日本で仕入れた商品を日本で売る場合、事業者は消費税の「差額」を国や市に支払う必要がある。例えば、300万円の売上が出た場合、消費税は30万円だ。その仕入れ値が200万だった場合、消費税は20万円になる。事業者は30万円から20万円を引いた10万円を納付しなければならない。
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【写真を見る】“消費税詐欺”を企てた会社の代表 安子恒氏 消費税は国内の取引に課せられる税金なので、輸出の場合は関係ない。日本で商品を200万円で仕入れると、消費税は20万円。ところが、輸出先で300万円の売上を得ても、消費税は0円だ。事業者は消費税20万円を払いすぎていることになるので、税務署から還付を受けることができる。

国税庁 では、日本で200万円の商品を仕入れたと「偽装」したらどうなるか。同じように国外で300万円を売り上げたと「偽装」する。消費税の還付を申し込めば、まさに“濡れ手に粟”で20万円を手にできてしまう──。 東京都港区にある芝税務署は2022年12月、同じ港区の港南にあったJSTという会社に重加算税の賦課を決定した。ちなみに、JSTは現在、廃業状態にあると見られている。 JSTは台東区の商事会社から化粧品など約2億1500万円の商品を仕入れたとされている。ところが、芝税務署の調査によって、以下のような不審点が明らかになった。 まず、商事会社は別の会社から化粧品などを仕入れ、それをJSTに納品したことになっていたが、化粧品のほかに自転車のフレームと記載された請求書が見つかった。 商事会社の倉庫も疑問視された。2020年に中国人パブとしてオープンした店舗で、倉庫として改装した形跡はなかった。その点について芝税務署が質問すると、「机や椅子は積み重ねていた」と話したり、「机や椅子は引き取ってもらった」と答えたりするなど、説明が二転三転し矛盾することが明らかになった。偽装輸出の実態 商事会社の社長は「JSTからの注文はYAHOO!メールで送られてきた」と説明したが、芝税務署が調べたところ、そうしたメールは一切見つからなかった。 最終的に、商事会社に化粧品を納入していたことになっていた会社が架空取引を認めた。ポイントを列挙すると以下のようになる。◆商事会社宛の請求書は取引実態のない架空請求だった。◆化粧品を仕入れたことにして、銀行口座に振り込まれたお金を商事会社が指定した女性に手数料を差し引いた上で手渡した。◆2021年5月ごろから架空の請求書を作り始め、10回ほどやった。 捜査関係者は「JSTはベトナムに化粧品を輸出していると偽装し、消費税を不正に還付させようと企んだのです」と明かす。「東京都中央区にある貿易会社がベトナムへの輸出計画を申請していました。ごく小額の取引は行っていたらしく、この輸出計画で税務署を騙そうと考えたのでしょう。JSTは化粧品を架空発注しましたが、代金は現金で商事会社に払いました。商事会社は架空の請求書を作っていた会社に現金を支払いました。その会社が、台東区の『横山貴金属』に現金を流したのです」仮想通貨も悪用 この横山貴金属は“曰く付き”の会社と言っていい。昨年、読売テレビや産経新聞などが、特殊詐欺事件の“基地”として家宅捜索されたと報じている。 2022年6月22日、大阪府警は中国籍の2人の男を詐欺の疑いで逮捕した。警察官を名乗って「所持金が偽札の可能性がある」などという嘘の説明を信じ込ませ、2人の高齢者から現金8200万円を詐取したという容疑だった。 さらに府警は、横山貴金属の役員を務める横山征龍容疑者も逮捕。横山容疑者も中国籍だったが、同年7月に日本に帰化。詐欺グループが騙し取った現金を横山貴金属に集め、中国への送金などを担当していた。府警は同年9月の時点で10人以上を逮捕し、被害額は少なくとも1億円以上にのぼると見ている。「現在、横山容疑者は保釈されています。彼はJSTが支払った現金を受け取ると、仮想通貨を購入。ベトナムで販売した化粧品の代金は仮想通貨で支払われたと偽装したのです。その後、仮想通貨は日本円に換金され、最終的にはJSTがベトナムで稼いだ売上として偽装計上されました。要するにJSTが支払った化粧品の仕入代金をぐるっと一周させれば、税務署から消費税を還付させられると考えたわけです」(同・捜査関係者)美談の主 1回目は成功した。JSTは消費税約2000万円の還付を求めると、全額が振り込まれた。これに味を占め、2回目は消費税約1500万円の還付を求めたが、これは保留となった。 さて、この消費税詐欺を企んだJSTだが、法人登記によると代表の名前は「安子恒」となっている。この安氏、九州のブロック紙・西日本新聞に美談の主として取り上げられたことがある。 西日本新聞(電子版)は2021年2月「無料弁当で地域に恩返し 博多区の中華料理店 コロナ克服へ配布20回」という記事を配信した。