近年、医療機関を受診せずに子どもをひとりで生む「孤立出産」に社会の関心が受けられるようになった。双子を死産したベトナム出身の元技能実習生が死体遺棄罪に問われた事件は、孤立出産にかかわる事件として大きく報じられた(2023年3月、最高裁で無罪判決)。
このように孤立出産が知られるようになったのは、2007年に熊本の慈恵病院が、親が育てられない赤ちゃんを匿名で預かる「こうのとりのゆりかご」(通称、赤ちゃんポスト、以下「ゆりかご」)の運営をはじめたことに端を発する。ゆりかごの取組みが進められる中で、妊娠・出産時に医療機関を受診せず、ひとりで出産するケースが少なくないことが明らかになったのである。
慈恵病院の公式サイトより
熊本市要保護児童対策地域協議会こうのとりのゆりかご専門部会は、2017年の第4期報告書において、専門家の立会いのない出産をはじめて「自宅出産等(孤立出産)」と表記した。以後、孤立出産ということばがマスコミを通じて広がる。ゆりかごの取組みを通じて孤立出産が「発見」されたのである。
同専門部会の第5次の報告書(2021年)によると、2007年5月から2020年3月までの約13年間に慈恵病院が受け入れたケースは155件。そのうち孤立出産は81件で、半数以上を占める。
では、なぜ孤立出産が関心を集めるようになったのか。孤立出産にかかわる事件が起るたびに、そうした事件が「相次いでいる」「後を絶たない」「深刻化している」などと報じられる。だが、孤立出産が問題にされるようになったのは、孤立出産が増加したり、深刻化したりしているからなのか。また、孤立出産は社会に何を問うているのか。
孤立出産そのものに関するデータはないが、以下、関連する種々のデータを参照しつつ、こうした点について考えてみたい。
孤立出産が明るみに出るのは、主に殺害や殺害遺棄といった事件が起ったときである。もちろん、孤立出産だからといって虐待や殺害に至るわけではない。だが、出産直後に殺害されたケースについては、孤立出産がほとんどを占めると思われる。
厚生労働省社会保障審議会は2003年以降の児童虐待による死亡事例を分析しているが、それによると、出産後0日に死亡した事例で、医療機関で出産したケースはこれまでなかったという(社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第18次報告)」2022年)。
そこで、まず、嬰児(えいじ)の死亡事件の推移について見てみよう。埼玉医科大学の吉村公一ら(1979)は、1964(昭和39)年から1976(同51)年の13年間に東京23区内で発覚した729例の「嬰児変死」について法医学的に分析している。これによると、高度経済成長期には東京の23区内だけでも年平均56件の嬰児の変死があったことになる。
ただし、その中には死産も含まれる。法医学で扱う「嬰児」は、生後7日以内の「早期新生児」と死産した胎児を指す。分析した729例のうち、6~7割が死産以外の「生産児」のようである。
図1は、吉村らが嬰児死体の遺棄場所を分類したものである。1970(昭和45)年ごろまで嬰児の変死は相当多く、なかでも「自宅便所」に遺棄するケースが最も多かった。分娩後ただちに便槽(べんそう)内に転落し溺死するケースは「墜落分娩」と言われていたとされる。
そうしたケースのほとんどは、今で言う孤立出産だっただろう。吉村らも、「大部分の例では妊娠中に産科医・助産婦を訪れていないようである」と指摘している。
図1 嬰児死体の遺棄場所:吉村公一他(1979)「嬰児変死の法学的検討―特に最近の嬰児殺について」『日本医事新報』2890号、日本医事新報社。ただし図1は、川崎二三彦(崎はたつさき)編『虐待「嬰児殺」―事例と歴史的考察から考える子ども虐待死』より引用(福村出版、2020、39頁)。だが、水洗トイレが普及していく中で、1970年代に入ると、自宅トイレに生み捨てにするケースは減少していく。入れ替わるように増えたのが、コインロッカーへの遺棄である。1973(昭和48)年には生後まもない乳児をコインロッカーに捨てる「コインロッカーベイビー事件」が年間46件も報告されており、「子殺し」が社会問題となる。そのため、厚生省ははじめて虐待や殺害等に関する全国調査を実施する(「児童の虐待、遺棄、殺害事件に関する調査」1974年)。