予期せぬ別れに直面したとき、人は何を思い、どう乗り越えるのか。書籍『もう会えないとわかっていたなら』(扶桑社)では、遺品整理会社、行政書士、相続診断士、税理士など、現場の第一線で活躍する専門家たちから、実際に大切な家族を失った人の印象深いエピソードを集め、「円満な相続」を迎えるために何ができるのかについて紹介されています。本連載では、その中から特に印象的な話を一部抜粋してご紹介します。
遺産分割協議の相手は絶縁状態だった義母保険の手続きなどで長く付き合いのある美菜子さんから、ご主人が亡くなったと連絡をもらって、私は急いで美菜子さんのもとを訪ねました。家の中に案内されると、いつものようにソファに座った美菜子さんの足元に盲導犬のキングが座っています。美菜子さんは二〇年以上前、二〇代後半で視力を失っていました。私がご主人である和宏さんの仏壇に手を合わせ終えると、それを待っていたように、遠方からやってきていた美菜子さんのご両親が「見せたいものがある」と言って、私に一通の封筒を差し出しました。それはある金融機関からのもので、和宏さんの二五〇万円の債権が譲渡されているので一週間以内に連絡が欲しいというものでした。和宏さんには美菜子さんも知らない借金があったのです。美菜子さんと和宏さんには子どもがいませんでした。そのため、和宏さんが亡くなったことで、美菜子さんには借金の他にもうひとつ問題が残されました。もし、和宏さんに遺産があった場合、その遺産の三分の一は、和宏さんの親が権利を持つことになるのです。それを説明すると、美菜子さんは和宏さんに一五〇〇万円ほどの預金があることを教えてくれました。和宏さんのお父さんが亡くなったとき、土地を相続して、それを売ってできたお金だそうです。美菜子さんは和宏さんのお母さんと遺産分割の話し合いをしなくてはなりません。「それは、難しいと思います」私の話を聞いた美菜子さんはすぐにそう言いました。美菜子さんと和宏さんが結婚を決めたとき、和宏さんのお母さんは全盲の美菜子さんとの結婚を猛反対したのだそうです。それに怒った和宏さんは母親との連絡を絶ち、以来、絶縁状態が続いてきたといいます。「あの人が亡くなる前、どうしても会ってもらいたくて、連絡したんです」和宏さんは仕事先で倒れ、その二日後に亡くなったのでした。そのとき、美菜子さんは急いでお義母さんに連絡しました。しかし、お義母さんは、「今さら、会いになんて行けない」と病院にも、その後の葬儀にも来ることはなかったのだそうです。亡くなった夫が抱えていた負債「まずは、借金のほうから考えていきましょう」美菜子さんの知らない借金が、今見つかっているものだけとは限りません。もっと増える可能性もあります。その金額によっては相続放棄も考えなくてはならないでしょう。「借金の問題が片付くまでは、和宏さんのお母さんへの連絡はしないでください」借金の全容がわかるまでは遺産の総額は決まりません。借金だけが残ることも考えられます。それなのに、今わかっている金額だけを伝えれば、まとまる話もまとまりにくくなります。「わかりました。よろしくお願いします」美菜子さんは頭を下げ、キングを撫でました。数日後、すぐに和宏さんの他の負債が見つかりました。ご両親が帰宅したこともあり、私は美菜子さんのもとに届いている郵便の整理を手伝っていました。そのときに税金の滞納をしているという通知を見つけたのです。「どうかしたんですか?」美菜子さんは私の異変をすぐに感じ取りました。視力は失っていますが、彼女は心がとても鋭いのです。私の話す声や立てる物音で、「何かいいことがあったんですか?」「最近、元気ないですね」と、心の変化を読み取ってくれるのです。和宏さんは、相続した土地を売ったときの税金を滞納していたため、その督促が来ていたのです。金額は一五〇万円。総額四〇〇万円の負債。まだ、増えるかもしれません。私は美菜子さんに弁護士に相談することを提案しました。弁護士が迅速に動いてくれたおかげで、和宏さんにこれ以上の負債がないことがはっきりしました。