何度も、何度も、何度も、二次元美少女の炎上は繰り返される。2020年には静岡県沼津市にあるJAなんすんの「西浦みかん寿太郎」の広告に使われた「ラブライブ!サンシャイン!!」のキャラクターのスカートのシワが性的だと言われたかと思えば、2021年には千葉県の松戸警察署でご当地VTuberを啓発動画に起用したところ、やはり見た目が性的だと指摘されて削除に追い込まれた。「温泉むすめ」はキャラクターのデザインが不適切だとして何度も炎上し、そのたびに各温泉地が対応に追われる羽目になっている。
【写真】美少女イラストを使った町おこしの先駆けとなった「かがり美少女イラストコンテスト」の賑やかな様子 また、2022年には、JR大阪駅の構内に掲示されたオンラインゲームの広告に立憲民主党の前衆議院議員・尾辻かな子氏が「2022年の日本、女性の性的なイラストが堂々と駅出口で広告になるのか…」などとツイートして、騒動になった。どれほどヤバいのかと思いきや、ただのバニーガールのイラストで筆者は拍子抜けしたが、様々な感情をもつ人がいるのだなあと感心したものである。本件は広告を掲示した施設側が問題ないと判断し、一件落着となった。なぜ何度も炎上してしまうのか 今年になってからも、つい最近、氷菓「アイスボックス」の広告のイラストが不適切な表現だと糾弾するツイートが騒動になっている。問題視されているイラストを見たが、筆者にはいったい何が問題なのかさっぱりわからないし、どうでもいい。しかし、このようなイラストを巡る炎上騒ぎは、Twitter上で日常茶飯事なのだ。 筆者は、美少女イラストを使った町おこしの先駆けの一つとされる「かがり美少女イラストコンテスト」の主催者である。このイベントは2007年に始まった。地元の伝統芸能「西馬音内盆踊り」を題材にした美少女を描いたイラストを募集し、子どもたちも訪れる夏祭りで掲示するという企画で、当時としては斬新だった。一連の企画はNHKの「クローズアップ現代」で紹介されるほど評判になったものの、クレームもたびたび受けてきた。その経験をもとに、二次元美少女炎上騒動を考えてみたい。漫画好きほど漫画の企画に抗議する? 筆者はイベントの傍らで二次元美少女やイラストについて様々な実験を行い、研究を重ねてきた。その過程で非常に興味深いことがわかった。そもそも、「二次元美少女が性的だ」などと言ってくる人は、結構熱心に漫画を読んでいたり、アニメ好きだったりすることが少なくなかったのである。 例えば、「美少女イラストなど許せない!」「撤去してください!」と抗議してきた女性が、実は熱心なBL漫画の愛読者であることが発覚した例もあった。別分野の漫画好きが、クレームをつけている例は意外に多いのではないか。「昔はよかったのに今はダメ」という世代間のギャップによって、批判される例もあった。「手塚治虫のような漫画であれば許せるが、今どきの絵は卑猥で受け入れられない」と抗議してきた50代の男性もいた。男性は自称・漫画好きであったが、手塚治虫が田中圭一よりも“危険”な作品を描いていることを知らなかったようである。 筆者は「手塚治虫漫画全集」(講談社刊)全400巻を持っているので、「奇子」「人間昆虫記」「プライム・ローズ」「こじき姫ルンペネラ」など、様々な実例を挙げて対応したところ、無視され、以後クレームは言われなくなった。このように、筆者が経験した事例では、漫画やアニメに一家言持つ人ほど攻撃的な傾向が強かったのである。二次元美少女も五重塔も一般人は区別がつかない いつも不思議に思うのだが、駅の構内に二次元美少女の広告が貼ってあったとして、興味の欠片が1ミクロンもない人はまじまじと見るのだろうか。おそらく見向きもしないはずである。ましてや、衣装やスカートのシワのような細かい表現など意識すらしないし、はっきり言ってどうでもいいだろう。よほど丹念にそういった表現を探しているなら別だが、自然に目についてしまうのは知識や先入観や素養があるためなのだ。 筆者は「かがり美少女イラストコンテスト」の一環として、美少女ゲームの原画家が描いた二次元美少女のイラストを町中に掲示したことがあった。印象的だったのは、おばあちゃんから「めんこい(かわいい)女の子だね」と言われたことである。何も知らない人にとっては、二次元美少女は「かわいい女の子の絵」なのだ。ところが、先に紹介したような自称・漫画好きのような中途半端に知識がある人ほど、先入観が邪魔をして純粋な目で見ることができないのである。 筆者は建築や文化財を長年取材しているので、例えば「法隆寺」と「醍醐寺」と「東寺」の五重塔の違いはパッと見ただけでわかるし、時代ごとに異なる特徴も説明できる。ところが、妻に五重塔の写真を見せたら「全部同じにしか見えない」と言われた。古建築に知識も興味もない人が判別するのは困難である。 これは二次元美少女にも当てはまる。女児向けアニメ、少女漫画、美少女ゲームのイラストを並べて、どれが子ども向けで大人向けなのかまで区別がつく人は相当なオタクである。