国民生活センターや各地の消費生活センターなどが、春になると必ず注意喚起するのが「引っ越し」をめぐるトラブルだ。とくに最近、目立つのが、インターネット検索で見つけた見積もり比較やSNSなどで表示されるキャンペーン広告などをきっかけに申し込んだ業者とのトラブルだ。ライターの森鷹久氏が、引っ越し時の瀬戸際で追加料金などを請求されるなどした被害についてレポートする。
【写真】SNSから業者選びでトラブル * * * 4月を迎え、この春から「新生活」をスタートという人も少なくないだろう。そんな人たちが巻き込まれやすいこの時期のトラブルのひとつに、引っ越しや不動産賃貸契約に関するものがある。マスコミ各社や自治体なども、こうしたトラブルに遭うことがないよう、毎年、注意喚起を行っているが、特に一人暮らしの若者を狙った悪徳業者は、今なお暗躍しているのが実情だ。

引っ越し業者が荷物を人質に「最後の最後になって、追加料金だなんだと言われました。荷物が人質みたいに扱われて、支払う以外に手段は無いと思いましたね」 こう話すのは、東北地方在住の会社員・西本大輔さん(仮名・50代)。昨春、就職のために上京する次女(23歳)の引っ越しを手伝うため、都内のアパートを訪れたが、そこで引っ越し業者に「追加料金」を請求されたのだと憤る。「若い女の子の一人暮らしなんで、引っ越しと言っても荷物の量はたかが知れている。ベッドなどの大型家具は東京で買いそろえることにして、およそ5万円の単身用の引っ越しプランを選びました。正直、これならワンボックスの自家用車でも運べるね、などと娘と会話したのを覚えています」(西本さん) 引っ越し当日、娘の新居であるマンション前で待っていたところ、荷物を積んだトラックがやってきた。中からは、40代とみられる大柄な男性スタッフが降りてきて、開口一番、こう告げられたのだという。「娘の部屋が4階にあり、追加で6万もかかると言うんです。引っ越し先が4階にあることは言ってあったのに、引っ越しを決めたときに基本プランの5万円を超えるとは言われていない。おかしいと反論しても、払わってもらわないと困るの一点張り。払わないのなら荷物を下ろさずそのまま送り返し、その費用も請求すると言われました。あまりにも理不尽で、荷物が人質のようだと呆然としましたが、娘の新生活も翌日からすぐ始まることもあって、仕方なく追加料金を払いましたよ。」(西本さん) ちなみにこの業者、大手や有名企業ではなく新興の運送会社で、娘がSNSの広告を見て見積もりを出したのが依頼のきっかけだった。「大手の業者さんだとこの時期はすでに予約でいっぱい。だから多少高くとも、他の業者にお願いするしかない。そういう人たちを狙った悪質業者ですよ。やはり、名の通った、しっかり実績のある業者を選ぶに越したことはないんです」(西本さん) 身をもって「新生活トラブル」に巻き込まれたときの絶望感を味わった西本さんと娘。引っ越し以外でも、トラブルは起きている。買い取り業者から「請求書」「転勤で、家族で都内から関西に引っ越すことになったんです。東京の家は何十年も住んでいて荷物も多く、引っ越しを機に荷物を減らそうと家族で話し合いました」 兵庫県在住の会社員・中島寛人さん(仮名・40代)は二年前、転勤のため都内から兵庫県に引っ越したが、その際、荷物を減らすためにと呼んだのがいわゆる「買い取り業者」だったと振り返る。「引っ越し業者について調べていたところ、SNSで不要品の買い取り業者の広告が出てきたんです。引っ越しのついでにちょうどいいなと。100万以上したタンスなどの大型家具セットや、まだ新しい家電製品などもあり、事前に相談したところ、全部で十数万円にはなるだろうという見込みが立ちました。