※本稿は、紫苑『71歳、年金月5万円、あるもので工夫する楽しい節約生活』(大和書房)の一部を再編集したものです。
はじめまして。紫苑と申します。しおん、と読みます。花の名前です。「ひとり紫苑・プチプラ快適な日々を工夫」というブログを書いています。
今年の3月で71歳になりました。
節約ブログを書きはじめたのはコロナ禍のなか、69歳のときです。それまでは10年近く「着物ブログ」を書き、プチプラとはいえ多くのお金を着物に費やしていました。どれほど多くかというと桐ダンスが壊れる、部屋中着物で足の踏み場もなくなる、といった具合です。
桐ダンスが壊れたのは、上に上にと買った着物を積み上げていったからです。
お金について考えるのが苦手というか、この年になるまでお金とちゃんと向き合った経験はほとんどありませんでした。逃げていたのだと思います。
母子家庭で二人の子どもを育てていた上、フリーランスの仕事で収入は安定していません。そのため常に漠然とした不安を持ちながら、長い間暮らしてきたように思います。
一般的に子どもが育つまでには1千万円とも2千万円とも言われていた時代です。二人の子を育てあげるまでにはどのくらいかかるのか、それを考えるだけで気が遠くなります。老後資金「2千万円」にしても同じです。そんな数字を考えていたら意気消沈するばかり、前に進む気力もなくなります。そんなことで、数字には目をつぶって生きてきた、というか、そのようにしてやっていくしかなかったのです。
仕事がうまくいってまとまったお金が入ったこともあります。
今度は「持っている不安」に襲われたのか、あるいはもっと増やしたいと思ったのか、自分でもよくわからないままに株に投資、その後のリーマンショックもあり、何百万円もの損害を出してしまいました。
そんなこんなで子どもとのトラブルも当然絶えませんでした。
あまりの不安で夜眠れないことが増えたのは、新築タワマンの公団住宅(UR賃貸住宅)から古い公団に移った頃です。子どもは独立していましたが、公団の家賃を払うことが負担になり、地方への移転も考えました。いろいろ調べてみましたが、初めての土地に60歳を過ぎた女性の一人住まいは私には厳しいことがわかり、諦めました。
そんなとき、散歩していた道の路地に「売り家」の貼り紙を見つけました。悩んだ挙げ句、貯金をはたいて築40年の中古住宅を購入することにしました。一軒家を選んだのは、管理費も修繕積立費もいらないからです。年金受給開始の少し前、64歳のときでした。
一軒家に引っ越してからは家賃はいらない代わりに貯金もなくなりました。でも、仕事もまだ細々とではありますが続いていて、息も絶え絶え、どうにかやっていました。
そこにコロナ。
外に出ることさえ危ないという事態になりました。外に出ることができない、当然仕事量も減ります。どうしよう。改めて年金振込通知書を穴のあくほど見つめてみましたが、何度見ても金額が変わらないのが悲しい。さて、どうする?
