血圧が低下し短時間意識を失う「失神」。驚くことに日本人のおよそ5人に1人が、人生で1度は失神を経験するとされています。その原因と対処法について、東京ハートリズムクリニックの桑原大志院長が解説します。
長時間立ちっぱなしの作業や大きな精神的ストレス、また痛みによる刺激が強かったりといった原因で、失神発作を起こした経験がある人もいるでしょう。しかし、自分が経験したその発作が「本当に“失神”だったのか?」と、疑問に感じている人もいるかもしれません。まずは、正確に失神を定義してみます。
「気を失う」「気絶する」ことを「失神」と思われているかもしれませんが、実際は明確な失神の定義があります。
「失神」とは、短い時間で血圧が低下して心臓から脳に送る血液量が少なくなり、脳全体が酸素不足になって意識を失う発作のことをいいます。
ここでいう「短時間」とは、多くの場合数分間、場合によっては数十秒。長くても5~10分程度です。失神して意識を消失しているあいだは姿勢を保持することができませんが、失神から覚めると完全に意識が回復し、元に戻ります。
失神で倒れた人がいた場合、まず行わなければならないのは「失神」と「てんかん」の鑑別です。失神とてんかんはとてもよく似ており、鑑別が難しいのですが、決定的に違うのは回復の仕方です。
てんかんは意識を失って回復するまでの経過がとてもゆっくりで、意識が戻ったあとも、しばらくのあいだはボーっとしているのが一般的です。一方、失神は多くの場合、意識が回復すると驚くほどスカッとよくなります。
ほかにも、てんかんの場合は「舌を噛む」「頭位が変換する(頭が上や横を向く)」などの特徴があります。
失神は日常診療でよく遭遇する症状であり、日本人の人口全体における生涯有病率は「約20%」といわれています。つまり、5人に1人は一生のうち1度は失神を引き起こす、ということです。
失神の原因は、主に下記の4つです。
・神経反射性失神・起立性失神・不整脈・心臓肺器質的疾患
以前は原因不明の失神が1/3程度あるとされていましたが、現在では「植込み型心臓モニタ」が発達し、不整脈が原因の失神を解明できるようになったため、「原因不明」の失神は10%程度に減少しています。
「失神は脳の病気が原因ではないか」と考える人も多いかもしれませんが、実は失神の原因は脳とは関係ありません。脳には非常に豊富な血液が供給されているため、頭の動脈硬化が原因で失神を引き起こすことはほとんどないのです。
脳梗塞や一過性虚血発作の場合、気を失うことはありますが、急速な意識の回復や完全な回復はみられません。その点が失神との違いです。
原因によって異なる「失神の種類」朝礼の最中に倒れる…“ストレス”に起因する「神経反射性失神」「失神」とひとくちにいっても、人によって原因が異なります。なかには、治療が必要な疾患が原因で失神が起きていることもありますから、まずは原因を追求することが必要です。失神の原因として1番多いのは、「神経反射性失神」です。よく学生が朝礼のとき、校長先生の長い話を聞いている最中に倒れることがありますよね。これは「血管迷走神経性反射」といって、典型的な神経反射性失神の症状です。神経反射性失神は通常、なにかに対する「ストレス」に起因します。痛みや疲れ、緊張などのストレスがあると交感神経が非常に緊張し、副交感神経が交感神経を抑制しようとして、一気に亢進します。すると吐き気や蒼白、発汗、あくび、便意などの前駆症状が現れ、その後失神が起こります。失神を起こす直前、人によっては「目の前が暗くなる」などの自覚があり、しゃがみこむ場合もありますが、なかにはなんの自覚もなく、突然倒れてしまう人もいます。副交感神経が亢進すると、急激に血圧低下あるいは心停止(徐脈)の状態になるためです。そのように急激な変化が起きる場合は、自覚もないまま突然失神する状態になります。それから神経反射性失神のなかには、「状況性失神」というものもあります。これは排尿、排便、飲食、咳に誘発される失神のことで、特に多いのは飲食です。食事をしたあと「食後性低血圧」といって、食後5~10分で意識を失ってしまう人は少なくありません。