被告は「ステージ4の末期」で余命1年 すい臓の末期がんで余命1年の宣告を受けた被告に、3月2日、判決が言い渡される。 【写真を見る】80代夫婦を殺害し財布奪った48歳男 “すい臓がんで余命宣告” 死刑か無期懲役か…3月2日に判決 遺族「病気は全く関係ない 死刑宣告を」差し戻し裁判のポイントは? 被告の名は、山田(旧姓松井)広志被告48歳。2017年3月、名古屋市南区の住宅に侵入し、大島克夫さん(当時83)と妻のたみ子さん(当時80)を殺害した上、現金少なくとも1200円が入った財布を奪った【強盗殺人】の罪に問われている。 すい臓がんはステージ4の末期。医師からは手術や放射線治療はできず、余命は「1年」とも告げられたという。

がんの告知はちょうど1年前の2022年2月。自らの死期が目前に迫る中、山田被告は「差し戻し審」の裁判に臨んでいた。 「死刑」か「無期懲役」か 「差し戻し審」に至るこれまでの裁判で、ずっと争点になってきたのは「強盗目的」の有無。検察側、弁護側双方の主張は一貫している。検察側は、山田被告が金品を奪う目的で大島さん夫妻を殺害し、実際に財布を奪い取ったと指摘。つまり強盗目的があった「強盗殺人」という主張だ。一方の弁護側。山田被告は大島さん夫妻を殺害した後に金品を盗むことを思いつき、財布を盗んだと指摘。こちらは「強盗目的」はなく、「殺人」と「窃盗」が成立するにとどまるという主張だ。 2019年3月。一審(差し戻し前)の名古屋地裁は「強盗目的」はなかったと判断した。山田被告に借金があったのは事実だが、「殺してまで金品を奪おうと考えるほど経済的に困窮していたとは考えにくい」として、山田被告に「無期懲役」の判決を言い渡した。 翌年に開かれた控訴審。名古屋高裁は一転した判断を示す。「強盗目的」を認めず「殺人」と「窃盗」を認定した一審判決には事実の誤認があるとして「無期懲役」の判決を破棄。「強盗目的」が認められることを前提として、差し戻しを命じた。 差し戻し決定から2年後、2022年2月に山田被告は末期がんを告知され、あわせて余命宣告を受けた。5年後の生存率は数パーセント。具体的に「1年ももちませんよ」と告げられたという。 「死刑判決が下ってもその前に死ぬと思う」 名古屋拘置所にいる山田被告に対し、私たちは手紙や面会で何度か接触した。抗がん剤の治療による副作用で体調が優れないと話した山田被告。「差し戻し審」に対し「死刑に対しては受け入れようと思っているが、末期がんで、死刑の判決が下ってもその前に死ぬと思う」と思いの丈を口にした。 2023年1月30日。「差し戻し審」の公判が名古屋地裁で始まった。面会時には松葉杖を使って歩いた山田被告だが、この日以降の裁判ではずっと車いすに座っていた。裁判の冒頭、「強盗殺人」の起訴内容について問われると「弁護士さんにお任せします」と短く答えた。 「差し戻し審」では何が行われているのか? その後の「差し戻し審」の裁判。法廷では、一審(差し戻し前)時の山田被告への質問や証人尋問の様子がVTRで映し出された。法廷内にいる全員がモニターを長時間ずっと眺め続けるという、少々不思議な空間だと感じた。 差し戻し前の法廷でどんな話をしていたのか把握をした上で、2月8日に改めて山田被告への質問が行われた。一審(差し戻し前)の審理が行われたのは4年前。当時の鮮明な記憶は薄れていると思われる状態で、検察側・弁護側双方から様々な質問がされていく。車いすに座った山田被告は、質問に対し時に語気を強めながら答えていく。検察側・弁護側ともに一審(差し戻し前)と主張が変わらないこともあるが、山田被告の回答に以前と大きく異なるような箇所は特に見当たらないように感じられた。争点となっている「強盗目的」はあったのか?被告人質問を含むこれまでの裁判などから、事件発生当日の状況や山田被告の行動を追った。 生活保護費の受給日に事件は起こった 2017年3月1日、山田被告は午前9時ごろに区役所に行き、8万円余りの生活保護費を受け取った。この時点で6万6000円の借金があり、生活保護費が入るこの日に返済する約束をしていたが、今まで行った事がないというパチンコ店で約6万円を浪費してしまう。自転車に乗って自宅に帰る途中、借金の返済を気にしていた。自己嫌悪などのいらだちから「わ~っ」と叫んでいたらしい。そして、午後7時頃、自宅のはす向かいにある一軒家に住んでいた被害者の大島たみ子さんと会い言葉を交わす。