生存率の低い「卵巣がん」が、右肩上がりに増加している。その死亡率も年々上昇している。実は、先進国のなかで「卵巣がん」が増加しているのは、日本だけといってもいいのだ。
なぜ、日本人女性だけ、「卵巣がん」が増加しているのか。その背景には、昔の10倍に増えた「生理(月経)回数」があった。
ほとんどの先進国で卵巣がんが減少しているにも関わらず、日本では卵巣がん患者が増加している。あまり知られていないが、「卵巣がん」の原因に、日本人女性の「多すぎる生理(月経)回数」がある。「生理は月1回で、それ以上は来ない。多すぎるとはどういう意味?」と思われる方も多いだろう。実は、女性が生涯で経験する生理の回数が、昔に比べて激増している。
卵巣は毎月の排卵・生理のたびに、大きなストレスを受けている。卵巣から卵子が飛び出す排卵は、卵巣にとっては一種の“爆発”のようなもの。そのため、卵子が飛び出すときに、卵巣には「傷」ができてしまう。卵巣はその「傷」を、毎回「修復」しなければならない。しかし、毎月毎月「傷」と「修復」を繰り返すと、ガン化のリスクは確実に上がっていってしまう。つまり、生理のたびに「卵巣ガン」のリスクは高くなるのだ。逆に言えば、生理の回数が少ないほど、「卵巣ガン」のリスクは減ることになる。
では、女性はその生涯を通じて、何回くらいの生理を経験するのか。昔の女性が生涯で経験する月経の回数は、約50回程度だったと見られている。一方、現代女性はそれよりもはるかに多く、約450~500回と推測されている。何と、生理回数が9~10倍にも増えているのだ。
昔は14~15歳くらいで初経を迎えると、20歳前に結婚。子どもを5人~10人と産むケースが多かった。
赤ちゃんへの授乳期間も排卵が抑制され、生理が止まる。妊娠期間は約10ヶ月、 授乳期間は約1年であると考えると、女性が一度妊娠すると2年近くは排卵・生理がないことになる。一生の間に10人出産する女性では、なんと20年近くも排卵・生理がなくなるのだ。つまり、昔の女性は何度も出産していたので、現代に比べて、排卵・生理回数が圧倒的に少なかった。
一方、現代女性の場合は、初経年齢は早まったのに、結婚や初産年齢は遅くなった。初産の平均年齢は30歳を超えている。平均的には、初経から妊娠までの約20年間は、毎月 生理が来ている事になる。さらに、出産回数も大幅に減少し、1人が出産する赤ちゃんは2人を大きく下回っている。その結果、一生の生理回数が昔の10倍にも激増したのだ。昔に比べて、現代の女性が、圧倒的に「卵巣がん」にかかりやすいことがわかる。
しかし、そうした事情は多くの先進国で共通していること。にもかかわらず、ほとんどの先進国では、この20年間に「卵巣がん」になる頻度も死亡率も減少している。なぜ、日本の女性だけに「卵巣がん」が増えているのだろうか。
実は、「卵巣がん」の発症数に、「低用量ピル」の普及が影響している可能性がある。「低用量ピル」が早くから普及した国ほど「卵巣がん」の減少率は大きく、それがピルの効果だと考えられている。なぜか。
「低用量ピル」を内服すると、卵巣からのホルモン分泌が止まり、排卵も止まる。生理が抑制される。つまり、卵巣が傷つく回数が減ることになる。その結果、「卵巣がん」になるリスクが大きく下がるのだ。
その効果は、「低用量ピル」服用を長期間継続するほど大きくなる。5年継続で約30%、10年継続で約40%、15年継続では約50%まで、リスクを減少させることがわかっている。(Lancet Vol. 371January 26 2008)しかも、服用を止めた後も、その効果は少なくとも20年は継続する。
「低用量ピル」は、全世界で1億人以上の女性が利用していて、これまでに約20万人の「卵巣がん」発症が予防され、約10万人の命が救われたと推計されている。一方、日本における「低用量ピル」の利用は、閉経前の女性4%程度と極めて少ない。その結果、日本の「卵巣がん」発症数は右肩上がりの増加となっている。
「低用量ピル」の予防効果は、これだけではない。「子宮体がん」についても、発症リスクを約30%下げる。こちらも、3年以上継続で50%、10年以上継続では80%もリスクを低下させる。服用を止めた後も、効果は少なくとも20年継続する。
さらに、大腸がんの発症リスクを下げることも報告されている。
「低用量ピル」の副作用として血栓症のリスクがある。血栓症の発症率は、年間1万人に対してピルを飲んでいない人は2~5人、ピルを飲んでいる人は3~9人と言われている。その差は大きくはないが、脳梗塞、心筋梗塞などの血栓性疾患の既往がある方は服用できない。また35歳以上で1日15本以上の喫煙者や肥満の方、乳がんの既往のある方、前兆がみられる片頭痛のある方等も服用できない。いずれにしても、医師の診察を受けた上で処方してもらうことが肝要である。
まだ赤ちゃんを作る予定のない女性は、「低用量ピル」内服で、将来「卵巣がん」になる可能性を劇的に減らす事ができる。「低用量ピル」に興味のある方は、近くの産婦人科等で相談されてはどうだろうか。
(小林晶子 医学博士・神経内科専門医)