事実婚を選んだ50代男女の生活とは?(イラスト:堀江篤史)
日々を楽しく過ごそうという気持ちさえあれば何歳になっても恋愛はできる。しかし、法律婚をするためにはしがらみや責任が越えにくいハードルとなることもある。
関西地方に住んでいる村上修さん(仮名、54歳)と飯嶋美紀子さん(仮名、51歳)はコロナ禍の2020年末に事実婚を選び、それぞれの持ち家でそれぞれの娘と暮らしながらパートナーシップを保ち続けている。
「会社員の息子は自活しているので、今は大学生の娘との2人で暮らしです。たまに娘が料理を作ってくれますが、普段は家事の8割以上は僕がやっています。美紀子が住むマンションとは車で20分ぐらいの距離です。平日はそれぞれの仕事と生活で忙しくしていて、休日に旅行やゴルフを楽しんでいます」
俳優の梅沢富美男をスマートにしたような風貌の修さんがZoom画面の向こう側で静かに説明してくれた。隣にいる美紀子さんはショートカットで金髪。にこやかでエネルギッシュな表情からは押し出しの良さがすぐに伝わって来る。
本連載の出演申し込みフォームからメッセージを送ってくれたのも美紀子さんだ。まずは彼女に事実婚に至るまでの経緯を聞こう。
「最初の結婚は24歳のときです。3年間付き合った7歳年上の彼氏への愛情は薄れていたのですが『こんなものかな~』思いながら結婚しました。親から『25歳までに家から出て行け』と背中を押されていたことも急いだ理由です」
結婚当初は専業主婦をしていた美紀子さん。2人の娘に恵まれて子育てをしているうちに、実生活に密着したビジネス分野での仕事に目覚める。
その師匠でもある実業家男性がいる関西に行くことを決意し、子連れで単身赴任して師匠が経営する会社に就職。頭金なしのフルローンで3LDKのマンションを購入し、現在も娘たちと猫2匹と一緒に暮らしている。思い切りのいい人物である。
別居した当初、離婚などは考えなかった。しかし、仕事に夢中になるにつれて前夫との価値観の違いが表面化。老後を一緒に過ごすイメージが持てなくなっていったと美紀子さんは振り返る。
「前の夫は何事も自分優先の人でした。私が稼げるようになったら小遣いを増やしてくれと言ったり、離婚するときも親権より車の権利を主張したり。結婚には向いていない人だったのだと思います」
娘たちが成人するまでは養育費として前夫から月4万円の支払いはあった。ただし、大学の学費などはすべて美紀子さんが負担。それだけの甲斐性が美紀子さんにはあったとも言える。入社当初は数名だった社員数が退職する頃には数十名に成長。その立役者だった美紀子さんは役員にまで昇進した。仕事にのめり込む過程で、師匠であった社長とは恋仲になる。社長は既婚者であり、美紀子さんも離婚する前だったようだ。いわゆるダブル不倫である。
「大人のお付き合いのつもりでした。公私はキチンと分けていたので、彼が病気になるまでは他の人には関係は知られていません。でも、彼のほうが本気になって奥さんに別れる前提で話をしていたようです。病気になってから奥さんが彼の携帯を見たのでしょう。私のことがバレてしまいました」
社長は病から回復せずに亡くなってしまう。美紀子さんは不貞行為を責められる形で退職を余儀なくされる。
「彼は50代で命を落とし、私は会社をクビになりました。それが私たちの罪と罰だったのだと思います。因果応報です」
と言いながらさほど反省しているように見えない美紀子さん。良くも悪くも過去のことは引きずらない性格なのだろう。そして、退職金を使って前職と同分野で独立開業を果たす。
美紀子さんの顧客には独身女性が多い。婚活に関する相談を受けることもあり、結婚相談所への関心が高まったという美紀子さん。晩婚専門の結婚相談所を見つけて入会し、翌月に3人の男性を紹介され、LINEでのやり取りが「毎晩2時まで」盛り上がった修さんとだけ会い、翌月には成婚退会をしている。行動力と決断力の高さが伺えるエピソードだ。
