「桜にお願いがあるんだけど」
久しぶりに実家に帰ると、母が改まった顔をして私の方を向いてきた。
「桜に〇〇の共同販売員になってほしいの、家族しか共同販売員になれないやつだから」
私は、ついに来たか……と思った。いつか言われると思っていたセリフだったので、思ったよりも動揺せずに済んだ。
この時点で、というより、頼まれるずっと前から私がマルチ商法の形態であるその会社の販売員になることは絶対にないと決意していたが、母の方からその会社のマルチ商法という形態についての話を持ち出してくれたせっかくの機会なので、色々話を聞いてみることにした。
「どうして、お母さんは販売員をやっているの?」
「健康を広めたい、そのために私は”勉強”をしているし、販売員もやっている」
「どうして、お母さんがわざわざ販売員をしないといけないの?健康を広めたくてそのためにその会社の商品がいいと思うなら、別にお母さんが販売員をやらなくても、紹介だけして大元の人から買えばいいんじゃないの?」
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「色々手続きとかが面倒だし、”桜にはわからないかもしれないけど”、人のために何かをするってことは自分のためにすごくなる。あと、どこか会社に勤めればお金は勝手にもらえるけど、自分で責任を持って商品を売るっていうのはとても勉強になることなの」
「どうして、私が共同販売員にならないといけないの?」
「もし、私が入院したり、今後いなくなったり、なんかあったときのために」
全く意味のわからない回答だ。そりゃあ、母が私よりも早く病気になったり死んでしまったりする可能性は高いが、今の時点ではそんな兆しもない。
それに、もし、母が動けなくなったときに、私が共同販売員じゃないといけない理由がよくわからない。借金でもしているのか。誰か人を引き込まないと、マルチ商法のコミュニティに居づらいから私を誘っているのか。
母にそう聞くと、完全に否定された。お金を稼ぐためにやっているわけでもないし、販売員にならないとコミュニティに居づらいとかそんな理由は全くない、と。その代わりに、
「それに、桜にはずっと前から色々勉強してほしいと思っていたから、共同販売員になれば、〇〇がやっている勉強会とかにも参加できるようになるし」
たぶん、私の母親以上に健康に気を遣っている人は東京にはいないんじゃないかと思えるほどに、母は家族の健康に誰よりも気を遣っている。私はそのことにとても感謝している。
博士卒の化学者の父、国立理系学部卒の母、東大理系学部卒大学院生の私、大学生と高校生の妹。
母は仕事をしながらも、朝昼(お弁当)晩と家族の食事を作ってくれる。特に夜ご飯は、栄養素のバランスが考えられ、旬の食べ物や、マイナーな食材含む色んな食材をとにかく使った大体4~5品の主菜や副菜が並べられた米と味噌汁中心の食事が並べられる。
例えば、この前は生グリンピースが出た。普通のグリンピースって冷凍なのだけれど、私の家では、たまに生グリーンピースが出てくるのだ(あまり良い例なのかわからない。とにかく湯葉とかアボカドとか春菊とか紫キャベツとかも出てくる)。
身体に気を遣う母は、食事だけにとどまらず、最近、整体の資格をとった。毎晩、父や妹らの疲れた身体を1、2時間かけてマッサージしている。
働きながら、ここまでする母に対して、感謝しないはずがない。一年前に恋人と同棲し始めて、いかに、夕方に4~5品をも料理するのが大変か、魚や果物が高いか、そんなことに気がついてからはより一層の尊敬の念を抱き始めた。
そんな母を作り上げたのは、そのマルチ商法の会社のおかげと言っても過言でないことも、なんとなく、わかっていた。その会社の理念は、「健康な生活」であり、それは安っぽい企業理念なんかじゃなく、食事による健康を本気で目指しているように私は感じている。
ちなみに私自身は、マルチ商法という売り方の形態それ自体は、悪いとは思っていない。確かに、東京という場所でその理念を本気で目指すなら、マルチ商法という形態しかないのかもしれないとすら思っている。
私の親友も、マルチ商法の商品を好んで買っている。なぜ、わざわざマルチ商法の商品を買うのか聞いてみたら、このように言っていて、私も理にかなっているし説得的だと思った。
「私が愛用している商品の会社の場合は、『研究者だけのチームで開発をしていて売るスキルがないのと、偽物の商品が出回ったり、在庫の廃棄が出たりとかしないため』って言っていた。確かに、紹介で売ると、受注があってからその分だけ本社から発送するから広告費とかもかからないし、廃棄とかの無駄も少なくて、普通の市販品と比べると原価率が高いと思う」
母がいつからその会社にハマっていたのか、私には記憶がない。物心ついたときから、そこの商品は家にあり、中高で部活に行くときや、受験勉強に明け暮れていたときも、常にその商品を持たされていた。
当時の私は、マルチ商法なんて知らなくて、ただの市販の健康食品だと思っていたので、部活帰りのお腹が空いた友達にあげることもよくあった。
その会社がマルチ商法の会社だと気がついたのは、私が大学に入ってから、母親が私をその会社が主催する勉強会に連れ出すようになったからだ。
実際にマルチ商法の勉強会では、主婦たちの自己肯定感を煽る驚きの理論が繰り広げられていた。その詳細は<後編記事『20代の娘が青ざめた…家族を思う親心を煽る「マルチ商法」そのヤバすぎる洗脳の数々』でお伝えする。