若くして夫を亡くした朱里さん(50歳、仮名=以下同)。自宅マンション、預貯金、生命保険金、個人年金などの財産を相続することになったが、折り合いの悪い義妹から法定相続分を請求され、最終的に自宅を手放すはめに……。こうならないためにできる対策はあったのか? 相続にくわしい税理士の古尾谷裕昭氏が解説する。
【この記事の登場人物】夫:鈴木 恭一(享年53歳)妻:朱里(50歳)恭一の妹:礼子(48歳)恭一の母:聖子(享年83歳)
母・聖子さん(享年83歳)の後を追うかのように、恭一さんは53歳という若さで亡くなりました。妻・朱里さん(50歳)との間に子どもはおらず、恭一さんが購入した都内23区内のマンションには夫婦2人だけで住んでいました。
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2人は一緒に暮らしていたものの関係は冷え切っており、その原因は恭一さんの母が体調を崩した10年前にさかのぼります。
恭一さんの母は群馬県で一人暮らしをしていましたが、体調を崩したため、恭一さんは東京へ呼び寄せようとしました。しかし朱里さんは、仕事で忙しい恭一さんに代わって、一人で義母の身の回りのお世話をすることになると思い、一緒に住むことを断固反対したのです。
そのため、仕方なく恭一さんの妹・礼子さん(48歳)が母の世話をすることに……。
しかし、妹は子ども3人を育てながらパートで働いているため、母の介護が負担となって、頻繁に体調を崩すようになり、夫とも些細なことで口論に発展することが増え、そのたびに恭一さんに電話をしてきては八つ当たりをするようになりました。
それは母が亡くなるまでの10年にわたって続き、妻が母との同居を拒んだせいで妹との関係が悪くなったと考える恭一さんは、朱里さんとほとんど口を聞かなくなっていました。
元々は非常に仲が良かった兄妹であっただけに、礼子さんは、兄が若くして亡くなったのは、朱里さんが身の回りの世話をせず、ろくに食事も作らないため、寿命が縮まってしまったと考え、朱里さんのことを心から恨んでいました。
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一方、朱里さんはもともと人とコミュニケーションをとるのが得意ではなく、自分の気持ちをうまく相手に伝えられません。義妹からのあからさまな敵意を感じ、朱里さんはオロオロするばかり。
そんな朱里さんの様子に、礼子さんの機嫌はさらに悪化し、険悪な雰囲気の中、恭一さんの葬儀は執り行われたのでした。
恭一さん夫婦は、結婚直後に恭一さんの父を亡くしており、父から相続財産として受け継いだキャッシュを元手に恭一さんが住宅ローンを組み、駅近の高級マンションを購入して住んでいました。
恭一さんの所有する財産の中で、最も価値が高い相続財産はその自宅マンションで、あとは預貯金と生命保険金、そして朱里さんが被保険者となっている個人年金くらいでした。
・マンションの評価額:5,000万円・預貯金:600万円・生命保険金(受取人=朱里):1,000万円・個人年金(被保険者・受取人=朱里):400万円
恭一さん夫婦には子どもがおらず、恭一さんの両親も他界しているため、妹・礼子さんの法定相続分は1/4となり、金額にすると1,500万円です。
*(マンション評価額5,000万円+預貯金600万円+個人年金400万円)×1/4=1,500万円
しかし、礼子さんは「私の取り分は1,750万円でしょ!」と主張してきました。礼子さんは個人年金だけでなく、生命保険金も相続財産に含めて自分の取り分と考えていたのです。
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生命保険金も相続税の申告書に記載しますが、生命保険金は民法上、受取人固有の財産です。
生命保険金は相続税を課税するために相続財産としてみなしているだけであり、礼子さんには受け取る権利がないと伝えると非常に悔しがり、今度は生命保険金以外のすべての相続財産をきっちりと法定相続分で分けることを要求してきました。
被保険者が朱里さんで支給開始年齢が60歳となっている個人年金は、60歳まで受け取り開始となりませんが、生命保険契約に関する権利として相続財産となります。
朱里さんの相続分である預貯金(*600万円のうち150万円は礼子さんの法定相続分のため、450万円になる)と生命保険金を合わせると1,450万円に上るため、なんとか礼子さんに1,500万円を支払うことができそうです。
相続税には1億6,000万円あるいは配偶者の法定相続分相当額のどちらか多い金額まで相続税がかからない配偶者の税額軽減があるため、相続税の納税の心配はいりませんが、今後の生活費に不安が残ります。はたして恭一さんの遺族年金だけで生活していけるのでしょうか。
自宅マンションの住宅ローンは団体信用生命保険によって全額弁済されますが、駅近のマンションのため固定資産税が高く、老朽化に備えた修繕積立金の負担もあります。生活を維持するためには、マンションを売却して、住居費が安い地域に引っ越す必要がありそうです。
恭一さんを亡くした上に自宅を手放し、土地勘のないところへ引っ越しを迫られた朱里さんですが、こうなる前にできる対策はなかったのでしょうか。
実は朱里さんが恭一さんの遺産をすべて相続する方法がありました。それは、恭一さんが遺言書を書いておくことです。
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「朱里さんに全部相続させる」という内容の遺言書があれば、妹は財産を相続することはできず、遺産のすべてが朱里さんのものになったのです。
配偶者や親、子どもが相続人となる場合は、遺言書によって相続財産をゼロとされていても、遺留分という最低限の遺産を相続する権利がありますが、兄弟姉妹には遺留分はありません。
今回のケースのように、子どものいない夫婦は、お互いに遺言を書くことをお勧めします。兄弟姉妹の仲が悪くなくとも、疎遠であったり、兄弟姉妹の配偶者がもらえるものはもらっておくべきだと主張してきたりすることによって、遺された配偶者の生活が脅かされる可能性があるからです。
いくら晩年の夫婦仲が悪かったとはいえ、朱里さんが被保険者かつ受取人である個人年金の保険料を支払い続けていた恭一さんが、このような自宅マンションを売却するという結末を望んでいたとは私には思えないのです。
もし、恭一さんがこのような状況になることを生前に知っていたなら、遺言書を書いていたのではないでしょうか。
【筆者プロフィール】古尾谷裕昭税理士/ベンチャーサポート相続税理士法人代表税理士1975年生まれ、東京都浅草出身。2017年にベンチャーサポート相続税理士法人設立。相続専門の司法書士・弁護士・行政書士・社会保険労務士・不動産会社・保険販売代理店・金融商品仲介業者からなるベンチャーサポートグループの中核を担う「ベンチャーサポート相続税理士法人」を代表税理士として率いている。チャンネル登録者数10万人突破のYouTube『相続専門税理士チャンネル』を運営。著書に『令和5年度版 プロが教える! 失敗しない相続・贈与のすべて』 (コスミック出版)などがある。