同調査によれば、1973年に全国の児童相談所が把握した3歳未満の事例401件のうち、子どもの殺害遺棄は135件。そのうち、出産後1日以内のケースは117件と、86.7%を占めている。そのほとんどが孤立出産だっただろう。このように、1970年代前半までは出産直後の殺害や遺棄が非常に多かった。高度経済成長期に病院などでの出産が急速に普及するが、70年代はじめまではなお自宅出産が少なくなかったことが背景にあるだろう。自宅出産の多かった時代は、孤立出産もまた多かったものと思われる。ちなみに、厚生労働省の「人口動態統計」によれば、1950年には95.4%が自宅出産だったが、1970年には3.9%に急減する。自宅出産はその後さらに減り、1985年以降は0.1~0.2%。ここ数年は1300人弱が自宅等で生まれている。嬰児殺の減少次に、高度経済成長期以後の推移を見てみよう。図2は警察庁の「嬰児殺」のデータである。ここでいう嬰児は1歳未満(0歳児)を言うが、出産直後の殺害は少なくないと思われる。また、加害者は親に限らないが、多くが親(母親)である。図2によると、嬰児殺は1970年代の前半までは相当多く、年間200人ほどの0歳児が殺害されていた。だが、1970年代後半以降、急減する。それとともに子殺しや虐待に関する社会の関心は急速に失われていく。だが、1990年代に入ると、児童虐待が大きな社会問題となり、子殺しは児童虐待として捉えられるようになる。その一方で、嬰児殺は減少し続け、近年は10数件。2021年は9件である。出生数の減少を考慮に入れても、0歳児の殺害は大幅に減少したと考えられる。警察庁「年間の犯罪」(各年)より作成(未遂を含む)厚生労働省の「人口動態統計」の数値も同様である。1980年代半ばまでは「他殺」によって年間100人ほどの乳児(0歳児)が死亡していたが、2021年は9人にまで減少している。9人のうち、出産1日以内の殺害は2件である。なお、他殺だけでなく、乳児の「不慮の事故死」も急速に減少している。「人口動態統計」によれば、1995年には329件の事故死があったが、2021年は61件となっている。社会保障審議会による死亡児童例の検証図3は、厚生労働省社会保障審議会が集計した児童虐待による0歳児の死亡数(心中を除く「虐待死」)の推移である。同調査によると、2003年から2020年までの死亡児童数は合計939人。そのうち455人が0歳、173人が出産後0日の殺害である(0歳児の殺害の38%)。「虐待死」と言われる事例の約半数が0歳児の殺害である。この調査では、0歳児の死亡数は近年、20~40件ほどで推移しており、前掲の警察庁の数値とはかなり異なる。だが、20~40件という数値は、図2の1990年代の数値より少ない。また、図3を見る限り、虐待死の増加傾向は見られない。 社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第18次報告)」(2022)より作成捨て子の減少捨て子についても見てみよう。ゆりかごは、2007年の設置以来、「命の救済」か「児棄(す)ての助長」かが争われてきたからである(NHK取材班『なぜ、わが子を棄てるのか―「赤ちゃんポスト」10年の真実』NHK出版新書、2018)。図4は児童相談所などで対応した「棄児(きじ)」(捨て子)の数だが(川崎2008(崎はたつさき)、捨て子もまた高度経済成長期に減少する。その後、1990年代前半までは年間300人ほどの子どもが保護されていたが、1990年代後半から200人を割る。近年はさらに少なくなっており、2009年以降は18~74人の範囲で推移している(厚生労働省「福祉行政報告例」)。数が少なくなっているため年ごとの振れ幅が大きく見えるが、現在は捨て子が最も減少した時代であり、捨て子の増加傾向は見られない。図4 児童相談所などでの棄児の処理件数:川崎二三彦(崎はたつさき)(2008)「センター図書室で棄児を追う」『子どもの虹情報研修センター紀要』No.6、140頁人工妊娠中絶の減少以上、乳児の殺害や捨て子に関するデータを見てきたが、以下では孤立出産にかかわると思われる人口妊娠中絶や出産の動向について見ていこう。まずは、人工妊娠中絶件数についてである。