また、咳をしたあとに突然白目をむいて失神してしまう人もいますし、排便や排尿のあとに立ち上がった瞬間失神する人もいます。排尿、排便、飲食、咳というこれらの行為はみな、副交感神経が緊張するものです。そのため、これらの行為のあとに血圧が下がって失神を起こしてしまうのです。立ちくらみに代表される「起立性失神」「起立性失神」も「神経反射性失神」同様、頻度の高い失神です。細かく分けると次の2つがあります。 崑┿性起立性低血圧」……座位から急に立ちあがったときに発症。10~20秒程度で完全に治まる。いわゆる「立ちくらみ」◆崔挌性起立性低血圧」……起立後しばらくして(通常1分~数分で)発症この2つのうち、怖いのは△痢崔挌性起立性低血圧」です。起立後しばらくしてから失神するため、本人としては転倒の危険から身を守る準備ができていませんから、転倒する場所によっては怪我などの事故を伴うこともあります。この遅発性起立性低血圧は一般にあまり認知されていない症状のため、見逃されてしまうこともあります。特に高齢者の方はご注意ください。とりわけ水分摂取量が不足しているときや利尿剤を使用しているとき、特定の胃腸障害に伴う脱水が起きているときには、こうした遅発性起立性失神が起きる可能性があります。立ち上がってからしばらく時間が経過し、「立ちくらみが起きないから、もう大丈夫」と油断しないようにしましょう。失神は「心臓や肺の異常」でも起こる「不整脈」…ペースメーカーの誤作動で失神する場合も不整脈による失神は、神経反射性失神の次に多く起きていると考えられます。不整脈には脈の乱れ方によって3つの種類がありますが、なかでも失神と関係が深いのは、脈が異常に遅くなったり、間隔が長くなったりする「徐脈(じょみゃく)」です。特に、心臓を動かすために電気信号による刺激を生み出す「洞結節」の働きに異常が起こり、徐脈や心停止を起こす「洞不全症候群」や、心房から心室の電気的興奮の伝導が障害される「第2および第3度房室ブロック」が不整脈の原因となる症例が目立ちます。また、ペースメーカーの誤作動や薬剤誘発性徐脈も、不整脈の原因のひとつです。なお、まれにではありますが、脈が異常に速くなる「頻脈」も失神の原因となります。特に心室頻拍や、突然死の原因にもなる「トルサード・ド・ポアント」、上室性頻拍症が失神を招くことがあります。ただし頻度的には非常にまれで、多くの場合は先述の通り、徐脈が失神の原因となります。心臓や肺の異常で発生…「心臓肺器質的疾患」「心臓肺器質的疾患」とは、心臓や肺に物理的・物質的な異常がある疾患のことです。失神を引き起こすリスクのある疾患として代表的なものに、「大動脈弁狭窄症」と、「肥大型心筋症(HCM)」があります。大動脈弁狭窄症とは、心臓の弁のひとつがきちんと開かず、心臓から全身に血液が送り出しにくくなってしまう病気のこと。一方、肥大型心筋症とは、心肥大を起こす原因となる高血圧や弁膜症などの疾患がないにもかかわらず、心筋が肥大する病気のことです。特に肥大型心筋症の場合は、最大25%の患者に失神が起きるとされていますが、これらはエコーなどの検査をすれば比較的容易に疾患を見つけることができますし、失神予防のために薬を投与されていることもあるため、日常臨床上、これらの疾患によって起きる失神が問題になることはあまりありません。失神を「予防」することはできるのか失神を引き起こす原因にはさまざまなものがありますが、失神を「予防する」ということはできるのでしょうか。また、いざというときにはどのように対処したらいいのでしょうか。毎日の生活に役立つ知識をご紹介します。失神で倒れたら「足を高くして、頭を低くする」失神の原因として1番多いのは「神経反射性失神」であり、心停止型と低血圧型の2種類があることは、上記でお話しした通りです。率直にいって、心停止型の場合はペースメーカーを使用することである程度失神を予防することはできますが、低血圧型の場合には予防はほとんど不可能です。神経反射性失神を起こしたときは、[画像1]のように足を高くして頭を低くし、脳に血液が流れるようにすることが大切です。こうすると失神が改善され、気分が楽になります。