トラブル発生時は「初動」対応がその後の明暗を分けるといわれる。この人の場合、放送法文書の真贋に自分のクビをかける、と最初に大見得を切ったがために、首筋に冷たいものが流れる展開に……。高市早苗大臣(62)の見事な自爆。その時、政権与党のお歴々は。
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【写真を見る】高市早苗氏と夫・山本拓氏との2ショット 凪(なぎ)に近い今国会の中で、もっとも注目された朝だったかもしれない。 3月20日、10時からの参院予算委員会。その冒頭、予算委員長から注意を受けた高市早苗経済安全保障担当相はこう釈明した。

「答弁を拒否していると受け止められるのは本意ではありません」「真摯に答弁をするよう心がけてまいりました」万事休す? 高市氏はこれに先立つ15日の同委員会で、「私が信用できないなら、もう質問をなさらないでください」 と、立憲民主党の杉尾秀哉参院議員に答弁。「国会軽視だ」と批判され、議会が紛糾していたのだ。「すべての発端は3月2日に立民の小西洋之参院議員が公開した、総務省の内部文書です」 そう解説するのは、政治部デスク。発言を撤回 安倍晋三政権下の2014年から15年にかけ、放送法の政治的公平の解釈を巡るやりとりが記録されたその内部文書は計78ページに及ぶ。 当時の礒崎陽輔総理補佐官が総務省の担当者らとレクを繰り返し、「一番組でも政治的な公平性が保たれていなければ問題にすべきでは」と解釈の追加を迫る内容だ。杉尾氏の質問もこの文書に関するものだった。高市早苗大臣「その中で当時総務相だった高市さんが登場する部分が4ページあります。安倍総理との電話の内容などが記録されたそれらを高市さんは『捏造』と断定、事実なら議員辞職も辞さない考えを示す強気な態度を見せ、野党は反発。そこに、“質問しないで”発言が出て、野党は謝罪を要求していました」(同) 20日午前の発言後も批判は収まらず。結局、委員会が再開した午後になって、高市氏は「質問しないで」発言を撤回することになった。 さらに、この予算委が注目されたのには別の理由もあった。直前にネット上で「高市大臣が罷免される」との情報が出回ったのだ。松野長官に聞くと… 官邸関係者が言う。何もしない総理と、何かをしたくてたまらない幹事長「官邸の高官が高市さんに対し、発言への謝罪と撤回を要求し、高市さんが拒絶したというのです。その後、高市さんを更迭するのでは、という情報まで出回りました。永田町界隈ではこの高官は、官邸のトラブル処理も担う松野博一官房長官のことでは、といわれています」 松野長官に聞いた。――高市氏に謝罪した方がいいと進言した?「いや、そういった話はまったくございません」――きちんと説明しなさいと伝えたのか。「高市大臣は委員会で説明をされていますので。引き続き真摯に答弁をいただければと思います」――辞めるのでは、との話も出回った。「ハハハ……、そういうことはないですよ」 先のデスクが言う。「松野さんはこの一連の騒動について、オフレコで問うても“総務省の話だ”と一貫しています。別のテーマならいろいろと解説してくれるのに、この問題について踏み込んで説明していないのは、下手に発言してやけどを負いたくないからでしょう」地元でもトラブルが 官邸全体の雰囲気も放送法文書問題には冷ややかだ、と指摘するのは政治ジャーナリストの青山和弘氏。「岸田文雄総理の最側近である木原誠二官房副長官は、この問題について周囲に“興味ない”と語り、秘書官も“私たちとは関係ない問題”と話しています。岸田内閣の支持率はこの間、回復してきており、岸田総理としても“総務省内の問題”ということでやり過ごしたいようです」 一方で高市氏が抱える難題は他にも。地元の奈良県知事選(4月9日投開票)だ。 昨年12月に立候補を表明した平木省氏は、高市氏が総務相だった時代に秘書官を務めた人物。しかし、過去に自民党が支援してきた現職の荒井正吾知事も年明けに出馬を表明。