出産当日の殺害は、望まない妊娠や予定外の妊娠の場合が多いとされるが、中絶件数はそうした不本意な妊娠の件数を表すものと言えるだろう。図5にあるように、中絶件数は、「対出生比」(出生数に対する中絶件数)も、「実施率」(15~49歳女性人口を分母にした中絶件数)も近年かなり下がっており、現在は戦後最低水準にある。 国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集」(2023年改訂版)より作成図6は、近年の年代別の中絶実施率である。20代前半の中絶率が最も高いが、2005年以降かなり減少している。10代の中絶実施率は2000年前後に上昇するが、その後大幅に下がる。厚生労働省「令和3年度衛生行政報告例(母体保護関係)の概況」(2021)より作成10代の出産と婚外子の減少社会保障審議会の先の報告書では、出産後0日の死亡事例の場合、10代の母によるケースが最も多いと指摘されている。前述のように、10代の中絶件数はかなり減少しているが、出産はどうか。図7は、10代の女性が生んだ子ども数と「非嫡出子」(婚外子)の出生数の推移である。10代による出生数は、1980年代半ばから2000年代前半までは年間1万6,000~1万9,000人ほどだったが、以後減少し、2017年からは1万人を切る。2021年は新型コロナの影響もあると思われるが、5,542人ときわめて少なくなっている。出産数の減少とともに、10代の出生率(女子人口比)も減少している。2015年までは15~19歳の女性1,000人当たり4~5人の子どもが生まれていたが、2016年以降は2~3人となっている。2000年代以降、10代の中絶も出生数も大幅に減少している。一方、10代が生む非嫡出子の出生数は2000年代に入って増え、3,000人を超える。だが、2017年から急減し、2021年は1,775人である。ただし、出生数の減少により出生数に占める非嫡出子の割合は増え続け、近年は10代が生んだ子の約3割が非嫡出子となっている。厚生労働省「人口動態統計」(2022)より作成なお、少なくなったとはいえ、10代での出産がなくなったわけではない。14歳以下による出生数は、近年、40人程度で推移している。2021年の15~17歳の出生数は計963人。婚姻年齢が18歳に引き上げられたこともあり、10代の妊娠、出産をサポートする施策が必要である。乳児死亡率の減少と孤立出産の発見以上見てきたように、1970年代半ば以降、乳児の殺害は急減し、捨て子も少なくなった。現在はどちらも過去最低水準である。また、2000年代に入ると、どの年代でも中絶の実施率が減少し、中でも10代の中絶が大幅に減少した。こうしたデータを見る限り、孤立出産が増えたり、深刻化したりしているとはとても思えない。それどころか、現在は孤立出産が最も減少した時代だと考えられる。にもかかわらず、なぜ孤立出産が問題にされるようになったのか。それは、医療の進歩と普及によって、新生児や乳児の死亡率が減少し、子どもが安全に生まれ育つことが当たり前の社会となったからだろう。図8は出生10万当たりの新生児死亡率の推移である。1975年の早期新生児死亡率(生後1週間未満)は、すでに大きく減少しているが、それでも10万人当たり538.8、生後1日未満は213.3という数値だった。それが2021年には62.3と41.5にまで減少している(出生1000人当たりでは0.6と0.4)。1歳未満の乳児死亡率も同様に減少しており、日本は今や「世界でも有数の低率国」とされる(厚生労働省『平成30年わが国の人口動態』2016、25頁)。こうして、新生児が死亡することがごく稀な時代になったからこそ、これまで社会が見て見ぬふりをしてきた孤立出産が発見されたものと思われる。厚生労働省「人口動態統計」(2022)より作成「増加・深刻化」という認識がもたらす不安その結果、孤立出産は、種々の事情から止むなくひとりで行われた出産を意味するだけでなく、子どもの生命と安全を脅かす危険で異常な出産と見なされることになった。実際、熊本市の専門部会は、孤立出産は子どもに対する「虐待」であると繰り返し指摘している。それゆえ、マスコミは危険で異常な孤立出産が、近年、増加し深刻化しているとして、孤立出産の重大さを社会に訴えるようになった。だが、他方で、そうした報道は、現状認識をゆがめ、孤立出産がさらに増加しかねないかのような不安や不信を拡散することにもなる。