[画像1]「神経反射性失神」を起こしたときは、足を高く・頭を低くこの対処法は、自分が失神で倒れたときだけでなく、身の回りの人が急に失神で倒れたときなども役立ちます。ぜひ、覚えておいてください。ただし、「足をあげる」という対策が有効なのは、神経反射性失神や起立性失神のように「血圧低下」が原因の場合だけです。不整脈が原因となっている失神の場合は効果が期待できないため、注意が必要です。失神の完全な予防法は「ない」生活習慣で失神が起きないように気をつけられることは、塩分を少し多めに取ることくらいでしょうか。残念ながら失神を完全に予防することはできません。しかし、なかには「注射をすると失神するので、あらかじめ仰向けになって注射する」といったように、「こうすると失神が起きる」ということを経験則的に知っている方もいます。自分の失神してしまうパターンがわかっている場合は、事前に安全を確保しておきましょう。また、テレビなどで、失神を起こした人に冷水をかけたり顔を叩いたりするシーンを見たことがあるかもしれません。これにも実は意味があり、交感神経を緊張させて血圧を上げているのです。そのため、もし身近な人が失神を起こしたら、無理のない範囲でこうした対応をするのもひとつの手段です。失神を繰り返してしまう方は「チルトトレーニング」をしかし、「血管迷走神経性反射」のケースのように、失神を頻繁に繰り返してしまう人もいます。この場合、[画像2]のような起立調節訓練法(チルトトレーニング)を行うことによって失神を起きにくくさせます。正直なところ、あまりエビデンスがないため効果は定かではありませんが、一般的にはチルトトレーニングを繰り返すうちに血管の抵抗があがって収縮しやすくなり、その結果、失神が起こりにくくなるといわれています。血管迷走神経性反射による失神を繰り返している人は、1日1回、20分程度試してみるといいかもしれません。[図表2]チルトトレーニング<起立調節訓練法(チルトトレーニング)のやり方>1.壁に背中を密着させ、かかとを壁から15cm離して立つ。2.そのまま壁にもたれた状態で20分程度キープする。※トレーニング中に気分が悪くなったり、動悸やめまいを感じたりしたときはすぐに中止し、かかりつけ医に報告してください。まとめ冒頭でお話したとおり、失神は日本人の20%が経験します。特に神経反射性失神は、失神とはいかないまでも近い状況を体験したことがあるはずです。しかし、倒れた場所などによっては、重篤な怪我や事故につながりかねません。身近な人が失神を起こしたら、「すぐに安全を確保できる場所へ運ぶ」、そして先にお伝えした通り「足を高くして血流を改善する」という対処法を行いましょう。また、原因を探るためにも、失神を起こしたら循環器科を受診することを忘れずに。不整脈などの疾患が原因となって失神が起きている場合もありますからできるだけ早く受診し、失神したときの状況や症状、その後の経過などを詳しく医師に伝えましょう。桑原 大志東京ハートリズムクリニック院長
「失神」とひとくちにいっても、人によって原因が異なります。なかには、治療が必要な疾患が原因で失神が起きていることもありますから、まずは原因を追求することが必要です。
失神の原因として1番多いのは、「神経反射性失神」です。よく学生が朝礼のとき、校長先生の長い話を聞いている最中に倒れることがありますよね。これは「血管迷走神経性反射」といって、典型的な神経反射性失神の症状です。
神経反射性失神は通常、なにかに対する「ストレス」に起因します。痛みや疲れ、緊張などのストレスがあると交感神経が非常に緊張し、副交感神経が交感神経を抑制しようとして、一気に亢進します。すると吐き気や蒼白、発汗、あくび、便意などの前駆症状が現れ、その後失神が起こります。
失神を起こす直前、人によっては「目の前が暗くなる」などの自覚があり、しゃがみこむ場合もありますが、なかにはなんの自覚もなく、突然倒れてしまう人もいます。副交感神経が亢進すると、急激に血圧低下あるいは心停止(徐脈)の状態になるためです。そのように急激な変化が起きる場合は、自覚もないまま突然失神する状態になります。