保守分裂選挙になったことに加え、日本維新の会の候補もおり、熾烈(しれつ)な選挙戦になるのは必至だ。 自民党関係者が言う。「どちらの候補も党本部からの公認を得ることができず、県連会長である高市さんの根回し不足が露呈しました。3月上旬の自民党の調査では維新候補がトップで、平木氏との差は約5ポイント。その2週間ほど前の数字に比べると平木氏は追い上げていますが……。自民党選対委員長の森山裕さんも“彼女が責任を取ればいい”と突き放しています」 地元県議もこう苦言を呈す。「2月末に高市さんは荒井さんに電話をかけて面会を申し込んだそうです。出馬をやめてもらおうと思ったのでしょう。しかし、荒井さんに取り合ってもらえず、今に至っています」“辞めさせた方がいい” 放送法文書に地元の混乱。二つの不祥事を抱えた高市氏に“辞任要求”を突き付ける「身内」もいる。 先の官邸関係者によれば、「一人は外相の林芳正さんです。林さんは昨年2月、ウクライナ情勢が緊迫する中でロシアの閣僚と会合を行いました。当時政調会長だった高市さんはそのことを“ロシアを利することになる”と批判。その因縁もあるのか、林さんは総務省問題が起きた後に岸田総理に“辞めさせた方がいい”と進言したそうです」 もう一人は党幹部だ。「茂木敏充幹事長ですよ。周囲に“辞めてもらっていい”と語るほど、あきれかえっています」(同) ポスト岸田を狙う茂木氏の事情を語るのは、さる自民党議員。「茂木さんはどこかのタイミングで幹事長を退き、政権と距離をとるつもりです。というのも、いま蜜月の関係にある麻生太郎さんから茂木さんは“石原伸晃にはなるな”とアドバイスを受けているからです」 その意味を理解するにはいまから遡ること11年、2012年に行われた自民党総裁選を思い起こさねばならない。その総裁選では後に2度目の宰相の座を射止める安倍晋三元総理と並び、石原伸晃氏が出馬した。しかし、石原氏は本来、当時幹事長として谷垣禎一総裁を支えるべき身。そのため、「谷垣自民党の中で謀反を起こした形になり、“平成の明智光秀”と揶揄されました。当初は本命と見られていたのに失速し、結果的に総裁の座を逃すことになった。麻生さんからすれば、茂木さんに同じ轍(てつ)を踏ませたくないという思いがあるのです」(同)“行き過ぎた表現でした” 安倍元総理の支援を受け、前回の総裁選で善戦した高市氏は次の総裁選でライバルになり得る。ならば、いまのうちに退場してもらった方がいい、というわけだ。 実際に岸田総理が更迭する可能性はあるのか。 前出・官邸関係者の談。「いまのところ、岸田さんにそのつもりはありません」 しかし、高市氏を巡ってはトラブル続きなのも事実。「昨年12月の防衛費増税問題の時も高市さんは“罷免されるなら仕方ない”と公然と反旗を翻しました。ただ、その後に騒動が収まると、高市さんは岸田総理に直接“ガス抜きが必要でした。行き過ぎた表現で誠に申し訳ありません”と謝罪をしたそうです。そんな彼女に岸田総理もうんざりしているのでは」(同) 青山氏が再び言う。「大臣を更迭すれば、右派や保守層の反発があるでしょうから、岸田総理にとってはこの問題があいまいに進んで、何事もなく終わるのが一番いい。ただ、高市さんは“捏造”という強い言い方をしているので、今後、文書の内容を巡る真偽の行方や野党の反発次第では、更迭する可能性も出てくると思います」支持率がいつ反転してもおかしくない 仮に高市問題が沈静化しても、岸田政権には難題が降りかかる。 例えば、3月末に取りまとめるという少子化対策。育休中の給付引き上げや児童手当の拡充などを岸田総理は表明しているが、「岸田総理に青写真がないので、どこまで有効な対策を立てられるのか……」 と不安視するのはさる厚労省関係者。「児童手当の所得制限撤廃では賛成派の茂木さんと地方出身の党幹部との間で意見が食い違い、岸田さんが振り回されています」 政治アナリストの伊藤惇夫氏は手厳しい。「本来はどうやって子どもを増やすかを考えるべきなのに、子育て支援だけが議論されてしまっています。これだけでは少子化改善につながりません。岸田政権は官邸機能も脆弱で、微増している支持率がいつ反転してもおかしくないでしょう」 無風の国会で突如立ち始めた「高市」という荒波。その波を越えた先の景色は光あふれる“春らんまん”か、はたまた、突風吹き荒ぶ“春の嵐”か。「週刊新潮」2023年3月30日号 掲載