ゆりかごが子捨てを助長するかのように言われるのも、そうした不信や不安があるからだろう。熊本市の専門部会は、ゆりかごの取組みを一定程度評価しつつも、「結果的にゆりかごの存在が、危険な自宅出産等(孤立出産)を招いている可能性がある」とし、自分の都合のみを優先する「安易な預け入れ」があったと指摘している(第5期検討報告書、63、66頁)。匿名性への批判と「内密出産」このように、行政側がゆりかごに対して警戒の姿勢を崩さないは、主にはゆりかごの匿名性による。同専門部会は、児童の「出自を知る権利」および子どもの養育環境の整備という面から、匿名性を貫くことは「容認できない」と断言する(第5期検討報告書、67頁)。そのため、「匿名性を保障しないと救われない母子の命がある」という蓮田健慈恵病院長の主張は、行政側にはなかなか受入れられない。では、匿名性をめぐる行政とゆりかごとの対立は何を意味しているのか。安倍首相(当時)は、ゆりかごの設置に際し、「お父さん、お母さんが匿名で赤ちゃんを置き去りにするのは私は許されないのではないかと思う。政府として、認めるということはありません」と述べたとされる(「『ゆりかご』揺れて産声 赤ちゃんポスト、許可 熊本」朝日新聞、2007年4月20日)。そうした中、慈恵病院は2021年12月、病院にのみ身元情報を明らかにして出産する「内密出産」の実施に踏み切る。それに対し、熊本市の専門部会は、「預け入れにあたり実名化を前提とした上で預け入れ者の秘密を守るといった手法を取り入れる必要がある」として、内密出産制度の整備を国に求める(第5期検討報告書、67頁)。 それにより、ようやく国も動く。翌2022年9月、厚生労働省と法務省は合同で内密出産の「取扱い」に関するガイドラインを作成し、都道府県等に通知する。ガイドラインは、「妊婦がその身元情報を明らかにして出産することが大原則」であって、内密出産を「推奨するものではありません」と断りつつも、受入れ医療機関において仮名で出産することを認めたのである。「大前提」を問う孤立出産しかし、国は内密出産の取扱いを定めただけで、内密出産を制度化したわけではなく、ゆりかごのような機関を公的に設置しようとするわけでもない。それは、ゆりかごがこれまでの法制度の「大原則」を揺るがすものだからだろう。医療や福祉制度は、親が自ら生んだ子どもの養育に責任を持つことを原則としつつ、親が不在か不明、あるいは、養育困難なケースに対応してきた。ところが、ゆりかごによって顕在化したのは、子どもの養育を放棄するだけでなく、「身元情報を明らかにして出産する」というこれまでの「大原則」に反し、身元や出産の事実すら、行政機関にも親族にも明らかにしようとしない女性の存在である。もっとも、ゆりかごに預けられた155件のうち119件は親の身元が判明している(76.8%)。だが、いくら匿名は「許されない」とか、「容認できない」といっても、種々の理由や事情から身元を明らかにしようとしない女性は現にいる。かつてはもっといたし、これからもいるだろう。そうした女性たちにとって、匿名性を認めない医療や福祉は、いくら整備・拡充されても、頼ることのできないものである。その意味で、医療や福祉は、「身元情報を明らかにして出産する」という大原則ゆえに、身元を明らかにしようとしない女性を排除するものと言えるだろう。つまり、孤立出産という問題は、医療や福祉の「大原則」そのものを問うものなのである。それゆえに、国はなかなか動こうとはしない。だが、無国籍の子どもの問題が放置しえなくなったように、国も孤立出産を見て見ぬふりをし続けるわけにはいかないだろう。それは、繰り返しになるが、孤立出産が増加、深刻化しているからではなく、子どもが安全に生まれ育つことが当たり前の時代になったからである。そうした時代になったからこそ、孤立出産に対してようやく社会の目が向けられ、問題の解決に向けた取組みが開始されたのである。
図1 嬰児死体の遺棄場所:吉村公一他(1979)「嬰児変死の法学的検討―特に最近の嬰児殺について」『日本医事新報』2890号、日本医事新報社。ただし図1は、川崎二三彦(崎はたつさき)編『虐待「嬰児殺」―事例と歴史的考察から考える子ども虐待死』より引用(福村出版、2020、39頁)。
