いわゆる台湾有事をめぐる高市早苗首相の発言があって以降、中国との緊張関係が続いている。SNSでは、コンサートやイベントが続々と中止になっていることに注目が集まり、「中国無しでも日本はやっていける」と鼻息が荒い一部のネットユーザーが目立っているが、そんなことは可能なのだろうか。人々の生活と社会の変化を記録する作家の日野百草氏が、メイド・イン・ジャパン、日本のものづくりを支えてきた元技術者の体験から、依然として日本の輸入相手国1位の中国(2024年)と、なぜこれほどの中国依存になってしまったのか、現実的な中国との付き合い方とこれからについて考えた。
【写真】レグザは東芝のブランドではなくなっていた!中国のある企業の傘下に
* * *「中国には腹が立つが、依存というならひたすら安い商品を求めたのは日本人ですよ。日本企業が安い人件費目当てに中国行きやがって、その技術をくれやがってとネットの一部が言っているそうですが、あの時代、日本のものづくりは中国に行くしかなかったのです。うち以外の企業も、そのほとんどがね」
70代の元大手家電メーカー技術者は、彼ら中国依存を進めたとされる世代とその企業を叩く一部の声に反論する。
「1980年代はともかく、1990年代を思えば市場の要求は厳しくなるばかりでした。メーカー提携の街の電気屋さんから家電量販店へ、彼ら量販店は競争を煽って安く買い叩き、どう考えてもそんな値段じゃないだろうという高品質な製品をセールだ、なんだと撒き散らした。そのために当時の中国や韓国に技術指導して、安い人件費で作るしかない製品が増えていった。量販店だって厳しかっただろう、だってその先には不当な安さを要求し、客が神様だと作り手を下に見て、少しの瑕疵も見逃さず難癖をつけて値切る日本人消費者がいたのだから」
それでも彼とその仲間たち、会社はそれでも品質を維持してきた。それどころかより高性能、高品質を技術者として求め続けた。
「当時の日本製品は世界一だった。これは間違いない。いまだにうちの家電も動いている、あなたのところもそうでしょう」
世界を席巻したメイド・イン・ジャパン、思えば凄い時代だった。
例えば彼の言う通り、いまだに「Made in Japan」と背面に誇らしげに記されたLo-D(日立製作所)やAKAI(赤井電機)、DIATONE(三菱電機)といった筆者の古いオーディオは普通に動く。ゼネラル(のち富士通ゼネラル、現パロマ傘下)の扇風機やナショナル(パナソニック)のMSXパソコンCF-3000はいつ壊れてくれるのだろう、TORIO(のちケンウッド、現JVCケンウッド)のチューナーもラジオ放送をしっかり受信する。もう40年くらい経っているのに。
国産車や国産バイクだって、うちで所有する複数台は1980年代、1990年代の代物だが外装の経年劣化さえ気にしなければいまも元気に走ってくれる。古い日本製のフィルム一眼レフカメラも健在だ。見れば見るほど金がかかっていることがわかる。良い意味で、商品価格と見合わないほどに。
日本人の作り手は物に魂を込める。日本では物には神が宿る。いまやこれをコスパだ、タイパだでバカにする向きもあるようだが、日本がこれで焼け野原から曲がりなりにもあらゆる世界一の製品を作り出したことは事実だ。20世紀を経験した方々ならメイド・イン・ジャパンの凄さ、実感あるはずだ。
当時の第三次世界大戦を描いた架空戦記系の漫画でSONYを見つけて大喜びで略奪するソ連(ロシア)兵、ある通俗小説でニコンのカメラを「JAPは首にキャディラックを下げてやがる」と日本人団体観光客を嫉視する南部の白人失業者、そんな「ジャパン・アズ・ナンバーワン」的な表現もまた今は昔、だろうか。
こうしたかつてのメイド・イン・ジャパンの栄光、当時の製品の素晴らしさを元大手家電メーカー技術者に語ると本当に嬉しそうに聞き入って、いろいろと当時の現場の話を教えてくれる。
「私だって、いや多くの技術者はみな日本国内で作りたかったよ。メイド・イン・ジャパンは私たちの誇りでもあった。でも、どうにもならないよね、1990年代後半から2000年代の価格競争なんか国内消費者は原価で作れどころか原価割れでも作れ、売れ、俺様たち客を満足させろ、だからね。言い過ぎじゃないよ、それだけが原因じゃないが、あげくに会社もギブアップだ。あんな大きかった会社でもね」