それから神経反射性失神のなかには、「状況性失神」というものもあります。これは排尿、排便、飲食、咳に誘発される失神のことで、特に多いのは飲食です。食事をしたあと「食後性低血圧」といって、食後5~10分で意識を失ってしまう人は少なくありません。
また、咳をしたあとに突然白目をむいて失神してしまう人もいますし、排便や排尿のあとに立ち上がった瞬間失神する人もいます。
排尿、排便、飲食、咳というこれらの行為はみな、副交感神経が緊張するものです。そのため、これらの行為のあとに血圧が下がって失神を起こしてしまうのです。
「起立性失神」も「神経反射性失神」同様、頻度の高い失神です。細かく分けると次の2つがあります。
崑┿性起立性低血圧」……座位から急に立ちあがったときに発症。10~20秒程度で完全に治まる。いわゆる「立ちくらみ」◆崔挌性起立性低血圧」……起立後しばらくして(通常1分~数分で)発症
この2つのうち、怖いのは△痢崔挌性起立性低血圧」です。起立後しばらくしてから失神するため、本人としては転倒の危険から身を守る準備ができていませんから、転倒する場所によっては怪我などの事故を伴うこともあります。
この遅発性起立性低血圧は一般にあまり認知されていない症状のため、見逃されてしまうこともあります。特に高齢者の方はご注意ください。
とりわけ水分摂取量が不足しているときや利尿剤を使用しているとき、特定の胃腸障害に伴う脱水が起きているときには、こうした遅発性起立性失神が起きる可能性があります。立ち上がってからしばらく時間が経過し、「立ちくらみが起きないから、もう大丈夫」と油断しないようにしましょう。
失神は「心臓や肺の異常」でも起こる「不整脈」…ペースメーカーの誤作動で失神する場合も不整脈による失神は、神経反射性失神の次に多く起きていると考えられます。不整脈には脈の乱れ方によって3つの種類がありますが、なかでも失神と関係が深いのは、脈が異常に遅くなったり、間隔が長くなったりする「徐脈(じょみゃく)」です。特に、心臓を動かすために電気信号による刺激を生み出す「洞結節」の働きに異常が起こり、徐脈や心停止を起こす「洞不全症候群」や、心房から心室の電気的興奮の伝導が障害される「第2および第3度房室ブロック」が不整脈の原因となる症例が目立ちます。また、ペースメーカーの誤作動や薬剤誘発性徐脈も、不整脈の原因のひとつです。なお、まれにではありますが、脈が異常に速くなる「頻脈」も失神の原因となります。特に心室頻拍や、突然死の原因にもなる「トルサード・ド・ポアント」、上室性頻拍症が失神を招くことがあります。ただし頻度的には非常にまれで、多くの場合は先述の通り、徐脈が失神の原因となります。心臓や肺の異常で発生…「心臓肺器質的疾患」「心臓肺器質的疾患」とは、心臓や肺に物理的・物質的な異常がある疾患のことです。失神を引き起こすリスクのある疾患として代表的なものに、「大動脈弁狭窄症」と、「肥大型心筋症(HCM)」があります。大動脈弁狭窄症とは、心臓の弁のひとつがきちんと開かず、心臓から全身に血液が送り出しにくくなってしまう病気のこと。一方、肥大型心筋症とは、心肥大を起こす原因となる高血圧や弁膜症などの疾患がないにもかかわらず、心筋が肥大する病気のことです。特に肥大型心筋症の場合は、最大25%の患者に失神が起きるとされていますが、これらはエコーなどの検査をすれば比較的容易に疾患を見つけることができますし、失神予防のために薬を投与されていることもあるため、日常臨床上、これらの疾患によって起きる失神が問題になることはあまりありません。失神を「予防」することはできるのか失神を引き起こす原因にはさまざまなものがありますが、失神を「予防する」ということはできるのでしょうか。また、いざというときにはどのように対処したらいいのでしょうか。毎日の生活に役立つ知識をご紹介します。失神で倒れたら「足を高くして、頭を低くする」失神の原因として1番多いのは「神経反射性失神」であり、心停止型と低血圧型の2種類があることは、上記でお話しした通りです。率直にいって、心停止型の場合はペースメーカーを使用することである程度失神を予防することはできますが、低血圧型の場合には予防はほとんど不可能です。