「今年に入ってすぐ、友達から『おいしい仕事がある』って紹介されたのがワクチン接種会場のサポートバイトでした」
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そう語るのは都内の有名私大に通う大学3年生川口翔太君(21歳・仮名)。高校までサッカーをやっていたという体は筋肉質で、笑顔が爽やかな好青年だ。
「家がそれほど裕福ではないので授業料を稼がなくてはならず、時給が高めのバイトを探していたんですが、派遣会社に登録して始めるワクチンバイトは、時給が高めでコスパのいい仕事だと友達の間で評判だったんです。

派遣会社のランクによって時給は異なっていて、下請けから派遣されると時給1200円くらいですが、より役所に近い元受けなどに登録して派遣されると時給で2000円くらいもらえる。春休みに集中的にシフトに入った時は2週間で20万円以上も稼げました」その金額に驚くが、それ以上に勤務の内容にさらに驚かされる。簡単、この一言に尽きる「とにかくラクなんです。僕が入った接種会場では一日で最大350人オーバーのキャパがあると説明されていたんですが、実際は2割にも満たない日が多かったです。その人数に対して、僕たちアルバイトの揃え方がすごいんです」会場内の業務ポジションは、入口誘導(3人)、入口受付(4人)、会場内誘導(7人)、接種後の待合室の立ち合い(3人)、出口受付(2人)、待機要員(2人)という配置が通常だったという。 「4月以降は特に暇な日が増えて、『こんなにバイトを雇わなくていいだろうに』って毎日思ってました。実際に一人が担当するのは数メートルですから。20歩おきに並んだ僕らが接種希望者をベルトコンベア式に手渡していくイメージです(笑)。それでもファイザーのほうは8時間シフトに入ると1.5時間くらいの休憩でしたけど、人気のないモデルナの担当になると3時間に1時間休み、みたいな感じでしたね。職場に緊張感はなかったし、学生と主婦層が多いという状況も緩い雰囲気に輪をかけてたという気がします。すごい真面目に頑張ってるおじさんとかは『なんだこの人』みたいにみられてしまって、かわいそうだった」そんな状況のなか、GW頃、川口君は史恵さん(38歳・仮名)と仲良くなる。 「休憩場所で一緒になって何となく話すしてるうちに仲良くなった感じです。『結婚はしてるけど子供はいない』って言ってました。僕が学費を稼ぐためにって話をしたら『すごいね』ってほめてくれて……旦那さんが『転職癖があって蓄えがないから働いてる』、って」すぐにLINEの交換をして、職場以外でもやり取りをするようになったという。「おばさんには興味ない?」と堂々と誘われ「3日もしないうちにLINEの内容もディープになってきて(苦笑)、僕が付き合っていた彼女と別れた話をしたら『自分もだいぶセックスレス』だって。その翌日、バイト先で突然、『おばさんには興味ない?』って直球で誘われました」その日、駅で待ち合わせてそのままホテルに向かった。「史恵さんは可愛い感じの人でした。ネイルなんかにも気を使っていて子供がいないせいか生活感もあまりないし、年齢ほどの年上感はなかったんです。ベッドの上では、優しいお姉さんっていう感じでリードしてもらえたのが新鮮でした。ただ終わってから『やっぱり筋肉がすごいから動きがダイナミックね』って言われてちょっと恥ずかしかったけど(笑)」その後も2ヵ月で3回ほどホテルで関係を持ったという川口君だが突然、7月に入って職場の別の主婦から「わたしともLINE交換しない?」と言われた。「いきなり言われたのにも戸惑いましたが、『私とも』っていう部分にドキッとしました。それでよく聞いたら史恵さんが話してるって。どうやらこの1年くらい、数人の30代主婦がグループを作って若い男子をつまみ食いしては情報共有をしていて、僕の話もまんまと知れ渡っていたらしいんです」最悪だと感じたのは、ほかの派遣の男性にもバレていたことだったという。