凪(なぎ)に近い今国会の中で、もっとも注目された朝だったかもしれない。
3月20日、10時からの参院予算委員会。その冒頭、予算委員長から注意を受けた高市早苗経済安全保障担当相はこう釈明した。
「答弁を拒否していると受け止められるのは本意ではありません」
「真摯に答弁をするよう心がけてまいりました」
高市氏はこれに先立つ15日の同委員会で、
「私が信用できないなら、もう質問をなさらないでください」
と、立憲民主党の杉尾秀哉参院議員に答弁。「国会軽視だ」と批判され、議会が紛糾していたのだ。
「すべての発端は3月2日に立民の小西洋之参院議員が公開した、総務省の内部文書です」
そう解説するのは、政治部デスク。
安倍晋三政権下の2014年から15年にかけ、放送法の政治的公平の解釈を巡るやりとりが記録されたその内部文書は計78ページに及ぶ。
当時の礒崎陽輔総理補佐官が総務省の担当者らとレクを繰り返し、「一番組でも政治的な公平性が保たれていなければ問題にすべきでは」と解釈の追加を迫る内容だ。杉尾氏の質問もこの文書に関するものだった。
「その中で当時総務相だった高市さんが登場する部分が4ページあります。安倍総理との電話の内容などが記録されたそれらを高市さんは『捏造』と断定、事実なら議員辞職も辞さない考えを示す強気な態度を見せ、野党は反発。そこに、“質問しないで”発言が出て、野党は謝罪を要求していました」(同)
20日午前の発言後も批判は収まらず。結局、委員会が再開した午後になって、高市氏は「質問しないで」発言を撤回することになった。
さらに、この予算委が注目されたのには別の理由もあった。直前にネット上で「高市大臣が罷免される」との情報が出回ったのだ。
官邸関係者が言う。
「官邸の高官が高市さんに対し、発言への謝罪と撤回を要求し、高市さんが拒絶したというのです。その後、高市さんを更迭するのでは、という情報まで出回りました。永田町界隈ではこの高官は、官邸のトラブル処理も担う松野博一官房長官のことでは、といわれています」
松野長官に聞いた。
――高市氏に謝罪した方がいいと進言した?
「いや、そういった話はまったくございません」
――きちんと説明しなさいと伝えたのか。
「高市大臣は委員会で説明をされていますので。引き続き真摯に答弁をいただければと思います」
――辞めるのでは、との話も出回った。
「ハハハ……、そういうことはないですよ」
先のデスクが言う。
「松野さんはこの一連の騒動について、オフレコで問うても“総務省の話だ”と一貫しています。別のテーマならいろいろと解説してくれるのに、この問題について踏み込んで説明していないのは、下手に発言してやけどを負いたくないからでしょう」
官邸全体の雰囲気も放送法文書問題には冷ややかだ、と指摘するのは政治ジャーナリストの青山和弘氏。
「岸田文雄総理の最側近である木原誠二官房副長官は、この問題について周囲に“興味ない”と語り、秘書官も“私たちとは関係ない問題”と話しています。岸田内閣の支持率はこの間、回復してきており、岸田総理としても“総務省内の問題”ということでやり過ごしたいようです」
一方で高市氏が抱える難題は他にも。地元の奈良県知事選(4月9日投開票)だ。
昨年12月に立候補を表明した平木省氏は、高市氏が総務相だった時代に秘書官を務めた人物。しかし、過去に自民党が支援してきた現職の荒井正吾知事も年明けに出馬を表明。保守分裂選挙になったことに加え、日本維新の会の候補もおり、熾烈(しれつ)な選挙戦になるのは必至だ。
自民党関係者が言う。