神経反射性失神を起こしたときは、[画像1]のように足を高くして頭を低くし、脳に血液が流れるようにすることが大切です。こうすると失神が改善され、気分が楽になります。[画像1]「神経反射性失神」を起こしたときは、足を高く・頭を低くこの対処法は、自分が失神で倒れたときだけでなく、身の回りの人が急に失神で倒れたときなども役立ちます。ぜひ、覚えておいてください。ただし、「足をあげる」という対策が有効なのは、神経反射性失神や起立性失神のように「血圧低下」が原因の場合だけです。不整脈が原因となっている失神の場合は効果が期待できないため、注意が必要です。失神の完全な予防法は「ない」生活習慣で失神が起きないように気をつけられることは、塩分を少し多めに取ることくらいでしょうか。残念ながら失神を完全に予防することはできません。しかし、なかには「注射をすると失神するので、あらかじめ仰向けになって注射する」といったように、「こうすると失神が起きる」ということを経験則的に知っている方もいます。自分の失神してしまうパターンがわかっている場合は、事前に安全を確保しておきましょう。また、テレビなどで、失神を起こした人に冷水をかけたり顔を叩いたりするシーンを見たことがあるかもしれません。これにも実は意味があり、交感神経を緊張させて血圧を上げているのです。そのため、もし身近な人が失神を起こしたら、無理のない範囲でこうした対応をするのもひとつの手段です。失神を繰り返してしまう方は「チルトトレーニング」をしかし、「血管迷走神経性反射」のケースのように、失神を頻繁に繰り返してしまう人もいます。この場合、[画像2]のような起立調節訓練法(チルトトレーニング)を行うことによって失神を起きにくくさせます。正直なところ、あまりエビデンスがないため効果は定かではありませんが、一般的にはチルトトレーニングを繰り返すうちに血管の抵抗があがって収縮しやすくなり、その結果、失神が起こりにくくなるといわれています。血管迷走神経性反射による失神を繰り返している人は、1日1回、20分程度試してみるといいかもしれません。[図表2]チルトトレーニング<起立調節訓練法(チルトトレーニング)のやり方>1.壁に背中を密着させ、かかとを壁から15cm離して立つ。2.そのまま壁にもたれた状態で20分程度キープする。※トレーニング中に気分が悪くなったり、動悸やめまいを感じたりしたときはすぐに中止し、かかりつけ医に報告してください。まとめ冒頭でお話したとおり、失神は日本人の20%が経験します。特に神経反射性失神は、失神とはいかないまでも近い状況を体験したことがあるはずです。しかし、倒れた場所などによっては、重篤な怪我や事故につながりかねません。身近な人が失神を起こしたら、「すぐに安全を確保できる場所へ運ぶ」、そして先にお伝えした通り「足を高くして血流を改善する」という対処法を行いましょう。また、原因を探るためにも、失神を起こしたら循環器科を受診することを忘れずに。不整脈などの疾患が原因となって失神が起きている場合もありますからできるだけ早く受診し、失神したときの状況や症状、その後の経過などを詳しく医師に伝えましょう。桑原 大志東京ハートリズムクリニック院長
不整脈による失神は、神経反射性失神の次に多く起きていると考えられます。
不整脈には脈の乱れ方によって3つの種類がありますが、なかでも失神と関係が深いのは、脈が異常に遅くなったり、間隔が長くなったりする「徐脈(じょみゃく)」です。
特に、心臓を動かすために電気信号による刺激を生み出す「洞結節」の働きに異常が起こり、徐脈や心停止を起こす「洞不全症候群」や、心房から心室の電気的興奮の伝導が障害される「第2および第3度房室ブロック」が不整脈の原因となる症例が目立ちます。
また、ペースメーカーの誤作動や薬剤誘発性徐脈も、不整脈の原因のひとつです。
なお、まれにではありますが、脈が異常に速くなる「頻脈」も失神の原因となります。特に心室頻拍や、突然死の原因にもなる「トルサード・ド・ポアント」、上室性頻拍症が失神を招くことがあります。ただし頻度的には非常にまれで、多くの場合は先述の通り、徐脈が失神の原因となります。
