陸上自衛隊第8師団は、東シナ海の情勢が緊迫する中で「鎮西機動師団」として緊急事態に対応する任務を帯びる。まさに安全保障の枢要を担う部隊なのだが、そのトップを乗せたヘリが視察中に沖縄・宮古島沖で突如として、消失。一体、何が起こったのか。
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【写真10枚】世界中で進む「女性軍人」の躍進 インド空軍の「美しすぎる女性パイロット」の写真を見る 空母まで参加した中国の軍事演習で台湾海峡が緊迫する折も折、まさに国防を揺るがす事態と言うほかあるまい。 今月6日午後3時46分、第8師団第8飛行隊所属の多用途ヘリ「UH60JA」が、沖縄・宮古島分屯基地を飛び立った。天候は晴れで、気温は約25度。上空には南の風7メートルが吹き、波の高さは1メートル。視界は10キロ以上先を見通せるほど良好だった。
陸上自衛隊第8師団の坂本雄一師団長 突然、惨事は起きた。離陸から10分後の3時56分、宮古空港の北西約18キロの空域でレーダーから機影が消失したのである。「消失の2分前に、ヘリは下地島空港の管制と無線で交信していますが、その時異変はなかった。つまり、この2分のあいだに機体に何かが起こったということです」(防衛省担当記者)同期の中でも5本の指に入る出世頭 16日時点で搭乗員10名のうち5名は依然、行方不明のままだ。「第8師団の幹部5名に加えて、師団傘下の第8飛行隊員4名と宮古島警備隊員1名がその内訳です。複数の幹部が先月着任したばかりで、上空から領域を視察中の出来事でした」(同) その中には第8師団のトップ、坂本雄一師団長(55)=陸将=も含まれており、自衛隊関係者に衝撃を与えたのは言うまでもない。宮古島沖で突如レーダーから消失した さる自衛隊関係者も、「(防衛大)35期の中でも、間違いなく5本の指に入るであろう出世頭でした。部下にも慕われるタイプで、だからこそ、第8師団長という東シナ海での有事に対応する要職が当てられたのでしょう。その師団長が、こんなことに巻き込まれるなんて……」 そう絶句するのだが、自衛隊トップだった元統合幕僚長の河野克俊氏は、本件についてこう語る。「近年、10名もの自衛官が一度に被害に遭う事故はありませんでした。陸上自衛隊史上、最も重い事故になりかねない」UH60JA 実際、直近の自衛隊機事故で被害が出た主なものは、「昨年1月に航空自衛隊のF15戦闘機が小松基地(石川県)付近で墜落、隊員2名が死亡した件があります。また2018年2月には佐賀県内で陸自のAH64D戦闘ヘリが住宅に墜落。乗員2名が亡くなったほか、女児がけがをしています」(前出・記者)「空間識失調説」「エンジントラブル説」 だが、陸自の事故で最も死者数が多かったのは、「1968年2月に、松山駐屯地(愛媛県)付近で起きたヘリの墜落事故です。しかし、その数は8名で10名には及びません」(同) 河野氏は今回の「消失」の原因について、「管制塔との交信では異常はなかったのに、その2分後に消息を絶っているということですから、やはり突発的な事故としか考えられません。それが人的なものなのか、あるいは機体上の問題なのかは、今の状況からはわからず、どの可能性も否定できない状態です」 と述べる。一方で、巷間語られる原因としてパイロットの「空間識失調説」については、「過去の自衛隊の事故では、よく空間識失調が原因だとされましたが、これは夜間であったり、視界が不良であったりしたときに、上下がわからなくなった場合に起こりうるものです。今回は、水平線も見えているでしょうし、日中の出来事ですから、それは考えづらい」(同) さらに、「エンジントラブル説」についても、「UH60JAは米軍のブラックホークを自衛隊仕様にした機体で信頼性が高く、二つのエンジンを積んでおり、1基が止まっても、飛行は可能です。また仮に万が一、同時に2基止まったとしてもオートローテーションといって、ヘリは浮力を維持し、ふんわりと海面に落下できたはずです」 他方、「バードストライク」説に関しては、「ヘリのローター・ブレード(回転翼)の耐性は高く、たとえこの部分を機関銃で撃たれても、簡単には撃墜されません。鳥が衝突した程度で壊れるはずがない」(前出・自衛隊関係者)元陸将の見解は ならば理由は何か。