性自認は人それぞれだけれど、トイレや銭湯の使い分けはどうなるのか? 6月23日に施行されたLGBTQなど性的少数者に関する理解増進法の報道をめぐり、そんな疑問を感じた人もいるかもしれない。結論から言えば、今と変わることはない。ただ、トイレと銭湯では少し事情が違うこの問題、専門家の解説で確認したい。【藤沢美由紀】
落選運動も受けた 自民・稲田朋美氏に聞くLGBT法案「女性や子どもが性犯罪に遭う」と主張するビラ 「LGBT法案が通ると、女子トイレがなくなるかもしれません」。5月26日午後1時ごろ、東京都杉並区のJR荻窪駅前を通りかかった記者は、通行人に声を掛けながらビラを配る10人ほどの人たちを見かけた。受け取ると、「法案ができれば男性が女子トイレに入れるようになり、女性や子どもが性犯罪に遭う」という趣旨の文章が書かれていた。

以前から、似たような話はツイッターなどSNS(ネット交流サービス)上を中心に流されている。主に言及されているのは、生まれた時の戸籍の性別が男性で、自認する性別が女性である、トランスジェンダー女性だ。風呂やトイレなど男女別の施設を持ち出して、トランスジェンダー女性の存在と性暴力や性犯罪を結びつけ、不安をかき立てるような内容だ。 今年に入り、理解増進法案が議論されたことで、このような話が一層広がった。誤った内容なのだが、法案を審議した衆参内閣委員会での審議でも、同じような趣旨の質問が与野党議員から出たのだから、気になる人はいるだろう。銭湯で「男女を区別」とは? では、理解増進法ができたことで、「男性の女湯利用を認めなければいけなくなる」のか。トランスジェンダーを巡る訴訟に携わってきた立石結夏弁護士は「およそ考えられない」と否定する。 同法は、性の多様性に関する施策の推進について定めた理念法で、「具体的な権利を新たに設けるものでもなければ、禁止される行為や罰則を定めたものでもありません」。 国会審議でも、法案提出者として答弁した自民党の議員は女性用のトイレや公衆浴場と法案との関係について問われた際、「この法案は女性用の施設の利用のあり方を変えるものではない」「人々の行動を制限したり、何か新しい権利を加えたりするものではない」と繰り返し述べた。 銭湯など公衆浴場の場合は、全身の露出があり得ることがポイントだ。公衆浴場の脱衣室や浴室については、厚生労働省が定めた「公衆浴場における衛生等管理要領」で「男女を区別」するとされている。 厚労省生活衛生課の担当者によると、ここでいう「男女」とは、自認する性別ではなく、身体的な特徴から判別される性別を指す。そして理解増進法の施行後も、管理要領の変更はないという。つまり、「男性の外性器のある人が女湯に入れるようになる」ということはない。 では、性別適合手術を受けた後の施設利用はどうなるのか。立石弁護士は「施設管理者が個別事情に応じて検討していくもので、一律の判断はできない」という。「心が女性」と言いさえすれば……? トイレの場合は、女性用は個室があり、使用する際に体を人前で露出する機会はない。立石弁護士は国内外の判例などから、「具体的な問題が発生していない状況で、自認する性別でのトイレの使用を禁止することは難しい」と指摘する。 さらに、トランスジェンダーと性犯罪を結びつける言説には、誤解があるという。立石弁護士は「本人が『心が女性だ』と言いさえすればトランスジェンダー女性だと認められるわけではない。性犯罪はきちんと取り締まるべきだが、トランスジェンダーとは別の問題だ」という。当事者「外出先でトイレは我慢」 誤った内容で不安をあおるような言説を、当事者はどう思っているのだろうか。30代のトランスジェンダー女性、時枝穂(みのり)さんは「正しい理解が広がってほしい」と願う。 時枝さんは、自認する性別での生活へと移行するのに10年以上を費やした。男性として生きることは苦しく、かといって女性として生きることも難しいと思えた「曖昧な時期」が長かったためだ。 外出先で女性用トイレに入る時には、周囲の視線が気になり、他の利用者がいないタイミングで入るなど気を使った。他の当事者からも「外出先ではトイレは我慢する」という声を聞く。デマが広がる現状について、「トランスジェンダーも人間です。いわれのないことで、傷つくし、非常に悲しい」と訴えている。