山田被告:「こんにちは」大島たみ子さん:「おにいちゃん、遊びに行っていたの?」山田被告:「そんなところです」大島たみ子さん:「仕事もしていないのに、いいご身分ね」たみ子さん言葉にイラっとしながら自宅に帰ったが、その後、改めて自分を全否定されたように感じた。「何でそんなこと言われないといけないんだ」と怒りがわいた。交通事故の後遺症で足の具合が悪い山田被告。好きで働いていない訳ではない、と思ったという。カッとなった状態のまま自宅にあった包丁を手にし、午後8時ごろ大島さん宅へ向かった。2人を殺害した後、室内を物色。現金の入った財布を手に取り、自宅へ戻る。 その後、財布から取り出した1000円と手元に残っていた現金を持って、ツケのあったスナックへ行き、ツケの一部2万5000円と飲食代3000円を支払った。 「強盗目的」はあったのか?対立する主張 事件当日の動きについて検察側、弁護側の見解は分かれた。まず弁護側の主張はこうだ。山田被告はたみ子さんの言葉に強い怒りを覚え、怒りが殺意となって2人を殺害。その後、室内を物色。まずは遠くへ逃げるために車のカギを探していたが、途中で財布を見つける。逃走資金に役立つと思ったのでそのまま持ち去った。「物色の範囲が狭い」ことや「たみ子さんへの攻撃の方が数も多く、程度も重い」ことなどをもって「強盗目的」でない根拠とした。一方の検察側。まず包丁を持って自宅を出た時点で、金品を奪う目的やそのために大島さん夫妻を殺害する意図、つまり「強盗殺人」を意図していたと指摘。根拠として、「殺害後、直ちに室内を物色し財布を持ち去った」こと、また「犯行前に借金やツケの支払いを気にしており、犯行後に実際にツケの支払いをした」ことをあげ、たみ子さんの言動に対する怒りがあったとしても、怒りと強盗目的は相反するものでなく併存できるとした。 遺族の意見陳述「一生憎み、恨みます」 2023年2月13日の論告公判。被害者の遺族2人が意見陳述を行い、事件から6年経ってもなお癒えない苦しい胸の内を吐露した。 まず被害者の長男はこう話した。「山田被告の行為を一生憎み、恨みます。差し戻し審前に山田被告に面会した際の記事をネットで見たが、そこには『私は死刑宣告されている』と書かれていたのでびっくりした。私には罪を犯した反省の気持ちがまったく伝わってこない。この裁判と山田被告の病気(すい臓がん)とは全く関係ない。死刑宣告してもらいたいと思います」続いて被害者の次男がこう述べた。「一審の判決(無期懲役)は遺族にとって納得いく内容ではなかった。到底真実とは思えなかった。両親の命が奪われたが、無期懲役の判決は両親の命が山田被告の命より軽んじられているとも感じた。山田被告の供述で、まるで母が無礼な老人のように扱われた事も私たちには耐えがたいことでした。両親の無念と私たちの悲しみ苦しみをご理解ください。私たち遺族は山田被告に極刑を望みます。死刑により死を迎える直前まで事件を反省することを期待します」 検察側vs弁護側 主張の違いは? 続けて論告。検察側は改めて犯行には「強盗目的」があったと主張した。その根拠として主に以下の3点を挙げた。 1.大島さん夫妻を殺害した後、直ちに物色して財布を持ち去った。2.山田被告が金銭的に困窮し、借金やツケの支払いを気にしており、犯行後まもなくツケの支払いをした。3.山田被告は大島さん宅に金品があると思っていた。 これらの事情を総合的に考慮し、そもそも山田被告が包丁を持って自宅を出た時から、2人を殺害して金品を奪う「強盗殺人」の意図があったと指摘した。さらに検察側は、弁護側が主張する犯行の動機についてバッサリと切って捨てた。 これまでの裁判で弁護側は、パチンコに負けての帰路で大島たみ子さんから「仕事をしていないのにいいご身分ね」などと言われて怒りを覚えたのが事件のきっかけだと主張している。検察側はこの主張に対し真っ向から反論した。山田被告の供述が自身の心境や行動と一致しておらず、たみ子さんの発言自体があったのかどうか信用できないとしたのだ。その理由として・パチンコに負け自己嫌悪やいらだちの中で、親しくもなく、背を向けていたというたみ子さんに山田被告が自分から声をかけて止まって話すとは考えがたい。・たみ子さんが何をしていたのかまったくわからない上、山田被告と認識して嫌みを言う関係性でもないし必要もない。山田被告が犯行時点でも仕事をしていないと、たみ子さんが認識している根拠がない。