「61歳のおじさんに『史恵さんでよかったじゃない。つらそうなおばさんもいるからね』ってニヤニヤされたんです。LINE交換を求めてきた主婦からは、『史恵さんからの評価、高いわよ』って言われたけど、どんな話になっているのか怖すぎて、もう史恵さんともほかの女性とも話すのも嫌でした。これ以上彼女に関わりたくなくて、すぐLINEをブロックしました」浮かび上がる怪しい実態それ以降注意していると、確かに会場内でも怪しい空気を醸し出すシーンが多くみられたという。スタッフ間でのナンパや、好きな異性と同じ勤務日にシフトを入れる追っかけパターンなど、「男女関係に疎い」川口君にもわかるようなスタッフの行動がそこかしこに見られた。「できるだけ彼女から離れていました。多くのスタッフが登録されているため、同じメンツだけでの勤務になることは少ないんですけど、運悪くすぐ近くに配置されることもありました。そんな時はなるべくうつむいて目を合わせないようにしていました。でも休憩時間がかぶるとどうしても小さい部屋に一緒になってしまうので、くそ暑いなか僕が建物の外に出ていかなくてはならなかったのは、キツかったですけど(苦笑)」そんな状況が激変したのは8月半ばのことだった。「イケメンだけど気が弱い、っていう草食系の男子バイトがいるんですけど、彼がお姉さまたちの毒牙にかかりそうになり、その圧の強さに怖くなってメールで区の責任部署に訴えたらしいんです。すると、区長名で『派遣同士で連絡先の交換をしないように』という通達があったんです」派遣会社を経由して全スタッフに向けてある通達があったのは、8月下旬。それは、以下のような文面の注意勧告だった。〈個人的な内容のSNSのやりとり、及びそれに付随する行動・言動で気分を害された等の報告を受けております。勤務を重ねる中、LINE等のSNSアカウントを交換するケースもあるかと存じます。スタッフの皆様同士でのコミュニケーション自体に制限をかけるつもりはありませんが、あくまで勤務に関わる内容に絞っての活用をお願いします。まずは全体への注意喚起とさせていただきますが、改善が見られないようであれば、個別に連絡の上、ご勤務への制限等の対応を取らせていただきます〉「もっと楽しめばよかったのに」夏休みが終わるのを機に、ワクチン接種会場のバイトを辞めて、就職のためのインターン活動を本格的に始めた川口君。「都内の他の場所で同じバイトをしてた女友達からは、『男性バイトが連絡先教えてくれってしつこくて困る』っていう話も聞いたので、僕が行ってたあの会場だけの問題ではなかったかもしれませんが、やはり異常な環境だったとは思いますね。あと2~3日でバイトも終わるっていうとき、史恵さんがすっと近くにやって来て、『もっと楽しめばよかったのに』って一言、すごい低い声でつぶやいて離れて行ったのですが、思わずぞっとしました。まさか、ワクチン接種会場でこんなことに巻き込まれるなんて、怖くて…正直、世の中にはこういう女の人もいるという実態を知ったことが、このバイトの一番の収穫だったかもしれません」
「家がそれほど裕福ではないので授業料を稼がなくてはならず、時給が高めのバイトを探していたんですが、派遣会社に登録して始めるワクチンバイトは、時給が高めでコスパのいい仕事だと友達の間で評判だったんです。
派遣会社のランクによって時給は異なっていて、下請けから派遣されると時給1200円くらいですが、より役所に近い元受けなどに登録して派遣されると時給で2000円くらいもらえる。
春休みに集中的にシフトに入った時は2週間で20万円以上も稼げました」
その金額に驚くが、それ以上に勤務の内容にさらに驚かされる。
「とにかくラクなんです。僕が入った接種会場では一日で最大350人オーバーのキャパがあると説明されていたんですが、実際は2割にも満たない日が多かったです。
その人数に対して、僕たちアルバイトの揃え方がすごいんです」
