※本稿は、中村淳彦『同人AV女優 貧困女子とアダルト格差』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
池袋で待ち合わせた同人AV女優・平塚里奈(仮名、32歳)は、子育て中の主婦だった。
埼玉県某市の分譲マンションでサラリーマンの夫と子どもと3人暮らし。土曜日なので、子どもの面倒は夫が見ている。今日は「同人AVの取材」と夫に伝えて家を出たという。
平塚里奈は黒髪の美人ママという風貌だった。宮あおいに似てなくもない。
池袋北口駅前に老舗喫茶店がある。平塚里奈とは喫茶店の前で待ち合わせた。
筆者よりもほんの少し早く到着した彼女は、さっそく気持ち悪い中年男性に「あなた遊べる人?」と声をかけられていた。彼女が丁重に断ると、気持ち悪い中年男性は舌打ちして離れていった。
階段を昇って喫茶店内に入ると、ヤクザ風、輩風、パパ活顔合わせ、マルチビジネスの面談、中国人など、普通の人はあまりいなかった。注文をしてから、普段は育児をする平塚里奈に同人AVに出る理由を聞いていく。
2022年6月まで同人AVだけではなく、風俗嬢と撮影会モデルもやっていた。出産後も子どもを保育園に預け、平日に風俗出勤した。
しかし、だんだんと母親の自覚が生まれ、いまは同人AVに出演するのは夫が家にいる土日だけにしている。出演依頼のあった撮影者に土日限定で撮影を組んでもらっている。
夫は、同人AVも風俗の仕事も認めている。妻がやっていることに口を挟まない。裸の仕事をしていることは出会った日に伝えているので、自然とそのような関係になったと言う。
同人AV女優も撮影会モデルも、1日5万円の収入が見込める。パートや非正規の仕事では望めない金額であり、ゼロから新しい仕事を始めても家庭や子育てがおろそかになる。家庭があるからこそ、同人AVで合理的に稼ぎたいという理由だった。
彼女は“真面目なタイプだったけど、大学生のときから売春をしていた”と言う。いったいどういうことか。
中堅都立高校から、都心部にある有名女子大に進学。男性経験がない高校時代から、興味本位で出会い系サイトを検索していた。
未成年のときに茶飯(食事やお茶のみの関係)の援助交際を何回か経験し、大学生になってから繁華街にある出会いカフェに出入りするようになった。
出会いカフェとは売買春の温床とされているカフェで、男性エリアと女性エリアが分かれている。
男女エリアはマジックミラーで仕切られ、男性がマジックミラー越しに女性を物色、男性に指名されると別室で会話となる。そこで条件が合えば外出ができるシステムで、都内では新宿、池袋、上野などに存在する。
入学してしばらくしてサークルの先輩と付き合った。初めての男性経験で相手のことは好きだった。しかし、中年男性と食事するだけでお金をもらえるのは、すごくいいと思ったので、出会いカフェ通いはやめなかった。
通った高校は真面目な進学校、大学でもスポーツ系サークルに所属したので真面目な友達が多かった。出会い系サイトや出会いカフェは、誰に聞くでもなく「高収入」と検索して自分で見つけた。
2010年9月に起こった池袋出会いカフェ殺人事件のことである。当時、現役女子大生だった平塚里奈は、同じ時期に同じ出会いカフェを利用していた。
事件は実名報道されて殺された女子大生が、「売春婦!」とネット上で非難されているのを見て、出会いカフェ通いをやめている。
大学1年のとき、出会いカフェで月20~40万円は稼いだ。次の仕事を探そうというとき、とても普通の時給で仕事をする気にはなれなかった。
キャバクラで働こうと、ふたたび高収入の仕事を検索したとき、AV女優のプロダクションの求人広告を見つける。
こうして2012年、大手プロダクションに所属した。
最初の面接のときに単体デビューを打診されたが、結果的に断っている。
11年前はAV業界の本格的な斜陽が始まった時期であり、それまではプロダクションから言われるまま動いていれば単体デビューも何とかなった。