・たみ子さんに対する怒りが動機であれば、克夫さんに対する攻撃を合理的に説明できない。(山田被告はたみ子さんより先に克夫さんを攻撃。さらに、たみ子さんを攻撃した後に改めて克夫さんを攻撃している)などとし、動機に関わる山田被告の供述はそもそも信用できないとした。さらに、仮に実際に言葉のやり取りがあり、たみ子さんに対する怒りの感情があったとしても強盗目的を否定する事情にはならないとした。 検察から2回目の「死刑」求刑 そして、この日の正午過ぎ。検察官は「無期懲役では刑として十分に反映されておらず妥当な刑ではない」とした上で「死刑に処するのが相当」であるとして「死刑」を求刑した。 その時まで山田被告は検察側の資料をずっと眺めながら時にメモ書きをしていた。「死刑」が求刑されたその瞬間も、それまでと特に表情が変わっていないように見えた。 弁護側「軽度知的障害の影響が大きい」 翌日、検察の論告に反論する形で弁護側の意見陳述が行われた。弁護側は「山田被告には軽度の知的障害がある。犯行の根っこの部分は知的障害につながっている」と力説した。山田被告は軽度知的障害の影響で短絡的・衝動的な行動を取ることが多く、行動を抑制する能力が低いという。 事件直前にたみ子さんから嫌みを言われ衝動的に殺害を思い立ったが、軽度知的障害の影響で「金をとる目的は同時に持てない」と訴えた。短絡的・衝動的な行き当たりばったりの犯行で、山田被告には「強盗目的」や計画性は全くなかったとの主張だ。「強盗目的」がないとする傍証として、弁護側は以下を主張する。・事件当日にパチンコで6万円浪費したのは事実だが、手元には5万5000円ほど持っていた。→強盗殺人するほど困窮してたわけではなく、翌日またパチンコに行って取り戻すつもりだった。・借金とツケの合計は6万6000円。→これまで支払いを催促されたことはない。・山田被告は最初から一貫してたみ子さんの一言で怒りを覚え、殺害した後に財布をとったと証言している。→軽度知的障害の影響で、怒りを晴らす目的と同時にお金を奪う目的を持つのは難しいと精神科医が証言している。 これらのことから、この事件は怒りを晴らすのが目的の犯行であり、「強盗目的」はなかったとして「無期懲役」の判決を求めた。2時間近くに及ぶ弁護側の主張を聞きながら、前日同様に、手元の資料に時折メモをしていた山田被告。裁判の最後に車いすにのって証言台の前に進み、こう語った。 (山田被告)「現実ではないんですがもしかなうのであれば、事件当時、その前に戻りたいです。それだけです」 「裁判員裁判」の判決は3月2日 審理はすべて終わった。検察側が求める「死刑」か、弁護側が求める「無期懲役」か。裁判員裁判で、私たちと同じ一般市民で構成される裁判員たちは難しい判断を迫られている。注目の判決は3月2日に言い渡される。
すい臓の末期がんで余命1年の宣告を受けた被告に、3月2日、判決が言い渡される。
【写真を見る】80代夫婦を殺害し財布奪った48歳男 “すい臓がんで余命宣告” 死刑か無期懲役か…3月2日に判決 遺族「病気は全く関係ない 死刑宣告を」差し戻し裁判のポイントは? 被告の名は、山田(旧姓松井)広志被告48歳。2017年3月、名古屋市南区の住宅に侵入し、大島克夫さん(当時83)と妻のたみ子さん(当時80)を殺害した上、現金少なくとも1200円が入った財布を奪った【強盗殺人】の罪に問われている。 すい臓がんはステージ4の末期。医師からは手術や放射線治療はできず、余命は「1年」とも告げられたという。

がんの告知はちょうど1年前の2022年2月。自らの死期が目前に迫る中、山田被告は「差し戻し審」の裁判に臨んでいた。 「死刑」か「無期懲役」か 「差し戻し審」に至るこれまでの裁判で、ずっと争点になってきたのは「強盗目的」の有無。検察側、弁護側双方の主張は一貫している。検察側は、山田被告が金品を奪う目的で大島さん夫妻を殺害し、実際に財布を奪い取ったと指摘。つまり強盗目的があった「強盗殺人」という主張だ。一方の弁護側。山田被告は大島さん夫妻を殺害した後に金品を盗むことを思いつき、財布を盗んだと指摘。こちらは「強盗目的」はなく、「殺人」と「窃盗」が成立するにとどまるという主張だ。 2019年3月。一審(差し戻し前)の名古屋地裁は「強盗目的」はなかったと判断した。山田被告に借金があったのは事実だが、「殺してまで金品を奪おうと考えるほど経済的に困窮していたとは考えにくい」として、山田被告に「無期懲役」の判決を言い渡した。 