《新型コロナウイルス禍の中、地域の人たちを元気づけようと、福岡市の中華料理店が随時、店の前で昼の弁当を無料配布している》(註:原文には住所と店名が明記されているが、ここでは省略した) 記事によると、この中華料理店はリニューアルオープン記念で弁当を無料配布した際、コロナ禍で生活に困窮している人々が“常連”となったことに気づく。そのため、週1回のペースで毎回200食を無料配布するようになった。この中華料理店は東京都港区のアゼットフードサービスが運営していた。記事には同社の社長として安氏の名前が登場する。《中国出身の安子恒社長は「困ったことがあったとき、多くの日本人が事業を支えてくれた。その恩返しがしたかった。みんなで一緒に、この難局を乗り越えたい」と話していた》マネーロンダリング「アゼットフードサービスの公式サイトには、都内や福岡市などで12店の居酒屋や中華料理店を経営していることが記載されています。店名が全て違うので一見するとチェーン店には見えませんが、どの店舗もアゼットフードサービスが運営する飲食店です」(同・捜査関係者) 安氏は日本で成功を収めたと言っていい人物だ。そんな彼が、社会的に問題のある横山貴金属と組んで消費税詐欺を企んだ。しかも捜査関係者は「横山貴金属が特殊詐欺で手に入れた被害金を、今回の消費税還付詐欺事件に使った可能性がある」と指摘する。「特殊詐欺グループが集めた被害金は横山貴金属にプールされました。その被害金の一部は、この消費税還付詐欺に悪用するためビットフライヤーの購入資金に回された可能性があるのです。つまり、安氏は特殊詐欺の被害金を消費税還付詐欺でマネーロンダリング(不正資金洗浄)しようとしたとも考えられるのです」 安氏に取材を申し込むと、「該当する会社はもう存在しないため、取材には応じかねます」と、アゼットフードサービスの担当者を通じて電話で回答があった。氷山の一角 結局、この消費税還付を狙った詐欺事件は、芝税務署の調査で不正が明らかになった。2022年12月、芝税務署は1回目の請求で還付した消費税約2000万円の返金を求め、約700万円の重加算税を課した。保留されていた2回目の還付請求約1500万円にも約500万円の重加算税を課した。 悪事は露見し、これで一件落着と思われたが、国税に詳しい関係者は「これで終わらせるわけにはいきません」と憤る。「これほど悪質な詐欺事件ですから、重加算税だけでなく詐欺罪としての刑事事件化が求められます。特殊詐欺グループを摘発した大阪府警は、消費税詐欺についての情報も全て把握しています。しかし、動きは鈍いと言わざるを得ません」 今回の詐欺事件だけでなく、日本で会社を経営する外国籍の経営者で、架空の輸出をでっち上げた消費税不正還付に手を染める者は相当数いるという。警察庁や国税庁による厳しい捜査・調査が求められるのは言うまでもない。デイリー新潮編集部
消費税は国内の取引に課せられる税金なので、輸出の場合は関係ない。日本で商品を200万円で仕入れると、消費税は20万円。ところが、輸出先で300万円の売上を得ても、消費税は0円だ。事業者は消費税20万円を払いすぎていることになるので、税務署から還付を受けることができる。
では、日本で200万円の商品を仕入れたと「偽装」したらどうなるか。同じように国外で300万円を売り上げたと「偽装」する。消費税の還付を申し込めば、まさに“濡れ手に粟”で20万円を手にできてしまう──。
東京都港区にある芝税務署は2022年12月、同じ港区の港南にあったJSTという会社に重加算税の賦課を決定した。ちなみに、JSTは現在、廃業状態にあると見られている。
JSTは台東区の商事会社から化粧品など約2億1500万円の商品を仕入れたとされている。ところが、芝税務署の調査によって、以下のような不審点が明らかになった。
まず、商事会社は別の会社から化粧品などを仕入れ、それをJSTに納品したことになっていたが、化粧品のほかに自転車のフレームと記載された請求書が見つかった。
商事会社の倉庫も疑問視された。2020年に中国人パブとしてオープンした店舗で、倉庫として改装した形跡はなかった。その点について芝税務署が質問すると、「机や椅子は積み重ねていた」と話したり、「机や椅子は引き取ってもらった」と答えたりするなど、説明が二転三転し矛盾することが明らかになった。
商事会社の社長は「JSTからの注文はYAHOO!メールで送られてきた」と説明したが、芝税務署が調べたところ、そうしたメールは一切見つからなかった。
最終的に、商事会社に化粧品を納入していたことになっていた会社が架空取引を認めた。ポイントを列挙すると以下のようになる。
◆商事会社宛の請求書は取引実態のない架空請求だった。
◆化粧品を仕入れたことにして、銀行口座に振り込まれたお金を商事会社が指定した女性に手数料を差し引いた上で手渡した。
◆2021年5月ごろから架空の請求書を作り始め、10回ほどやった。
捜査関係者は「JSTはベトナムに化粧品を輸出していると偽装し、消費税を不正に還付させようと企んだのです」と明かす。