彼の会社はもうない。この挙げた中のひとつなのだが、その製品はいまもみなさんの家で元気に動いているかもしれない。いまは中国傘下でブランドのみが残る。
現在ではメイド・イン・ジャパンの選択肢は限られる。日本製が欲しくても買えない。作っていない。日本のブランドだとしても日本製でなかったり、下手をすると日本のブランドを買った中国だったりする。
「彼ら(中国)は上手だよね、自社のプライドより売れる名前なら日本のブランドのままで売る。レグザはいまだに東芝本体が作っていると思ってる人も多そうだ」
東芝のブランド「REGZA」(レグザ)は中国の世界的家電メーカー、ハイセンス(海信集団)が買収して販売している。設計自体は旧東芝の技術者が手掛けているとされるが、部品調達や製造そのものは中国主導である。
「威勢のいいこと言う人がネットにいるけど中国製買わない、使わないなんて。まずスマートフォン使ってるだけで無理でしょう。どれだけ中国の部品があるか」
この現状に気分が悪い、胸糞悪いと言っても中国製や中国産からは逃れられない。だから中国にひれ伏せとかそういうわけでなく、中国依存から脱却するどころか日本の輸入相手で1位、輸出でもアメリカに次ぐ僅差の2位(香港を足せば輸出も1位)という中国に頼らなければ、いや頼る気がなくともいつのまにか中国の何某か(労働力でも、部品でも、原料でも)によって日本人は生活している。
ちなみにアメリカでは2000年代に『チャイナフリー 中国製品なしの1年間』という本が出ている。アメリカ人ジャーナリストが1年間中国製品を拒絶して生活するという体当たり系の実験読み物だが、結論は「無理」であった。約20年前の本だが著者の「10年後が怖い」は当たった。
「かつてリストラされた日本のベテラン技術者の一部も中国企業が救ってくれた。十分な研究施設、自由な開発環境、失敗を恐れない企業風土、昭和の日本メーカーそのものだった」
これについては2022年の拙筆『70代元家電メーカー技術者の悔恨「メイド・イン・ジャパンを放棄してはいけなかった」』でも同様の話が元技術者からあった。
「中国依存は都合よく安いもの、際限なく安いものを求めた日本人の多くにも責任はあるんだ。私だって服とか食料品なら消費者としてはそうだろうね。悔いてはいるんだ、この国のものづくりが、いまも大好きだから」
いまや中国は製造大国。ハイアール、アクア、ハイセンス、Ankerといった日本はもちろん、世界で大いに認知された巨大企業もある。また中国の自動車メーカーBYDの日本国内におけるEVバスのシェアは7割を超えた。乗用EVは未知数だが、これからとんでもなく安くてそこそこ走る車を出してくるという噂もある。かつてスズキが「アルト47万円」でセンセーションを巻き起こしたように。
「自動車も遠くない将来、中国に負けるよ。悔しいがいまも日本の技術者、とくに中堅からベテランに対する扱いはひどいものだ。すぐというわけじゃないが年齢的にそれを見ずに済むのは確実だろうからまあ、知ったことではないがね。でも追い詰めたのは日本人の取引先、その先にいる日本人消費者でもあるんだ。」
技術者として昭和、平成と歩んだ彼が力なく笑う。全員ではないが、筆者の知る引退した元技術者にはこうした人も多い。彼らの発言は一例でしかないかもしれないが、この国のものづくりの象徴的な事象のように思う。
実際、技術者に限らず日本の労働者、とくにものづくりに携わる現場の人たちに対する扱いは歴代政府も経団連も本当に酷かった。現場を知らない文系幹部にいいように使われて、満足な出世も待遇も与えられないままベテランになったらポイ、全部がそうではないことは当たり前だが、消えていった数多のメイド・イン・ジャパンにこうした積み重ねの結果があり、ひいては中国依存を高めた結果でもあるように思う。
中国はとてつもなく大きく、強く、狡猾でときに懐の大きい態度で接して来る。日本はそんな中国に太古の昔から翻弄されながらも、したたかに独立を守ってきた。中国を下請けに使ってきたあげくに日本はハメられられたようなものだが、ハメてくださいと差し出したのは日本政府であり日本企業であり、ひたすら安さを求めた多くの日本人であった。
気分が悪いかもしれないが、まずこれを認めた上での中国依存脱却に思う。なにしろレアアースも含め日本ではどうにもならないサプライチェーン(供給網)という問題がある。トヨタすらレクサスのEV工場は上海に作ることを決めた(2027年予定)。供給元としてだけでなくソフトウェアでも太刀打ちできないことをトヨタはよくわかっている。