「心臓肺器質的疾患」とは、心臓や肺に物理的・物質的な異常がある疾患のことです。失神を引き起こすリスクのある疾患として代表的なものに、「大動脈弁狭窄症」と、「肥大型心筋症(HCM)」があります。
大動脈弁狭窄症とは、心臓の弁のひとつがきちんと開かず、心臓から全身に血液が送り出しにくくなってしまう病気のこと。一方、肥大型心筋症とは、心肥大を起こす原因となる高血圧や弁膜症などの疾患がないにもかかわらず、心筋が肥大する病気のことです。
特に肥大型心筋症の場合は、最大25%の患者に失神が起きるとされていますが、これらはエコーなどの検査をすれば比較的容易に疾患を見つけることができますし、失神予防のために薬を投与されていることもあるため、日常臨床上、これらの疾患によって起きる失神が問題になることはあまりありません。
失神を「予防」することはできるのか失神を引き起こす原因にはさまざまなものがありますが、失神を「予防する」ということはできるのでしょうか。また、いざというときにはどのように対処したらいいのでしょうか。毎日の生活に役立つ知識をご紹介します。失神で倒れたら「足を高くして、頭を低くする」失神の原因として1番多いのは「神経反射性失神」であり、心停止型と低血圧型の2種類があることは、上記でお話しした通りです。率直にいって、心停止型の場合はペースメーカーを使用することである程度失神を予防することはできますが、低血圧型の場合には予防はほとんど不可能です。神経反射性失神を起こしたときは、[画像1]のように足を高くして頭を低くし、脳に血液が流れるようにすることが大切です。こうすると失神が改善され、気分が楽になります。[画像1]「神経反射性失神」を起こしたときは、足を高く・頭を低くこの対処法は、自分が失神で倒れたときだけでなく、身の回りの人が急に失神で倒れたときなども役立ちます。ぜひ、覚えておいてください。ただし、「足をあげる」という対策が有効なのは、神経反射性失神や起立性失神のように「血圧低下」が原因の場合だけです。不整脈が原因となっている失神の場合は効果が期待できないため、注意が必要です。失神の完全な予防法は「ない」生活習慣で失神が起きないように気をつけられることは、塩分を少し多めに取ることくらいでしょうか。残念ながら失神を完全に予防することはできません。しかし、なかには「注射をすると失神するので、あらかじめ仰向けになって注射する」といったように、「こうすると失神が起きる」ということを経験則的に知っている方もいます。自分の失神してしまうパターンがわかっている場合は、事前に安全を確保しておきましょう。また、テレビなどで、失神を起こした人に冷水をかけたり顔を叩いたりするシーンを見たことがあるかもしれません。これにも実は意味があり、交感神経を緊張させて血圧を上げているのです。そのため、もし身近な人が失神を起こしたら、無理のない範囲でこうした対応をするのもひとつの手段です。失神を繰り返してしまう方は「チルトトレーニング」をしかし、「血管迷走神経性反射」のケースのように、失神を頻繁に繰り返してしまう人もいます。この場合、[画像2]のような起立調節訓練法(チルトトレーニング)を行うことによって失神を起きにくくさせます。正直なところ、あまりエビデンスがないため効果は定かではありませんが、一般的にはチルトトレーニングを繰り返すうちに血管の抵抗があがって収縮しやすくなり、その結果、失神が起こりにくくなるといわれています。血管迷走神経性反射による失神を繰り返している人は、1日1回、20分程度試してみるといいかもしれません。[図表2]チルトトレーニング<起立調節訓練法(チルトトレーニング)のやり方>1.壁に背中を密着させ、かかとを壁から15cm離して立つ。2.そのまま壁にもたれた状態で20分程度キープする。※トレーニング中に気分が悪くなったり、動悸やめまいを感じたりしたときはすぐに中止し、かかりつけ医に報告してください。まとめ冒頭でお話したとおり、失神は日本人の20%が経験します。特に神経反射性失神は、失神とはいかないまでも近い状況を体験したことがあるはずです。しかし、倒れた場所などによっては、重篤な怪我や事故につながりかねません。身近な人が失神を起こしたら、「すぐに安全を確保できる場所へ運ぶ」、そして先にお伝えした通り「足を高くして血流を改善する」という対処法を行いましょう。また、原因を探るためにも、失神を起こしたら循環器科を受診することを忘れずに。不整脈などの疾患が原因となって失神が起きている場合もありますからできるだけ早く受診し、失神したときの状況や症状、その後の経過などを詳しく医師に伝えましょう。桑原 大志東京ハートリズムクリニック院長