「どちらの候補も党本部からの公認を得ることができず、県連会長である高市さんの根回し不足が露呈しました。3月上旬の自民党の調査では維新候補がトップで、平木氏との差は約5ポイント。その2週間ほど前の数字に比べると平木氏は追い上げていますが……。自民党選対委員長の森山裕さんも“彼女が責任を取ればいい”と突き放しています」
地元県議もこう苦言を呈す。
「2月末に高市さんは荒井さんに電話をかけて面会を申し込んだそうです。出馬をやめてもらおうと思ったのでしょう。しかし、荒井さんに取り合ってもらえず、今に至っています」
放送法文書に地元の混乱。二つの不祥事を抱えた高市氏に“辞任要求”を突き付ける「身内」もいる。
先の官邸関係者によれば、
「一人は外相の林芳正さんです。林さんは昨年2月、ウクライナ情勢が緊迫する中でロシアの閣僚と会合を行いました。当時政調会長だった高市さんはそのことを“ロシアを利することになる”と批判。その因縁もあるのか、林さんは総務省問題が起きた後に岸田総理に“辞めさせた方がいい”と進言したそうです」
もう一人は党幹部だ。
「茂木敏充幹事長ですよ。周囲に“辞めてもらっていい”と語るほど、あきれかえっています」(同)
ポスト岸田を狙う茂木氏の事情を語るのは、さる自民党議員。
「茂木さんはどこかのタイミングで幹事長を退き、政権と距離をとるつもりです。というのも、いま蜜月の関係にある麻生太郎さんから茂木さんは“石原伸晃にはなるな”とアドバイスを受けているからです」
その意味を理解するにはいまから遡ること11年、2012年に行われた自民党総裁選を思い起こさねばならない。その総裁選では後に2度目の宰相の座を射止める安倍晋三元総理と並び、石原伸晃氏が出馬した。しかし、石原氏は本来、当時幹事長として谷垣禎一総裁を支えるべき身。そのため、
「谷垣自民党の中で謀反を起こした形になり、“平成の明智光秀”と揶揄されました。当初は本命と見られていたのに失速し、結果的に総裁の座を逃すことになった。麻生さんからすれば、茂木さんに同じ轍(てつ)を踏ませたくないという思いがあるのです」(同)
安倍元総理の支援を受け、前回の総裁選で善戦した高市氏は次の総裁選でライバルになり得る。ならば、いまのうちに退場してもらった方がいい、というわけだ。
実際に岸田総理が更迭する可能性はあるのか。
前出・官邸関係者の談。
「いまのところ、岸田さんにそのつもりはありません」
しかし、高市氏を巡ってはトラブル続きなのも事実。
「昨年12月の防衛費増税問題の時も高市さんは“罷免されるなら仕方ない”と公然と反旗を翻しました。ただ、その後に騒動が収まると、高市さんは岸田総理に直接“ガス抜きが必要でした。行き過ぎた表現で誠に申し訳ありません”と謝罪をしたそうです。そんな彼女に岸田総理もうんざりしているのでは」(同)
青山氏が再び言う。
「大臣を更迭すれば、右派や保守層の反発があるでしょうから、岸田総理にとってはこの問題があいまいに進んで、何事もなく終わるのが一番いい。ただ、高市さんは“捏造”という強い言い方をしているので、今後、文書の内容を巡る真偽の行方や野党の反発次第では、更迭する可能性も出てくると思います」
仮に高市問題が沈静化しても、岸田政権には難題が降りかかる。
例えば、3月末に取りまとめるという少子化対策。育休中の給付引き上げや児童手当の拡充などを岸田総理は表明しているが、
「岸田総理に青写真がないので、どこまで有効な対策を立てられるのか……」
と不安視するのはさる厚労省関係者。
「児童手当の所得制限撤廃では賛成派の茂木さんと地方出身の党幹部との間で意見が食い違い、岸田さんが振り回されています」
政治アナリストの伊藤惇夫氏は手厳しい。
「本来はどうやって子どもを増やすかを考えるべきなのに、子育て支援だけが議論されてしまっています。これだけでは少子化改善につながりません。岸田政権は官邸機能も脆弱で、微増している支持率がいつ反転してもおかしくないでしょう」
無風の国会で突如立ち始めた「高市」という荒波。その波を越えた先の景色は光あふれる“春らんまん”か、はたまた、突風吹き荒ぶ“春の嵐”か。
「週刊新潮」2023年3月30日号 掲載