さらに、金融機関が連絡してきた二五〇万円の債権も時効が成立していることがわかり、支払う必要がなくなったのです。滞納した税金さえ納めてしまえば、残されたのは和宏さんのお母さんとの遺産分割協議だけとなります。それも、弁護士が間に立ってくれることになりました。そのとき、美菜子さんが「ごめんなさい!」と突然頭を下げました。「お義母さんに連絡をしちゃいけないって言われていたけど、ずっと手紙を送っていました」美菜子さんは、和宏さんの死後、ボランティアの助けを借りながら、見えない目で何通も義母に手紙を送っていたというのです。ずっと送り続けていた手紙それは葬儀を無事に済ませた報告に始まり、どんな人が葬儀に来てくれたか、自分たちがどのように暮らしていたか、和宏さんがどんな夫だったか、自分がどれだけ幸せだったかを伝えるものでした。時には、和宏さんとキングと3人で写る『家族写真』も送ったそうです。「お義母さんに、もっとあの人のことを知ってほしかったんです」それでも、和宏さんのお母さんからの連絡は一切なかったといいます。その後、弁護士が和宏さんの遺産があることを報せる手紙を送り、美菜子さんも手紙を書き続けましたが、すべて一方通行に終わりました。しばらくして、その手紙を見つけたのは、またしても郵便の整理を手伝っていた私でした。和宏さんのお母さんからの手紙でした。その代読を美菜子さんから頼まれました。私が封を切ると、義母から来た初めての手紙に、美菜子さんは緊張した様子でした。手紙は、青いボールペンを使って丁寧に書かれていました。冒頭には目の見えない美菜子さんに手紙を送ることを許してほしい旨が記されており、美菜子さんからの手紙にはすべて目を通していること、美菜子さんのお義母さんの身体を気遣う言葉が嬉しかったことなどが綴られていました。そして手紙は、こう続いたのです。「私は今、こう思っています。あなたが和宏と結婚してくれて、本当によかった。あなたの手紙のおかげで、今、私はあの子と仲直りができたように思えています。あの子は、いえ、あの子も私も本当に幸せ者です」手紙の最後には和宏さんの遺産の相続を放棄することが記されていました。私の代読を聞き終えたとき、美菜子さんは、「また手紙を書かなくっちゃ」と言って笑い、足元に座るキングを撫でました。この相続をきれいにまとめることができたのは、私でも弁護士の力でもありません。美菜子さんが書いた真心のこもった手紙だったのです。
保険の手続きなどで長く付き合いのある美菜子さんから、ご主人が亡くなったと連絡をもらって、私は急いで美菜子さんのもとを訪ねました。
家の中に案内されると、いつものようにソファに座った美菜子さんの足元に盲導犬のキングが座っています。美菜子さんは二〇年以上前、二〇代後半で視力を失っていました。
私がご主人である和宏さんの仏壇に手を合わせ終えると、それを待っていたように、遠方からやってきていた美菜子さんのご両親が「見せたいものがある」と言って、私に一通の封筒を差し出しました。
それはある金融機関からのもので、和宏さんの二五〇万円の債権が譲渡されているので一週間以内に連絡が欲しいというものでした。
和宏さんには美菜子さんも知らない借金があったのです。
美菜子さんと和宏さんには子どもがいませんでした。そのため、和宏さんが亡くなったことで、美菜子さんには借金の他にもうひとつ問題が残されました。もし、和宏さんに遺産があった場合、その遺産の三分の一は、和宏さんの親が権利を持つことになるのです。
それを説明すると、美菜子さんは和宏さんに一五〇〇万円ほどの預金があることを教えてくれました。和宏さんのお父さんが亡くなったとき、土地を相続して、それを売ってできたお金だそうです。
美菜子さんは和宏さんのお母さんと遺産分割の話し合いをしなくてはなりません。
「それは、難しいと思います」
私の話を聞いた美菜子さんはすぐにそう言いました。美菜子さんと和宏さんが結婚を決めたとき、和宏さんのお母さんは全盲の美菜子さんとの結婚を猛反対したのだそうです。それに怒った和宏さんは母親との連絡を絶ち、以来、絶縁状態が続いてきたといいます。
