「立ちんぼです。あ、お兄さん警察じゃないですよね?」……夜の大久保公園で出会った、ピンクのロンTを来た20代女性。彼女はなぜ歌舞伎町で立ちんぼで食いつなぐ、ホームレスになったのか?
《写真多数》歌舞伎町で「売春相手」を探す女性たち ホームレスの実態に迫るYouTubeチャンネル「アットホームチャンネル」を運営する青柳貴哉さんによる初の著書『Z世代のネオホームレス 自らの意思で家に帰らない子どもたち』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)

元カレに貢いだ額は2000万円…マナミさんが歌舞伎町で「立ちんぼホームレス」になってしまった理由とは? 写真はイメージ getty◆◆◆立ちんぼのメッカ・大久保公園 2021年9月、僕は高田馬場から新宿へ向けて自転車を漕いでいた。時間は19時頃で、夜の街を走り抜けると、自分の顔に当たる空気が秋の夜風のように清々しく感じられる。 YouTubeで「アットホームチャンネル」の活動を始めてから1年半。この日も、高田馬場にある戸山公園でホームレスの人たちに取材をしていた僕は、ふと思った。「そういえば歌舞伎町でインタビューしたことがないな」 それまで僕が取材交渉をしていた場所は、ホームレスが集まる戸山公園、上野公園、代々木公園など、駅近くの路上がメイン。池袋駅や新宿駅の駅前の路上で寝起きしているホームレスに声をかけることは多かったが、歌舞伎町では取材したことがなかった。戸山公園の取材を終えたあとで陽は落ちていたが、僕は自転車で歌舞伎町まで足を延ばしてみることにしたのだ。 住居表示でいうと高田馬場も歌舞伎町も新宿区にあり、JR山手線の駅なら新大久保駅を挟んで2つ隣。自転車を走らせた僕が歌舞伎町の奥へと入っていったのは19時30分を過ぎたあたりで、通りはすでに多くの人たちで賑わっている。小綺麗な身なりで足早に歩く出勤前のホストやキャバ嬢とすれ違い、必要以上に目線を合わせてくる黒人の客引きを笑顔でかわし、これからこの街に搾取されるであろうスーツ姿のサラリーマンの群れを眺める。つい先ほどまで僕が感じていた秋の夜風の清々しさは、歌舞伎町に入った途端に人々の欲望の渦に吸い込まれて消えてしまったようだった。 ゆっくりとしたペースでペダルを踏みながら、僕はホームレスを探した。ホストクラブやラブホテルが立ち並ぶ区画を突っ切り、西武新宿駅方面に向かう途中、大久保公園のあたりを通りかかった。どこに行っても灯の多い歌舞伎町の中で、大久保公園の周りだけは時間通りの夜の暗がりに包まれていた。その暗がりの中、公園の輪郭に沿うような形で点々と女性が立っている。さらに、その女性たちを数メートル離れた場所から物色するように眺める男性が複数人。 夜の大久保公園には異様な空気が漂っていた。このあたりは立ちんぼのメッカとして知られている。自転車を走らせていると、道に面した自動販売機の脇に力なく座り込んでいる女性が目に入った。髪はボサボサ、ピンクのロンTの女性は… ホームレスにインタビュー取材を続けたおかげで、僕にもある程度は眼力のようなものが備わってきたのかもしれない。その女性を目にした瞬間、僕は彼女がホームレスであることを察知した。髪はボサボサで、ピンクのロンTにはところどころ染みのような汚れがついている。 そして、公園の周りに点々と立つほかの女性たちとは決定的な違いがあった。それは、ほかの女性たちは立っているのに、自動販売機の横にいる彼女だけが地べたに座り込んでいることだ。 自動販売機の灯りを頼りに目を懲らすと、公園の周りに立つ女性たちがメイクやファッションに多少なりとも気を遣っていて、群がる男性から少しでも視線を集めようと努力しているのが見て取れる。だが、座り込んでいる彼女だけがスッピンだった。間違いない。彼女はホームレスだ。僕はそう確信して自転車を公園の横に停め、その女性に声をかけた。「すみません。僕、青柳と申します。今、ネットカフェなどに寝泊まりしている方の取材をさせていただいてるんです」 ホームレスだと確信はしたものの、女性は見たところまだ20代。これまで僕が会ってきたような、ダンボールやテントで寝泊まりするタイプのホームレスと同じタイプには見えなかった。「ホームレス」という断定的な単語を避けて「ネットカフェ」というワードを使ったのは、そうした僕なりの“予測変換”が頭の中で咄嗟に反応したからだ。 その女性は黙ったまま僕の目を見上げた。すごく虚ろな目だった。「よろしければ、少ないですが謝礼をお支払いするので、ちょっとだけお話を聴かせていただけないですか?」