東京都労働委員会はウーバーの配達員を「労働者」と認定した(撮影:今井康一)
宅配サービス「ウーバーイーツ」の配達員は労働者なのか――。
この長い論争に1つの判断が示された。東京都労働委員会は11月25日、Uber Eats Japan合同会社とUber Japan株式会社(以下ウーバー)に対し、配達員は労働組合法上の「労働者」に該当し、配達員の有志で構成される「ウーバーイーツユニオン」との団体交渉に「誠実に応じなければならない」との命令を出した。
ウーバー側は12月7日、中央労働委員会に再審査を申し立てており、これが最終的な結論というわけではない。しかし、「プラットフォーマーであったとしても、実態からして労働法の適用がありえると判断した例は日本では初めて」(ユニオンの代理人を務める東京法律事務所の菅俊治弁護士)であり、命令の意義は決して小さくない。
命令に至った背景は何か。また現在、配達員とウーバーの間にどういった問題が生じているのか。配達員の声を交えながら検証していきたい(配達員の実態をまとめた記事はこちら)。
2016年に日本に上陸したウーバーイーツ。現在は全国47都道府県で展開し、1年以内に1回以上配達した配達員は13万人以上。登録店舗数も18万店超にのぼる。
登録店舗数10万超の出前館、8.5万超のmenu(日本フードデリバリーサービス協会資料)などをしのぎ、宅配サービスの最大手とみられる。コロナ禍の2020年には巣ごもり需要を獲得すべく、一気に23道県に進出。急速にユーザーと店舗数、配達員を増やしてきた。
サービスの幅も大幅に広げている。飲食店だけでなく、ドラッグストアやローソンなどのコンビニ、家電量販店のエディオン、コストコなどと提携し、食料品や日用品、家電製品も注文できる。イオンモールからの配達もスタートするなど、今や「フードデリバリー」にとどまらないインフラに成長しつつある。
その中で、ウーバーは次のように主張してきた。ウーバーはあくまでプラットフォームを提供しているのであり、配達員が直接取引するのは飲食店である。だから、配達員はウーバーの「顧客」であって、労働者にはあたらない。
しかし都労委は、そんなウーバーの主張を認めなかった。
ウーバーは店舗とユーザーによる評価制度によって配達員を評価しており、評価が低ければ、アカウントを停止することもある。さらに配送料を注文者から受け取り、手数料を差し引いて配達員に支払うなど、さまざまなかたちで業務にかかわっている。
また、ウーバーは受けた注文をほぼ100%実現するために、追加報酬(インセンティブ)制度も活用しながら、必要な場所・時間帯に配達員を配置している。こうしたことから、都労委は、配達員がウーバーイーツの「事業の遂行に不可欠な労働力として確保され、事業組織に組み入れられていたというべきである」などとして、今回の命令に至っている。
ユニオンは命令を受けて、11月25日に要求書をウーバー側に提出。事故の際の補償や報酬の算出方法の根拠、配達員への注文リクエスト(配車)のアルゴリズム、アカウント停止の基準などについて、団体交渉で回答を得ようとしている。
ユニオン執行委員で配達員の土屋俊明氏は、「特にアカウント停止の基準の明確化は重視していきたい」と方針を語る。専業の配達員にとってアカウント停止は即、失職につながるからだ。
ウーバーの評価制度は、どの程度の水準になればアカウントが停止されるか、その内容が明らかにされていない。ユニオンに実際に寄せられた相談の中には、振込先の口座の変更で入力ミスをしただけで、アカウント停止になったケースがある。しかも、この件について弁護団が抗議文を送ると、アカウント停止は解除されたという。
報酬体系の明確化も大きな課題だ。従来の基本報酬は、飲食店から料理を受け取ったときの「受取料金」、注文者に料理を受け渡すときの「受渡料金」、配達先までの距離に応じて得られる「距離料金」から、サービス手数料を差し引いたものだった。そこにインセンティブが加算されていた。
配達員が確認できる画面には報酬の内訳が示されているが、その算定根拠は明かされていない(記者撮影)
だが、2021年5月から繁閑差に合わせてウーバー側で金額を変動させる報酬体系となり、基準がわからなくなった。配達員が確認できる画面には、ベース、配達調整金額(通常より交通状況が混雑、需要が高い場合などに加算)、ブースト(注文の多い時間や場所で、基本報酬が1.4倍などに増額される)などが表示されるが、報酬体系の詳細は「アルゴリズムが非常に複雑であることや競争上の理由」(ウーバー)から明かされていない。
実際、配達員に話を聞いてみると、報酬体系に対する不信感は強かった。「同じ1キロを走っても、こちらの注文は安く、こちらは高い。ほぼ同じ時間帯・エリアでそういうことが起こる」(40代配達員)。「報酬は案件によって全然違う。同じ3キロで1000円違うときもある。調整金によるものだけど、その仕組みはわからない」(20代配達員)。
一方で、2021年と比べて単価が下がっているという声は、多くの配達員から聞かれる。まん延防止等重点措置などの行動制限がないことで外出が増え、デリバリー特需が落ち着いたことも影響しているとみられるが、明確な基準はわからない。
兼業で働く配達員は語る。「配達員は報酬について何も言えない。ウーバー側の塩梅で報酬体系が急に変わる可能性もある。だから専業では絶対できないと思っている」。
そのほか、配達員からは「届け先の住所が明記されていなかったり、位置情報が間違っていることが多い」「電話サポートがなくなり不便」「店舗の都合で待たされたのに、配達員の悪い評価になる」といった声も挙がる。さまざまな実務の改善もテーマになりそうだ。
審査に3年近くを費やした今回の都労委の命令は、事実認定も丁寧で、取引の全体を明らかにしようという姿勢があったという。「詳細な点も明らかになり、今後、労働法の研究者を含め、法的にどう規律すべきか議論できる素材が提供されたこともよかったと思っている」(菅弁護士)。
都労委は具体的な金銭の流れなど、取引の事実関係なども審査している(記者撮影)
ウーバーは現時点で「都労委の判断は事実認定と法令の適用を誤っている。配達員のアプリ使用の実態と、フレキシブルで独立した働き方などを考慮していない」として命令には従わない構えだ。
そしてウーバーは、冒頭に示した通り、12月7日に中央委員会に再審査を申し立てた。中央労働委員会における審査は1年3カ月以内をメドとしているが、一段と時間を要することもある。再審査で違う判断が出たり、さらには訴訟に発展するケースもある。
ただし、ウーバーとしても、事業を拡大するうえで配達員の確保は欠かせない。ライバルの出前館がZホールディングス傘下で積極投資を続ける中、現場の配達員との溝が深まる事態は避けたいはずだ。
配達員からは、競合サービスと比べて「店舗も注文数も多く稼げている」「店が極端に遠かったり、配車が早すぎたりすることは少ない」などと評価する声も多い。配達員が不安なく、継続して働ける環境作りはウーバーにとっても得策になる。
コロナ禍で急拡大したフードデリバリーの事業基盤を固めるためにも、ウーバーには丁寧な説明と対応が求められそうだ。
(田邉 佳介 : 東洋経済 記者)