被告はなぜ、家族2人を殺すという凶行に至ったのか?
輝男さんと、フィリピン国籍の母親Sさんとの間に生まれた智被告。輝男さんと前妻との間に生まれた兄、輝男さんとSさんとの間に生まれた姉のAさん、礼さん、そして弟のHさんがいる5人きょうだいだ。
(智被告)「(両親がけんかする)声が聞こえたら、クローゼットにこもっていた。声が聞こえなくなるわけではないが、落ち着いた」
両親は智被告が小学生の頃から仲が悪く、中学校を卒業する頃に離婚。その後、智被告は、2~3か月ごとに父親の家と母親の家を行ったり来たりする生活を送った。
(智被告)「母の家に行った後は、父のところに行きました」(弁護側)「なぜ移ったのですか?」(智被告)「母に『行け』と言われたので行きました」(弁護側)「父の家に住んだのは?」(智被告)「3か月くらい。その後は、また母のところに行きました」
智被告は高校を中退後、当時の交際相手がいた静岡県に移り、ファストフード店で働いた。しかし、レジから売上金500円を盗むなどして、事件前年(2020年夏ごろ)には仕事を辞めて実家に戻った。その後、焼き肉店で働いたものの、人間関係がうまくいかず2か月で辞めた。
事件の4か月前、実家を建て替えることになり、輝男さんと礼さんは事件現場となった市営団地に入居。そこに、智被告もなだれ込んだ。
智被告は、近くのショッピングモールにあるファストフード店でアルバイトを始めたもののすぐにやめ、輝男さんの年金と礼さんの収入に頼りながら、家事もせず、自室でネットゲームをしたり、動画を見たりする生活だった。
深夜に通話しながらゲームをすることもあり、そうした生活態度を輝男さんに注意されるも改善せず、輝男さんと礼さんは次第に智被告との関わりを避けるようになった。
この点について、弁護側の冒頭陳述では、智被告は2人から自宅の鍵を渡されず、アルバイトから帰った時に閉め出されたことがアルバイトを辞める理由になったとしている。
そのほか、・「早く家を出て行って欲しい」と言われた・自分だけ食事を与えられなかったなどと不遇な扱いを受けたと主張した。
自分だけ不遇な扱いを受けるのは、「2人から嫌われているから」…
そう考えた智被告は自殺を考えるようになり、事件当日(2021年7月19日)の午後10時ごろ、リビングでテレビを見ていた輝男さんに「家族関係の改善」などを求めた。
しかし、輝男さんからの返事は、智被告が望んだものとは180度違ったという…
(智被告)「『お前なんか家族じゃねぇ。息子だと思ってない』『死ぬなら迷惑かけない方法で死ねよ、電車には飛び込むなよ』と言われました」
父親に肩を押され、尻餅をついた智被告。ショックで放心状態になり、当時のことはあまりよく覚えていないという。
(弁護側)「それからあなたはどうしましたか?」(智被告)「父を刺していました」(検察側)「なぜ家族を殺す発想に?」(智被告)「一緒に生まれ変わりたかった。家族になりたかった。いちからやり直したかった」
父親を刺した後、智被告はシャワーを浴び、仕事に行っていた姉の礼さんの帰りを部屋の廊下で待った。そして、日付が変わった頃、帰宅した礼さんも包丁で刺した。
(弁護側)「なぜお姉さんを刺そうと思った?」(智被告)「父と同じように、姉も自分を嫌っていると思い込んでいた」
玄関で2~3度刺した後、部屋を出てエレベーターホールへ逃げた礼さんの後を追いかけて、さらに包丁を振り回した。市営団地の通路にはおびただしい血の痕がいくつもついていた。
(弁護側)「振り回した包丁は礼さんに当たった?」(智被告)「覚えていない」(弁護側)「その後は?」(智被告)「姉が『ごめんね』と言いました。それで自分がやっていることに気づいて、何をやっているんだろうと思い、包丁を捨てた。飛び降りて死のうと思い、階段を上った」
智被告は、団地の上層階の住民に声をかけられ、その後、逮捕された。そのとき、服は着ていなかったという。
父・輝男さんには少なくとも30回以上、刃物で刺したり切ったりした傷があり、姉の礼さんにも少なくとも20か所以上に傷があった。2人は「失血死」だった。
(弁護側)「父と姉を殺したという結果についてどう思っていますか?」
弁護側からの質問の最後にそう聞かれた智被告は突然言葉に詰まり、目頭を拭った。
そして長い沈黙ののち、涙声でこう述べた。
(智被告)「申し訳ないと思っています。2人の人生を奪ってしまった。一生かけて償っていきます」
検察側は「非常に危険で残忍な犯行」などと指摘して、懲役30年を求刑。一方、弁護側は心理鑑定をもとに、「当時は解離状態に陥っていて、現実感がない中での犯行だった」などと訴え、懲役13年が相当と主張した。
裁判長から「最後に述べておきたいことはありますか?」と聞かれた智被告は…
(智被告)「父と姉、他の家族に申し訳なく思っています。一生かけて償っていきます。すみませんでした」
そして、10月27日。名古屋地裁の久禮博一裁判長は、智被告に懲役28年の判決を言い渡した。
(判決より抜粋)「二人の命が失われており、結果が重大であることはいうまでもない」
「父の心ない発言に触発された衝動的な犯行であるうえ、抵抗されてもみ合いをする場面もある中、後に引けなくなった一面もあったと考えられるが、包丁を自ら手に取った上、途中で止めることなく父が動かなくなるまで執拗に刺切行為を続けており、相応に強い殺意を感じ取ることができる」
「姉については、父と異なり当日被告との間で何らかのやり取りがあったわけでもなく、一切落ち度はない。被告は姉に対しても疎外感を抱いていたと言うが、姉が被告と父との仲を取り持つなどする場面があったこともうかがわれるし、そもそも父に続いて姉まで殺害するような理由があるとは到底いえず、その経緯に酌むべき余地はない」
「残忍で凄惨な犯行というほかない」
また弁護側の主張については、「面接の中で自ら誘導的な質問を行い、それによって得られた話を鑑定の前提としたり、弁護人から提供された他の親族の供述調書の内容を確認していなかったり、鑑定の前提条件や手法に大いに問題がある」と一蹴。
(判決より抜粋)「被告は犯行状況について記憶がないと供述する部分もあるものの、相応に犯行状況を述べることができており、単に記憶が断片的に欠落しているに過ぎない。そのような状態を解離と呼ぶかはさておくとしても、犯行に何らかの影響を及ぼしたものとはおよそ認めることができず、いずれにせよ刑を引き下げるような事情とはならない」
判決を読み上げ終わると、裁判長は智被告にこう語りかけた。
(裁判長)「自分がしたことの重大さ、2人の命が失われたこと、取り返しのつかないことをしたと反省を深めてほしい。あなたはこの法廷で“償い”という言葉を使ったが、それはきちんとこの刑を受けて、その中で2人の冥福を祈り続けること、更生をし立ち直るしかない。一日も忘れることなく誠実に、1からやり直すつもりで更生に向けて歩んでほしい」
この言葉を聞いた智被告は、小さく「はい」と頷いた。