「……いいですよ」 これが、マナミさんとの出会いだった。「ちなみに、今ここで何をしてたんですか?」「立ちんぼです。あ、お兄さん警察じゃないですよね?」「立ちんぼをしている」というマナミさんの返答を聞いて、僕は少し意表を突かれた。今い る場所からして、彼女が立ちんぼをしていることはもちろん想定の範囲内だったが、それを正直に、会ったばかりの男に話してしまう、というマナミさんの反応が僕には意外だった。僕は「カメラを向けられているのに、こんなことを言ってしまうなんて……この子、大丈夫かな?」と感じて、警戒心の薄いマナミさんのことが少しだけ心配になった。 僕はマナミさんと同じように自動販売機の近くにしゃがみ込んで、本格的に彼女へのインタビュー取材を始めた。「マナミさんは今、ホームレスをしていらっしゃるんですか?」「はい」 今度は「ホームレス」という言葉をマナミさんにぶつけてみたが、彼女の反応はそれまでと特に変化はない。淡々と、というよりも、虚ろという感じで僕の質問に答えていく。 この時点で、マナミさんがホームレスを始めて半年ほど経過していたが、寝泊まりは路上ではなく“お客さん”の家やネットカフェなどが多いと話した。そのお客さんというのは風俗店勤めをしていた頃の客だという。風俗店を辞めた今でもスマホを介して繋がっていて、時々フリーランスの風俗嬢として客の家に呼ばれていた。ホストに注ぎ込んだ金額は2000万円 風俗店で働いていたのなら、不景気とはいえ生活できる程度の金銭を得ることはできたのではないか。マナミさんがホームレスになった理由はなんだったのだろう。僕は頭に浮かんだ疑問を率直に聞いてみた。「僕は風俗ってお金もらえるイメージだったんですけど……」「稼げました」「なのに、お金なくなっちゃったんですか?」「はい」「なぜ……ですか?」「ホストで使っちゃって」「風俗でお金は稼いでたけど、全部ホストで使ってしまったんですか?」「はい」「ちなみに今までホストで、トータルで言うとどれくらい使ってるんですか?」「2000万円くらい」「別れた彼氏とも、たまに会いますね」 僕は絶句した。か細い声でなんとか「え……2000万円ですか?」と返すのがやっとだった。ホストクラブで散財する女性のエピソードはよく耳にする。しかし、ホームレスになってしまった女性から、2000万円もホストに注ぎ込んだ、という話を聞かされて、僕は心底驚いてしまった。 マナミさんによると、風俗で働きながらホストクラブに通い、これまでに総額で2000万円を使ったという。大金を注ぎ込んだホストとは付き合うことができた。一時は同棲していたが、結局は自然消滅のような形で別れることになり、当時二人で借りていた部屋も解約。ホストで散財してしまったマナミさんには新たに部屋を借りるお金は残っておらず、ホームレスの生活が始まった。 さらに、マナミさんに聞いてみる。「ここってめちゃくちゃ歌舞伎町(のど真ん中)じゃないですか」「はい」「結構、会うんじゃないですか? (別れた)彼氏さんに」「たまに会いますね」「ここにこういう感じで座ってたら(元彼が)びっくりするんじゃないですか? 『何してんの?』ってならないですか?」「ならないです」 元彼は歌舞伎町のホストクラブで今も働いているらしく、ホームレスになって路上に座り込んでいるマナミさんの目の前を、出勤途中に通りかかることもあるとか。彼女の口ぶりからすると、もう二人の間で言葉を交わすことはないようだ。別れた相手とはいえ、路上に座り込んでいるのを見て、そんなに無関心のままでいられるだろうか……。 僕の中に「そもそも元彼はマナミさんのことを大事に思っていなかったのでは? 彼女がどうなろうと、お金を使わせることだけが目的だったのでは?」という考えがどうしても浮かんできてしまう。 僕が踏み込んだ質問をしても、マナミさんは悲しんだり言い淀んだりせず、感情の見えない虚ろな目をしたまま「はい」「そうですね」と僕のインタビューに答えていた。(#2を読む)月給13万円の事務→セクキャバ嬢→立ちんぼに…20代女性がホームレスになっても「ホスト遊び」を続けてしまう理由 へ続く(青柳 貴哉/Webオリジナル(外部転載))
ホームレスの実態に迫るYouTubeチャンネル「アットホームチャンネル」を運営する青柳貴哉さんによる初の著書『Z世代のネオホームレス 自らの意思で家に帰らない子どもたち』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
元カレに貢いだ額は2000万円…マナミさんが歌舞伎町で「立ちんぼホームレス」になってしまった理由とは? 写真はイメージ getty