翌年に開かれた控訴審。名古屋高裁は一転した判断を示す。「強盗目的」を認めず「殺人」と「窃盗」を認定した一審判決には事実の誤認があるとして「無期懲役」の判決を破棄。「強盗目的」が認められることを前提として、差し戻しを命じた。 差し戻し決定から2年後、2022年2月に山田被告は末期がんを告知され、あわせて余命宣告を受けた。5年後の生存率は数パーセント。具体的に「1年ももちませんよ」と告げられたという。 「死刑判決が下ってもその前に死ぬと思う」 名古屋拘置所にいる山田被告に対し、私たちは手紙や面会で何度か接触した。抗がん剤の治療による副作用で体調が優れないと話した山田被告。「差し戻し審」に対し「死刑に対しては受け入れようと思っているが、末期がんで、死刑の判決が下ってもその前に死ぬと思う」と思いの丈を口にした。 2023年1月30日。「差し戻し審」の公判が名古屋地裁で始まった。面会時には松葉杖を使って歩いた山田被告だが、この日以降の裁判ではずっと車いすに座っていた。裁判の冒頭、「強盗殺人」の起訴内容について問われると「弁護士さんにお任せします」と短く答えた。 「差し戻し審」では何が行われているのか? その後の「差し戻し審」の裁判。法廷では、一審(差し戻し前)時の山田被告への質問や証人尋問の様子がVTRで映し出された。法廷内にいる全員がモニターを長時間ずっと眺め続けるという、少々不思議な空間だと感じた。 差し戻し前の法廷でどんな話をしていたのか把握をした上で、2月8日に改めて山田被告への質問が行われた。一審(差し戻し前)の審理が行われたのは4年前。当時の鮮明な記憶は薄れていると思われる状態で、検察側・弁護側双方から様々な質問がされていく。車いすに座った山田被告は、質問に対し時に語気を強めながら答えていく。検察側・弁護側ともに一審(差し戻し前)と主張が変わらないこともあるが、山田被告の回答に以前と大きく異なるような箇所は特に見当たらないように感じられた。争点となっている「強盗目的」はあったのか?被告人質問を含むこれまでの裁判などから、事件発生当日の状況や山田被告の行動を追った。 生活保護費の受給日に事件は起こった 2017年3月1日、山田被告は午前9時ごろに区役所に行き、8万円余りの生活保護費を受け取った。この時点で6万6000円の借金があり、生活保護費が入るこの日に返済する約束をしていたが、今まで行った事がないというパチンコ店で約6万円を浪費してしまう。自転車に乗って自宅に帰る途中、借金の返済を気にしていた。自己嫌悪などのいらだちから「わ~っ」と叫んでいたらしい。そして、午後7時頃、自宅のはす向かいにある一軒家に住んでいた被害者の大島たみ子さんと会い言葉を交わす。山田被告:「こんにちは」大島たみ子さん:「おにいちゃん、遊びに行っていたの?」山田被告:「そんなところです」大島たみ子さん:「仕事もしていないのに、いいご身分ね」たみ子さん言葉にイラっとしながら自宅に帰ったが、その後、改めて自分を全否定されたように感じた。「何でそんなこと言われないといけないんだ」と怒りがわいた。交通事故の後遺症で足の具合が悪い山田被告。好きで働いていない訳ではない、と思ったという。カッとなった状態のまま自宅にあった包丁を手にし、午後8時ごろ大島さん宅へ向かった。2人を殺害した後、室内を物色。現金の入った財布を手に取り、自宅へ戻る。 その後、財布から取り出した1000円と手元に残っていた現金を持って、ツケのあったスナックへ行き、ツケの一部2万5000円と飲食代3000円を支払った。 「強盗目的」はあったのか?対立する主張 事件当日の動きについて検察側、弁護側の見解は分かれた。まず弁護側の主張はこうだ。山田被告はたみ子さんの言葉に強い怒りを覚え、怒りが殺意となって2人を殺害。その後、室内を物色。まずは遠くへ逃げるために車のカギを探していたが、途中で財布を見つける。逃走資金に役立つと思ったのでそのまま持ち去った。「物色の範囲が狭い」ことや「たみ子さんへの攻撃の方が数も多く、程度も重い」ことなどをもって「強盗目的」でない根拠とした。一方の検察側。まず包丁を持って自宅を出た時点で、金品を奪う目的やそのために大島さん夫妻を殺害する意図、つまり「強盗殺人」を意図していたと指摘。