「その結婚相談所は入会金3万円で月会費1万円。法律婚を望まない人も多い世代なので成婚料は取りません。紹介した後は自分たちでいいようにどうぞ、大人なんだからお節介はしません、というスタンスでした」
ただし、美紀子さんは大きな問題を抱えていた。自他共に認める「不倫体質」は変わっておらず、結婚相談所に入会する時点で既婚者の恋人がいたのだ。
「年齢も年齢なので、そんな簡単に相手が見つかると思っていなかったので、清算できていませんでした。夫を紹介され、まだ会ってもないのにラインでどんどん意気投合してしまい、これはまずいと思って、初めて会った日にすべてカミングアウト。それでもよかったら真剣交際してくださいって言いました。
ドン引き即お断りの話だと思うのですが、なぜか夫はそれを想定内と言って、『これからちゃんとしてくれればいいから』と受け入れてくれました。その後、すぐに清算して晴れて成婚退会となった経緯があります」
真面目そうな修さんの脛にも傷はある。28歳のときに結婚した前妻と4年前に別れた直接的な原因は修さんのソフトな浮気だ。
「相手は行きつけの喫茶店の店員さんです。コンサートや食事には行きましたが、一線は越えていません。つまり、体の関係はありませんでした」
修さんと前妻は仲良し夫婦だったとは言えない。しかし、完璧主義な前妻は修さんの浮気心を敏感に感じ取った。誓約書を迫ったり修さんの勤務先にまで調査に押しかけたりした末、22年間の結婚が終了するに至る。
「前の妻は自分のペースや気持ちを乱されることを極端に嫌う人でした。息子と娘は就職活動と大学受験をそれぞれ控えていた時期です。夫婦のことで子どもの人生を壊すわけにはいきません。妻がいなくなった自宅での家事は家事は当然ながらすべて私が引き受けて、仕事との両立に苦労して5キロほどやせました」
こちらも因果応報である。1年間が慌ただしく過ぎ、息子と娘の就職先と進学先が決まったとき、修さんは自らの「先のこと」を考える余裕が生まれた。
「オレの人生、このままパートナーなしで終わってしまいたくない、と思って結婚相談所に登録しました」
ただし、再び法律婚をするつもりはなかった。いずれ子どもたちに譲る持ち家や先祖代々の墓の問題などを複雑にしたくないからだ。美紀子さんとマッチングして、実際に会う前にLINEでメッセージの「応酬」をした時期に事実婚希望であることを率直に伝えてある。
「私もそれで構わない、むしろそのほうがいい、と答えました。修さんも私も長男長女で、実家の墓や親をお世話しなくちゃいけません。仕事柄、今さら名字を変えることも不都合でした。万一、この先私たちの関係がうまくいかなくなって別れてしまっても私は稼いで生きていけるので経済的な不安はありません」
2020年の冬に2人だけの結婚式を挙げたけれど私たちは勝手に夫婦を名乗っているだけです、とあっけらかんと語る美紀子さん。そんな彼女の隣で静かに笑っている修さんは長年連れ添った夫にしか見えない。
「どちらかが大病したときなどの病院関連の問題はありますが、現在ではパートナーだと言えばかなり融通が利くようになっているようです。修さんの娘さんが巣立ったら、修さんと一緒にうちのマンションで暮らすかもしれません。そうしたら住民票上は未届けの配偶者と記載できるので事実婚の証にもなります」
この結婚に関しては修さんのほうが積極的かつ過激だった。プロフィールとLINE上でのやり取りだけで美紀子さんに猛アタックして事実上のプロポーズをしたのだ。何が修さんをそこまで駆り立てたのか。
「正直言って、前の妻とは真逆の女性を求めていました。美紀子はとにかく明るく楽しい女性です。まさに僕の求めていたパートナーです」