引っ越し代の足しにもなるし、身の回りもサッパリすると思ったんですけど、そうはいきませんでした」(中島さん) 引っ越し当日、新居に持っていく荷物をちょうどトラックに積み終わる頃、買い取り業者が中島さんの元を訪ねてきた。すぐに査定が始まったが、およそ15分後、買い取り業者が中島さんに突きつけたのは、買い取り書や領収書ではなく、なぜか「請求書」だったというのだ。「買い取り金額は十万ほどで、事前査定よりはすこし安かったのですが、そこには事前に聞いていなかった処分代、というのが含まれていて、これが十数万かかるとなっていました。こっちは売却の現金を受け取るつもりだったので驚いてしまいました」(中島さん) では売却しない、と言っても、状況がそれを許さない。仮に、売却を諦めて新居に持っていこうにも、トラックにはすでに空きスペースはなく、部屋の契約もまもなく切れてしまうため、荷物を部屋に放置しておく訳にもいかないからだ。結局、選択肢のない中島さんは、買い取りと処分代の差額数万円を業者に支払い、何とか荷物を引き取ってもらったが「詐欺に遭ったようなもの」と、怒りを露わにする。 ここで紹介して2例だが、客に選択肢がないような状態を業者が作り出してしまうパターンといえる。むしろ、そういうシーンを狙っている可能性もあるだろう。また、共にSNS経由の広告を見て依頼した、というのもポイントだ。二人が見た広告は、どちらもSNS上に流れてきたもので、今なら予約ができるとか限定があるとか焦りを誘う文句が書いてあったり、他者に比較し極端に格安であることを強調するものだ。もともとSNSは自分の好みに沿った情報ばかりが流れてくるためエコーチェンバー現象が起きて、世の中とずれていても、それを感じ取りづらい空間だ。そこで見た広告に対しても、冷静に見返せばおかしいと思える部分に気づきにくく、もし別の場面で遭遇したら信用しなかったものも疑わずに頼ってしまう可能性が高い。その心理につけ込む人や業者が存在しているのがSNSの残念な側面でもあるだろう。 余裕を持って引っ越しができる人もいれば、そうでない人も少なくない。余裕のない後者は、こうした業者の格好のターゲットとなる可能性が高いことを、ぜひ覚えておいて欲しい。
* * * 4月を迎え、この春から「新生活」をスタートという人も少なくないだろう。そんな人たちが巻き込まれやすいこの時期のトラブルのひとつに、引っ越しや不動産賃貸契約に関するものがある。マスコミ各社や自治体なども、こうしたトラブルに遭うことがないよう、毎年、注意喚起を行っているが、特に一人暮らしの若者を狙った悪徳業者は、今なお暗躍しているのが実情だ。
「最後の最後になって、追加料金だなんだと言われました。荷物が人質みたいに扱われて、支払う以外に手段は無いと思いましたね」
こう話すのは、東北地方在住の会社員・西本大輔さん(仮名・50代)。昨春、就職のために上京する次女(23歳)の引っ越しを手伝うため、都内のアパートを訪れたが、そこで引っ越し業者に「追加料金」を請求されたのだと憤る。
「若い女の子の一人暮らしなんで、引っ越しと言っても荷物の量はたかが知れている。ベッドなどの大型家具は東京で買いそろえることにして、およそ5万円の単身用の引っ越しプランを選びました。正直、これならワンボックスの自家用車でも運べるね、などと娘と会話したのを覚えています」(西本さん)
引っ越し当日、娘の新居であるマンション前で待っていたところ、荷物を積んだトラックがやってきた。中からは、40代とみられる大柄な男性スタッフが降りてきて、開口一番、こう告げられたのだという。