失神を引き起こす原因にはさまざまなものがありますが、失神を「予防する」ということはできるのでしょうか。また、いざというときにはどのように対処したらいいのでしょうか。毎日の生活に役立つ知識をご紹介します。
失神の原因として1番多いのは「神経反射性失神」であり、心停止型と低血圧型の2種類があることは、上記でお話しした通りです。率直にいって、心停止型の場合はペースメーカーを使用することである程度失神を予防することはできますが、低血圧型の場合には予防はほとんど不可能です。
神経反射性失神を起こしたときは、[画像1]のように足を高くして頭を低くし、脳に血液が流れるようにすることが大切です。こうすると失神が改善され、気分が楽になります。
[画像1]「神経反射性失神」を起こしたときは、足を高く・頭を低く
この対処法は、自分が失神で倒れたときだけでなく、身の回りの人が急に失神で倒れたときなども役立ちます。ぜひ、覚えておいてください。
ただし、「足をあげる」という対策が有効なのは、神経反射性失神や起立性失神のように「血圧低下」が原因の場合だけです。不整脈が原因となっている失神の場合は効果が期待できないため、注意が必要です。
生活習慣で失神が起きないように気をつけられることは、塩分を少し多めに取ることくらいでしょうか。残念ながら失神を完全に予防することはできません。
しかし、なかには「注射をすると失神するので、あらかじめ仰向けになって注射する」といったように、「こうすると失神が起きる」ということを経験則的に知っている方もいます。自分の失神してしまうパターンがわかっている場合は、事前に安全を確保しておきましょう。
また、テレビなどで、失神を起こした人に冷水をかけたり顔を叩いたりするシーンを見たことがあるかもしれません。
これにも実は意味があり、交感神経を緊張させて血圧を上げているのです。そのため、もし身近な人が失神を起こしたら、無理のない範囲でこうした対応をするのもひとつの手段です。
しかし、「血管迷走神経性反射」のケースのように、失神を頻繁に繰り返してしまう人もいます。
この場合、[画像2]のような起立調節訓練法(チルトトレーニング)を行うことによって失神を起きにくくさせます。
正直なところ、あまりエビデンスがないため効果は定かではありませんが、一般的にはチルトトレーニングを繰り返すうちに血管の抵抗があがって収縮しやすくなり、その結果、失神が起こりにくくなるといわれています。
血管迷走神経性反射による失神を繰り返している人は、1日1回、20分程度試してみるといいかもしれません。
[図表2]チルトトレーニング
1.壁に背中を密着させ、かかとを壁から15cm離して立つ。2.そのまま壁にもたれた状態で20分程度キープする。
※トレーニング中に気分が悪くなったり、動悸やめまいを感じたりしたときはすぐに中止し、かかりつけ医に報告してください。
冒頭でお話したとおり、失神は日本人の20%が経験します。特に神経反射性失神は、失神とはいかないまでも近い状況を体験したことがあるはずです。
しかし、倒れた場所などによっては、重篤な怪我や事故につながりかねません。
身近な人が失神を起こしたら、「すぐに安全を確保できる場所へ運ぶ」、そして先にお伝えした通り「足を高くして血流を改善する」という対処法を行いましょう。
また、原因を探るためにも、失神を起こしたら循環器科を受診することを忘れずに。不整脈などの疾患が原因となって失神が起きている場合もありますからできるだけ早く受診し、失神したときの状況や症状、その後の経過などを詳しく医師に伝えましょう。
桑原 大志
東京ハートリズムクリニック
院長