「あの人が亡くなる前、どうしても会ってもらいたくて、連絡したんです」
和宏さんは仕事先で倒れ、その二日後に亡くなったのでした。そのとき、美菜子さんは急いでお義母さんに連絡しました。しかし、お義母さんは、
「今さら、会いになんて行けない」
と病院にも、その後の葬儀にも来ることはなかったのだそうです。
亡くなった夫が抱えていた負債「まずは、借金のほうから考えていきましょう」美菜子さんの知らない借金が、今見つかっているものだけとは限りません。もっと増える可能性もあります。その金額によっては相続放棄も考えなくてはならないでしょう。「借金の問題が片付くまでは、和宏さんのお母さんへの連絡はしないでください」借金の全容がわかるまでは遺産の総額は決まりません。借金だけが残ることも考えられます。それなのに、今わかっている金額だけを伝えれば、まとまる話もまとまりにくくなります。「わかりました。よろしくお願いします」美菜子さんは頭を下げ、キングを撫でました。数日後、すぐに和宏さんの他の負債が見つかりました。ご両親が帰宅したこともあり、私は美菜子さんのもとに届いている郵便の整理を手伝っていました。そのときに税金の滞納をしているという通知を見つけたのです。「どうかしたんですか?」美菜子さんは私の異変をすぐに感じ取りました。視力は失っていますが、彼女は心がとても鋭いのです。私の話す声や立てる物音で、「何かいいことがあったんですか?」「最近、元気ないですね」と、心の変化を読み取ってくれるのです。和宏さんは、相続した土地を売ったときの税金を滞納していたため、その督促が来ていたのです。金額は一五〇万円。総額四〇〇万円の負債。まだ、増えるかもしれません。私は美菜子さんに弁護士に相談することを提案しました。弁護士が迅速に動いてくれたおかげで、和宏さんにこれ以上の負債がないことがはっきりしました。さらに、金融機関が連絡してきた二五〇万円の債権も時効が成立していることがわかり、支払う必要がなくなったのです。滞納した税金さえ納めてしまえば、残されたのは和宏さんのお母さんとの遺産分割協議だけとなります。それも、弁護士が間に立ってくれることになりました。そのとき、美菜子さんが「ごめんなさい!」と突然頭を下げました。「お義母さんに連絡をしちゃいけないって言われていたけど、ずっと手紙を送っていました」美菜子さんは、和宏さんの死後、ボランティアの助けを借りながら、見えない目で何通も義母に手紙を送っていたというのです。ずっと送り続けていた手紙それは葬儀を無事に済ませた報告に始まり、どんな人が葬儀に来てくれたか、自分たちがどのように暮らしていたか、和宏さんがどんな夫だったか、自分がどれだけ幸せだったかを伝えるものでした。時には、和宏さんとキングと3人で写る『家族写真』も送ったそうです。「お義母さんに、もっとあの人のことを知ってほしかったんです」それでも、和宏さんのお母さんからの連絡は一切なかったといいます。その後、弁護士が和宏さんの遺産があることを報せる手紙を送り、美菜子さんも手紙を書き続けましたが、すべて一方通行に終わりました。しばらくして、その手紙を見つけたのは、またしても郵便の整理を手伝っていた私でした。和宏さんのお母さんからの手紙でした。その代読を美菜子さんから頼まれました。私が封を切ると、義母から来た初めての手紙に、美菜子さんは緊張した様子でした。手紙は、青いボールペンを使って丁寧に書かれていました。冒頭には目の見えない美菜子さんに手紙を送ることを許してほしい旨が記されており、美菜子さんからの手紙にはすべて目を通していること、美菜子さんのお義母さんの身体を気遣う言葉が嬉しかったことなどが綴られていました。そして手紙は、こう続いたのです。「私は今、こう思っています。あなたが和宏と結婚してくれて、本当によかった。あなたの手紙のおかげで、今、私はあの子と仲直りができたように思えています。あの子は、いえ、あの子も私も本当に幸せ者です」手紙の最後には和宏さんの遺産の相続を放棄することが記されていました。私の代読を聞き終えたとき、美菜子さんは、「また手紙を書かなくっちゃ」と言って笑い、足元に座るキングを撫でました。この相続をきれいにまとめることができたのは、私でも弁護士の力でもありません。美菜子さんが書いた真心のこもった手紙だったのです。
