冬の蔵王で見られる自然の神秘「樹氷」が、いつ頃登場し、どの地域に分布していたかが、山形大の柳沢文孝名誉教授(環境科学)らの調査でわかってきた。
樹氷が形成されるようになったのはこの約1000年のことで、1960年頃までは北海道から石川県までの広範囲で見られたという。温暖化で分布が狭まったとみられ、「アイスモンスター」の存在の危うさを示している。(鈴木恵介)
樹氷は、氷点下でも凍らない「過冷却」の状態となった空気中の水滴が、強風で「アオモリトドマツ」などの針葉樹に付着して凍り付き、これを繰り返して徐々に成長することでできる。世界でも珍しい現象で、氷点下10~15度の気温、10~15メートルの西または北西の風、樹木が埋もれない2~3メートルの適度な積雪量などの条件がそろう必要がある。
柳沢名誉教授らは、東北地方で樹氷が形成される環境について、〈1〉空気中に水分を供給する対馬暖流の存在〈2〉温暖な「縄文海進」の時期が終わり、亜高山帯が寒冷化〈3〉アオモリトドマツなど針葉樹林の分布が拡大――の三つの条件が必要とした。
気候変動や植生の変遷などの研究に関する文献を調べた結果、この3条件を満たすのは約1000年前頃と推定し、調査結果を3月に公表した。
柳沢名誉教授は「これまで樹氷がいつ頃からできるようになったかはわかっていなかった。1000年の歴史がある樹氷は今、温暖化で危機に直面している」と話す。
樹氷は現在、蔵王のほか、青森の八甲田山、岩手の八幡平、山形・福島の吾妻山など東北地方の限られた山でしか見られない。だが国内の文献を調査したところ、以前にはより広範囲で樹氷が見られたことも明らかにし、2月に発表した。まだ温暖化の影響が小さく、気温などの条件が適した地域が広かったとみられる。
「日本百名山」で有名な、登山家で作家の深田久弥(1903~71年)は、1942年の随筆集で樹氷を北海道で目撃したと記していた。このほか、高山植物学者の田辺(浜田)和雄(1900~61年)の30年代の記述や、別に見つかった、鮮明な樹氷が映った写真や絵はがきなどから、新潟の巻機山や、富山の北ノ俣岳、石川の白山などにも存在していたと判断した。
温暖化以外の要因でも、樹氷は危機を迎えている。蔵王のアオモリトドマツは、2010年代に入ってガの幼虫やキクイムシによる食害が発生した。立ち枯れ被害が拡大したほか、枝が細り、雪や氷の荷重で折れる例も目立っている。
柳沢名誉教授は「危機的状況で、植樹などの一刻も早い対策が必要だ。いずれにせよこのまま温暖化が進めば、今世紀末には樹氷を見ることが難しくなるかもしれない」と指摘している。