陸幕調査第2課長や情報本部初代画像部長などを歴任した元陸将の福山隆氏はまず、「今回の一報を聞いて真っ先に思い浮かべたのは、山本五十六連合艦隊司令長官の戦死です。第2次大戦中、前線視察のためニューギニアのブーゲンビル島上空を飛んでいた山本長官の搭乗機が、米軍機の攻撃を受けて撃墜されました。米軍は日本軍の暗号を解読して山本長官の視察を事前につかんでおり、周到に準備した上で狙い撃ちにしたのです」 こう振り返ったうえで、「こういう時はまず、すべての可能性を俎上に載せる必要がある。あらゆるシナリオを先入観によって排除せずにテーブルに並べ、後からエビデンスに基づいてひとつひとつ、潰していくべきです」 と言い、以下指摘する。新兵器利用の可能性?「外国勢力、特に中国からの攻撃の可能性は現時点ではゼロとはいえません。レーダーに感知されていない以上、ミサイル攻撃はないでしょうが、ドローンによる攻撃、あるいはなんらかの新兵器に撃墜された可能性は残ります。それに最近の陸自の重点的な南西諸島への兵力配備は中国から見れば、太平洋進出を邪魔する動きだったでしょう」 そこに第8師団の幹部らを狙う動機があるというのだ。とはいえ、「ただ、他国の領空で高級将校を攻撃するという行為は、もし証拠をつかまれると明白な侵略行為。そんな危険を冒してまで、陸自ヘリを撃墜するメリットが中国にあるのか。そう考えると、現状では『中国説』もほぼなさそうです」(同) 諸説飛び交う中で今、最も有力な説が羽を回すローター部分や、それに関係する機械系統等に何らかの不具合が生じたケースだ。「ローターが吹き飛べば、機体は瞬時に墜落します。18年の佐賀の事故でも、ローター・ヘッド(軸)とブレードをつなぐボルトが破損して事故が起きたと、調査で結論付けられています」(先の自衛隊関係者)「陸自の種類はあまりにも多すぎる」 では、なぜそんな事故が一度ならず起こるのか。「現在陸自が運用しているヘリは10種類近くもありますが、海自や空自は2種類ほど。ヘリは複雑な構造で、専門の知識を持った整備士を養成しなければならないのに、陸自の種類はあまりにも多すぎます。加えて部品の不足もあって、312機あるヘリの一部は運用できていません。今回の機体は点検済みだったと聞きますが、何らかの整備の不備があった可能性は否定できない」(同) 折しも、中国は8日から台湾周辺で大規模な軍事演習を実施している。いつ台湾有事が起こってもおかしくはない状況で、その対応に当たる部隊に起きた今回の“有事”。隊員らの無事を祈る一方で、我が国の平和が保たれるのか、不安は募るばかりだ。「週刊新潮」2023年4月20日号 掲載
空母まで参加した中国の軍事演習で台湾海峡が緊迫する折も折、まさに国防を揺るがす事態と言うほかあるまい。
今月6日午後3時46分、第8師団第8飛行隊所属の多用途ヘリ「UH60JA」が、沖縄・宮古島分屯基地を飛び立った。天候は晴れで、気温は約25度。上空には南の風7メートルが吹き、波の高さは1メートル。視界は10キロ以上先を見通せるほど良好だった。
突然、惨事は起きた。離陸から10分後の3時56分、宮古空港の北西約18キロの空域でレーダーから機影が消失したのである。
「消失の2分前に、ヘリは下地島空港の管制と無線で交信していますが、その時異変はなかった。つまり、この2分のあいだに機体に何かが起こったということです」(防衛省担当記者)
16日時点で搭乗員10名のうち5名は依然、行方不明のままだ。
「第8師団の幹部5名に加えて、師団傘下の第8飛行隊員4名と宮古島警備隊員1名がその内訳です。複数の幹部が先月着任したばかりで、上空から領域を視察中の出来事でした」(同)
その中には第8師団のトップ、坂本雄一師団長(55)=陸将=も含まれており、自衛隊関係者に衝撃を与えたのは言うまでもない。
さる自衛隊関係者も、
「(防衛大)35期の中でも、間違いなく5本の指に入るであろう出世頭でした。部下にも慕われるタイプで、だからこそ、第8師団長という東シナ海での有事に対応する要職が当てられたのでしょう。その師団長が、こんなことに巻き込まれるなんて……」
そう絶句するのだが、自衛隊トップだった元統合幕僚長の河野克俊氏は、本件についてこう語る。
「近年、10名もの自衛官が一度に被害に遭う事故はありませんでした。陸上自衛隊史上、最も重い事故になりかねない」
実際、直近の自衛隊機事故で被害が出た主なものは、