根拠として、「殺害後、直ちに室内を物色し財布を持ち去った」こと、また「犯行前に借金やツケの支払いを気にしており、犯行後に実際にツケの支払いをした」ことをあげ、たみ子さんの言動に対する怒りがあったとしても、怒りと強盗目的は相反するものでなく併存できるとした。 遺族の意見陳述「一生憎み、恨みます」 2023年2月13日の論告公判。被害者の遺族2人が意見陳述を行い、事件から6年経ってもなお癒えない苦しい胸の内を吐露した。 まず被害者の長男はこう話した。「山田被告の行為を一生憎み、恨みます。差し戻し審前に山田被告に面会した際の記事をネットで見たが、そこには『私は死刑宣告されている』と書かれていたのでびっくりした。私には罪を犯した反省の気持ちがまったく伝わってこない。この裁判と山田被告の病気(すい臓がん)とは全く関係ない。死刑宣告してもらいたいと思います」続いて被害者の次男がこう述べた。「一審の判決(無期懲役)は遺族にとって納得いく内容ではなかった。到底真実とは思えなかった。両親の命が奪われたが、無期懲役の判決は両親の命が山田被告の命より軽んじられているとも感じた。山田被告の供述で、まるで母が無礼な老人のように扱われた事も私たちには耐えがたいことでした。両親の無念と私たちの悲しみ苦しみをご理解ください。私たち遺族は山田被告に極刑を望みます。死刑により死を迎える直前まで事件を反省することを期待します」 検察側vs弁護側 主張の違いは? 続けて論告。検察側は改めて犯行には「強盗目的」があったと主張した。その根拠として主に以下の3点を挙げた。 1.大島さん夫妻を殺害した後、直ちに物色して財布を持ち去った。2.山田被告が金銭的に困窮し、借金やツケの支払いを気にしており、犯行後まもなくツケの支払いをした。3.山田被告は大島さん宅に金品があると思っていた。 これらの事情を総合的に考慮し、そもそも山田被告が包丁を持って自宅を出た時から、2人を殺害して金品を奪う「強盗殺人」の意図があったと指摘した。さらに検察側は、弁護側が主張する犯行の動機についてバッサリと切って捨てた。 これまでの裁判で弁護側は、パチンコに負けての帰路で大島たみ子さんから「仕事をしていないのにいいご身分ね」などと言われて怒りを覚えたのが事件のきっかけだと主張している。検察側はこの主張に対し真っ向から反論した。山田被告の供述が自身の心境や行動と一致しておらず、たみ子さんの発言自体があったのかどうか信用できないとしたのだ。その理由として・パチンコに負け自己嫌悪やいらだちの中で、親しくもなく、背を向けていたというたみ子さんに山田被告が自分から声をかけて止まって話すとは考えがたい。・たみ子さんが何をしていたのかまったくわからない上、山田被告と認識して嫌みを言う関係性でもないし必要もない。山田被告が犯行時点でも仕事をしていないと、たみ子さんが認識している根拠がない。・たみ子さんに対する怒りが動機であれば、克夫さんに対する攻撃を合理的に説明できない。(山田被告はたみ子さんより先に克夫さんを攻撃。さらに、たみ子さんを攻撃した後に改めて克夫さんを攻撃している)などとし、動機に関わる山田被告の供述はそもそも信用できないとした。さらに、仮に実際に言葉のやり取りがあり、たみ子さんに対する怒りの感情があったとしても強盗目的を否定する事情にはならないとした。 検察から2回目の「死刑」求刑 そして、この日の正午過ぎ。検察官は「無期懲役では刑として十分に反映されておらず妥当な刑ではない」とした上で「死刑に処するのが相当」であるとして「死刑」を求刑した。 その時まで山田被告は検察側の資料をずっと眺めながら時にメモ書きをしていた。「死刑」が求刑されたその瞬間も、それまでと特に表情が変わっていないように見えた。 弁護側「軽度知的障害の影響が大きい」 翌日、検察の論告に反論する形で弁護側の意見陳述が行われた。弁護側は「山田被告には軽度の知的障害がある。犯行の根っこの部分は知的障害につながっている」と力説した。山田被告は軽度知的障害の影響で短絡的・衝動的な行動を取ることが多く、行動を抑制する能力が低いという。 事件直前にたみ子さんから嫌みを言われ衝動的に殺害を思い立ったが、軽度知的障害の影響で「金をとる目的は同時に持てない」と訴えた。短絡的・衝動的な行き当たりばったりの犯行で、山田被告には「強盗目的」や計画性は全くなかったとの主張だ。「強盗目的」がないとする傍証として、弁護側は以下を主張する。・事件当日にパチンコで6万円浪費したのは事実だが、手元には5万5000円ほど持っていた。