だが、水洗トイレが普及していく中で、1970年代に入ると、自宅トイレに生み捨てにするケースは減少していく。
入れ替わるように増えたのが、コインロッカーへの遺棄である。1973(昭和48)年には生後まもない乳児をコインロッカーに捨てる「コインロッカーベイビー事件」が年間46件も報告されており、「子殺し」が社会問題となる。
そのため、厚生省ははじめて虐待や殺害等に関する全国調査を実施する(「児童の虐待、遺棄、殺害事件に関する調査」1974年)。同調査によれば、1973年に全国の児童相談所が把握した3歳未満の事例401件のうち、子どもの殺害遺棄は135件。そのうち、出産後1日以内のケースは117件と、86.7%を占めている。そのほとんどが孤立出産だっただろう。
このように、1970年代前半までは出産直後の殺害や遺棄が非常に多かった。高度経済成長期に病院などでの出産が急速に普及するが、70年代はじめまではなお自宅出産が少なくなかったことが背景にあるだろう。自宅出産の多かった時代は、孤立出産もまた多かったものと思われる。
ちなみに、厚生労働省の「人口動態統計」によれば、1950年には95.4%が自宅出産だったが、1970年には3.9%に急減する。自宅出産はその後さらに減り、1985年以降は0.1~0.2%。ここ数年は1300人弱が自宅等で生まれている。
次に、高度経済成長期以後の推移を見てみよう。
図2は警察庁の「嬰児殺」のデータである。ここでいう嬰児は1歳未満(0歳児)を言うが、出産直後の殺害は少なくないと思われる。また、加害者は親に限らないが、多くが親(母親)である。
図2によると、嬰児殺は1970年代の前半までは相当多く、年間200人ほどの0歳児が殺害されていた。だが、1970年代後半以降、急減する。
それとともに子殺しや虐待に関する社会の関心は急速に失われていく。だが、1990年代に入ると、児童虐待が大きな社会問題となり、子殺しは児童虐待として捉えられるようになる。
その一方で、嬰児殺は減少し続け、近年は10数件。2021年は9件である。出生数の減少を考慮に入れても、0歳児の殺害は大幅に減少したと考えられる。
警察庁「年間の犯罪」(各年)より作成(未遂を含む)
厚生労働省の「人口動態統計」の数値も同様である。1980年代半ばまでは「他殺」によって年間100人ほどの乳児(0歳児)が死亡していたが、2021年は9人にまで減少している。9人のうち、出産1日以内の殺害は2件である。
なお、他殺だけでなく、乳児の「不慮の事故死」も急速に減少している。「人口動態統計」によれば、1995年には329件の事故死があったが、2021年は61件となっている。
図3は、厚生労働省社会保障審議会が集計した児童虐待による0歳児の死亡数(心中を除く「虐待死」)の推移である。同調査によると、2003年から2020年までの死亡児童数は合計939人。そのうち455人が0歳、173人が出産後0日の殺害である(0歳児の殺害の38%)。「虐待死」と言われる事例の約半数が0歳児の殺害である。
この調査では、0歳児の死亡数は近年、20~40件ほどで推移しており、前掲の警察庁の数値とはかなり異なる。だが、20~40件という数値は、図2の1990年代の数値より少ない。また、図3を見る限り、虐待死の増加傾向は見られない。
社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第18次報告)」(2022)より作成
捨て子についても見てみよう。ゆりかごは、2007年の設置以来、「命の救済」か「児棄(す)ての助長」かが争われてきたからである(NHK取材班『なぜ、わが子を棄てるのか―「赤ちゃんポスト」10年の真実』NHK出版新書、2018)。
図4は児童相談所などで対応した「棄児(きじ)」(捨て子)の数だが(川崎2008(崎はたつさき)、捨て子もまた高度経済成長期に減少する。その後、1990年代前半までは年間300人ほどの子どもが保護されていたが、1990年代後半から200人を割る。
近年はさらに少なくなっており、2009年以降は18~74人の範囲で推移している(厚生労働省「福祉行政報告例」)。数が少なくなっているため年ごとの振れ幅が大きく見えるが、現在は捨て子が最も減少した時代であり、捨て子の増加傾向は見られない。