「アイカツ!」や「ワッチャプリマジ!」などの女の子向けのゲームや、今どきの書店にある絵本には、もはや10~20年前の美少女ゲームと判別がつかない絵も登場する。美少女イラスト特有の表現はそれだけ社会に浸透してしまったともいえるし、10~20代にとっては、ありふれたものになっているためだ。主催者はクレームに簡単に屈するな 二次元美少女の表現が性的かどうか、卑猥かどうか。クレーマーの意見を読むと、ほとんどが些末な問題でしかない。むしろ長年この業界に関わっている筆者ですら、「よく気づいたな…」と感心してしまうほど、クレーマーのほうがじっくりと二次元美少女を観察しているのだ。 もちろん、「絵が嫌いだ」「卑猥だ」などとクレームをつけるのは自由である。しかし、あまりに理不尽なクレームには、しっかりと主催者が対応することが大切だ。筆者の「かがり美少女イラストコンテスト」の告知が初めて新聞に出た時は、役場に「盆踊りの伝統を汚すな」というクレームがきた(役場は関わっていないので関係がないのだが)。こうした声にも筆者は対応したものの、修正の要求には一切応じなかった。 ところが、昨今は主催者側があっさりとクレームを受け入れる例が目立つのである。掲示物を撤去したり、修正を加えたりしてしまうのだ。日本人は過度にクレームを恐れる傾向があるが、これは由々しき問題であり、まったく感心しない。クレーマーに成功体験を与えてしまうと増長する可能性があるためだ。二次元美少女への愛が試されている 筆者が見る限り、いわゆる「表現の自由」の問題の多くは主催者がクレームを突っぱねるか、無視すれば解決する問題ばかりである。もしくは私のように徹底的に理論武装して対応すればいいのだ。 主催者がたった1件の抗議に屈し、撤回するなどという前例を作ってはならない。その後に続く関係者が委縮するか、二次元美少女の企画を俎上に上げなくなってしまう。結果的に、表現の自由が損なわれる結果になってしまうのだ。 クレームは一つの意見として大切だ。筆者も仕事でクレームをもとに改善を図った例はある。しかし、そればかりに気を取られ、多数派である支持者の声をないがしろにしてしまっている主催者がなんと多いことか。二次元美少女を愛するなら、理不尽なクレームからしっかりとキャラクターを守り抜くのが主催者の務めではないだろうか。少しくらいのことでは信念を曲げない、強い意志が求められているのだ。山内貴範(やまうち・たかのり)1985年、秋田県出身。「サライ」「ムー」など幅広い媒体で、建築、歴史、地方創生、科学技術などの取材・編集を行う。大学在学中に手掛けた秋田県羽後町のJAうご「美少女イラストあきたこまち」などの町おこし企画が大ヒットし、NHK「クローズアップ現代」ほか様々な番組で紹介された。商品開発やイベントの企画も多数手がけている。デイリー新潮編集部
また、2022年には、JR大阪駅の構内に掲示されたオンラインゲームの広告に立憲民主党の前衆議院議員・尾辻かな子氏が「2022年の日本、女性の性的なイラストが堂々と駅出口で広告になるのか…」などとツイートして、騒動になった。どれほどヤバいのかと思いきや、ただのバニーガールのイラストで筆者は拍子抜けしたが、様々な感情をもつ人がいるのだなあと感心したものである。本件は広告を掲示した施設側が問題ないと判断し、一件落着となった。
今年になってからも、つい最近、氷菓「アイスボックス」の広告のイラストが不適切な表現だと糾弾するツイートが騒動になっている。問題視されているイラストを見たが、筆者にはいったい何が問題なのかさっぱりわからないし、どうでもいい。しかし、このようなイラストを巡る炎上騒ぎは、Twitter上で日常茶飯事なのだ。
筆者は、美少女イラストを使った町おこしの先駆けの一つとされる「かがり美少女イラストコンテスト」の主催者である。このイベントは2007年に始まった。地元の伝統芸能「西馬音内盆踊り」を題材にした美少女を描いたイラストを募集し、子どもたちも訪れる夏祭りで掲示するという企画で、当時としては斬新だった。一連の企画はNHKの「クローズアップ現代」で紹介されるほど評判になったものの、クレームもたびたび受けてきた。その経験をもとに、二次元美少女炎上騒動を考えてみたい。
筆者はイベントの傍らで二次元美少女やイラストについて様々な実験を行い、研究を重ねてきた。その過程で非常に興味深いことがわかった。そもそも、「二次元美少女が性的だ」などと言ってくる人は、結構熱心に漫画を読んでいたり、アニメ好きだったりすることが少なくなかったのである。