会場内の業務ポジションは、入口誘導(3人)、入口受付(4人)、会場内誘導(7人)、接種後の待合室の立ち合い(3人)、出口受付(2人)、待機要員(2人)という配置が通常だったという。
「4月以降は特に暇な日が増えて、『こんなにバイトを雇わなくていいだろうに』って毎日思ってました。実際に一人が担当するのは数メートルですから。20歩おきに並んだ僕らが接種希望者をベルトコンベア式に手渡していくイメージです(笑)。それでもファイザーのほうは8時間シフトに入ると1.5時間くらいの休憩でしたけど、人気のないモデルナの担当になると3時間に1時間休み、みたいな感じでしたね。職場に緊張感はなかったし、学生と主婦層が多いという状況も緩い雰囲気に輪をかけてたという気がします。すごい真面目に頑張ってるおじさんとかは『なんだこの人』みたいにみられてしまって、かわいそうだった」そんな状況のなか、GW頃、川口君は史恵さん(38歳・仮名)と仲良くなる。 「休憩場所で一緒になって何となく話すしてるうちに仲良くなった感じです。『結婚はしてるけど子供はいない』って言ってました。僕が学費を稼ぐためにって話をしたら『すごいね』ってほめてくれて……旦那さんが『転職癖があって蓄えがないから働いてる』、って」すぐにLINEの交換をして、職場以外でもやり取りをするようになったという。「おばさんには興味ない?」と堂々と誘われ「3日もしないうちにLINEの内容もディープになってきて(苦笑)、僕が付き合っていた彼女と別れた話をしたら『自分もだいぶセックスレス』だって。その翌日、バイト先で突然、『おばさんには興味ない?』って直球で誘われました」その日、駅で待ち合わせてそのままホテルに向かった。「史恵さんは可愛い感じの人でした。ネイルなんかにも気を使っていて子供がいないせいか生活感もあまりないし、年齢ほどの年上感はなかったんです。ベッドの上では、優しいお姉さんっていう感じでリードしてもらえたのが新鮮でした。ただ終わってから『やっぱり筋肉がすごいから動きがダイナミックね』って言われてちょっと恥ずかしかったけど(笑)」その後も2ヵ月で3回ほどホテルで関係を持ったという川口君だが突然、7月に入って職場の別の主婦から「わたしともLINE交換しない?」と言われた。「いきなり言われたのにも戸惑いましたが、『私とも』っていう部分にドキッとしました。それでよく聞いたら史恵さんが話してるって。どうやらこの1年くらい、数人の30代主婦がグループを作って若い男子をつまみ食いしては情報共有をしていて、僕の話もまんまと知れ渡っていたらしいんです」最悪だと感じたのは、ほかの派遣の男性にもバレていたことだったという。「61歳のおじさんに『史恵さんでよかったじゃない。つらそうなおばさんもいるからね』ってニヤニヤされたんです。LINE交換を求めてきた主婦からは、『史恵さんからの評価、高いわよ』って言われたけど、どんな話になっているのか怖すぎて、もう史恵さんともほかの女性とも話すのも嫌でした。これ以上彼女に関わりたくなくて、すぐLINEをブロックしました」浮かび上がる怪しい実態それ以降注意していると、確かに会場内でも怪しい空気を醸し出すシーンが多くみられたという。スタッフ間でのナンパや、好きな異性と同じ勤務日にシフトを入れる追っかけパターンなど、「男女関係に疎い」川口君にもわかるようなスタッフの行動がそこかしこに見られた。「できるだけ彼女から離れていました。多くのスタッフが登録されているため、同じメンツだけでの勤務になることは少ないんですけど、運悪くすぐ近くに配置されることもありました。そんな時はなるべくうつむいて目を合わせないようにしていました。でも休憩時間がかぶるとどうしても小さい部屋に一緒になってしまうので、くそ暑いなか僕が建物の外に出ていかなくてはならなかったのは、キツかったですけど(苦笑)」そんな状況が激変したのは8月半ばのことだった。「イケメンだけど気が弱い、っていう草食系の男子バイトがいるんですけど、彼がお姉さまたちの毒牙にかかりそうになり、その圧の強さに怖くなってメールで区の責任部署に訴えたらしいんです。