しかし、本人にやる気がないととても単体デビューは務まらない時代に突入していく。
企画単体、企画の出演料はセックス(絡み)の回数で金額が上下する。平塚里奈は2絡み12万円、1絡み8万円だったという。
彼女が所属した大手プロダクションは、筆者も何度も行ったことがある。雰囲気がよく、女優も活き活きとしていた。
しかし、出演強要の摘発ラッシュのときに社長が逮捕され、いまは消滅している。
平塚里奈はしばらく企画単体として活動し、だんだんと仕事は減っていく。最初の撮影から1年後には依頼はほとんどなくなって、自分のお小遣いくらいは稼ごうと派遣のアルバイトを始めていた。
AVプロダクションは、高級ソープランドやキャバクラを経営していたり、提携していたりする。AV女優は性風俗の世界ではブランドなので高単価で売ることができる。
店が儲かる、客が喜ぶ、女性は収入が安定すると、性風俗の多角経営はいいこと尽くめである。
平塚里奈はAV女優とソープランドの掛け持ちで忙しくなり、就職活動はしなかった。ソープランドで安定して稼げるようになったので、実家を出て都内でひとり暮らしを始めている。
ソープランドで働き出して、収入は安定したが、AV女優の仕事はまったくなくなった。そして2014年、2年間所属した大手プロダクションを辞めている。
その後、1年間のブランクを空けて最大手プロダクションに移籍する。
最大手プロダクションに移籍したとき、芸名を変えた。芸名を変えても、以前別なプロダクションで活躍した女優であることは誰でも分かる。企画単体扱いは難しく、企画モデルとしての所属となった。
依頼があったのは、デジタル系即売会「コスホリック」や、コスプレに関する同人作品の即売会「コスエクスプレス」などのイベントで販売するAV、FC2で配信する同人AVだった。
趣味でハメ撮りといっても、素人には難しい。撮影をしながら勃起を維持、人に見せるレベルのセックスを展開するのは至難の業である。同人AVでハメ撮りに挑戦する素人男性のほとんどは、途中で中折れとなる。
2019年、平塚里奈は歌舞伎町の店舗型ヘルス嬢と同人AV女優をしていた。
歌舞伎町浄化作戦でも摘発されず、生き残った店舗型ヘルスは、男性客が途切れることがない。次々と客をとれる。同人AVもプロダクション時代のように凹むことはなく、ずっと順調に依頼がくる。
出演を繰り返しているうちに同人AV界隈の知り合いもどんどん増え、人が人を紹介してくれる。紹介者はプロダクションのように高額マネジメント料を取るわけでなく、撮影者からもらうお金はそのまま収入となった。
プロダクションを見限ったことで、普通に働けば、収入はコンスタントに月80万円を超えるようになった。通勤時間を減らそうと東新宿の部屋に引っ越した。
そんなときに歌舞伎町で夫にナンパされた。
妊娠が分かったとき、結婚しようという話になった。2019年12月、お互いの親のところに挨拶に行って入籍した。妊娠中に、夫は埼玉県の中古マンションを35年ローンで買って、いまはそこで親子3人で暮らしている。
実の両親にも、夫の両親にも、仕事は「派遣で事務をしている」と伝えている。どちらの両親も孫ができるのは大歓迎で、経済的にもそれなりに恵まれている。
親子3人、何も問題のない円満な生活ができているという。
平塚里奈に2歳の子どもの写真を見せてもらった。驚くほどかわいい女の子がカメラに向かって笑顔で手を振っていた。
———-中村 淳彦(なかむら・あつひこ)ノンフィクションライター1972年生まれ。著書に『名前のない女たち』シリーズ(宝島社)、『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)、『崩壊する介護現場』(ベストセラーズ)、『日本の風俗嬢』(新潮新書)『歌舞伎町と貧困女子』(宝島社)など。現実を可視化するために、貧困、虐待、精神疾患、借金、自傷、人身売買、介護、AV女優、風俗などさまざまな社会問題を取材し、執筆を行う。———-
(ノンフィクションライター 中村 淳彦)