「東京都中央区にある貿易会社がベトナムへの輸出計画を申請していました。ごく小額の取引は行っていたらしく、この輸出計画で税務署を騙そうと考えたのでしょう。JSTは化粧品を架空発注しましたが、代金は現金で商事会社に払いました。商事会社は架空の請求書を作っていた会社に現金を支払いました。その会社が、台東区の『横山貴金属』に現金を流したのです」
この横山貴金属は“曰く付き”の会社と言っていい。昨年、読売テレビや産経新聞などが、特殊詐欺事件の“基地”として家宅捜索されたと報じている。
2022年6月22日、大阪府警は中国籍の2人の男を詐欺の疑いで逮捕した。警察官を名乗って「所持金が偽札の可能性がある」などという嘘の説明を信じ込ませ、2人の高齢者から現金8200万円を詐取したという容疑だった。
さらに府警は、横山貴金属の役員を務める横山征龍容疑者も逮捕。横山容疑者も中国籍だったが、同年7月に日本に帰化。詐欺グループが騙し取った現金を横山貴金属に集め、中国への送金などを担当していた。府警は同年9月の時点で10人以上を逮捕し、被害額は少なくとも1億円以上にのぼると見ている。
「現在、横山容疑者は保釈されています。彼はJSTが支払った現金を受け取ると、仮想通貨を購入。ベトナムで販売した化粧品の代金は仮想通貨で支払われたと偽装したのです。その後、仮想通貨は日本円に換金され、最終的にはJSTがベトナムで稼いだ売上として偽装計上されました。要するにJSTが支払った化粧品の仕入代金をぐるっと一周させれば、税務署から消費税を還付させられると考えたわけです」(同・捜査関係者)
1回目は成功した。JSTは消費税約2000万円の還付を求めると、全額が振り込まれた。これに味を占め、2回目は消費税約1500万円の還付を求めたが、これは保留となった。
さて、この消費税詐欺を企んだJSTだが、法人登記によると代表の名前は「安子恒」となっている。この安氏、九州のブロック紙・西日本新聞に美談の主として取り上げられたことがある。
西日本新聞(電子版)は2021年2月「無料弁当で地域に恩返し 博多区の中華料理店 コロナ克服へ配布20回」という記事を配信した。
《新型コロナウイルス禍の中、地域の人たちを元気づけようと、福岡市の中華料理店が随時、店の前で昼の弁当を無料配布している》(註:原文には住所と店名が明記されているが、ここでは省略した)
記事によると、この中華料理店はリニューアルオープン記念で弁当を無料配布した際、コロナ禍で生活に困窮している人々が“常連”となったことに気づく。そのため、週1回のペースで毎回200食を無料配布するようになった。この中華料理店は東京都港区のアゼットフードサービスが運営していた。記事には同社の社長として安氏の名前が登場する。
《中国出身の安子恒社長は「困ったことがあったとき、多くの日本人が事業を支えてくれた。その恩返しがしたかった。みんなで一緒に、この難局を乗り越えたい」と話していた》
「アゼットフードサービスの公式サイトには、都内や福岡市などで12店の居酒屋や中華料理店を経営していることが記載されています。店名が全て違うので一見するとチェーン店には見えませんが、どの店舗もアゼットフードサービスが運営する飲食店です」(同・捜査関係者)
安氏は日本で成功を収めたと言っていい人物だ。そんな彼が、社会的に問題のある横山貴金属と組んで消費税詐欺を企んだ。しかも捜査関係者は「横山貴金属が特殊詐欺で手に入れた被害金を、今回の消費税還付詐欺事件に使った可能性がある」と指摘する。
「特殊詐欺グループが集めた被害金は横山貴金属にプールされました。その被害金の一部は、この消費税還付詐欺に悪用するためビットフライヤーの購入資金に回された可能性があるのです。つまり、安氏は特殊詐欺の被害金を消費税還付詐欺でマネーロンダリング(不正資金洗浄)しようとしたとも考えられるのです」
安氏に取材を申し込むと、「該当する会社はもう存在しないため、取材には応じかねます」と、アゼットフードサービスの担当者を通じて電話で回答があった。
結局、この消費税還付を狙った詐欺事件は、芝税務署の調査で不正が明らかになった。2022年12月、芝税務署は1回目の請求で還付した消費税約2000万円の返金を求め、約700万円の重加算税を課した。保留されていた2回目の還付請求約1500万円にも約500万円の重加算税を課した。
悪事は露見し、これで一件落着と思われたが、国税に詳しい関係者は「これで終わらせるわけにはいきません」と憤る。
「これほど悪質な詐欺事件ですから、重加算税だけでなく詐欺罪としての刑事事件化が求められます。特殊詐欺グループを摘発した大阪府警は、消費税詐欺についての情報も全て把握しています。しかし、動きは鈍いと言わざるを得ません」
今回の詐欺事件だけでなく、日本で会社を経営する外国籍の経営者で、架空の輸出をでっち上げた消費税不正還付に手を染める者は相当数いるという。警察庁や国税庁による厳しい捜査・調査が求められるのは言うまでもない。
デイリー新潮編集部