すると、区長名で『派遣同士で連絡先の交換をしないように』という通達があったんです」派遣会社を経由して全スタッフに向けてある通達があったのは、8月下旬。それは、以下のような文面の注意勧告だった。〈個人的な内容のSNSのやりとり、及びそれに付随する行動・言動で気分を害された等の報告を受けております。勤務を重ねる中、LINE等のSNSアカウントを交換するケースもあるかと存じます。スタッフの皆様同士でのコミュニケーション自体に制限をかけるつもりはありませんが、あくまで勤務に関わる内容に絞っての活用をお願いします。まずは全体への注意喚起とさせていただきますが、改善が見られないようであれば、個別に連絡の上、ご勤務への制限等の対応を取らせていただきます〉「もっと楽しめばよかったのに」夏休みが終わるのを機に、ワクチン接種会場のバイトを辞めて、就職のためのインターン活動を本格的に始めた川口君。「都内の他の場所で同じバイトをしてた女友達からは、『男性バイトが連絡先教えてくれってしつこくて困る』っていう話も聞いたので、僕が行ってたあの会場だけの問題ではなかったかもしれませんが、やはり異常な環境だったとは思いますね。あと2~3日でバイトも終わるっていうとき、史恵さんがすっと近くにやって来て、『もっと楽しめばよかったのに』って一言、すごい低い声でつぶやいて離れて行ったのですが、思わずぞっとしました。まさか、ワクチン接種会場でこんなことに巻き込まれるなんて、怖くて…正直、世の中にはこういう女の人もいるという実態を知ったことが、このバイトの一番の収穫だったかもしれません」
「4月以降は特に暇な日が増えて、『こんなにバイトを雇わなくていいだろうに』って毎日思ってました。実際に一人が担当するのは数メートルですから。
20歩おきに並んだ僕らが接種希望者をベルトコンベア式に手渡していくイメージです(笑)。それでもファイザーのほうは8時間シフトに入ると1.5時間くらいの休憩でしたけど、人気のないモデルナの担当になると3時間に1時間休み、みたいな感じでしたね。
職場に緊張感はなかったし、学生と主婦層が多いという状況も緩い雰囲気に輪をかけてたという気がします。すごい真面目に頑張ってるおじさんとかは『なんだこの人』みたいにみられてしまって、かわいそうだった」
そんな状況のなか、GW頃、川口君は史恵さん(38歳・仮名)と仲良くなる。
「休憩場所で一緒になって何となく話すしてるうちに仲良くなった感じです。『結婚はしてるけど子供はいない』って言ってました。僕が学費を稼ぐためにって話をしたら『すごいね』ってほめてくれて……旦那さんが『転職癖があって蓄えがないから働いてる』、って」すぐにLINEの交換をして、職場以外でもやり取りをするようになったという。「おばさんには興味ない?」と堂々と誘われ「3日もしないうちにLINEの内容もディープになってきて(苦笑)、僕が付き合っていた彼女と別れた話をしたら『自分もだいぶセックスレス』だって。その翌日、バイト先で突然、『おばさんには興味ない?』って直球で誘われました」その日、駅で待ち合わせてそのままホテルに向かった。「史恵さんは可愛い感じの人でした。ネイルなんかにも気を使っていて子供がいないせいか生活感もあまりないし、年齢ほどの年上感はなかったんです。ベッドの上では、優しいお姉さんっていう感じでリードしてもらえたのが新鮮でした。ただ終わってから『やっぱり筋肉がすごいから動きがダイナミックね』って言われてちょっと恥ずかしかったけど(笑)」その後も2ヵ月で3回ほどホテルで関係を持ったという川口君だが突然、7月に入って職場の別の主婦から「わたしともLINE交換しない?」と言われた。「いきなり言われたのにも戸惑いましたが、『私とも』っていう部分にドキッとしました。それでよく聞いたら史恵さんが話してるって。