水を差すわけではないが、美紀子さんぐらい明るく楽しい独身女性は世の中にたくさんいる。特に40代後半以降になると、いろいろな面でさばけて付き合いやすい人になることが多いと思う。修さんの場合は前妻との陰気な結婚生活が20年以上も続いていたので、他の女性への免疫が落ちていたのだろう。だからこそ、美紀子さんに衝撃を受けてあれこれ迷わずに突き進むことができた。つらい日々にも意味はあるのだ。
美紀子さんのほうも前夫と修さんを比較して、後者のほうが断然いいと感じている。とにかく穏やかでつねに機嫌がいい修さんの前では、喜怒哀楽が激しいと自覚している美紀子さんが「自分らしくドーンといける」のだ。それだけではない。
「この人はLINEでは饒舌なのに実際に顔を合わせるとほとんどしゃべりません(笑)。でも、私に対していつも優しく温かいものを感じます。LINEでは『思いやり合って、わかり合って、助け合って、許し合って生きていこう』と言ってくれました。とても印象に残っていて安心感があります」
会話に自信がない人が婚活をする場合は、どこまでも推敲できる文章でコミュニケーションを補うのも手かもしれない。美紀子さんのようなしゃべり上手が相手であっても自分から気持ちを伝えることは重要なのだ。
美紀子さんの娘たちも母親似のあっけらかんとした性格らしい。マンションに遊びに来た修さんのことを「オサム、どうしたの? うちでゴハン食べる?」と呼び捨て。父親ではなく「ママの彼氏」として受け入れているようだ。修さんはそれも面白がっている。
ただし、修さんの娘のほうは父親の再婚をまだ認めたくはないようだ。相変わらず家事をすべて担ってくれる優しい父親への甘えもあるのだろう。美紀子さんの存在に触れようとはしない。
「娘さんにしたら複雑な気持ちになるのは当然だと思います。私、ちょっとぶっ飛んでますし。でも、同じく女性ですし、人生の先輩として私が役に立てることがあるかもしれません。その日が来るまで待とうと思っています」
若い頃と比べるといろんなことに寛容になれる、と美紀子さんは自己分析する。一家の大黒柱として働いてきたから、世の中の既婚男性の気持ちもわかるようになったという。修さんのほうは前妻との別れで主夫業を急に経験することになり、「終わりのない家事」の大変さを味わった。今では美紀子さんよりも食材の価格を把握している。
最後に、気になる「不倫体質」について。修さんにも美紀子さんにも当てはまる。それぞれに相手の行動に対してどこまで寛容になれるのかを聞いてみた。まずは美紀子さん。
「他の女性と食事に行ったり、腕を組んだりするのはOK。私が興味ない趣味の分野であれば、女性と2人きりで行ってもOK。キス以上は私に死ぬまでバレない覚悟でどうぞ。徹底的に隠してほしい。知らんかったらなかったことになるので。でも、夫はうそつくのも隠すのもとてもへたくそなので、ときどきカマかけるつもりです(笑)」
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相変わらずあっけらかんとした回答である。相手の女性の立場に自分がなる可能性もある、という意味かもしれない。一方の修さんも同じような答えだ。
「お茶やごはんにいくのはOKだけど、手をつなぐ、腕を組むは微妙。キス以上はやるなら墓場まで持って行ってくれ。ライブはいいけどゴルフを男性とふたりきりはダメ」
ちなみに修さんは大のゴルフ好き。自分が愛する趣味に関しては美紀子さんも他の男性とは楽しんでほしくないらしい。独自の世界観である。
共通しているのは結婚相手に対するかなりオープンな態度だ。それはやはり人生経験が影響しているのだと筆者は思う。自業自得も含めて人間関係で苦しんだ経緯があるからこそ、「いま、この人と一緒にいられてうれしい。ちょっとしたことは許し合いたい」と思えるのだろう。現在を幸せに感じるためだけに過去はあるのだ。
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(大宮 冬洋 : ライター)