亡くなった夫が抱えていた負債「まずは、借金のほうから考えていきましょう」美菜子さんの知らない借金が、今見つかっているものだけとは限りません。もっと増える可能性もあります。その金額によっては相続放棄も考えなくてはならないでしょう。「借金の問題が片付くまでは、和宏さんのお母さんへの連絡はしないでください」借金の全容がわかるまでは遺産の総額は決まりません。借金だけが残ることも考えられます。それなのに、今わかっている金額だけを伝えれば、まとまる話もまとまりにくくなります。「わかりました。よろしくお願いします」美菜子さんは頭を下げ、キングを撫でました。数日後、すぐに和宏さんの他の負債が見つかりました。ご両親が帰宅したこともあり、私は美菜子さんのもとに届いている郵便の整理を手伝っていました。そのときに税金の滞納をしているという通知を見つけたのです。「どうかしたんですか?」美菜子さんは私の異変をすぐに感じ取りました。視力は失っていますが、彼女は心がとても鋭いのです。私の話す声や立てる物音で、「何かいいことがあったんですか?」「最近、元気ないですね」と、心の変化を読み取ってくれるのです。和宏さんは、相続した土地を売ったときの税金を滞納していたため、その督促が来ていたのです。金額は一五〇万円。総額四〇〇万円の負債。まだ、増えるかもしれません。私は美菜子さんに弁護士に相談することを提案しました。弁護士が迅速に動いてくれたおかげで、和宏さんにこれ以上の負債がないことがはっきりしました。さらに、金融機関が連絡してきた二五〇万円の債権も時効が成立していることがわかり、支払う必要がなくなったのです。滞納した税金さえ納めてしまえば、残されたのは和宏さんのお母さんとの遺産分割協議だけとなります。それも、弁護士が間に立ってくれることになりました。そのとき、美菜子さんが「ごめんなさい!」と突然頭を下げました。「お義母さんに連絡をしちゃいけないって言われていたけど、ずっと手紙を送っていました」美菜子さんは、和宏さんの死後、ボランティアの助けを借りながら、見えない目で何通も義母に手紙を送っていたというのです。ずっと送り続けていた手紙それは葬儀を無事に済ませた報告に始まり、どんな人が葬儀に来てくれたか、自分たちがどのように暮らしていたか、和宏さんがどんな夫だったか、自分がどれだけ幸せだったかを伝えるものでした。時には、和宏さんとキングと3人で写る『家族写真』も送ったそうです。「お義母さんに、もっとあの人のことを知ってほしかったんです」それでも、和宏さんのお母さんからの連絡は一切なかったといいます。その後、弁護士が和宏さんの遺産があることを報せる手紙を送り、美菜子さんも手紙を書き続けましたが、すべて一方通行に終わりました。しばらくして、その手紙を見つけたのは、またしても郵便の整理を手伝っていた私でした。和宏さんのお母さんからの手紙でした。その代読を美菜子さんから頼まれました。私が封を切ると、義母から来た初めての手紙に、美菜子さんは緊張した様子でした。手紙は、青いボールペンを使って丁寧に書かれていました。冒頭には目の見えない美菜子さんに手紙を送ることを許してほしい旨が記されており、美菜子さんからの手紙にはすべて目を通していること、美菜子さんのお義母さんの身体を気遣う言葉が嬉しかったことなどが綴られていました。そして手紙は、こう続いたのです。「私は今、こう思っています。あなたが和宏と結婚してくれて、本当によかった。あなたの手紙のおかげで、今、私はあの子と仲直りができたように思えています。あの子は、いえ、あの子も私も本当に幸せ者です」手紙の最後には和宏さんの遺産の相続を放棄することが記されていました。私の代読を聞き終えたとき、美菜子さんは、「また手紙を書かなくっちゃ」と言って笑い、足元に座るキングを撫でました。この相続をきれいにまとめることができたのは、私でも弁護士の力でもありません。美菜子さんが書いた真心のこもった手紙だったのです。