図4 児童相談所などでの棄児の処理件数:川崎二三彦(崎はたつさき)(2008)「センター図書室で棄児を追う」『子どもの虹情報研修センター紀要』No.6、140頁
以上、乳児の殺害や捨て子に関するデータを見てきたが、以下では孤立出産にかかわると思われる人口妊娠中絶や出産の動向について見ていこう。
まずは、人工妊娠中絶件数についてである。出産当日の殺害は、望まない妊娠や予定外の妊娠の場合が多いとされるが、中絶件数はそうした不本意な妊娠の件数を表すものと言えるだろう。
図5にあるように、中絶件数は、「対出生比」(出生数に対する中絶件数)も、「実施率」(15~49歳女性人口を分母にした中絶件数)も近年かなり下がっており、現在は戦後最低水準にある。
国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集」(2023年改訂版)より作成
図6は、近年の年代別の中絶実施率である。20代前半の中絶率が最も高いが、2005年以降かなり減少している。10代の中絶実施率は2000年前後に上昇するが、その後大幅に下がる。
厚生労働省「令和3年度衛生行政報告例(母体保護関係)の概況」(2021)より作成
社会保障審議会の先の報告書では、出産後0日の死亡事例の場合、10代の母によるケースが最も多いと指摘されている。前述のように、10代の中絶件数はかなり減少しているが、出産はどうか。
図7は、10代の女性が生んだ子ども数と「非嫡出子」(婚外子)の出生数の推移である。10代による出生数は、1980年代半ばから2000年代前半までは年間1万6,000~1万9,000人ほどだったが、以後減少し、2017年からは1万人を切る。2021年は新型コロナの影響もあると思われるが、5,542人ときわめて少なくなっている。
出産数の減少とともに、10代の出生率(女子人口比)も減少している。2015年までは15~19歳の女性1,000人当たり4~5人の子どもが生まれていたが、2016年以降は2~3人となっている。2000年代以降、10代の中絶も出生数も大幅に減少している。
一方、10代が生む非嫡出子の出生数は2000年代に入って増え、3,000人を超える。だが、2017年から急減し、2021年は1,775人である。ただし、出生数の減少により出生数に占める非嫡出子の割合は増え続け、近年は10代が生んだ子の約3割が非嫡出子となっている。
厚生労働省「人口動態統計」(2022)より作成
なお、少なくなったとはいえ、10代での出産がなくなったわけではない。14歳以下による出生数は、近年、40人程度で推移している。2021年の15~17歳の出生数は計963人。婚姻年齢が18歳に引き上げられたこともあり、10代の妊娠、出産をサポートする施策が必要である。
以上見てきたように、1970年代半ば以降、乳児の殺害は急減し、捨て子も少なくなった。現在はどちらも過去最低水準である。また、2000年代に入ると、どの年代でも中絶の実施率が減少し、中でも10代の中絶が大幅に減少した。
こうしたデータを見る限り、孤立出産が増えたり、深刻化したりしているとはとても思えない。それどころか、現在は孤立出産が最も減少した時代だと考えられる。
にもかかわらず、なぜ孤立出産が問題にされるようになったのか。それは、医療の進歩と普及によって、新生児や乳児の死亡率が減少し、子どもが安全に生まれ育つことが当たり前の社会となったからだろう。
図8は出生10万当たりの新生児死亡率の推移である。1975年の早期新生児死亡率(生後1週間未満)は、すでに大きく減少しているが、それでも10万人当たり538.8、生後1日未満は213.3という数値だった。それが2021年には62.3と41.5にまで減少している(出生1000人当たりでは0.6と0.4)。
1歳未満の乳児死亡率も同様に減少しており、日本は今や「世界でも有数の低率国」とされる(厚生労働省『平成30年わが国の人口動態』2016、25頁)。
こうして、新生児が死亡することがごく稀な時代になったからこそ、これまで社会が見て見ぬふりをしてきた孤立出産が発見されたものと思われる。
厚生労働省「人口動態統計」(2022)より作成
