「撃たれるぞ!」
そんな悲鳴が沸き上がったのは、7月8日午前11時半頃のことだった。場所は、奈良市の近鉄西大寺駅北側のロータリー。1年前、安倍晋三元首相が凶弾に倒れ命を失った現場だ。
事件発生当時、設けられた献花台の前では、3人のお坊さんがお経を読んでいた。
(c)現代ビジネス
そこに現れた長髪の男が、黒いテープでぐるぐる巻きにされた筒を天に向けた。安倍元首相を狙撃した山上徹也被告が銃撃に使った、自作の拳銃とそっくりだ。長さは30cmほどで、筒は2つ、引き金のようなものも見える。
長髪の男は安倍元首相のTシャツを着ていた (c)現代ビジネス
「危ないから下がれ!」
現場の制服警官が声を張り上げる。
キャーという叫び声とともに、逃げ惑う人々。長髪の男が警察官に食ってかかっている。
「おまえ、蹴っているぞ、手を放せ」「なぜつかむんや」
なだめようとする警察官がこう応じる。
「とにかく、離れろ、危ない」
ここに仲間とみられる別の男が加わり、反論した。
「妨害するんじゃないぞ」「言論の自由がある」
長髪の男はさらに銃のような黒い筒を天に向けて撃つようなしぐさをした。お坊さんたちは、現場から逃げ出し騒然とした雰囲気に包まれた。
黒い筒は、まさに山上被告の銃にそっくりだ。撃たれるのではないかと感じた人も多々いたようだ。
警察官は、黙とうで事情が呑み込めない献花台周辺の人から、懸命に長髪の男を引き離そうとする。
それでも、抵抗をやめない長髪の男が歩道に倒れこむ。安倍元首相が銃撃された場所から、30mほどのところだ。山上被告が放った2発のうち、外れた1発の痕跡が残る駐車場は目の前だった。
なだれ込む警察官に、殺到するカメラマンやユーチューバーたち。その隙に、警察官が黒い筒を長髪の男から奪ったところで、安堵感が現場に流れた。
長髪の男は隣接する奈良県警の車両が待ち受けていた、駐車場に連行された。仲間とみられる2人も、引っ張られていた。
「返せよ、何もない」
(c)現代ビジネス
長髪の男が警察官に抗議を繰り返する一方、仲間とみられる男の一人が警察官と掴み合いのようなっている。
「捕まえるぞ、逮捕だ」
と警察官の声がする。メガネをかけた仲間の男が覆面パトの後部座席に押し込まれれようとしている。
混乱する現場 (c)現代ビジネス
仲間の男は必死になって大声を張り上げた。
「乗らないぞ、言論の自由はないのか、おかしいぞ」
警察官は仲間の男の顔を手で抑えつけ、強引に車に引き入れようとする。長髪の男の男も「なんで乗せるのか」と突進しかねない勢いのなか、仲間の男はサイレンとともに現場から連行された。
長髪の男とともに動いていたという男は、報道陣に囲まれてこう語った。
「打ち合わせて現場に来たのではなく、たまたま現場で居合わせた。黒い筒は拳銃ではなく、アルミホイールの筒を2本、黒いテープで張り合わせてつくった工作だ。中は空洞で危ない、危険物ではない、爆発したり発射できたりはしない。
それを警察官が大騒ぎして取り押さえているのはおかしい。警察官が黒い筒を掴んでも何もなかったのではないか。最初にNO Cultと書いたプラカードを見て襲い掛かってきた人がいる。そちらの方が問題ではないのか」
若い長髪の男もしくはその仲間とみられる男性は、軽犯罪法違反(儀式妨害)の疑いで奈良西署に現行犯逮捕された。
(c)現代ビジネス
その後、奈良県警は山上被告が使用した「銃」に似たものを掲げて安倍元首相の一周忌献花を妨害したとして、20代の男を軽犯罪法違反容疑で逮捕した。
「おもちゃかもしれないが、こんな日に山上被告とそっくりの銃のようなものを出せばどうなるのかわからないのか」
現場にいた人は怒っていた。
(c)現代ビジネス
騒然とした中、午後3時半に献花にやってきたのは、大阪府の吉村洋文知事で、こう語った。
「安倍元首相と当時の菅官房長官と3人で話をしたときのことが印象に残っている。『大阪都構想の住民投票を実現させます。憲法改正も』と話すと、安倍元首相は苦笑していました」
自民党の大阪府連は大阪都構想には断固反対の立場だったためだ。安倍元首相の一周忌の現場は、大混乱のまま幕を閉じた。