→強盗殺人するほど困窮してたわけではなく、翌日またパチンコに行って取り戻すつもりだった。・借金とツケの合計は6万6000円。→これまで支払いを催促されたことはない。・山田被告は最初から一貫してたみ子さんの一言で怒りを覚え、殺害した後に財布をとったと証言している。→軽度知的障害の影響で、怒りを晴らす目的と同時にお金を奪う目的を持つのは難しいと精神科医が証言している。 これらのことから、この事件は怒りを晴らすのが目的の犯行であり、「強盗目的」はなかったとして「無期懲役」の判決を求めた。2時間近くに及ぶ弁護側の主張を聞きながら、前日同様に、手元の資料に時折メモをしていた山田被告。裁判の最後に車いすにのって証言台の前に進み、こう語った。 (山田被告)「現実ではないんですがもしかなうのであれば、事件当時、その前に戻りたいです。それだけです」 「裁判員裁判」の判決は3月2日 審理はすべて終わった。検察側が求める「死刑」か、弁護側が求める「無期懲役」か。裁判員裁判で、私たちと同じ一般市民で構成される裁判員たちは難しい判断を迫られている。注目の判決は3月2日に言い渡される。
被告の名は、山田(旧姓松井)広志被告48歳。
2017年3月、名古屋市南区の住宅に侵入し、大島克夫さん(当時83)と妻のたみ子さん(当時80)を殺害した上、現金少なくとも1200円が入った財布を奪った【強盗殺人】の罪に問われている。
すい臓がんはステージ4の末期。医師からは手術や放射線治療はできず、余命は「1年」とも告げられたという。
がんの告知はちょうど1年前の2022年2月。自らの死期が目前に迫る中、山田被告は「差し戻し審」の裁判に臨んでいた。
「差し戻し審」に至るこれまでの裁判で、ずっと争点になってきたのは「強盗目的」の有無。
検察側、弁護側双方の主張は一貫している。
検察側は、山田被告が金品を奪う目的で大島さん夫妻を殺害し、実際に財布を奪い取ったと指摘。
つまり強盗目的があった「強盗殺人」という主張だ。
一方の弁護側。山田被告は大島さん夫妻を殺害した後に金品を盗むことを思いつき、財布を盗んだと指摘。
こちらは「強盗目的」はなく、「殺人」と「窃盗」が成立するにとどまるという主張だ。
2019年3月。一審(差し戻し前)の名古屋地裁は「強盗目的」はなかったと判断した。
山田被告に借金があったのは事実だが、「殺してまで金品を奪おうと考えるほど経済的に困窮していたとは考えにくい」として、山田被告に「無期懲役」の判決を言い渡した。
翌年に開かれた控訴審。名古屋高裁は一転した判断を示す。
「強盗目的」を認めず「殺人」と「窃盗」を認定した一審判決には事実の誤認があるとして「無期懲役」の判決を破棄。「強盗目的」が認められることを前提として、差し戻しを命じた。
差し戻し決定から2年後、2022年2月に山田被告は末期がんを告知され、あわせて余命宣告を受けた。
5年後の生存率は数パーセント。
具体的に「1年ももちませんよ」と告げられたという。
名古屋拘置所にいる山田被告に対し、私たちは手紙や面会で何度か接触した。
抗がん剤の治療による副作用で体調が優れないと話した山田被告。
「差し戻し審」に対し「死刑に対しては受け入れようと思っているが、末期がんで、死刑の判決が下ってもその前に死ぬと思う」と思いの丈を口にした。
2023年1月30日。「差し戻し審」の公判が名古屋地裁で始まった。
面会時には松葉杖を使って歩いた山田被告だが、この日以降の裁判ではずっと車いすに座っていた。
裁判の冒頭、「強盗殺人」の起訴内容について問われると「弁護士さんにお任せします」と短く答えた。
その後の「差し戻し審」の裁判。
法廷では、一審(差し戻し前)時の山田被告への質問や証人尋問の様子がVTRで映し出された。
法廷内にいる全員がモニターを長時間ずっと眺め続けるという、少々不思議な空間だと感じた。
差し戻し前の法廷でどんな話をしていたのか把握をした上で、2月8日に改めて山田被告への質問が行われた。
一審(差し戻し前)の審理が行われたのは4年前。当時の鮮明な記憶は薄れていると思われる状態で、検察側・弁護側双方から様々な質問がされていく。
車いすに座った山田被告は、質問に対し時に語気を強めながら答えていく。
検察側・弁護側ともに一審(差し戻し前)と主張が変わらないこともあるが、山田被告の回答に以前と大きく異なるような箇所は特に見当たらないように感じられた。
争点となっている「強盗目的」はあったのか?
