人望、資金力、知名度など、その人を構成する要素すべてが判断される選挙。特に、世襲を懸けた選挙ではその一族のすべてが判断されるため、凄まじい政治闘争が見られることになる。
東京都江東区のある一家の存亡を懸けた政治闘争が4月23日に投開票される東京都の区長選挙で行われようとしている。その一族の名前は山崎家。
「60年前、蕎麦屋で働いていた時はオカモチを持つと、身体が小さいからふらふらしながら運んでいた。親父さんは婿に入って苦労をしていた蕎麦屋の時代から知っている。だから、様々な批判があるなかで応援してきた。だけど、イッキは選挙の時、『おにぎりよりもパンが好き』なんて言って自分だけ小洒落たパンを食べてな。東海大学中退で、代替わりするなら、もう山崎家の応援はできん」
江東区で長年、山崎家を支えた長老はそう嘆息する。「親父さん」とは今期で引退を表明した山崎孝明江東区長(79)。「イッキ」とは、区長長男の山崎一輝都議(50)だ。
父が区長を務め、長男が江東区選出の都議で、山崎家は江東区を代表する政治家一族。父の引退後、長男は都議を辞職し、4月16日告示の区長選出馬の準備を進めている。
当初、山崎区長は、’22年11月の江東区議会で5選を目指し出馬する意向を表明していた。自民党東京都連は「原則、多選禁止」を標榜するも、山崎区長への推薦を早々と決めていた。
ところが一転–、
3月27日、江東区内のホテル「イースト21東京」で開かれた決起大会に山崎区長は姿を見せなかった。一輝氏の説明によると、病院に救急搬送され入院し、「区長選には出られない」と本人から連絡があったという。
山崎区長は23区区長会の会長も務める「大物区長」だ。突然の引退騒動で、江東区は蜂の巣をつついたような状況となっている。
「もともとガンを患い、体調不良で今年も10日ほど入院をし、区長参加の区議会も半分は欠席していた。80歳も目前で健康問題を抱える中、『もう一期やってから一輝に渡す』が区長の願いだった。それが突然、区長選に出馬せず、引退を表明。原因のひとつが、『3万票』と呼ばれる公明党が自主投票に踏み切ったこと。前回の4選でさえ『多選』を理由に公明党は直前まで推薦を出さなかった。今回も様子見をしていたところフライデーデジタルで若洲ゴルフリンクスを親子で私物化した報道が出たことで、公明党は『自主投票』となった」(江東区区議)
「若洲ゴルフリンクス」は江東区内にあり、女子ゴルフ界のレジェンドである岡本綾子氏が監修し、「日本一予約が取りにくい」といわれる人気の都立ゴルフ場。その人気のゴルフ場を山崎親子は『特別枠』で利用していた疑惑を弊誌が報じた。都民が「100回電話してもつながらない」といわれる最中、港湾局の内部資料によれば、月一回程度の使用頻度だった。
右上に「取扱厳重注意」と注意書きのある「若洲ゴルフリンクス利用実績」と題されたその資料には、山崎親子の利用実績がこう記されている。
「令和2年度 山崎孝明区長15回 山崎一輝都議10回(計25回)」「令和3年度 山崎孝明区長14回 山崎一輝都議13回(計27回)」「令和4年度 山崎孝明区長0回 山崎一輝都議15回(計15回)」
回数については予約をカウントしたもので、実際にプレイした数字とは異なろう。また令和4年度は区長は「0回」であるが、体調を悪化させ、プレイしていないだけだ。
「都民のものである若洲ゴルフリンクスを山崎家で私物化し、区長の座も世襲させるとはとんでもないこと。衆議院議員の世襲ならまだしも、決済権限が段違いにある区長を親子でしたら区の財産の私物化が広がる恐れがある」
江東区議2期、東京都議6期、衆議院議員(東京15区選出)を3期務めた木村勉氏(83)はそう憤る。
木村家も山崎家と並ぶ政治家一家だ。次女の高橋恵海氏は江東区議を務め、21年の都議会議員選挙出馬も次点で落選。落選したが、支えた区議がわずか2人で2万4000票を取ったことで、善戦とみなされている。
今回、長女の木村弥生元衆議院議員(京都3区など・57)は区長選挙に出馬を表明。
4月3日、野田聖子前少子化担当相(62)を応援弁士に招き、江戸資料館で決起集会を行った。2年前の総裁選で野田氏が出馬をした際、木村氏が推薦人に名を連ね、「親友のために」として、「政界は9割が男性」「バランスのとれた社会が望ましい」と木村氏へエールを送った。
江東区の政治は保守分裂で主役が移り変わった。80年代、中曽根康弘元総理の右腕だった柿沢弘治元外相(故人)が自民党から離れることで、保守系が割れ、木村勉氏、山崎孝明氏が頭角を現した。12年前に木村氏が衆議院議員で敗れ引退すると山崎家が興隆を極めた。
「区長が体調を崩す前までは若洲ゴルフリンクスの土曜日の午前が『区長枠』で、区役所前にバスを止めて町内会長らを乗せて向かっていた。都市伝説の類でしょうが、『山崎さんと知り合いだから保育園にはいれた』という噂が出るほど『澱』がたまっている」(同区議)
21年11月の衆院選の東京15区(江東区)で柿沢弘治氏の長男の未途(みと)氏(52)が当選を果たすと自民党が追加公認し、入党を果たした。ただ、ベルギー生まれで生後3ヶ月から江東区で育った未途氏は東京都連には入れず、遠藤利明総務会長が仲立ちし、山形県連の預かりとなっている。
自民党の東京15区(江東区)の支部長ポストは空白のままで、これも「山崎家と柿沢家の争い」といわれている。木村氏の決起集会に未途氏の後援者や元秘書が顔を出していた。前述の区議はこう語る。
「昭和、平成で覇を競った山崎家、木村家、柿沢家の争いが世代を変えていまも続いている。区長選では保守分裂となりましたが、東京都連は一輝氏を推すことになった。だが、一輝氏と反りが合わない高島直樹幹事長は世襲反対で、都連は一致団結して戦えるのか。選挙で敗れた家は『没落』となる」
日本では、数百年以上前から「おごれる者久しからず」と言われている。区長や区議の権力を利用して好き勝手していた一族がどのような結末を迎えるのかは歴史が示している。
取材・文:岩崎大輔