トヨタ自動車の100%子会社であるトヨタモビリティ東京株式会社(TMT)の若手社員Aさんが、同じくトヨタ自動車100%子会社のトヨタユーゼック(TUC)への出向中に、上司からパワハラを受け、適応障害などを発症したとして、両社を相手取り、損害賠償を求める訴訟を昨年4月5日付で提起していたことが21日、明らかになった。
代理人の西川治弁護士とともに都内で会見を開いた原告のAさんは、「トヨタは日本一の自動車メーカーで私も大好きなブランド。このような事件で、そのブランドに泥を塗ってしまうのかと思うと、本当に許せない」と語り、さらにこうコメントした。
「今回の事件を通じて、今後私のような被害者を出さないよう、パワハラにきぜんと対処する会社に変わってほしい」
Aさんは大学卒業後の2014年、東京トヨペット(現在のトヨタモビリティ東京、TMT)に入社。当初、Aさんは「日本一のカーディーラーでたくさん自動車を販売しよう」と意気込んでいたという。
その後、2020年の4月頃に、中古車の販売などを行うTUCに出向となり、同社が運営する「トヨタオートオークション(TAA)」への配属が決定。上司B氏(当時51歳)の部下となった。
Aさん側の資料等によると、その頃からB氏による「お前は無能だ」「能力が低い」といった暴言を複数回、受けていたという。
さらに、2020年11月頃には、「本当にお前をやる時は分からないようにやる」「俺が本当に怒ったらお前なんか血みどろで病院行きだ」「反社にも親切で礼儀正しい人はたくさん居る。お前なんかよりよっぽどまともだ」などの発言が繰り返された。
なお、労働基準監督署に提出された資料等によると、Aさんの人事評価や業績評価は平均的なものであり、西川弁護士は「怒られても仕方がないくらい、Aさんの能力がひどかったわけではない」と説明する。
繰り返される暴言を受け、Aさんは2020年12月21日、過去の暴言の内容をまとめたファイルをTMTのCSR推進部に送付。同月25日に面談を実施することになった。
しかし、面談当日には、Aさんが業務上の電話をかけている最中、B氏からガムテープを投げつけられる事件が発生。B氏は「Aさんに電話を止めさせたかった」と説明しているとのことだが、Aさんへの直接の声かけなどはなかったという。
Aさんはこの日の面談で、TMTのCSR推進部担当者に、B氏による暴言とともに、同日の「ガムテープ投げつけ」事件についても相談した。
ただ、それでも会社側はAさんとB氏を引き離すなどの対応を取らず、翌2021年1月13日にAさんは、会社の駐車場でB氏から胸を押される暴行を受けたという。
結果として、Aさんは同月22日には出勤できない状態となり、翌日に精神科を受診。適応障害や、うつ病エピソードと診断された。Aさんは現在も療養中で、2021年1月から4年以上休職している。
Aさん側は2022年9月に労災を請求。2023年10月23日、横浜南労働基準監督署はAさんの精神障害を労災と認定した。
しかし、TMTとTUCの両社は、労災認定後もAさんの発症について、責任を否定。そのため、Aさんは2024年4月5日、両社に対して損害賠償を求める訴訟を横浜地裁に提起した。
西川弁護士は訴訟の経過について次のように述べる。
「Aさんには、大好きなトヨタというブランドへの影響を考え、できれば円満に解決したいという思いがあり、その思いを尊重し判決が出るまでは会見をするつもりはありませんでした。
しかし会社側は、準備書面でB氏による『お前は無能だ』『能力が低い』などの発言や、暴行は指導として必要かつ相当であり、パワハラに該当しないと主張を行いました。
そこで、私は暴言や暴行について『せめてやり過ぎだと言ってもらえないか』という思いで、すぐに反論する書面を提出しました。
その後、さすがに『暴行してもいいんだ』という主張はまずいと会社側も考えたのでしょう。暴行と一部の暴言については『相当性を逸脱する』と変更してきました。
ですが、現在も『お前は無能だ』『能力が低い』の2つの発言については、『社会的相当性を逸脱せず、パワハラに該当しない』と準備書面で主張しています」
こうした両社側の対応を受け、原告側は会見の開催に踏み切ったとしている。
「準備書面を書いたのは会社側の代理人だと思われますが、会社側は1人の社員を病気にさせ、数年間も働けない状況に追い込んでおきながら、このような主張を続けています。
そうであれば、世の中に向けて事案を明らかにすることで、会社が反省し、対応を改めてくれるのではないかと考え、このタイミングで会見を開きました」(西川弁護士)
また、西川弁護士は、最近の国会での議論に触れ、Aさんが会社の相談窓口に相談していたにもかかわらず、適切な対応がとられなかったことは重大な問題だと指摘する。
政府は今年3月、職場でのハラスメント防止対策を強化する労働施策総合推進法(パワハラ防止法)などの改正案を閣議決定。今国会での成立を目指し議論が続いている。
「本件でもAさんは暴言を受ける中で約1年間職場に行き、会社にも相談をしていました。しかし、会社側が適切な措置をすぐにとることはありませんでした。
その結果、2度目の暴行事件が発生し、それがある種のとどめになってしまったという経緯があります。
もちろん、パワハラ自体あってはならないことです。もし社内でパワハラ事案が発生した場合には、会社ができるだけ早く対応して最悪の結果を避ける――そうした対応が非常に重要です。
しかし、今回の法案では、そのような対応を会社側に求めるという視点が不十分ではないかと考えています」
会見の終盤、原告のAさんは次のように語った。
「私が休職したあとも、B氏は別のターゲットを見つけ、パワハラ行為に及んでいるとも聞きました。
この訴訟を通じて、復職がかなった際には、私だけでなく、誰かが助けを求めた時にはすぐに対応でき、間違っていることは間違っていると言い切れる会社に変わってほしいです」
なお、弁護士JPニュース編集部では、TMTとTUCの両社を取材。TMTの広報担当者からは「現在係争中の案件につき、コメントは差し控える」との回答があった(5月21日18時現在)。
訴訟は現在も横浜地裁で係争中。次回期日は7月11日に予定されており、証人・本人尋問が行われる見込みだ。