被告人質問を含むこれまでの裁判などから、事件発生当日の状況や山田被告の行動を追った。
2017年3月1日、山田被告は午前9時ごろに区役所に行き、8万円余りの生活保護費を受け取った。
この時点で6万6000円の借金があり、生活保護費が入るこの日に返済する約束をしていたが、今まで行った事がないというパチンコ店で約6万円を浪費してしまう。
自転車に乗って自宅に帰る途中、借金の返済を気にしていた。自己嫌悪などのいらだちから「わ~っ」と叫んでいたらしい。
そして、午後7時頃、自宅のはす向かいにある一軒家に住んでいた被害者の大島たみ子さんと会い言葉を交わす。
山田被告:「こんにちは」大島たみ子さん:「おにいちゃん、遊びに行っていたの?」山田被告:「そんなところです」大島たみ子さん:「仕事もしていないのに、いいご身分ね」
たみ子さん言葉にイラっとしながら自宅に帰ったが、その後、改めて自分を全否定されたように感じた。
「何でそんなこと言われないといけないんだ」と怒りがわいた。
交通事故の後遺症で足の具合が悪い山田被告。好きで働いていない訳ではない、と思ったという。
カッとなった状態のまま自宅にあった包丁を手にし、午後8時ごろ大島さん宅へ向かった。
2人を殺害した後、室内を物色。現金の入った財布を手に取り、自宅へ戻る。
その後、財布から取り出した1000円と手元に残っていた現金を持って、ツケのあったスナックへ行き、ツケの一部2万5000円と飲食代3000円を支払った。
事件当日の動きについて検察側、弁護側の見解は分かれた。
まず弁護側の主張はこうだ。
山田被告はたみ子さんの言葉に強い怒りを覚え、怒りが殺意となって2人を殺害。
その後、室内を物色。
まずは遠くへ逃げるために車のカギを探していたが、途中で財布を見つける。逃走資金に役立つと思ったのでそのまま持ち去った。
「物色の範囲が狭い」ことや「たみ子さんへの攻撃の方が数も多く、程度も重い」ことなどをもって「強盗目的」でない根拠とした。
一方の検察側。
まず包丁を持って自宅を出た時点で、金品を奪う目的やそのために大島さん夫妻を殺害する意図、つまり「強盗殺人」を意図していたと指摘。
根拠として、「殺害後、直ちに室内を物色し財布を持ち去った」こと、また「犯行前に借金やツケの支払いを気にしており、犯行後に実際にツケの支払いをした」ことをあげ、たみ子さんの言動に対する怒りがあったとしても、怒りと強盗目的は相反するものでなく併存できるとした。
2023年2月13日の論告公判。
被害者の遺族2人が意見陳述を行い、事件から6年経ってもなお癒えない苦しい胸の内を吐露した。
まず被害者の長男はこう話した。
「山田被告の行為を一生憎み、恨みます。差し戻し審前に山田被告に面会した際の記事をネットで見たが、そこには『私は死刑宣告されている』と書かれていたのでびっくりした。私には罪を犯した反省の気持ちがまったく伝わってこない。この裁判と山田被告の病気(すい臓がん)とは全く関係ない。死刑宣告してもらいたいと思います」
続いて被害者の次男がこう述べた。
「一審の判決(無期懲役)は遺族にとって納得いく内容ではなかった。到底真実とは思えなかった。両親の命が奪われたが、無期懲役の判決は両親の命が山田被告の命より軽んじられているとも感じた。山田被告の供述で、まるで母が無礼な老人のように扱われた事も私たちには耐えがたいことでした。両親の無念と私たちの悲しみ苦しみをご理解ください。私たち遺族は山田被告に極刑を望みます。死刑により死を迎える直前まで事件を反省することを期待します」
続けて論告。検察側は改めて犯行には「強盗目的」があったと主張した。その根拠として主に以下の3点を挙げた。
1.大島さん夫妻を殺害した後、直ちに物色して財布を持ち去った。2.山田被告が金銭的に困窮し、借金やツケの支払いを気にしており、犯行後まもなくツケの支払いをした。3.山田被告は大島さん宅に金品があると思っていた。