人生で初めてお金に向き合う生活の始まりです。69歳。あまりに遅い目覚めでした。
外に出られない、一人での食事を始めるにあたり、いくつか決めたことがありました。それは、次の3点です。
一人でもちゃんと食べる、は、家族がいないと料理をする気力がわかない、作る気がしないというシニアが多いのを知り、これは避けたいと思ったのです。これから70代、80代を過ごすために健康は大きな課題です。一人で病気、あるいは一人になって毎日身体がいうことをきいてくれなくなるのはツラいなあと。
ちゃんとした食生活は健康の基本です。そんなことから、とにかく三食ちゃんと食べることを自分に課したのです。
始めてみると、この生活は私には快適でした。
好きなものを好きなように食べることができます。加えて量も質も、自分好みにできます。今では安い食材を工夫して食べることは習慣になりました。そのお陰で身体まで丈夫、元気になりました。
身体にいい食材は安い。その理由は旬のものしか買わないからです。スーパーに行くとまず安い野菜(わが家の近くのスーパーでは100円前後のもの)を探します。
ごぼう、小松菜、大根、キノコ類など、身体にいい食材ばかりです。あとは定番のたまねぎ、じゃがいも、もやしなど。
それらをシンプルに料理することで、簡単に美味しい料理が楽しめます。
キノコは胃腸に優しく、ごぼうは腸活にいい、こういった知識も少しずつ増やしていきました。その結果、長年の過敏性大腸炎がいつのまにか治っていました。毎朝の快腸生活は身体全体を元気にしてくれます。なにより気持ちいい朝の習慣です。
もっとよかったのは、食費月1万円でやっていけるとわかり、お金の心配、不安がなくなったことです。元気になったのは、この不安がなくなったのが大きな原因かもしれません。
まさに身体が、心が、人生が変わったのです。
ここで私の毎月の支出を公開します。参考までに以前の支出と比較してみました。
収入は簡単で、月に年金額5万円弱です。支出については毎月払う固定費をおおよそ1万円ずつと決めていました。住居費は貯金をはたいて家を購入したのでゼロです。
ガス・水道・電気の光熱費が1万円、固定資産税・健康保険・介護保険・NHK受信料などの特別出費積立費(月割)に1万円、通信費が1万円で3万円です。おおざっぱに1万円と決めていますが、特別出費積立費以外は1万円を超えることはなく、夏冬のエアコン代がかさむと1万円を少し超えるくらいです。煩雑さを避けるためすべて1万円として計算、残りは放っておきます。固定費を引いた残りが食費、消耗品、交通費、医療費などになります。
1万円食費としたのは、こちらもキリがいいからです。必要なら調整するつもりで試したところ、1万円で大丈夫でした。美容費は以前のモノを使い、衣服費も自分で作る、リサイクル品で楽しむで、ほぼゼロ、使っても数千円です。
お金があっても不安でいっぱいだった頃と比べ、今は娯楽費などがありませんが、精神的には前よりゆとりがあり、毎日が楽しいから不思議です。
月5万円弱の年金生活、基本的にはこの範囲内で生活できればよしとしています。
年金を超える生活レベルでは貯金を切り崩すことになり、それでは年を追うごとに不安が強くなります。今は月5万円でも赤字にならないため結果として貯金はできていますが、貯金が目的ではなく、不安をなくすことが一番の課題です。
月5万円弱のお金ではやっていけるはずがない。その上貯金なんてできるわけがない、こう思われるかもしれません。私もそう思っていました。本を開いてもネットを開いても多くの識者が「老後の生活費は夫婦で最低でも20万円は必要」と述べています。
「今50代ですが、もらえる年金が少なく、ものすごく不安です」
私のブログが雑誌に掲載されたとき、多くの人からこんな切実な声が寄せられました。今の50代の人のなかには加入期間が40年に満たない人が多くいるそうです。大学を卒業して20代で専業主婦になった人には未払いのままの人がいるからです。以前はサラリーマン世帯の専業主婦や学生には国民保険の加入が義務となっていなかったためということです(1991年から国民年金は20歳以上は義務で強制加入となった)。その後離婚したり死別したりして毎日の暮らしに忙しく保険料を払うどころではなく何年も過ごしてきた人もいるかもしれません。
一般的には老後はどのくらいあれば暮らしていけるのでしょうか。
総務省統計局の2021年の調査によると、65歳以上・無職単身世帯の月の収支は、収入が13万5345円(うち社会保障給付〈年金〉12万470円)、支出は消費支出が13万2476円、税金・社会保険料が1万2271円で、収支としては9402円の赤字となっています(総務省統計局「家計調査報告 家計収支編 2021年 平均結果の概要」)。