「まずは、借金のほうから考えていきましょう」
美菜子さんの知らない借金が、今見つかっているものだけとは限りません。もっと増える可能性もあります。その金額によっては相続放棄も考えなくてはならないでしょう。
「借金の問題が片付くまでは、和宏さんのお母さんへの連絡はしないでください」
借金の全容がわかるまでは遺産の総額は決まりません。借金だけが残ることも考えられます。それなのに、今わかっている金額だけを伝えれば、まとまる話もまとまりにくくなります。
「わかりました。よろしくお願いします」
美菜子さんは頭を下げ、キングを撫でました。数日後、すぐに和宏さんの他の負債が見つかりました。
ご両親が帰宅したこともあり、私は美菜子さんのもとに届いている郵便の整理を手伝っていました。そのときに税金の滞納をしているという通知を見つけたのです。
「どうかしたんですか?」
美菜子さんは私の異変をすぐに感じ取りました。視力は失っていますが、彼女は心がとても鋭いのです。私の話す声や立てる物音で、「何かいいことがあったんですか?」「最近、元気ないですね」と、心の変化を読み取ってくれるのです。
和宏さんは、相続した土地を売ったときの税金を滞納していたため、その督促が来ていたのです。金額は一五〇万円。総額四〇〇万円の負債。まだ、増えるかもしれません。私は美菜子さんに弁護士に相談することを提案しました。
弁護士が迅速に動いてくれたおかげで、和宏さんにこれ以上の負債がないことがはっきりしました。さらに、金融機関が連絡してきた二五〇万円の債権も時効が成立していることがわかり、支払う必要がなくなったのです。
滞納した税金さえ納めてしまえば、残されたのは和宏さんのお母さんとの遺産分割協議だけとなります。それも、弁護士が間に立ってくれることになりました。そのとき、美菜子さんが「ごめんなさい!」と突然頭を下げました。
「お義母さんに連絡をしちゃいけないって言われていたけど、ずっと手紙を送っていました」
美菜子さんは、和宏さんの死後、ボランティアの助けを借りながら、見えない目で何通も義母に手紙を送っていたというのです。
ずっと送り続けていた手紙それは葬儀を無事に済ませた報告に始まり、どんな人が葬儀に来てくれたか、自分たちがどのように暮らしていたか、和宏さんがどんな夫だったか、自分がどれだけ幸せだったかを伝えるものでした。時には、和宏さんとキングと3人で写る『家族写真』も送ったそうです。「お義母さんに、もっとあの人のことを知ってほしかったんです」それでも、和宏さんのお母さんからの連絡は一切なかったといいます。その後、弁護士が和宏さんの遺産があることを報せる手紙を送り、美菜子さんも手紙を書き続けましたが、すべて一方通行に終わりました。しばらくして、その手紙を見つけたのは、またしても郵便の整理を手伝っていた私でした。和宏さんのお母さんからの手紙でした。その代読を美菜子さんから頼まれました。私が封を切ると、義母から来た初めての手紙に、美菜子さんは緊張した様子でした。手紙は、青いボールペンを使って丁寧に書かれていました。冒頭には目の見えない美菜子さんに手紙を送ることを許してほしい旨が記されており、美菜子さんからの手紙にはすべて目を通していること、美菜子さんのお義母さんの身体を気遣う言葉が嬉しかったことなどが綴られていました。そして手紙は、こう続いたのです。「私は今、こう思っています。あなたが和宏と結婚してくれて、本当によかった。あなたの手紙のおかげで、今、私はあの子と仲直りができたように思えています。あの子は、いえ、あの子も私も本当に幸せ者です」手紙の最後には和宏さんの遺産の相続を放棄することが記されていました。私の代読を聞き終えたとき、美菜子さんは、「また手紙を書かなくっちゃ」と言って笑い、足元に座るキングを撫でました。この相続をきれいにまとめることができたのは、私でも弁護士の力でもありません。美菜子さんが書いた真心のこもった手紙だったのです。