これらの事情を総合的に考慮し、そもそも山田被告が包丁を持って自宅を出た時から、2人を殺害して金品を奪う「強盗殺人」の意図があったと指摘した。
さらに検察側は、弁護側が主張する犯行の動機についてバッサリと切って捨てた。
これまでの裁判で弁護側は、パチンコに負けての帰路で大島たみ子さんから「仕事をしていないのにいいご身分ね」などと言われて怒りを覚えたのが事件のきっかけだと主張している。
検察側はこの主張に対し真っ向から反論した。
山田被告の供述が自身の心境や行動と一致しておらず、たみ子さんの発言自体があったのかどうか信用できないとしたのだ。
その理由として・パチンコに負け自己嫌悪やいらだちの中で、親しくもなく、背を向けていたというたみ子さんに山田被告が自分から声をかけて止まって話すとは考えがたい。
・たみ子さんが何をしていたのかまったくわからない上、山田被告と認識して嫌みを言う関係性でもないし必要もない。山田被告が犯行時点でも仕事をしていないと、たみ子さんが認識している根拠がない。
・たみ子さんに対する怒りが動機であれば、克夫さんに対する攻撃を合理的に説明できない。(山田被告はたみ子さんより先に克夫さんを攻撃。さらに、たみ子さんを攻撃した後に改めて克夫さんを攻撃している)
などとし、動機に関わる山田被告の供述はそもそも信用できないとした。
さらに、仮に実際に言葉のやり取りがあり、たみ子さんに対する怒りの感情があったとしても強盗目的を否定する事情にはならないとした。
そして、この日の正午過ぎ。
検察官は「無期懲役では刑として十分に反映されておらず妥当な刑ではない」とした上で「死刑に処するのが相当」であるとして「死刑」を求刑した。
その時まで山田被告は検察側の資料をずっと眺めながら時にメモ書きをしていた。
「死刑」が求刑されたその瞬間も、それまでと特に表情が変わっていないように見えた。
翌日、検察の論告に反論する形で弁護側の意見陳述が行われた。
弁護側は「山田被告には軽度の知的障害がある。犯行の根っこの部分は知的障害につながっている」と力説した。
山田被告は軽度知的障害の影響で短絡的・衝動的な行動を取ることが多く、行動を抑制する能力が低いという。
事件直前にたみ子さんから嫌みを言われ衝動的に殺害を思い立ったが、軽度知的障害の影響で「金をとる目的は同時に持てない」と訴えた。
短絡的・衝動的な行き当たりばったりの犯行で、山田被告には「強盗目的」や計画性は全くなかったとの主張だ。
「強盗目的」がないとする傍証として、弁護側は以下を主張する。
・事件当日にパチンコで6万円浪費したのは事実だが、手元には5万5000円ほど持っていた。→強盗殺人するほど困窮してたわけではなく、翌日またパチンコに行って取り戻すつもりだった。
・借金とツケの合計は6万6000円。→これまで支払いを催促されたことはない。
・山田被告は最初から一貫してたみ子さんの一言で怒りを覚え、殺害した後に財布をとったと証言している。→軽度知的障害の影響で、怒りを晴らす目的と同時にお金を奪う目的を持つのは難しいと精神科医が証言している。
これらのことから、この事件は怒りを晴らすのが目的の犯行であり、「強盗目的」はなかったとして「無期懲役」の判決を求めた。
2時間近くに及ぶ弁護側の主張を聞きながら、前日同様に、手元の資料に時折メモをしていた山田被告。
裁判の最後に車いすにのって証言台の前に進み、こう語った。
(山田被告)「現実ではないんですがもしかなうのであれば、事件当時、その前に戻りたいです。それだけです」
審理はすべて終わった。検察側が求める「死刑」か、弁護側が求める「無期懲役」か。
裁判員裁判で、私たちと同じ一般市民で構成される裁判員たちは難しい判断を迫られている。