基礎年金だけしか払っていない私のような自営業者は、(20歳から60歳までの)40年間全期間の保険料を払い続けた人で満額78万900円(2021年)。月額6万5075円です。
厚生年金を受けている人に比べると一人約5万5千円少ない。数字を見ると、確かに不安になります(※2022年4月より月額6万4816円に減額)。
それぞれの事情は違うものの、自営業者の方でいま50代の人の切実な訴えが多かったのはそのせいかもしれません。
自営業者は収入に波があるので、収入のなかった月や年には1万円(1990年には月額8400円、1993年1万500円、2018年1万6340円、2022年1万6590円)の年金を払うのさえきついことがあります。私自身、子育てと家賃などの支払いに追われ、年金を滞納したことが何度もありました。玄関のチャイムが鳴るので出たところ、「年金の支払いをお願いします」とインターフォン越しに大きな声で言われたこともあり、恥ずかしい思いをしたものです。
それはともかく、私自身、そんな「一般的な数字」を知っていたら不安になったのは間違いありません。
「一般的」「平均」――。
それ以下の年金額では「下流老人」などと呼ばれ、こんな少ない額では老後破綻を起こす、起こしている、「平穏で健康的な生活はできない」と言われているようです。実際どんな雑誌や本を眺めても、この平均受給額を最低としていて、それ以下の自営業者の年金額を対象にしたプランはなかなか見当たりません。
この先、経済の停滞や少子化の影響もあり、少ない年金しか受け取れない人々の不安が大きくなるのも無理はありません。こういった「平均」の数字がどれほど人に恐れと不安を与えるものかがよくわかります。
年金に限ったことではなく、この「平均」の数字や言葉に、私は長い間惑わされてきました。生活費だけではなく、教育費、生命保険額……。
でも平均はあくまで平均です。平均よりはるかに低い額でも私は「健全」に楽しく毎日を過ごしてきました。
そのためにはいくつかのコツと工夫が必要ですが、それは決して難しいことでも我慢を強いられることでもなく、やり始めると楽しいものです。年金減額など政府への不信は当然として、実際的な生活では与えられた環境の中で最善を尽くすしかありません。
「節約」のために四苦八苦しないので、食生活だけではなく、衣食住、生活のためのすべての場所で日々いろんな発見があったのです。
『下流老人 一億総老後崩壊の衝撃』(藤田孝典著/朝日新書)という本を読みました。「下流老人」とは「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」のことです。
この言葉を造語した藤田孝典氏によると、2015年で下流老人の数は日本国内で600万~700万人いるとされています。
「豊か」と言われ続けた日本でなぜこれほどの「下流老人」が増えたのか。その理由の一つとして藤田氏は高度経済成長期とバブル経済を挙げています。経済は上向き、月給は増える、土地の値段は上がる。バブル期に至っては日本中は毎日がお祭り騒ぎでした。ちょっとそこまで行くのにもタクシーで、クリスマスのホテルは若い人で予約が取れないという時代でした。
その時代を過ごした人は「中流」と思っている人が多く、多少の無駄遣いをしても生活には困らないと勘違い。そのせいで日々の暮らしは「贅沢」になり、でもそれが「普通」だと思ってしまったんですね。
私もその一人だと思います。
「だと思う」のはこの期に及んでもなかなか「自分は中流」だとの思い込みから抜けきれないわけです。月5万円生活、生活保護規準より低い額での生活なのに「中流意識」。笑ってしまいますよね。
「それは幻想」だと藤田氏はばっさり。
私はプチプラ生活を始める前は完全に「勘違い派」。始めたばかりの頃も「いや、これは一時的なことだから」と自分に言い聞かせていました。「一時的」もなにも、今後年金が増えることはないにもかかわらず、です。
それならもう自分は下流老人だと認め、早めに対処したほうがいいと思いなおしてからは、気持ちも生活もずっと楽になったのです。
———-紫苑(しおん)節約ブロガー1951年生まれ。牡羊座。地方新聞社勤務を経てフリー。2年前のコロナ禍のなか年金の少なさと向き合い、対策を考える。2020年3月から「月5万円年金生活」を実行しはじめブログにアップ。美味しく健康にいい月1万円レシピや、リメイクおしゃれ、百均DIYなど、お金を遣わなくても楽しめる工夫の数々を紹介。反響を呼び、新聞、雑誌、テレビなどでも取り上げられる。少ない年金でも安心して暮らすためのノウハウや生活スキルを知ってもらうため、日々活動している。インスタグラム @sionn0328———-
(節約ブロガー 紫苑)