どうやらこの1年くらい、数人の30代主婦がグループを作って若い男子をつまみ食いしては情報共有をしていて、僕の話もまんまと知れ渡っていたらしいんです」最悪だと感じたのは、ほかの派遣の男性にもバレていたことだったという。「61歳のおじさんに『史恵さんでよかったじゃない。つらそうなおばさんもいるからね』ってニヤニヤされたんです。LINE交換を求めてきた主婦からは、『史恵さんからの評価、高いわよ』って言われたけど、どんな話になっているのか怖すぎて、もう史恵さんともほかの女性とも話すのも嫌でした。これ以上彼女に関わりたくなくて、すぐLINEをブロックしました」浮かび上がる怪しい実態それ以降注意していると、確かに会場内でも怪しい空気を醸し出すシーンが多くみられたという。スタッフ間でのナンパや、好きな異性と同じ勤務日にシフトを入れる追っかけパターンなど、「男女関係に疎い」川口君にもわかるようなスタッフの行動がそこかしこに見られた。「できるだけ彼女から離れていました。多くのスタッフが登録されているため、同じメンツだけでの勤務になることは少ないんですけど、運悪くすぐ近くに配置されることもありました。そんな時はなるべくうつむいて目を合わせないようにしていました。でも休憩時間がかぶるとどうしても小さい部屋に一緒になってしまうので、くそ暑いなか僕が建物の外に出ていかなくてはならなかったのは、キツかったですけど(苦笑)」そんな状況が激変したのは8月半ばのことだった。「イケメンだけど気が弱い、っていう草食系の男子バイトがいるんですけど、彼がお姉さまたちの毒牙にかかりそうになり、その圧の強さに怖くなってメールで区の責任部署に訴えたらしいんです。すると、区長名で『派遣同士で連絡先の交換をしないように』という通達があったんです」派遣会社を経由して全スタッフに向けてある通達があったのは、8月下旬。それは、以下のような文面の注意勧告だった。〈個人的な内容のSNSのやりとり、及びそれに付随する行動・言動で気分を害された等の報告を受けております。勤務を重ねる中、LINE等のSNSアカウントを交換するケースもあるかと存じます。スタッフの皆様同士でのコミュニケーション自体に制限をかけるつもりはありませんが、あくまで勤務に関わる内容に絞っての活用をお願いします。まずは全体への注意喚起とさせていただきますが、改善が見られないようであれば、個別に連絡の上、ご勤務への制限等の対応を取らせていただきます〉「もっと楽しめばよかったのに」夏休みが終わるのを機に、ワクチン接種会場のバイトを辞めて、就職のためのインターン活動を本格的に始めた川口君。「都内の他の場所で同じバイトをしてた女友達からは、『男性バイトが連絡先教えてくれってしつこくて困る』っていう話も聞いたので、僕が行ってたあの会場だけの問題ではなかったかもしれませんが、やはり異常な環境だったとは思いますね。あと2~3日でバイトも終わるっていうとき、史恵さんがすっと近くにやって来て、『もっと楽しめばよかったのに』って一言、すごい低い声でつぶやいて離れて行ったのですが、思わずぞっとしました。まさか、ワクチン接種会場でこんなことに巻き込まれるなんて、怖くて…正直、世の中にはこういう女の人もいるという実態を知ったことが、このバイトの一番の収穫だったかもしれません」
「休憩場所で一緒になって何となく話すしてるうちに仲良くなった感じです。『結婚はしてるけど子供はいない』って言ってました。
僕が学費を稼ぐためにって話をしたら『すごいね』ってほめてくれて……旦那さんが『転職癖があって蓄えがないから働いてる』、って」
すぐにLINEの交換をして、職場以外でもやり取りをするようになったという。
「3日もしないうちにLINEの内容もディープになってきて(苦笑)、僕が付き合っていた彼女と別れた話をしたら『自分もだいぶセックスレス』だって。
その翌日、バイト先で突然、『おばさんには興味ない?』って直球で誘われました」
その日、駅で待ち合わせてそのままホテルに向かった。