「昨年1月に航空自衛隊のF15戦闘機が小松基地(石川県)付近で墜落、隊員2名が死亡した件があります。また2018年2月には佐賀県内で陸自のAH64D戦闘ヘリが住宅に墜落。乗員2名が亡くなったほか、女児がけがをしています」(前出・記者)
だが、陸自の事故で最も死者数が多かったのは、
「1968年2月に、松山駐屯地(愛媛県)付近で起きたヘリの墜落事故です。しかし、その数は8名で10名には及びません」(同)
河野氏は今回の「消失」の原因について、
「管制塔との交信では異常はなかったのに、その2分後に消息を絶っているということですから、やはり突発的な事故としか考えられません。それが人的なものなのか、あるいは機体上の問題なのかは、今の状況からはわからず、どの可能性も否定できない状態です」
と述べる。一方で、巷間語られる原因としてパイロットの「空間識失調説」については、
「過去の自衛隊の事故では、よく空間識失調が原因だとされましたが、これは夜間であったり、視界が不良であったりしたときに、上下がわからなくなった場合に起こりうるものです。今回は、水平線も見えているでしょうし、日中の出来事ですから、それは考えづらい」(同)
さらに、「エンジントラブル説」についても、
「UH60JAは米軍のブラックホークを自衛隊仕様にした機体で信頼性が高く、二つのエンジンを積んでおり、1基が止まっても、飛行は可能です。また仮に万が一、同時に2基止まったとしてもオートローテーションといって、ヘリは浮力を維持し、ふんわりと海面に落下できたはずです」
他方、「バードストライク」説に関しては、
「ヘリのローター・ブレード(回転翼)の耐性は高く、たとえこの部分を機関銃で撃たれても、簡単には撃墜されません。鳥が衝突した程度で壊れるはずがない」(前出・自衛隊関係者)
ならば理由は何か。陸幕調査第2課長や情報本部初代画像部長などを歴任した元陸将の福山隆氏はまず、
「今回の一報を聞いて真っ先に思い浮かべたのは、山本五十六連合艦隊司令長官の戦死です。第2次大戦中、前線視察のためニューギニアのブーゲンビル島上空を飛んでいた山本長官の搭乗機が、米軍機の攻撃を受けて撃墜されました。米軍は日本軍の暗号を解読して山本長官の視察を事前につかんでおり、周到に準備した上で狙い撃ちにしたのです」
こう振り返ったうえで、
「こういう時はまず、すべての可能性を俎上に載せる必要がある。あらゆるシナリオを先入観によって排除せずにテーブルに並べ、後からエビデンスに基づいてひとつひとつ、潰していくべきです」
と言い、以下指摘する。
「外国勢力、特に中国からの攻撃の可能性は現時点ではゼロとはいえません。レーダーに感知されていない以上、ミサイル攻撃はないでしょうが、ドローンによる攻撃、あるいはなんらかの新兵器に撃墜された可能性は残ります。それに最近の陸自の重点的な南西諸島への兵力配備は中国から見れば、太平洋進出を邪魔する動きだったでしょう」
そこに第8師団の幹部らを狙う動機があるというのだ。とはいえ、
「ただ、他国の領空で高級将校を攻撃するという行為は、もし証拠をつかまれると明白な侵略行為。そんな危険を冒してまで、陸自ヘリを撃墜するメリットが中国にあるのか。そう考えると、現状では『中国説』もほぼなさそうです」(同)
諸説飛び交う中で今、最も有力な説が羽を回すローター部分や、それに関係する機械系統等に何らかの不具合が生じたケースだ。
「ローターが吹き飛べば、機体は瞬時に墜落します。18年の佐賀の事故でも、ローター・ヘッド(軸)とブレードをつなぐボルトが破損して事故が起きたと、調査で結論付けられています」(先の自衛隊関係者)
では、なぜそんな事故が一度ならず起こるのか。
「現在陸自が運用しているヘリは10種類近くもありますが、海自や空自は2種類ほど。ヘリは複雑な構造で、専門の知識を持った整備士を養成しなければならないのに、陸自の種類はあまりにも多すぎます。加えて部品の不足もあって、312機あるヘリの一部は運用できていません。今回の機体は点検済みだったと聞きますが、何らかの整備の不備があった可能性は否定できない」(同)
折しも、中国は8日から台湾周辺で大規模な軍事演習を実施している。いつ台湾有事が起こってもおかしくはない状況で、その対応に当たる部隊に起きた今回の“有事”。隊員らの無事を祈る一方で、我が国の平和が保たれるのか、不安は募るばかりだ。
「週刊新潮」2023年4月20日号 掲載