その結果、孤立出産は、種々の事情から止むなくひとりで行われた出産を意味するだけでなく、子どもの生命と安全を脅かす危険で異常な出産と見なされることになった。実際、熊本市の専門部会は、孤立出産は子どもに対する「虐待」であると繰り返し指摘している。
それゆえ、マスコミは危険で異常な孤立出産が、近年、増加し深刻化しているとして、孤立出産の重大さを社会に訴えるようになった。だが、他方で、そうした報道は、現状認識をゆがめ、孤立出産がさらに増加しかねないかのような不安や不信を拡散することにもなる。
ゆりかごが子捨てを助長するかのように言われるのも、そうした不信や不安があるからだろう。熊本市の専門部会は、ゆりかごの取組みを一定程度評価しつつも、「結果的にゆりかごの存在が、危険な自宅出産等(孤立出産)を招いている可能性がある」とし、自分の都合のみを優先する「安易な預け入れ」があったと指摘している(第5期検討報告書、63、66頁)。
このように、行政側がゆりかごに対して警戒の姿勢を崩さないは、主にはゆりかごの匿名性による。同専門部会は、児童の「出自を知る権利」および子どもの養育環境の整備という面から、匿名性を貫くことは「容認できない」と断言する(第5期検討報告書、67頁)。
そのため、「匿名性を保障しないと救われない母子の命がある」という蓮田健慈恵病院長の主張は、行政側にはなかなか受入れられない。
では、匿名性をめぐる行政とゆりかごとの対立は何を意味しているのか。
安倍首相(当時)は、ゆりかごの設置に際し、「お父さん、お母さんが匿名で赤ちゃんを置き去りにするのは私は許されないのではないかと思う。政府として、認めるということはありません」と述べたとされる(「『ゆりかご』揺れて産声 赤ちゃんポスト、許可 熊本」朝日新聞、2007年4月20日)。
そうした中、慈恵病院は2021年12月、病院にのみ身元情報を明らかにして出産する「内密出産」の実施に踏み切る。それに対し、熊本市の専門部会は、「預け入れにあたり実名化を前提とした上で預け入れ者の秘密を守るといった手法を取り入れる必要がある」として、内密出産制度の整備を国に求める(第5期検討報告書、67頁)。
それにより、ようやく国も動く。翌2022年9月、厚生労働省と法務省は合同で内密出産の「取扱い」に関するガイドラインを作成し、都道府県等に通知する。ガイドラインは、「妊婦がその身元情報を明らかにして出産することが大原則」であって、内密出産を「推奨するものではありません」と断りつつも、受入れ医療機関において仮名で出産することを認めたのである。
しかし、国は内密出産の取扱いを定めただけで、内密出産を制度化したわけではなく、ゆりかごのような機関を公的に設置しようとするわけでもない。
それは、ゆりかごがこれまでの法制度の「大原則」を揺るがすものだからだろう。医療や福祉制度は、親が自ら生んだ子どもの養育に責任を持つことを原則としつつ、親が不在か不明、あるいは、養育困難なケースに対応してきた。
ところが、ゆりかごによって顕在化したのは、子どもの養育を放棄するだけでなく、「身元情報を明らかにして出産する」というこれまでの「大原則」に反し、身元や出産の事実すら、行政機関にも親族にも明らかにしようとしない女性の存在である。
もっとも、ゆりかごに預けられた155件のうち119件は親の身元が判明している(76.8%)。だが、いくら匿名は「許されない」とか、「容認できない」といっても、種々の理由や事情から身元を明らかにしようとしない女性は現にいる。かつてはもっといたし、これからもいるだろう。
そうした女性たちにとって、匿名性を認めない医療や福祉は、いくら整備・拡充されても、頼ることのできないものである。その意味で、医療や福祉は、「身元情報を明らかにして出産する」という大原則ゆえに、身元を明らかにしようとしない女性を排除するものと言えるだろう。つまり、孤立出産という問題は、医療や福祉の「大原則」そのものを問うものなのである。
それゆえに、国はなかなか動こうとはしない。だが、無国籍の子どもの問題が放置しえなくなったように、国も孤立出産を見て見ぬふりをし続けるわけにはいかないだろう。
それは、繰り返しになるが、孤立出産が増加、深刻化しているからではなく、子どもが安全に生まれ育つことが当たり前の時代になったからである。そうした時代になったからこそ、孤立出産に対してようやく社会の目が向けられ、問題の解決に向けた取組みが開始されたのである。