◆◆◆
2021年9月、僕は高田馬場から新宿へ向けて自転車を漕いでいた。時間は19時頃で、夜の街を走り抜けると、自分の顔に当たる空気が秋の夜風のように清々しく感じられる。
YouTubeで「アットホームチャンネル」の活動を始めてから1年半。この日も、高田馬場にある戸山公園でホームレスの人たちに取材をしていた僕は、ふと思った。
「そういえば歌舞伎町でインタビューしたことがないな」
それまで僕が取材交渉をしていた場所は、ホームレスが集まる戸山公園、上野公園、代々木公園など、駅近くの路上がメイン。池袋駅や新宿駅の駅前の路上で寝起きしているホームレスに声をかけることは多かったが、歌舞伎町では取材したことがなかった。戸山公園の取材を終えたあとで陽は落ちていたが、僕は自転車で歌舞伎町まで足を延ばしてみることにしたのだ。
住居表示でいうと高田馬場も歌舞伎町も新宿区にあり、JR山手線の駅なら新大久保駅を挟んで2つ隣。自転車を走らせた僕が歌舞伎町の奥へと入っていったのは19時30分を過ぎたあたりで、通りはすでに多くの人たちで賑わっている。小綺麗な身なりで足早に歩く出勤前のホストやキャバ嬢とすれ違い、必要以上に目線を合わせてくる黒人の客引きを笑顔でかわし、これからこの街に搾取されるであろうスーツ姿のサラリーマンの群れを眺める。つい先ほどまで僕が感じていた秋の夜風の清々しさは、歌舞伎町に入った途端に人々の欲望の渦に吸い込まれて消えてしまったようだった。
ゆっくりとしたペースでペダルを踏みながら、僕はホームレスを探した。ホストクラブやラブホテルが立ち並ぶ区画を突っ切り、西武新宿駅方面に向かう途中、大久保公園のあたりを通りかかった。どこに行っても灯の多い歌舞伎町の中で、大久保公園の周りだけは時間通りの夜の暗がりに包まれていた。その暗がりの中、公園の輪郭に沿うような形で点々と女性が立っている。さらに、その女性たちを数メートル離れた場所から物色するように眺める男性が複数人。
夜の大久保公園には異様な空気が漂っていた。このあたりは立ちんぼのメッカとして知られている。自転車を走らせていると、道に面した自動販売機の脇に力なく座り込んでいる女性が目に入った。
ホームレスにインタビュー取材を続けたおかげで、僕にもある程度は眼力のようなものが備わってきたのかもしれない。その女性を目にした瞬間、僕は彼女がホームレスであることを察知した。髪はボサボサで、ピンクのロンTにはところどころ染みのような汚れがついている。
そして、公園の周りに点々と立つほかの女性たちとは決定的な違いがあった。それは、ほかの女性たちは立っているのに、自動販売機の横にいる彼女だけが地べたに座り込んでいることだ。
自動販売機の灯りを頼りに目を懲らすと、公園の周りに立つ女性たちがメイクやファッションに多少なりとも気を遣っていて、群がる男性から少しでも視線を集めようと努力しているのが見て取れる。だが、座り込んでいる彼女だけがスッピンだった。間違いない。彼女はホームレスだ。僕はそう確信して自転車を公園の横に停め、その女性に声をかけた。
「すみません。僕、青柳と申します。今、ネットカフェなどに寝泊まりしている方の取材をさせていただいてるんです」
ホームレスだと確信はしたものの、女性は見たところまだ20代。これまで僕が会ってきたような、ダンボールやテントで寝泊まりするタイプのホームレスと同じタイプには見えなかった。
「ホームレス」という断定的な単語を避けて「ネットカフェ」というワードを使ったのは、そうした僕なりの“予測変換”が頭の中で咄嗟に反応したからだ。
その女性は黙ったまま僕の目を見上げた。すごく虚ろな目だった。
「よろしければ、少ないですが謝礼をお支払いするので、ちょっとだけお話を聴かせていただけないですか?」
「……いいですよ」
これが、マナミさんとの出会いだった。
「ちなみに、今ここで何をしてたんですか?」
「立ちんぼです。あ、お兄さん警察じゃないですよね?」
「立ちんぼをしている」というマナミさんの返答を聞いて、僕は少し意表を突かれた。今い る場所からして、彼女が立ちんぼをしていることはもちろん想定の範囲内だったが、それを正直に、会ったばかりの男に話してしまう、というマナミさんの反応が僕には意外だった。僕は「カメラを向けられているのに、こんなことを言ってしまうなんて……この子、大丈夫かな?」と感じて、警戒心の薄いマナミさんのことが少しだけ心配になった。
僕はマナミさんと同じように自動販売機の近くにしゃがみ込んで、本格的に彼女へのインタビュー取材を始めた。
「マナミさんは今、ホームレスをしていらっしゃるんですか?」
