50代シニア層リーダーのモチベーションを上げるには、どうすればいいのか。写真と本文は直接関係ありません(撮影:今井康一)
私が10年以上にわたり企業研修を手がけてきた中で、特にショックだったのが、「働かない50代の社員に、やる気を起こさせるような話をしてほしい」という大手企業からの講演依頼でした。
彼らは本当に働かなくてやる気がないのか?企業にとってお荷物で使えない人材なのだろうか。ほかの企業でも同じような話を聞くので、間違いなく多くの企業にとって共通した課題の一つではあります。
2年前、私は大手飲料メーカーから「マインドセット変革」をテーマに依頼を受けました。コロナ禍でしたので、当社で手がけるリーダー向け修羅場研修「行動変革マインド育成プログラム」をオンラインで実施することになりました。
逆境でも成果を出せるようなマインドに鍛えることが目的でしたが、そこで起きたことは今でも強く印象に残っています。
リーダー向け修羅場研修に集まったのは、男性を中心とする30代後半から60代前半の15人。平均年齢は52歳でした。当時の私も52歳で、同年代の方々と一緒に数カ月間、毎週半日、研修で顔を合わせ続けました。
当時の会社は組織再編を繰り返したことで規模が大きくなり、今までの働き方が変わっている最中でした。会社側は「営業のコスト構造の変革」に向けて、変革型のリーダー育成を強く求めていました。しかしシニア層のリーダーたちはモチベーションが低下し、仕事に対する「やらされ感」を払拭できずにいたのです。
初回の研修は皆さんの表情が少し硬く「なぜ、私が参加しなければいけないのですか?」と発言する人もいたほどでした。年代的にも多くの業務を抱え「こんなに忙しい自分がなぜ?」と思う気持ちはよくわかります。それだけでなく「何をやらされるんだろう?」という不安も、彼らの表情を硬くさせていた理由の1つでした。
社内で自分がやってきた仕事には自信や自負がありつつも、自分がやったことがなく、知らないことをやらされて恥をかくのではないか?という不安。そして、”いい年して”成果を出せないのは恥ずかしいという恐れ。
誰にだって自分がやってきたことに対する自負やプライドがあります。そして、それは年齢が上になればなるほど大きくなるものです。特に年功序列が色濃く残っていた年代の人たちにとっては、下の年代の人たちに失敗する姿を見せたくない気持ちはより高いかもしれません。
研修の最初に伝えたのは、チャレンジとは基本的に失敗するものだということ。
研修の場なら失敗しても本業に響きません。だからこそ、まずは「失敗=ナイスチャレンジです!ガンガン失敗しましょう!」と伝えたうえで、彼らにとって少しチャレンジングな課題に取り組んでもらうところから始めました。
例えば、3人1組で取り組むミッションの一つに次のようなものがありました。制限時間は5時間です。
スペイン語漫画アプリ「MangaVAMOS」を運営する経営者に対して、世界中の漫画好きな人たちが「どのように漫画を読んでいるのか?」「どのように漫画アプリやウェブサイトを探しているか?それは何か?」「彼らにどのようにアプローチしたらいいか?」を、15人以上の多種多様な外国人の生の声をベースに提案せよ!
この課題を解決するためには、いくつもの難題をこなす必要があります。まずは見ず知らずの外国人たちにオンラインでコンタクトし、コミュニケーションを取ったうえで、良い提案をしなければいけません。誰もが簡単に達成できる内容ではありません。
当然、最初は多くの人がうまくいかないのですが、中には頑張って成果を出す人が出てきます。成果を出せた人は何が違うのか?それは、何度もチャレンジして試行錯誤を繰り返すことでした。それを見たほかの受講生たちは「自分も次はもう少しチャレンジしてみよう!」というような意識に変わってきます。
私が実施しているのは「経験学習サイクルをまわす」というもので、研修で経験したことを振り返ったうえで、うまくいったことはさらに次の取り組みにも活かす。うまくいかなかったことは、どうしたらうまくできるかを考えて改善することを繰り返していきます。
そうすることによって徐々に「やったらできた!」という状況が起こり、チャレンジ自体が楽しくなってくるのです。
ここで大切になるのが「心理的安全性」です。心理的安全性が低い組織で、人はチャレンジをしようとしません。なぜなら、チャレンジして失敗したら怒られるかもしれないから。だから、チャレンジを求めるのであれば、その前にチャレンジしよう!と思わせる環境が必要なのです。
そういう意味で私は「失敗を許容する」という言葉が嫌いです。「失敗した」ということは「チャレンジした」ということですから、チャレンジした人のことは許容どころか、むしろ賞賛すべきなのに、なぜ上から目線の「許す」なんでしょうか?
研修から2カ月もすると、彼らはこんな言葉を伝えてくるようになったのです。
・弱さを見せ、わからないことはわからないと伝え、周りを巻き込む
・何事も諦めずに情熱を持って取り組み、仕事を楽しむ
・ポジティブな空気を自らが作り、風土を変える
・固定観念をぶっ壊す
・前向きな思考と新しいことに対するチャレンジ精神を持ち続ける
・失敗をチャンスと捉え、日々、自分を進化させていく
つまり初日の硬い表情から、ガラッと意識が変わったということです。研修後は彼らの職場の空気も変わり、それが徐々にチームの成果に結びついていると人事担当者から聞きました。
中でもうれしかったのは最年長の60代の方が「私もまだまだできますね!」と語ったことでした。人はチャレンジし続ける限り、何歳になっても成長できるのです。自己成長の実感は、充実感にもつながってきます。
「自分なんてもういい年だから……」という言葉でチャレンジしないことが一番もったいないのです。そもそも「いい年」って何でしょうか?有名な話ですが、カーネル・サンダースが何度も失敗を繰り返したあげく、ケンタッキーフライドチキンを創業したのは65歳なのですから。
マインドセットを日本語では「向き合い方」や「心の持ちよう」と言いますが、向き合い方が変わると行動の質が変わってくるので、結果が変わってくるのは当たり前です。
だから、会社が社員に結果を求めようとするなら、まずは彼らのマインドセットを変えなければいけません。無理やりKPIを設定して達成させようと思っても、短期的にはいいかもしれませんが、長続きしません。
マインドセットは年齢に関係なく鍛えられるものです。たった数カ月でマインドセットをガラりと変えた60代の方は、今でも所属グループの中で仲間たちにすごく良い影響を与えているそうです。彼自身の前向きなマインドセットと、自らチャレンジをする行動が、組織内に心理的安全性の高い空気を作っているのでしょう。
今の50代は終身雇用の意識が強く、新卒で入った会社で定年まで働こうと思っていた人が多かったように思います。「ここで頑張るぞ!」と思いながら頑張ってきた20代と30代。会社から言われるままに頑張ってきたのに、なぜ50代で「使えない」「お荷物」と言われるようになってしまったのか。私にはどうしても当人たちが悪いようには思えません。
しかし私たちを取り巻く環境も状況も変化します。言われるままにやってきたことで、時代が求めるスキルや知識のアップデートがおざなりになってしまった人がいるかもしれません。
あるいは、1つの会社に勤めていることで、自分の業界のことや、やってきた仕事に関しては多少わかっているものの、他業界のことや世間からは疎くなってしまったかもしれません。
シニア人材はすでにスキルも知識も豊富です。高い専門性を持ち、そして経験も豊かです。だとしたら、あとは彼らのマインドセットが変わりさえすれば、「何か」が変わる可能性が十分にあるはずです。
(豊田 圭一 : 株式会社スパイスアップ・ジャパン代表取締役)