「女性や子どもが性犯罪に遭う」と主張するビラ
「LGBT法案が通ると、女子トイレがなくなるかもしれません」。5月26日午後1時ごろ、東京都杉並区のJR荻窪駅前を通りかかった記者は、通行人に声を掛けながらビラを配る10人ほどの人たちを見かけた。受け取ると、「法案ができれば男性が女子トイレに入れるようになり、女性や子どもが性犯罪に遭う」という趣旨の文章が書かれていた。
以前から、似たような話はツイッターなどSNS(ネット交流サービス)上を中心に流されている。主に言及されているのは、生まれた時の戸籍の性別が男性で、自認する性別が女性である、トランスジェンダー女性だ。風呂やトイレなど男女別の施設を持ち出して、トランスジェンダー女性の存在と性暴力や性犯罪を結びつけ、不安をかき立てるような内容だ。
今年に入り、理解増進法案が議論されたことで、このような話が一層広がった。誤った内容なのだが、法案を審議した衆参内閣委員会での審議でも、同じような趣旨の質問が与野党議員から出たのだから、気になる人はいるだろう。
銭湯で「男女を区別」とは?
では、理解増進法ができたことで、「男性の女湯利用を認めなければいけなくなる」のか。トランスジェンダーを巡る訴訟に携わってきた立石結夏弁護士は「およそ考えられない」と否定する。
同法は、性の多様性に関する施策の推進について定めた理念法で、「具体的な権利を新たに設けるものでもなければ、禁止される行為や罰則を定めたものでもありません」。
国会審議でも、法案提出者として答弁した自民党の議員は女性用のトイレや公衆浴場と法案との関係について問われた際、「この法案は女性用の施設の利用のあり方を変えるものではない」「人々の行動を制限したり、何か新しい権利を加えたりするものではない」と繰り返し述べた。
銭湯など公衆浴場の場合は、全身の露出があり得ることがポイントだ。公衆浴場の脱衣室や浴室については、厚生労働省が定めた「公衆浴場における衛生等管理要領」で「男女を区別」するとされている。
厚労省生活衛生課の担当者によると、ここでいう「男女」とは、自認する性別ではなく、身体的な特徴から判別される性別を指す。そして理解増進法の施行後も、管理要領の変更はないという。つまり、「男性の外性器のある人が女湯に入れるようになる」ということはない。
では、性別適合手術を受けた後の施設利用はどうなるのか。立石弁護士は「施設管理者が個別事情に応じて検討していくもので、一律の判断はできない」という。
「心が女性」と言いさえすれば……?
トイレの場合は、女性用は個室があり、使用する際に体を人前で露出する機会はない。立石弁護士は国内外の判例などから、「具体的な問題が発生していない状況で、自認する性別でのトイレの使用を禁止することは難しい」と指摘する。
さらに、トランスジェンダーと性犯罪を結びつける言説には、誤解があるという。立石弁護士は「本人が『心が女性だ』と言いさえすればトランスジェンダー女性だと認められるわけではない。性犯罪はきちんと取り締まるべきだが、トランスジェンダーとは別の問題だ」という。
当事者「外出先でトイレは我慢」
誤った内容で不安をあおるような言説を、当事者はどう思っているのだろうか。30代のトランスジェンダー女性、時枝穂(みのり)さんは「正しい理解が広がってほしい」と願う。
時枝さんは、自認する性別での生活へと移行するのに10年以上を費やした。男性として生きることは苦しく、かといって女性として生きることも難しいと思えた「曖昧な時期」が長かったためだ。
外出先で女性用トイレに入る時には、周囲の視線が気になり、他の利用者がいないタイミングで入るなど気を使った。他の当事者からも「外出先ではトイレは我慢する」という声を聞く。デマが広がる現状について、「トランスジェンダーも人間です。いわれのないことで、傷つくし、非常に悲しい」と訴えている。