例えば、「美少女イラストなど許せない!」「撤去してください!」と抗議してきた女性が、実は熱心なBL漫画の愛読者であることが発覚した例もあった。別分野の漫画好きが、クレームをつけている例は意外に多いのではないか。「昔はよかったのに今はダメ」という世代間のギャップによって、批判される例もあった。「手塚治虫のような漫画であれば許せるが、今どきの絵は卑猥で受け入れられない」と抗議してきた50代の男性もいた。男性は自称・漫画好きであったが、手塚治虫が田中圭一よりも“危険”な作品を描いていることを知らなかったようである。
筆者は「手塚治虫漫画全集」(講談社刊)全400巻を持っているので、「奇子」「人間昆虫記」「プライム・ローズ」「こじき姫ルンペネラ」など、様々な実例を挙げて対応したところ、無視され、以後クレームは言われなくなった。このように、筆者が経験した事例では、漫画やアニメに一家言持つ人ほど攻撃的な傾向が強かったのである。
いつも不思議に思うのだが、駅の構内に二次元美少女の広告が貼ってあったとして、興味の欠片が1ミクロンもない人はまじまじと見るのだろうか。おそらく見向きもしないはずである。ましてや、衣装やスカートのシワのような細かい表現など意識すらしないし、はっきり言ってどうでもいいだろう。よほど丹念にそういった表現を探しているなら別だが、自然に目についてしまうのは知識や先入観や素養があるためなのだ。
筆者は「かがり美少女イラストコンテスト」の一環として、美少女ゲームの原画家が描いた二次元美少女のイラストを町中に掲示したことがあった。印象的だったのは、おばあちゃんから「めんこい(かわいい)女の子だね」と言われたことである。何も知らない人にとっては、二次元美少女は「かわいい女の子の絵」なのだ。ところが、先に紹介したような自称・漫画好きのような中途半端に知識がある人ほど、先入観が邪魔をして純粋な目で見ることができないのである。
筆者は建築や文化財を長年取材しているので、例えば「法隆寺」と「醍醐寺」と「東寺」の五重塔の違いはパッと見ただけでわかるし、時代ごとに異なる特徴も説明できる。ところが、妻に五重塔の写真を見せたら「全部同じにしか見えない」と言われた。古建築に知識も興味もない人が判別するのは困難である。
これは二次元美少女にも当てはまる。女児向けアニメ、少女漫画、美少女ゲームのイラストを並べて、どれが子ども向けで大人向けなのかまで区別がつく人は相当なオタクである。「アイカツ!」や「ワッチャプリマジ!」などの女の子向けのゲームや、今どきの書店にある絵本には、もはや10~20年前の美少女ゲームと判別がつかない絵も登場する。美少女イラスト特有の表現はそれだけ社会に浸透してしまったともいえるし、10~20代にとっては、ありふれたものになっているためだ。
二次元美少女の表現が性的かどうか、卑猥かどうか。クレーマーの意見を読むと、ほとんどが些末な問題でしかない。むしろ長年この業界に関わっている筆者ですら、「よく気づいたな…」と感心してしまうほど、クレーマーのほうがじっくりと二次元美少女を観察しているのだ。
もちろん、「絵が嫌いだ」「卑猥だ」などとクレームをつけるのは自由である。しかし、あまりに理不尽なクレームには、しっかりと主催者が対応することが大切だ。筆者の「かがり美少女イラストコンテスト」の告知が初めて新聞に出た時は、役場に「盆踊りの伝統を汚すな」というクレームがきた(役場は関わっていないので関係がないのだが)。こうした声にも筆者は対応したものの、修正の要求には一切応じなかった。
ところが、昨今は主催者側があっさりとクレームを受け入れる例が目立つのである。掲示物を撤去したり、修正を加えたりしてしまうのだ。日本人は過度にクレームを恐れる傾向があるが、これは由々しき問題であり、まったく感心しない。クレーマーに成功体験を与えてしまうと増長する可能性があるためだ。
筆者が見る限り、いわゆる「表現の自由」の問題の多くは主催者がクレームを突っぱねるか、無視すれば解決する問題ばかりである。もしくは私のように徹底的に理論武装して対応すればいいのだ。
主催者がたった1件の抗議に屈し、撤回するなどという前例を作ってはならない。その後に続く関係者が委縮するか、二次元美少女の企画を俎上に上げなくなってしまう。結果的に、表現の自由が損なわれる結果になってしまうのだ。
クレームは一つの意見として大切だ。筆者も仕事でクレームをもとに改善を図った例はある。しかし、そればかりに気を取られ、多数派である支持者の声をないがしろにしてしまっている主催者がなんと多いことか。二次元美少女を愛するなら、理不尽なクレームからしっかりとキャラクターを守り抜くのが主催者の務めではないだろうか。少しくらいのことでは信念を曲げない、強い意志が求められているのだ。
山内貴範(やまうち・たかのり)1985年、秋田県出身。「サライ」「ムー」など幅広い媒体で、建築、歴史、地方創生、科学技術などの取材・編集を行う。大学在学中に手掛けた秋田県羽後町のJAうご「美少女イラストあきたこまち」などの町おこし企画が大ヒットし、NHK「クローズアップ現代」ほか様々な番組で紹介された。商品開発やイベントの企画も多数手がけている。
デイリー新潮編集部