「娘の部屋が4階にあり、追加で6万もかかると言うんです。引っ越し先が4階にあることは言ってあったのに、引っ越しを決めたときに基本プランの5万円を超えるとは言われていない。おかしいと反論しても、払わってもらわないと困るの一点張り。払わないのなら荷物を下ろさずそのまま送り返し、その費用も請求すると言われました。あまりにも理不尽で、荷物が人質のようだと呆然としましたが、娘の新生活も翌日からすぐ始まることもあって、仕方なく追加料金を払いましたよ。」(西本さん)
ちなみにこの業者、大手や有名企業ではなく新興の運送会社で、娘がSNSの広告を見て見積もりを出したのが依頼のきっかけだった。
「大手の業者さんだとこの時期はすでに予約でいっぱい。だから多少高くとも、他の業者にお願いするしかない。そういう人たちを狙った悪質業者ですよ。やはり、名の通った、しっかり実績のある業者を選ぶに越したことはないんです」(西本さん)
身をもって「新生活トラブル」に巻き込まれたときの絶望感を味わった西本さんと娘。引っ越し以外でも、トラブルは起きている。
「転勤で、家族で都内から関西に引っ越すことになったんです。東京の家は何十年も住んでいて荷物も多く、引っ越しを機に荷物を減らそうと家族で話し合いました」
兵庫県在住の会社員・中島寛人さん(仮名・40代)は二年前、転勤のため都内から兵庫県に引っ越したが、その際、荷物を減らすためにと呼んだのがいわゆる「買い取り業者」だったと振り返る。
「引っ越し業者について調べていたところ、SNSで不要品の買い取り業者の広告が出てきたんです。引っ越しのついでにちょうどいいなと。100万以上したタンスなどの大型家具セットや、まだ新しい家電製品などもあり、事前に相談したところ、全部で十数万円にはなるだろうという見込みが立ちました。引っ越し代の足しにもなるし、身の回りもサッパリすると思ったんですけど、そうはいきませんでした」(中島さん)
引っ越し当日、新居に持っていく荷物をちょうどトラックに積み終わる頃、買い取り業者が中島さんの元を訪ねてきた。すぐに査定が始まったが、およそ15分後、買い取り業者が中島さんに突きつけたのは、買い取り書や領収書ではなく、なぜか「請求書」だったというのだ。
「買い取り金額は十万ほどで、事前査定よりはすこし安かったのですが、そこには事前に聞いていなかった処分代、というのが含まれていて、これが十数万かかるとなっていました。こっちは売却の現金を受け取るつもりだったので驚いてしまいました」(中島さん)
では売却しない、と言っても、状況がそれを許さない。仮に、売却を諦めて新居に持っていこうにも、トラックにはすでに空きスペースはなく、部屋の契約もまもなく切れてしまうため、荷物を部屋に放置しておく訳にもいかないからだ。結局、選択肢のない中島さんは、買い取りと処分代の差額数万円を業者に支払い、何とか荷物を引き取ってもらったが「詐欺に遭ったようなもの」と、怒りを露わにする。
ここで紹介して2例だが、客に選択肢がないような状態を業者が作り出してしまうパターンといえる。むしろ、そういうシーンを狙っている可能性もあるだろう。また、共にSNS経由の広告を見て依頼した、というのもポイントだ。二人が見た広告は、どちらもSNS上に流れてきたもので、今なら予約ができるとか限定があるとか焦りを誘う文句が書いてあったり、他者に比較し極端に格安であることを強調するものだ。もともとSNSは自分の好みに沿った情報ばかりが流れてくるためエコーチェンバー現象が起きて、世の中とずれていても、それを感じ取りづらい空間だ。そこで見た広告に対しても、冷静に見返せばおかしいと思える部分に気づきにくく、もし別の場面で遭遇したら信用しなかったものも疑わずに頼ってしまう可能性が高い。その心理につけ込む人や業者が存在しているのがSNSの残念な側面でもあるだろう。
余裕を持って引っ越しができる人もいれば、そうでない人も少なくない。余裕のない後者は、こうした業者の格好のターゲットとなる可能性が高いことを、ぜひ覚えておいて欲しい。