「はい」
今度は「ホームレス」という言葉をマナミさんにぶつけてみたが、彼女の反応はそれまでと特に変化はない。淡々と、というよりも、虚ろという感じで僕の質問に答えていく。
この時点で、マナミさんがホームレスを始めて半年ほど経過していたが、寝泊まりは路上ではなく“お客さん”の家やネットカフェなどが多いと話した。そのお客さんというのは風俗店勤めをしていた頃の客だという。風俗店を辞めた今でもスマホを介して繋がっていて、時々フリーランスの風俗嬢として客の家に呼ばれていた。
風俗店で働いていたのなら、不景気とはいえ生活できる程度の金銭を得ることはできたのではないか。マナミさんがホームレスになった理由はなんだったのだろう。僕は頭に浮かんだ疑問を率直に聞いてみた。
「僕は風俗ってお金もらえるイメージだったんですけど……」
「稼げました」
「なのに、お金なくなっちゃったんですか?」
「はい」
「なぜ……ですか?」
「ホストで使っちゃって」
「風俗でお金は稼いでたけど、全部ホストで使ってしまったんですか?」
「はい」
「ちなみに今までホストで、トータルで言うとどれくらい使ってるんですか?」
「2000万円くらい」
僕は絶句した。か細い声でなんとか「え……2000万円ですか?」と返すのがやっとだった。ホストクラブで散財する女性のエピソードはよく耳にする。しかし、ホームレスになってしまった女性から、2000万円もホストに注ぎ込んだ、という話を聞かされて、僕は心底驚いてしまった。
マナミさんによると、風俗で働きながらホストクラブに通い、これまでに総額で2000万円を使ったという。大金を注ぎ込んだホストとは付き合うことができた。一時は同棲していたが、結局は自然消滅のような形で別れることになり、当時二人で借りていた部屋も解約。ホストで散財してしまったマナミさんには新たに部屋を借りるお金は残っておらず、ホームレスの生活が始まった。
さらに、マナミさんに聞いてみる。「ここってめちゃくちゃ歌舞伎町(のど真ん中)じゃないですか」「はい」「結構、会うんじゃないですか? (別れた)彼氏さんに」「たまに会いますね」「ここにこういう感じで座ってたら(元彼が)びっくりするんじゃないですか? 『何してんの?』ってならないですか?」「ならないです」 元彼は歌舞伎町のホストクラブで今も働いているらしく、ホームレスになって路上に座り込んでいるマナミさんの目の前を、出勤途中に通りかかることもあるとか。彼女の口ぶりからすると、もう二人の間で言葉を交わすことはないようだ。別れた相手とはいえ、路上に座り込んでいるのを見て、そんなに無関心のままでいられるだろうか……。 僕の中に「そもそも元彼はマナミさんのことを大事に思っていなかったのでは? 彼女がどうなろうと、お金を使わせることだけが目的だったのでは?」という考えがどうしても浮かんできてしまう。 僕が踏み込んだ質問をしても、マナミさんは悲しんだり言い淀んだりせず、感情の見えない虚ろな目をしたまま「はい」「そうですね」と僕のインタビューに答えていた。(#2を読む)月給13万円の事務→セクキャバ嬢→立ちんぼに…20代女性がホームレスになっても「ホスト遊び」を続けてしまう理由 へ続く(青柳 貴哉/Webオリジナル(外部転載))
さらに、マナミさんに聞いてみる。
「ここってめちゃくちゃ歌舞伎町(のど真ん中)じゃないですか」
「はい」
「結構、会うんじゃないですか? (別れた)彼氏さんに」
「たまに会いますね」
「ここにこういう感じで座ってたら(元彼が)びっくりするんじゃないですか? 『何してんの?』ってならないですか?」
「ならないです」
元彼は歌舞伎町のホストクラブで今も働いているらしく、ホームレスになって路上に座り込んでいるマナミさんの目の前を、出勤途中に通りかかることもあるとか。彼女の口ぶりからすると、もう二人の間で言葉を交わすことはないようだ。別れた相手とはいえ、路上に座り込んでいるのを見て、そんなに無関心のままでいられるだろうか……。
僕の中に「そもそも元彼はマナミさんのことを大事に思っていなかったのでは? 彼女がどうなろうと、お金を使わせることだけが目的だったのでは?」という考えがどうしても浮かんできてしまう。
僕が踏み込んだ質問をしても、マナミさんは悲しんだり言い淀んだりせず、感情の見えない虚ろな目をしたまま「はい」「そうですね」と僕のインタビューに答えていた。(#2を読む)
月給13万円の事務→セクキャバ嬢→立ちんぼに…20代女性がホームレスになっても「ホスト遊び」を続けてしまう理由 へ続く
(青柳 貴哉/Webオリジナル(外部転載))