「史恵さんは可愛い感じの人でした。ネイルなんかにも気を使っていて子供がいないせいか生活感もあまりないし、年齢ほどの年上感はなかったんです。
ベッドの上では、優しいお姉さんっていう感じでリードしてもらえたのが新鮮でした。ただ終わってから『やっぱり筋肉がすごいから動きがダイナミックね』って言われてちょっと恥ずかしかったけど(笑)」
その後も2ヵ月で3回ほどホテルで関係を持ったという川口君だが突然、7月に入って職場の別の主婦から「わたしともLINE交換しない?」と言われた。
「いきなり言われたのにも戸惑いましたが、『私とも』っていう部分にドキッとしました。それでよく聞いたら史恵さんが話してるって。
どうやらこの1年くらい、数人の30代主婦がグループを作って若い男子をつまみ食いしては情報共有をしていて、僕の話もまんまと知れ渡っていたらしいんです」
最悪だと感じたのは、ほかの派遣の男性にもバレていたことだったという。
「61歳のおじさんに『史恵さんでよかったじゃない。つらそうなおばさんもいるからね』ってニヤニヤされたんです。
LINE交換を求めてきた主婦からは、『史恵さんからの評価、高いわよ』って言われたけど、どんな話になっているのか怖すぎて、もう史恵さんともほかの女性とも話すのも嫌でした。これ以上彼女に関わりたくなくて、すぐLINEをブロックしました」
それ以降注意していると、確かに会場内でも怪しい空気を醸し出すシーンが多くみられたという。
スタッフ間でのナンパや、好きな異性と同じ勤務日にシフトを入れる追っかけパターンなど、「男女関係に疎い」川口君にもわかるようなスタッフの行動がそこかしこに見られた。
「できるだけ彼女から離れていました。多くのスタッフが登録されているため、同じメンツだけでの勤務になることは少ないんですけど、運悪くすぐ近くに配置されることもありました。
そんな時はなるべくうつむいて目を合わせないようにしていました。でも休憩時間がかぶるとどうしても小さい部屋に一緒になってしまうので、くそ暑いなか僕が建物の外に出ていかなくてはならなかったのは、キツかったですけど(苦笑)」
そんな状況が激変したのは8月半ばのことだった。
「イケメンだけど気が弱い、っていう草食系の男子バイトがいるんですけど、彼がお姉さまたちの毒牙にかかりそうになり、その圧の強さに怖くなってメールで区の責任部署に訴えたらしいんです。
すると、区長名で『派遣同士で連絡先の交換をしないように』という通達があったんです」
派遣会社を経由して全スタッフに向けてある通達があったのは、8月下旬。それは、以下のような文面の注意勧告だった。
〈個人的な内容のSNSのやりとり、及びそれに付随する行動・言動で気分を害された等の報告を受けております。勤務を重ねる中、LINE等のSNSアカウントを交換するケースもあるかと存じます。
スタッフの皆様同士でのコミュニケーション自体に制限をかけるつもりはありませんが、あくまで勤務に関わる内容に絞っての活用をお願いします。
まずは全体への注意喚起とさせていただきますが、改善が見られないようであれば、個別に連絡の上、ご勤務への制限等の対応を取らせていただきます〉
夏休みが終わるのを機に、ワクチン接種会場のバイトを辞めて、就職のためのインターン活動を本格的に始めた川口君。
「都内の他の場所で同じバイトをしてた女友達からは、『男性バイトが連絡先教えてくれってしつこくて困る』っていう話も聞いたので、僕が行ってたあの会場だけの問題ではなかったかもしれませんが、やはり異常な環境だったとは思いますね。
あと2~3日でバイトも終わるっていうとき、史恵さんがすっと近くにやって来て、『もっと楽しめばよかったのに』って一言、すごい低い声でつぶやいて離れて行ったのですが、思わずぞっとしました。
まさか、ワクチン接種会場でこんなことに巻き込まれるなんて、怖くて…正直、世の中にはこういう女の人もいるという実態を知ったことが、このバイトの一番の収穫だったかもしれません」