ずっと送り続けていた手紙それは葬儀を無事に済ませた報告に始まり、どんな人が葬儀に来てくれたか、自分たちがどのように暮らしていたか、和宏さんがどんな夫だったか、自分がどれだけ幸せだったかを伝えるものでした。時には、和宏さんとキングと3人で写る『家族写真』も送ったそうです。「お義母さんに、もっとあの人のことを知ってほしかったんです」それでも、和宏さんのお母さんからの連絡は一切なかったといいます。その後、弁護士が和宏さんの遺産があることを報せる手紙を送り、美菜子さんも手紙を書き続けましたが、すべて一方通行に終わりました。しばらくして、その手紙を見つけたのは、またしても郵便の整理を手伝っていた私でした。和宏さんのお母さんからの手紙でした。その代読を美菜子さんから頼まれました。私が封を切ると、義母から来た初めての手紙に、美菜子さんは緊張した様子でした。手紙は、青いボールペンを使って丁寧に書かれていました。冒頭には目の見えない美菜子さんに手紙を送ることを許してほしい旨が記されており、美菜子さんからの手紙にはすべて目を通していること、美菜子さんのお義母さんの身体を気遣う言葉が嬉しかったことなどが綴られていました。そして手紙は、こう続いたのです。「私は今、こう思っています。あなたが和宏と結婚してくれて、本当によかった。あなたの手紙のおかげで、今、私はあの子と仲直りができたように思えています。あの子は、いえ、あの子も私も本当に幸せ者です」手紙の最後には和宏さんの遺産の相続を放棄することが記されていました。私の代読を聞き終えたとき、美菜子さんは、「また手紙を書かなくっちゃ」と言って笑い、足元に座るキングを撫でました。この相続をきれいにまとめることができたのは、私でも弁護士の力でもありません。美菜子さんが書いた真心のこもった手紙だったのです。
それは葬儀を無事に済ませた報告に始まり、どんな人が葬儀に来てくれたか、自分たちがどのように暮らしていたか、和宏さんがどんな夫だったか、自分がどれだけ幸せだったかを伝えるものでした。時には、和宏さんとキングと3人で写る『家族写真』も送ったそうです。
「お義母さんに、もっとあの人のことを知ってほしかったんです」
それでも、和宏さんのお母さんからの連絡は一切なかったといいます。
その後、弁護士が和宏さんの遺産があることを報せる手紙を送り、美菜子さんも手紙を書き続けましたが、すべて一方通行に終わりました。
しばらくして、その手紙を見つけたのは、またしても郵便の整理を手伝っていた私でした。和宏さんのお母さんからの手紙でした。その代読を美菜子さんから頼まれました。
私が封を切ると、義母から来た初めての手紙に、美菜子さんは緊張した様子でした。手紙は、青いボールペンを使って丁寧に書かれていました。
冒頭には目の見えない美菜子さんに手紙を送ることを許してほしい旨が記されており、美菜子さんからの手紙にはすべて目を通していること、美菜子さんのお義母さんの身体を気遣う言葉が嬉しかったことなどが綴られていました。
そして手紙は、こう続いたのです。
「私は今、こう思っています。あなたが和宏と結婚してくれて、本当によかった。あなたの手紙のおかげで、今、私はあの子と仲直りができたように思えています。あの子は、いえ、あの子も私も本当に幸せ者です」
手紙の最後には和宏さんの遺産の相続を放棄することが記されていました。私の代読を聞き終えたとき、美菜子さんは、
「また手紙を書かなくっちゃ」
と言って笑い、足元に座るキングを撫でました。
この相続をきれいにまとめることができたのは、私でも弁護士の力でもありません。美菜子さんが書いた真心のこもった手紙だったのです。