「日本一小さな村」に42年ぶりの村長選がやってきた。
新人同士の一騎打ちとなった富山県舟橋村長選は、富山青年会議所元理事長の渡辺光氏(41)が前村議の酒井信行氏(56)を破って当選した。5日間にわたって繰り広げられた選挙戦に密着した。(川尻岳宏)
■鉢巻き再利用
告示日の11月22日に村役場で立候補の受け付けを済ませた両陣営は、午前9時から出陣式を行った。
渡辺氏は事務所に集まった支持者の前に、輝くような黄色いネクタイ姿で現れた。この色は自身の名前「光」を表すとしてイメージカラーに決めたそうだ。政治とは無縁だった渡辺氏は、陣営に選挙プランナーも投入したと明かした。
一方、酒井氏も10月18日、村議選で初めて無投票当選が決まった。その後、村議を辞職して村長選に出馬したため、選挙経験は乏しい。
第一声を上げた公民館には日の丸の鉢巻きを締めるトラディショナル・スタイルの支援者が集まった。大半は地元・国重地区の支えで村長になった金森勝雄氏(故人)の後援会メンバーだ。酒井氏も「必勝」の文字が浮かぶ鉢巻きを締め、「全部、金森さんの『お下がり』。これ、SDGsでしょう?」とほほ笑んだ。
勇ましく出陣した両者だが、人通りのあるところは限られる。幼児の送り迎えに保護者が現れる「こども園」の前で、いきなりかち合うことになった。
■SNS重視
23日の「勤労感謝の日」。通常の選挙では土日祝日、候補者は有権者に会うために選挙区内を駆け巡る。
だが、渡辺氏の事務所に立ち寄ると……候補者本人が畳の上で横になり、スマートフォンで写真の加工に励んでいた。インスタグラムに投稿するという。
村は富山市のベッドタウンだ。通勤も買い物も村外へ行く。外を歩いても人の姿はなく、留守宅が多い。平日に約1時間歩いて、出会えた村民はたったの3人だったという。「コスパが悪すぎる」と陣営は嘆き、渡辺氏も「外を歩いても人がいない。SNSで主張を届けたい」と語り、作戦を切り替えたようだった。
事情は酒井陣営も同じだ。街頭演説を試みたところ、家から出てきた村民に「子どもが寝ている。ここではやらないでくれ」と怒られたという。陣営幹部は「他の自治体なら気にしていられないだろうが、小さい村では今後のつきあいもある。そういうわけにはいかないんだ」とため息をついた。
■中傷行為も
選挙戦は徐々にヒートアップし、24日夜に開かれた酒井氏の個人演説会では、耳を疑う応援演説も飛び出した。
「相手事務所には県外ナンバーの車が多い。旧統一教会の皆さんが応援に来ている」。こう発言した元上市町議に演説会終了後、真意を尋ねると「支援者に危機感を持たそうと、想像で話した」と釈明した。
この中傷行為に渡辺氏は激怒し「虚偽の事実を公にしており、公職選挙法違反にあたる」として酒井陣営に文書で謝罪と訂正を申し入れ、元上市町議は謝罪と撤回に追い込まれた。
最終日の26日、公選法で定められたマイクが使用できる時刻(午後8時)まで両陣営の選挙カーは村内を走り続けた。記者が午後7時頃から30分ほどドライブしただけで、両陣営に計3回ずつ遭遇した。面積3・47平方キロの村はそれほど狭い。
選挙戦終盤、酒井氏がつぶやいた一言が印象深かった。「小さな村だけどなかなか人に会えない。つかみどころのない選挙だ」