ユニクロも東南アジアに一部生産地をシフトしたが依然として中国シェアは高い。柳井会長自身「中国の重要性は変わらない」と撤退の噂を否定しているどころか中国国内の出店目標3000店舗、中国工場のさらなる投資、中国国内売上1兆円を目指すと宣言している。
その結果は誰にもわからないが中国に負けじと狡猾で頼もしいと思う。アメリカはもちろん世界中が心から信用なんてできないことはトヨタもユニクロも身を持って知っている。
ネットで一瞬の気持ちよさとか憂さ晴らしで中国をボコボコに書くのは勝手だし中国製品を使いながら反中もまあ、個人の勝手だろう。むしろ中国のことは使い倒すが中国は嫌い、くらい言う方がいいくらいだ。姿勢としては正しいと思う。中国に限らず過度の信用や依存は多くの国では間抜けがすることである。私たちだってビジネスや親戚づきあいではそうだろう、そういうものだ。したたかに渡らねば。
日本と中国は政冷経熱と呼ばれ続けた。日本だけが譲歩させられたり一方的に脅されたりするのは気分の悪いものだが、事ここに至るまでの日中の歴史もまた間違いなく私たちが日本人として、消費者として関与してきた責任がある。いまや、どんなにメイド・イン・ジャパンを選んでも主要な工業製品や日用品ではほぼ無理だ。「私は違う」「俺はそうじゃない」と言ったところで日本の現状はこの通りなのだ。この国のものづくりの失われた30年が40年になろうとしている、これが現実だ。
中国依存からの脱却は絶対に必要だが、いますぐというわけにはいかない。むしろ先のトヨタの例ではないがさらに強まるだろう。どんな目に遭っても企業はしたたかに中国と付き合う、これは日本国民にも求められる「ずる賢さ」だと思う。
例の高石早苗首相の発言は正直で真っ当過ぎた。正直者は中国では間抜けであり、真っ当なことは足元をすくわれる。トランプ大統領は発言も姿勢もコロコロ変えると批判されるが、あれでいいのだ。これが国際政治の、いや人間同士の現実だ。
中国依存については右だ、左だのイデオロギー関係なく、まず日本国民の意識の問題としてしたたかに物事を運ぶべきだろう。そして露骨な反中はいまじゃない、いますぐの中国との経済断交など無理だ。
ものは試しと何人かの在日中国人の知り合いに話してみたが以下の通り。
「連中(習近平ら共産党指導層)はいつものこと。言葉だけ、まともに相手しちゃだめ、いつものことだから」(中華料理店経営)
「何も影響ないよ。貝(水産物)とかアニメみたいな小さな部分で嫌がらせするだけ、日本製品がないと困るのは中国もいっしょ」(ゲーム制作会社勤務)
「若い人の失業率がひどい。格差もひどい。ただの国内向けのガス抜きだ。中国にも相手を挑発しているだけで喜ぶ笨笨(間抜け)はいっぱいいる、どこもいっしょさ」(商社勤務)
毎度のことだが中国人は中国も中国人も信用しない徹底した大陸個人主義者なのでまあ、そうなのだろう。そして「日本の製品がないと困るのは中国もいっしょ」も確かだ。
幸いにして日本にはまだカードがある。技術者やその後進たちが育て上げたフォトレジスト(化学薬剤)、CMOSイメージセンサー(半導体デバイス)、ファインセラミックス(高性能セラミック材料)を始め半導体関連など最たるものだ。精密工作機械もそうだ。これらを中国は必要としているし実際に使っている。
そして大きく、強く、狡猾で、ときに懐の大きい態度で接して来る中国に対する「彼らの欲する」カードを増やすことも大事だろう。アニメやゲーム、コミックなどの日本発のコンテンツも、それを欲する中国国民に対する揺さぶりに使える。中国もまたその怖さをわかっているからつまらない嫌がらせをするわけだ。
そもそも中国を輸入相手国1位にしているのは私たちの国、日本国それ自体だ。繰り返すが、中国依存も元はと言えば日本が選んだ道だった。過度の信用も依存もしてはならなかった。
この轍を再び踏まないためにも、さらなる依存による隷属化を防ぐためにも、こうした先達の悔恨を聞くこともまた必要に思うし、イデオロギー対立でない、日本人一丸となっての対中国との「この先」をよりしたたかにに考えるべきと思う。
●日野百草(ひの・ひゃくそう)/出版社勤務を経て、内外の社会問題や社会倫理、近現代史や現代文化のルポルタージュやコラム、文芸評伝を執筆。日本ペンクラブ広報委員会委員、芸術修士(MFA)。